むむ、仕事がはかどらぬ――コルンゴルトの映画音楽

今朝は早起きでした。2時半には起き上がりました。とはいっても昨日は21時頃に眠りましたので五時間は眠っているわけです。

この時期になると、夏至も近いですので、4時半頃には薄明かりが差し込んできますね。そんな風情でちょっといろいろ考えたりしていたら、急に睡魔に襲われたので、30分ほど仮眠。起き上がってまた本を読んだり。 朝食を食べて、いつものカフェに向かいましたが、むむむ、仕事がはかどりません。困りました。打開策がなかなか見いだせない。そのうちに、疲れたときに出てくる「頭が破裂する」感覚に襲われたので、カフェを早めに切り上げて帰宅。休日恒例の午睡を小一時間ほどとって仕事に向かったのですが、また進まない感覚。困りました。

ちょっとしたスランプ?

ですが、ここで逃げてはいけない。逃げずにPCを叩き続けることが大切なのです。遊びに行ったりしちゃだめ。PCに向き合って、いつでも仕事を再開できるようにしておかなければなりません。しかし厳しいですね。

CDラックからまたまた聴いていなかったCDを発掘してきました。コルンゴルトの映画音楽集です。

全体にリヒャルト・シュトラウスやマーラーの旋律が聞こえてくる感じですね。ダイナミズムをもちつつ、映画音楽的な親しみやすさも持っている。なかなか良い感じのアルバムです。「人間の絆」の旋律がとっても綺麗。「霧の中の戦慄」ではピアノの独奏が入ってくるのですが、このあたりはもう映画音楽的な王道ですね。もちろんコルンゴルトが造り出した道でもあるわけですが。後代のカーメン・キャバレロを彷彿とさせます。「風雲児アドヴァース」は、シュトラウスとマーラーが聞こえまくっています。そして甘い節回し。良いですね、こういう感じ。「嘆きのプレリュード」ではプッチーニ的美麗ささえも見て取ることが出来ます。映画音楽はオペラの後継者というのは勘違いなどではなかったようです。

  1. シー・ホーク
  2. 人間の絆
  3. 霧の中の戦慄
  4. 海の狼
  5. 永遠の処女
  6. 嵐の青春
  7. 風雲児アドヴァース
  8. 砂漠の朝
  9. 放浪の王子
  10. まごころ
  11. 嘆きのプレリュード

指揮:チャールズ・ゲルハルト
ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団

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明日深夜(月曜日未明)のクラシックロイヤルシートは、アバドのマーラーです!

取り急ぎエントリーします。

明日深夜(月曜日未明)0時40分からのNHKBS2「クラシックロイヤルシート」では、マーラーの交響曲第三番をアバドの指揮で見ることができます。これは早速録画せねばなりません。楽しみです。

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引き続き「ラインの黄金」と「ローマ人の物語」

今日も曇天。霧雨をたっぷり含んだ空気をかきわけて駅まで行きました。 今日は幸いなことに電車に座れましたので、ゆっくり本が読めました。

仕事のほうも混迷を深めていて(?)、7月に立ち上げるプロジェクトが11月に延期になりそうな勢い。まあ、納期が後ろにずれるのは短期的に見れば嬉しいことです。前にも書いたかも知れませんが、少々無理のあるプロジェクトでしたので。とはいえ、延期すれば延期したで後ろにしわ寄せが来ますし。予算のぶんどり合戦にも巻き込まれそうで、少々嫌な役回りをしなければならなそう。こういうときは、自らの善性をひた隠しにして、悪人を演じなければなりません。仕事とは演じることである、とは誰かの言でしたでしょうか?

