だんだん調子が戻ってきた──辻邦生「光の大地」

今朝は5時半過ぎに起床。最近は通勤ラッシュがいやなので、早めに会社に行っています。6時15分頃に家を出て会社に着くのが7時40分ごろ。まだ誰もきていませんし、始業時間は8時ですので、20分間はネットで新聞を読んだりします。朝の電車ではほぼ確実に座ることができますので、楽なのですが、睡魔に勝てず寝てしまうことも。ですが、今日は大丈夫でした。

今朝読んだのは辻邦生師の「光の大地」です。これは毎日新聞に連載された新聞小説です。昨日の帰りの電車であったいい事というのは、この小説を読めたということでした。

この作品は辻作品の中でもいろいろな意味で際立っています。たとえば、同性愛的要素が取り入れられていること。主人公のあぐりと、日本とフランスの混血の美貌の持ち主ジュゼは友情を超えた絆を持つことになります。このあたりが、この作品に対する評価に影を落としている向きもあるようですが、私にしてみれば、多少違和感は感じるにしても、受容できるのです。これは辻邦生師の女性賛美の結晶だと思うのです。

思い返せば、こうした女性同士の友情あるいは友情を超えた絆は、「廻廊にて」、「夏の砦」、「雲の宴」でも描かれていて、私は「光の大地」のあぐりとジュゼの関係もその延長線上にあると捉えています。

一方で、辻邦生師は、男女の愛もちゃんと描いています。たとえば「ある生涯の七つの場所」では、主人公とエマニュエルの深い結びつきを、今にも壊れそうなガラス細工のような美しさで描ききっていますし、同じ新聞小説の「時の扉」もやはり男女の愛を描いています。

ちょっと変わっているのは、年上の女性への追慕のような関係も見て取ることができて、これは「背教者ユリアヌス」で見られるユリアヌスとエウセビアの関係とか、「春の戴冠」で見られるサンドロ(ボッティチェルリ)がカッターオネの奥方に抱く憧憬の念などがそれにあたります。

それにしても、「光の大地」ではちりばめられたイデアールな言葉にある種の面映さも感じます。ですが、その先にあるものを汲み取ってこそ辻邦生師の良い読者であらんすとするのに必要なものです。「生命よりも大切なものがある」 「生活に黄金の時間を取り戻す」 といった記述は、それ自体でなにかくすぐったい気分になりますが、正面から向き合うと難しい問題で、日ごろのわれわれがそこから逃げ回っているのだ、ということを改めて痛感するのです。

仮に私が小説家だとしたら、辻邦生師のように書くことはできないでしょう。その理由は二つあります。ひとつは、新たに書くものが辻邦生師の焼き直しであってはならないから、という理由に過ぎないのですが、もうひとつは、私にはまだそこまで語ることができるほど世の中に向かっていないから、という理由です。願わくば後者の理由は克服していきたいと思うのですが。

それにしても描かれるタヒチの美しさといったら言葉がありません。実際に辻邦生師はタヒチへ旅行されていますので、そのときの体験が生かされているはずです。私もいつかは行ってみたいと思いますが、まだ当分は先のことになりそうです。

失われた三ヶ月──バッハとバーバー

チェリビダッケ指揮でバーバーの「弦楽のためのアダージョ」を二回聞いてから、パユのフルートでバッハのブランデンブルク協奏曲第5番を聞いています。バーバーのほうは、昂ぶる気持ちをやわらげてくれますし、バッハのほうは、やわらいだ気持ちに鍬を入れて耕してくれているようなイメージ。不毛な土地に何かが生まれる予感、だといいのですけれど。

今日、久方ぶりに辻邦生師の「パリの手記」を手に取ったのですが、中に入っていけないという悲しみを覚えました。それはそうです。この三ヶ月間、文学からは少々遠ざかり気味でした。確かに読んだ本の数だけでいえば30冊以上は読んだと思いますが、すべて実践的な内容のものばかりでした。それはそれで生きるために有用な知識を得ることができましたので、プラスにはなったのですが。 「パリの手記」のような評論を読む量が絶対的に少ない。それに小説を読んだ数だって絶対的に少なすぎる。今年ベースで言えば、前半に塩野七生さんの「ローマ人の物語」をかなり読破しましたが(「ローマ人の物語」を小説に数えれば、の話ですが)、この三ヶ月は目も当てられないです。

クラシックを能動的に聞けなかったという意味でもこの三ヶ月は悔いが残ります。あるいは年始に目標に掲げた「プルーストの再開」も果たせていません。 読みたい本は山ほどあるのですが、読む時間も体力も足りていないという感じ。まあ、少々厳しい感じの目標ではあったのですが。 とはいえ、まだ残り二ヶ月ありますから、がんばるのですが。

ところがです。帰りの電車で良いことが待っていました。

続きはあした。

 

文化の日はリゴレット

忙しくて疲れていると、ついつい音楽を流して聴いてしまう感じがします。それから、聴く音楽も少々ビートのきついジャズなどに傾き始める感じも。とはいえ、徐々に落ち着いてきましたので、今週に入ってから少しずつアクティブにクラシックを聴けるようになってきました。

11月3日は新国立劇場でヴェルディの「リゴレット」を聴きます。数ヶ月前にパヴァロッティがマントヴァ公爵を歌う盤を聞いていたく感動しまして、はじめてヴェルディに入っていけた! という感動を覚えました。その後カラヤン盤の「アイーダ」を聞き込んで、さらに「アイーダ」の世界にも入っていけまして、ヴェルディへの苦手意識が徐々に解けていったのがうれしかったのでした。 それで、いよいよリゴレットまで日が迫ってきたということで、(昨日まで聞いていた「神々の黄昏」を途中でやめて)リゴレットを再び聴いています。

キャストですが、リゴレットがシェリル・ミルンスさん、マントヴァ公爵がルチアーノ・パヴァロッティ氏、ジルダがジョーン・サザーランドさん。指揮はリチャード・ボニング氏。

やはりパヴァロッティはすごいです。張りがあって劇的な迫力に満ち溢れた声に心が動かされないわけはありません。会社の昼休みに聴いていたのですが、しばしわれを忘れて感動しておりました。

ミルンスさんのリゴレットの性格表現が激しく的確ですばらしいです。ボニングさんの指揮もいいですよ。劇的なヴェルディ世界をたっぷりと堪能させてくれます。

本当は、家にあるDVDを見ようと思っていたのですが、土曜日に見る時間をとることができるかどうか……。今週末は幸い連休なのですが、いろいろあって少々忙しいのです。なんとか見る時間を見つけることにいたしましょう。

ヘルマン・ゲッツの「じゃじゃ馬ならし」国内初演をキャッチ!──ゲッツ ピアノ五重奏曲

 ヘルマン・ゲッツ(Hermann Götz)という作曲家がいらっしゃいます。1840年にケーニヒスベルクに生まれ(カントと同じ!)、1876年にチューリッヒでお亡くなりになりました。ブラームス(1833-1897)と同年代の作曲家といえましょう。思うに、日本ではあまり有名ではないのでしょうか? 私がゲッツを知ったのは10年ほど前にベルリンフィルのコンサートマスターの安永徹さんや、ベルリンフィルのビオラ奏者のヴォルフラム・クリスト氏などが、来日されて室内楽のコンサートをもたれていたのですが、あまりに演奏がすばらしくて、東京、神奈川のコンサートをはしごしたのを覚えています。そのときに演奏されたのがこのゲッツのピアノ五重奏曲でした。ブラームス的なメランコリーにあふれた美しい楽曲です。

cpoレーベルでゲーベルトリオが録音した盤を聴いていますが、堅実な質感のいい演奏です。

そのゲッツのオペラ「じゃじゃ馬ならし」の日本初演が2009年1月17日、18日の両日、東京新国立劇場中劇場で行われます。東京オペラプロデュースのウェブサイトにて詳細をみることができるのですが、私は早速チケットをゲットしました。どんなオペラなのでしょう? 予習用CDも見つけました。楽しみです。

Goetz: Der Widerspenstigen Zähmung
Marcel Cordes, Hermann Goetz, Joseph Keilberth, Robert Heger, Bavarian State Opera Orchestra, Orchester des Bayerischen Rundfunks, Annelies Kupper, Paul Kuen, Waldemar Kmentt, Benno Kusche, Christel Goltz, Elisabeth Lindermeier, Gottlob Frick
Gala ( 2004-04-27 )
 