塩野七生さん「ローマ人の物語3 勝者の混迷」は読了です。グラックス兄弟の改革の失敗、マリウス、スッラの独裁、そしてポンペイウスの時代へ。大きくなりすぎたローマはすでに元老院による寡頭民主制でコントロールするには困難な時代になっています。それでも、スッラなどは民主制を守ろうと、矛盾するようですが無期限の独裁官に就任するわけですね。古びた皮袋を修繕してワインを入れようとしたのがスッラ。しかし修繕にも限界がある。ワインを入れる新しい皮袋を準備しなければならないのですが、ローマはまだそこまでは行っていない。この言葉で、カエサルと、オクタヴィアヌスの登場が示唆されているわけです。

「勝者の混迷」の巻は華々しい権力闘争や戦闘シーンは少ないですが、帝政ローマへの道のりが示唆されていて、読み流せません。 一度読んだだけではなかなかわからないのも事実。そこで、「塩野七生『ローマ人の物語』スペシャル・ガイドブック」を借りてきてみました。各巻の要約が載っていてわかりやすいのですが、やはり要約は要約ですので、流れをつかむ分にはいいですが、楽しみのためにはやはり全巻読まねばなりませんね。それより塩野七生さんのインタビュー記事や対談が興味深いです。この本は塩野七生ファンには必読の書でしょう。

ちなみに、塩野七生さんと辻邦生師の対談もとある本に載っていたのを読んだことがあるのですが、さすがにイタリアの話となると塩野さんの方が饒舌で、辻先生が聞き役みたいな具合になっていましたね。最近の塩野さんのお写真も拝見したのですが、凄いアウラですね。すごまれたら下手な若者でもシュンとなるに違いないです。

クラシックのことを書くこともこのブログを立ち上げた一つの目的だったのですが、読書の感想を書くのももう一つの目的、ということでどうかお許しを。

さて、今日も、「ラインの黄金」に挑戦中。カラヤン盤とショルティ盤をとっかえひっかえ聴いています。特に帰宅してからは久々にCDでショルティ盤の「ラインの黄金」を聴き始めました。ラインの乙女とアルベリヒの対決場面を執拗に聞いています。もう少し聴けば創造的進化が生まれてくるのではないか、と期待しています。「ラインの黄金」はショルティ盤とカラヤン盤しか聴いたことがありません。本当は別の盤も聴きたいのですが、諸事情によりしばらくCDの購入は我慢せざるを得ない状況にありますので、我慢ですね。サヴァリッシュのDVDもiPodに落としましょうか、と思案中。ともかくいろいろ聴いてみないと評価するのも難しいですね。いずれにしろ、なかなか越えられぬ壁もありますが、ともかく聴き続けることが大事ですね。

いよいよ待ちに待った週末ですね。とはいえ、のんびりと過ごせるほど時間持ちではありません。明日は早起きの予定。できるかな?

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ラインの黄金を聴いた雨の日

今朝起きると激しい雨音が。先日の「谷間の水」を思い出したので、道順を変えて出勤。今日はぬれずにすみました。

最近はどうもまとまってクラシック音楽を聴くことができないでいました。どうやらそれは、先週末の結婚パーティで、ジャズとブルースの生演奏を聞いたから。ちょっとした衝撃だったようで、本当はブルックナーを聞きたいはずなのに、あいま時間にジャズを聴いてしまうことがありました。べつにジャズを聴くのが悪いというわけではありませんが、気持ちにノイズがのった感じでした。それでも通勤時間や会社の昼休みになんとか聞き続けて、ようやく今日になってワーグナーに回帰できました。

というわけで、「ラインの黄金」をカラヤンの指揮で。あらすじを大体把握したので、音楽だけ聴いても面白いです。初めて聞いたのはショルティ盤でしたが、音のよさではカラヤン盤が勝っています。演奏も録音に助けられてダイナミック。「ラインの黄金」は、「ヴァルキューレ」や「神々のたそがれ」ほどには聞き込んでいるわけではないです。「ジークフリート」と並んで、理解が急がれる曲です。まずは聞き始めなければ話は進みませんね。

 ラインの黄金は、女性歌手の活躍の場が少ないですね。ラインの乙女やフリッカやフライア、エルダも登場しますが、ジークリンデやブリュンヒルデといった主人公クラスの女声がないです。それがとっつきにくさなのかな、とも思います。そういえば、ジークフリートも終幕にブリュンヒルデが出てくるだけ。鳥の声もありますが。そうか、ラインの黄金とジークフリートが僕にとって聞きにくいのは女声が少ないからか、と気づきました。

たまには立ち向かって刺激を受ける選曲もだいじですね。それがまた愉しみなわけです。

あと二日で仕事もおしまい。今週末は自宅でやることが満載。静かな週末になるはずですが、充実した週末にもしたいです。

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ヴァントのブルックナー

どんよりとした曇り空。今日はいつもより小一時間ほど早めに家を出ました。少し朝早いとはいえ、乗客はたくさんです。それでもいつもの時間よりはましかな、というところ。今日は所用で少し早めに会社を出ました。読書のほうの進み具合はまあまあ。塩野七生さんの「ローマ人の物語3 勝者の混迷」は中盤に差し掛かりました。

今日もブルックナーを聞いています。ヴァントが最晩年にベルリンフィルを振ったバージョンです。この演奏はチェリビダッケよりもむしろテンポが遅く感じられます。テンポは速くても難しいですが、遅くても難しい。当然のことながらベルリンフィルはきちんと棒に追随しています。時折バラけるところが感じられるのは、ライブ録音ならではのご愛嬌でしょう。演奏自体に傷がつくわけではありません。結構対旋律が良く聞こえる風通しの良い演奏にも思います。あらゆる場面で手堅い構築美を見せてくれますね。

少し疲れているのか、体に痛みを感じます。こういうときは、風呂に入って、早く眠るに限りますね。おかげさまでなんとか家に辿り着きましたので、少し早いですがそろりと眠ることにしようと思います。

明日はなんのCDを聴こうか、楽しみです。最近はCD購入を押さえていますし、図書館にも時間がなくて出かけられません。こういうときは自宅のCDラックを眺めるのが良いですね。思わぬCDが出てきて嬉しくなることもあります。

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たゆたう波間に──ブルックナーの交響曲第七番を聴きながら

今日一日、なぜか頭の中で流れているのがブルックナーの交響曲第7番の第2楽章。さっそく、チェリビダッケがミュンヘンフィルを振った盤を聞いてみる。今の自分の状況にとてもフィットする感じ。懐かしさ。幾重にも連なる甘い旋律の波間にたゆたう気分。

チェリビダッケの指揮とはいえそんなに重みや遅さを感じません。低音部のリズムがきちんと刻まれているからだと思います。こういうとき「グルーヴ」という安易な言葉を使ってしまいがちなのですが……。

それにしてもブルックナーばかり聞いていた十年前のことを思い出します。あのことは今とは違う夢とか希望がありましたが、十年たつとそれは変貌せざるを得ない。いい意味でも悪い意味でも齢を数えるということは、ある種の気だるさを伴った選択の積み重ねです。 この曲を聴いていると、少しく感傷的になったり、アンニュイな気分になったりします。やはり、昨日知らされた残念な出来事を引きずっているせいでしょうか。ネガティブな出来事は、人を落ち込ませもしますが、逆に奮い立たせることもある。その両側に手を引っ張られて、千切れそうな感じ。いけません。

ふと思いました。この波間に漂う感じは、ヴェネツィアのゴンドラではなかろうか、と。ワーグナーの死をいたむために作られたともいわれる第2楽章です。ワーグナーはヴェネツィアで天に召されたわけですが、棺は間違いなくゴンドラで運ばれたに違いない。動力船のない時代でしょうから、ワーグナーの棺をのせたゴンドラは、カナル・グランデを揺られながら運ばれたはず。さざめく水面は間違いなく夕陽で輝いていたに違いない。昔から、この曲には壮麗な落日のイメージを持っていましたが、なんだかいますっきりとつながった気がします。