疲れたときはこの曲を──ヴォーン・ウィリアムズ

 なんだか音楽を聴く暇もないぐらい忙しい毎日でした。ブログの更新も滞りがちです。こんなに滞ったのは1年以上なかったような気がしますが、一応生きております。

音楽は聴くには聞いていたのですけれど、それを書くまで聞けたかというと少々疑問でしたので、書くのをはばかっていたという感じです。

ですが、ようやく感想が書けるCDを聴いております。ヴォーン・ウィリアムズの交響曲全集から、大好きな第3番と第5番をもう数回聴きました。両交響曲とも静謐な空気の中を漂うような感じで、会社帰りの疲れた頃に聴くと本当に慰められるような気持ちになります。ヴォーン・ウィリアムズの交響曲の中には、4番のように少々激しい曲想もありますね。小さい頃は7番の「南極交響曲」をプレヴィンの指揮で聴いていました。しかし、3番や5番のすばらしさに気づいたのはこのボールト指揮の全集を聴いてからですね。むしろ「南極交響曲」はあまり聴かなくなってしまいました。なにはともあれイギリス音楽もいいものです。

土曜日は人とお話をする機会が多いのですが、夕方の英会話はおもしろかったですよ。アメリカの方が相手をしてくださったのですが、 私が世界史好きなことが噂になっているようで、はなから最後までアメリカ史の話でした。ボストン茶会事件ってBoston Tea Partyというのですね。Partyには「会合」の意味もあれば「党派」の意味もあるのですね。世界史の丸暗記だけでは見えないものもあります。勉強になりました。

URL変更のお知らせとレスポンス向上に向けた取り組み

いつもごらんいただきありがとうございます。

 当ブログですが、デジロック社のCoreserverというレンタルサーバーにて運用しております。運用当初は非常に快適なレスポンスでしたが、最近とみにレスポンスが悪化しておりまして、ごらんいただいている方々にはご迷惑をおけしております。申し訳ございません。

特に、私が借りているS6サーバと呼ばれる区画の負荷率が高いようで、もしどうしてもというのならば、サーバーを移動してもかまわないよ、とサーバ管理の方からは言われているのですが、サーバーが変わりますと、当然ではありますがURLも変わってしまいます。

そこで、ここは思い切って、と言うことで、独自ドメインを取得して運用することにしました。独自ドメインが周知されれば、サーバー変更に伴いURLの変更をおこわなかくてすむからです。(そういう意味では、当初から独自ドメインを取得するべきでした)

 

旧URL:http://shuk.s6.coreserver.jp/MSB/

新URL:http://museum.projectmnh.com/

 

現在のサーバーにはあと数年間は居座ろうと思っておりますので、その間は旧URLでのアクセスも可能です。ただし新URLへダイレクト伝送されます。

いままでごらんになっていただいた方々には引き続きごらんいただけるのですが、リンクしていただいている皆様、あるいはブックマークしていただいている皆様におかれましては、お時間のあるときにURLの変更をしていただければと存じます。

また、レスポンス悪化の要因ともなるダイナミック・パブリッシングをあきらめ、スタティックな構築をすることにしました。私の借りているS6サーバーにおける負荷占有率がワースト3に入ることもあるようですので、S6サーバーの負荷増大の一因は私のブログにもあるのではないか、という判断です。ということは、ごらんいただいている方々が多くいらっしゃることということにもなりますので、大変うれしく存じます。

とはいえ、負荷率軽減をしないとほかのサーバーのユーザー様にご迷惑になりますので、スタティックな構築をすることとしました。ごらんいただいている方々にとりましては、これまで以上にスムーズにごらんいただけるようになると思っております。

以上ながくなりましたが、事務的連絡となります。こんごのご来訪を心からお待ち申し上げております。

PCとブログいろいろチューニング──バッハのロ短調ミサ曲

先日図書館から借りてきたリヒターのミサ曲ロ短調を聴いています。リヒターらしい力強いバッハです。厳格でありながらもただ精神的なものへだけ向かっているのではなく、生々しさも兼ね備えている。先だってローマでサンピエトロ大聖堂に行きましたが、キリスト教会に行くとまずは祭壇の神々しさにおどろくのですが、それと同じように驚くのが、骸骨をモティーフにした装飾が多いことです。それから、ガラス張りの棺のなかに聖人が横たわっているのが見えたりするあたりの感覚が僕にとってはかなり大きな衝撃であり続けています。リヒターのバッハも、単に神々しいだけではなくて、人間的、肉的な側面も併せ持っていると考えています。ピュアな感じではなく、世の中の汚濁までも抱擁しようとする大きさとでもいいましょうか。