今週の仕事は二日目で、機械仕掛けのように。人の間をいったりきたりして、メールを打って、パソコンで図表を作り続ける。いつもとそう大して違わない仕事。ですが、昼休みに近所の雑木林を散歩すると、いつのまにか夏の兆しに満ち溢れているんですね。蝶が舞い、羽虫が飛び、太陽はもう天頂近くにあって、下草には木漏れ日が揺らいでいる。木々の花は独特な匂いを発して虫たちを呼び集めている。その散歩のときにもやはりこの曲が頭の中で流れている。夏は成熟の季節ですが、休息と滅びの前触れでもある。まだ夏本番には程遠いとはいえ、なにか事物を俯瞰する無常観のようなものを感じました。誰しもすべてが波間にたゆたう存在であるに過ぎない。人間であろうと、虫であろうと、花であろうと、木々であろうと。

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仕事が始まりました──森村誠一さんの「人間の証明」を再読。

仕事が始まりました。ですが、土曜日にたくさんの人と会った衝撃が強すぎて、なかなか仕事モードに入れないです。人に当てられて気だるい熱っぽさに悩まされている感じ。まあこんなものでしょう。今日一日乗り切ればリズムに乗れるはず。今までもそうでしたし、これからもそうでしょう。ともかくいい刺激を受けたことは間違いないですので、これからがんばっていきたいですね。

「ローマ人の歴史」の傍ら、久々の再読、森村誠一さんの「人間の証明」。すっかり引き込まれてしまっていました。通勤電車の中で読み終わりました。スケールがすさまじい。なんら関係のない人々が一点に向かって凝縮していく感じ。ドストエフスキーの「罪と罰」を思い出しました。 それにしても周到に準備研究されたのもわかります。書かれた当時のニューヨークの状況も手に取るようにわかるし、地方の人里はなれた温泉の描写なども秀逸。なにより登場する人間が形を持って立ち現れてくる感じ。西条八十の詩からここまで物語を膨らますことができるとは、という驚き。読後感もなにか哀切感とでも言いましょうか、複雑な味わいがじんわり拡がってきますね。人間なんて、善悪で切り分けることなんてできやしないのです。

何度も映像化されるぐらいですので、もはや日本文学の古典的位置にあるといってもおかしくないと思います。 こういった推理ものの中には描写や構成が今一つのものも少なくないのですが、そういう違和感はまったく感じず。すばらしいです。森村誠一さんの本をもっと読みたくなります。

そんな森村誠一さんの本を読みながら聴いたのはヴィヴァルディのチェロソナタ集。初めて聴いたのですが、何とも言えぬ甘い清涼感。こちらも複雑な味わい。熟し切った桃が放つ匂いがしました。

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怒濤の週末でした──ゲルギエフのくるみ割り人形

怒濤の週末でした。それも極めつけは、さっきまで書いていた記事がサーバーエラーで全部消えたこと。ショック。やむなく抄版ですが書き直します。

金曜日の夜は、高校時代の友人が来訪。土曜は午前からお昼過ぎまでとあるイベントに参加。夕方は、後輩の結婚披露パーティでサックス演奏&ジャムセッションに参加。忘れないように曲名を書いておきましょう。

  • Days of wine and roses
  • Little house on the prarie
  • Confirmation
  • Chicken

演奏のできはどうでしょうか? 意外とアンブシェアの筋肉が持ったのが幸いでした。まあまあでしたかね。ジャムセッションの演奏は久々に大暴れしてみましたが、以前のようには行かないなあ。

パーティのあと、本来なら帰宅するところを、二次会に参加してしまいましたが、楽しい一時。後輩たちがみな立派になっているのが嬉しい。私も頑張らねば。会話出来ない自分にも驚き。休日は近所のカフェに行く以外は家に引きこもって音楽を聴いたり本を読んだり書き物をしているだけですので。ちょっとした危機感。

というわけで、きょうは寝込んでしまいました。人と会ったり、帰宅が遅くなったりで疲れていたのでしょう。まあ、「適度な睡眠は自己投資である」という言葉を信じましょう。まだ頑張れるチャンスはありますから。