私は、リヒャルト・シュトラウスやアルバン・ベルクなど、19世紀末から20世紀初頭にかけての音楽がもっともすきなのですが、それに並んで、バッハも大好きなんだな、に最近気づいています。まだまだ勉強不足ですが。先日かったカンタータのCDもよかったですし。

さて、この週末は大変でした。先週末に、デスクトップPCが起動しなくなり、いろいろと試行錯誤した結果、ハードディスクがクラッシュしたことが判明したのが18日土曜日のこと。東京に出る用事があったので、ついでに換えのハードディスクを購入して、セットアップしました。まだ復旧し切れていませんが、なんとか音楽ファイルの復旧は完了して、ようやくiPodに楽曲を取り込めるようにしました。今日はここまで。

それと平行して、問題となっていたのは、このブログのレスポンスの悪さ。Coreserverというレンタルサーバを借りているのですが、値段が安いのはいいとして、この半年でサーバーが重くなって仕方がありませんでした。サーバーの移転もかんがえたのですが、そうするとブログのURLが変わってしまいます。そこで、将来のサーバー移転も考慮して、ドメイン名を取得することにしました。いろいろと試行錯誤して、ようやくブログのURLの変更が完了しました。そちらについては後ほど告知することにいたします。

今週もなかなか忙しい一週間になりそうですが、元気を出してがんばりたいと思います。

新国立劇場/プッチーニ「トゥーランドット」

 先日、新国立劇場のトゥーランドットに行ってきました。すこし遅れましたがご報告を。

先だって紹介したように、演出のヘニング・ブロックハウスの舞台が楽しみでしたが、予想以上のすばらしさでした。舞台上にあふれかえる色彩の渦に目が回る思いでしたし、舞台上で繰り広げられる登場人物の様々な所作がもたらす情報量の汪溢に圧倒されました。音楽が始まる前にパントマイム劇が繰り広げられます。それは1920年代のイタリアの小さな街をイメージしていて、広場にはカフェがあって、人々が行き交います。カラフ役のフラッカーロさんと、トゥーランドット役のイレーネ・テオリンさんが現れます。広場には道化が現れ、劇の始まりを告げる。中国のマスクをフラッカーロさんに渡して、テオリンさんにはトゥーランドットの冠を渡す。道化が狂言回しなのですね。ここで音楽が始まり、一気にトゥーランドット劇の世界に引き込まれます。舞台上の人々もいつの間にか中国風の格好に変わっている。あふれる色彩に息をのみながら、ぐいぐいと劇の中に浸っていきました。

アントネッロ・アッレマンディの指揮は刺激的でした。頻繁にギアチェンジを繰り返し、劇的効果を最大限に引き出していました。すこしやり過ぎのかな、と思うところもありましたが、あれぐらいやらないと舞台の華々しさとのバランスがとれないのかな、と思いました。

トゥーランドットのイレーネ・テオリンさんは、二幕での最初の登場のときは、調子が今ひとつだったのですが、第三幕に至るまでにぐんぐん調子を上げていって、最終部では迫力あるトゥーランドットを表現されていました。オケの大音響にも負けない力強さ。すばらしかったです。カラフのヴァルテル・フラッカーロさんの声は少し鋭角で張りのある声。リュウ役の浜田理恵さんもすばらしい。豊かな中音域が魅力的で、個人的には大喝采でした。

もっとも印象的だったのは、実は道化役として出演されていたジーン・メニングさんでした。歌手の方ではなく、本職の道化役です。クラウンというのですね。道化は、舞台上で進行するオペラ・セリエとしてのトゥーランドット劇に滑稽な所作とともに加わるのですが、劇が、リュウの死の場面と言った深刻な場面にさしかかると、滑稽な動きで笑いをとっていた道化ですら、深刻でまじめな顔つきをして劇を見守るのです。道化は、劇中にあって劇を内部から客観的に見やる存在となっていて、舞台を見つめる我々と、トゥーランドット劇の間に介在しているわけです。劇中にあって劇の外にある道化は、トゥーランドット劇を現実として見ていますので、我々が道化を通してトゥーランドット劇を見ると、トゥーランドット劇の実在性が強調されてくるわけです。