今日はゲルギエフのくるみ割り人形。前にも記事で書いたかもしれませんが、今日は何となくチャイコフスキーを聴きたくなりました。チャイコフスキーは小さい頃から大好きで、後期の交響曲三曲や、バレエ組曲などを聴いていたものです。ゲルギエフ盤はバレエ全曲盤ですので、組曲版よりも曲数が多いですね。馴染みのない曲もありますが、とても美味しい一枚です。ダイナミックレンジが広いし、オケも上手くて安定している。派手に盛り上げるところのパワーは素晴しいです。昨年のクリスマス頃に新国立劇場で見たバレエを思い出します。バレエもオペラに負けず劣らず楽しいのです。

これで、予定がたくさん入っていた五月の週末はおしまい。来週からはまた静かな週末がやってきます。また明日から仕事も始まりますが、いろいろと頑張って参りましょう。

「やるべきことがおおいのは、さいわいである:17世紀の思想家アヴェールの言葉(ウソです(笑))」

 

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怒濤の週末に突入する──ローマ人の物語

今日も少々ハード。ですが、何とか早起きできたので朝のうちに更新します。コルンゴルトを聴きながら、ですけれど。本当はやらないと行けない仕事があるのですが、少々逃避していますかね。そちらは25日に片付ける心づもりなのですが、さて、どうなるか。

昨日、ローマ人の物語第三巻「勝者の混迷」を入手しました。予定ではまだ第二巻を読んでいるはずでしたので、こちらの進捗はすこぶる順調。その功績はすべて塩野七生さんにあるのは間違いないです。

一次文献をよまねば、みたいなことを先日書きましたが、昨日はギボンの「ローマ帝国衰亡記」の抄訳を読んでいました。まあ一応原典をにあたっていると言うことで。先日読んだ「マンガローマの歴史」がいい予習になって良かったです。

さて、「勝者の混迷」も面白いといいのですが、グラックス兄弟の改革など少々残念な史実を読まねばならないというところでしょうか。先日の「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」でも高みの上り詰めようとするまではこちらもワクワクしながら読みますが、ローマはすでに覇権国家になっています。ここからはローマの爛熟した世相とか、暗愚な皇帝とか、すこし残念な歴史を読まねばなりません。そのあたりをどのように塩野七生さんが調理なさっているのか、楽しみではあります。

辻先生の本も読まないとなあ。いろいろ課題やタスクがありますが、出来るところから打ち崩していきましょう。余り焦るとろくなことはありません。

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今日も割とハードな一日──コルンゴルトの交響曲を聴いて

結構いろいろあるな毎日が続いていて、それが今週の土曜日まで波及しそう。仕事では納期があったり、珍しく取引先とミーティングをしたりと、いろいろあります。そのなかでも最大の難事は今週末のサックスの演奏ですが、それさえ乗り切れば平穏な日々が戻ってくるはずです。ブログの更新もなんとか食らいつきましょう。

さて、珍しくコルンゴルトなど聴いてみましょう。ウィキに乗っている壮絶な履歴に感服しながら。

交響曲嬰ヘ長調をウェルザー=メストさんの指揮によるフィラデルフィア管弦楽団にて。

ウィキには、コルンゴルトがアメリカ映画音楽の祖である、と書かれていますが、それはこの演奏を聴いても十二分に感じられます。聴けば聴くほどジョン・ウィリアムズに似ているのがよく分かる。いや、こちらが本家本元で、ジョン・ウィリアムズがコルンゴルトに影響を受けていると言うことなのですが。何が似ているのか? スコアを読めない立場からは少々言いにくいです。ホルンを積極的に使うところとか、弦楽器の美しい旋律など? 数回聴いただけではなかなか表現できないです。しかし、スーパーマンやらE.T.なんかを彷彿させる旋律が姿を現すのを聴くのは楽しいですよ。

コルンゴルトは当初はオペラを作曲していたのですが、ナチスから逃れるために米国に逃げて、そこで映画音楽に手を染めざるを得なくなる。本当はオペラを書きたいのに。しかし、映画音楽をやるなったら決定的にやることにしたようで、ライトモティーフを使った映画音楽などを作曲していくわけです。そう言う意味で言うと、スターウォーズの音楽を担当したジョン・ウィリアムズもやっぱりライトモティーフをたくさん使っていますよね。

しばらくは、この曲を聴くのが楽しみになりそうです。

 

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