最後の場面、その道化が帽子を振り上げて我々に別れを告げるのですよ。その瞬間なぜか涙があふれてきました。これでトゥーランドット劇という祝祭的な空間が閉ざされてしまい、我々は再び現実社会へと戻らなければならない。あのとき感じたのは惜別の感だったと思います。

そうしてもどった現実社会は、仕事の方が少々トラブル気味でして、少し問題あり。少々いっぱいいっぱいでして、なかなかブログがかけませんでした。週末になってやっとかけた次第。ああ、一週間も穴を開けてしまいましたね。最近ではなかったことでした。なるべく毎日書くようにしたいのですが、ちょっと厳しかったです。またこれからがんばります。

タワレコでCDゲット

今日は先日ゲットした、タワレコの15%引きクーポンを持って、揚々として新宿に向かいました。新宿のタワレコは新宿駅南口の東側に隣接するフラッグスというテナントビルに入っているのですが、どうやら今月で10周年のようです。昔のタワレコは、新宿通りの南側、三越の裏の雑多とした界隈に1件と、駅ビルの「ルミネ」の最上階にと、二軒あったのですが、10年前に今のビルに移ったのです。その頃、ちょうどブルックナーばかり買っていた時期で、とても懐かしくて、もうあれから10年たったのか、と感慨深くなってしまいます。あの頃と比べてどれぐらい成長できたのかなあ、と。

ベルクのヴァイオリン協奏曲の第二楽章では、バッハのカンタータ第60番"O Ewigkeit, du Donnerwort"「永遠よ、汝おそろしき言葉よ」が使われているのですが、そのカンタータの音源を見つけようとバッハコーナーに向かったのですが、予想通りカンタータの数が多すぎて探せない。そのとき僕は恥ずかしい思いをしてしまったのです。これはもうクラヲタ失格どころか、クラシック音楽愛好者にさえなれていないのだ、ということを思い知らされてしまうのです。あまりに恥ずかしくてココにはかけません。

そういうわけで、アーノンクールのカンタータ全集ばら売りの中から一枚ゲットしました。なるほど、カンタータの原曲はこうなっているのか……。

最近ベルクに大きな関心があるので、持っていない音源の一覧を作って持って行きました。僕は、対人恐怖症なので(?)、あまり店員さんに話しかけたり、質問したりしないのですが、最近はそれ以上に時間を大事にするようになったので、分からないことは店員さんに気合いを入れて質問することにしたのです。それで、ベルクのなかでも持っていない以下の曲を探したい旨を再び店員A氏伝えました。

  • 歌曲「私の目を閉ざしてください」(この曲は2回作曲されているので両方)。
  • 歌曲「ロイコーンに」
  • 四つの歌曲作品2

それでいろいろ探してもらったのですが、どうやらグラモフォンのアルバン・ベルク・コレクションにいずれも所収されていることが分かったのです。かなり時間がかかったのですが、店員A氏はイヤな顔をせずにつきあってくれました。感謝。

このコレクションを早速聴こうと思ったのですが、まずはヴァイオリン協奏曲を聴いてみなければ、とうことで、ムター&アバド盤を聴いてみました。これ、かなりすばらしいですよ。ムターの音ってこんなにも表情が豊かだったんだ、と驚きました。曲のテンポ取りも清冽できびきびとしています。いい録音だと思います。ズーカマン&ブーレーズ盤は冷徹な感じでしたが、ムター&アバド盤はきわめて感情豊かです。

残念なことも。このコレクションに入っている「ヴォツェック」と「ルル」はもう持っていたりするのですよね……。完全にダブってしまいました。「ルル」はブーレーズの初演版、「ヴォツェック」はアバド盤。無念。CDの方を売りに出そうかな、などと考えてみたりして。

さて、タワレコもフラッグスも10周年のお祭りと言うことで、5000円以上を買うとくじ引きを引かせてもらえます。タワレコのくじ引きを引いたところ、なんと当たってしまいまして、1000円引きクーポンをゲット。しかも、くじ引きを引かせてくれたのも店員A氏。本当にありがとうございます。

極めつけは、フラッグスの1階で引いたくじ引き。こちらも三等が当たってしまいまして、こちらは1000円の商品券をいただきました。しかもカード会社の商品券なのでどこでも使えます。ラッキーです。今朝、神社からいただいてきたお札にお参りをしてから出かけたのですが、もしかして御利益かも!?