カラヤン/ワーグナー「パルジファル」への長い道のり

 ちょっとご無沙汰となりました。ちと仕事が忙しいです。にもかかわらず来年は大幅年収ダウンが決定し、意気消沈している今日この頃。新国にあと何年通えるかしら、みたいな……。まあ、こういうときこそ過度に悲観的にならずに前向きにやっていきたいものですが。

さて、前にも少し書いたかもしれませんが、カラヤンの「パルジファル」を聞き始めました。最近ワーグナーづいていまして、「神々の黄昏」とか「ワルキューレ」をイヤと言うほど聞いていましたので気分転換で。っていうか、気分転換になるような曲じゃないですね。素晴らしすぎます。天才ワーグナー。

なによりもこの盤のいいところは、グルネマンツがあのクルト・モルさんだということ。いつぞやも書きましたが、モルさんは私にとってもっとも大好きなバス歌手でいらっしゃると言っても過言ではないでしょう。「ばらの騎士」のオックス男爵はもちろん、フンディンクやハフナー、マルケ王まで、あの艶やかな声に魅了されてしまいます。

パルジファルのあらすじは、聖杯伝説によるものでして、これは小さい頃読んだアーサー王物語で何とも言えぬ不可思議さとともに親しんだ覚えがあります。っていうか、エクスカリバーって、ノートゥングそっくりですね。純朴たる青年パルジファルが聖杯の騎士になるいきさつ描いていて、クンドリやアンフォルタスの救済で幕を閉じるわけですが、この無垢な青年パルジファルが、ジークフリートに重ね合わされていて、アンフォルタスはトリスタンでしょうか。クンドリはマグダラのマリアだそうです。

それにしてもワーグナーは奥が深すぎ。パルジファルの全体の基調は横糸である音楽史的にはワーグナー的といえましょうけれど、そのワーグナー的なものが縦糸的に深化されていてすごくいい。しばらくはこれを聴き倒そう、という魂胆。

とはいえ、3月15日は「ラインの黄金」ですので、そちらの予習もぬかりなく。

 

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ローマ紀行2008 その25 ローマ最終日の始まり

今日も良い天気。ローマ西部のジャニコロの丘に登って、ローマ市外の眺望を楽しもう、ということで、テヴェレ河西岸のトラステヴェレ地区へと向かう。

乗車したバスはH番という快速バス。ガイドブックにはほとんどのフェルマータ(停留所)を通過すると書いてあるのだが、思ったより多く停車している感じ。テヴェレ河を超えたすぐの停留所で降車して、ベルニーニの彫刻があるサン・フランチェスコ・ア・リーバ教会へ向かう。

背が高く道路を覆うように枝を伸ばす街路樹のおかげで強い日差しから守られていて実に気持ちが良い。ローマ市だというのに、緑が多くてなにか田舎の街に居るかのよう。

途中でまたバールを見つけたので、エスプレッソを注文。ここはなかなか安くて0.8ユーロ。自然食品のお店があったので、ミューズリーとインスタントコーヒーを購入。そうしたら、店の外からひづめの音が聞こえてくる。あっと思って窓に目をやると、やっぱり。この街にも騎馬警官が配置されている。日本ではまず見られない光景だなあ。

サン・フランチェスコ・ア・リーバ教会は、その名のとおりフランチェスコ会の教会で、堂内には聖フランチェスコの肖像がたくさん。主祭壇には聖フランチェスコの像があるぐらいだ。おそらくは教会守の老人が横のドアから現れる。僕たちと同じ観光客と思しき金髪の男が熱心に写真を撮っている。

ここにも天才ベルニーニの彫刻がある。80歳の時の作品である「福者ルドヴィカ・アルベルトーニ」。すさまじい緊迫感と官能性と神秘性に開いた口がふさがらない。これが80歳の時の作品だなんて。もっと近くに寄った写真も撮ったのだが、シャッター速度が遅くてぶれてしまう。教会内の撮影は本当に難しい。辻邦生さんは、三脚を持って教会建築をきちんとカメラらに納めていた、ということを思い出す。

ああ、いつの間にか遠くになりきヨーロッパ。次に行けるのはいったいいつになるのだろう?? 

いかんいかん、こんなに弱気になっていては!

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ローマ紀行2008 その24 バスからバスへ

ローマのバスにも大分と慣れてきた感覚。微細な地図をクリアフォルダに入れて、路線を追うことができるようになってきて、なんだかうれしい。ローマのバスを乗りこなすのはとても大変だと聞いていただけに。

というわけで、リエンツォ通りでのおみやげものの物色を終えると、いちどリソルジメント広場に戻って、81番のバスでポポロ広場に戻る。サンタ・マリア・デル・ポポロ教会でベルニーニの彫像を見ようと思ったのだが、あいにく工事中でシートに覆われている。残念。

気を取り直して、同じ81番のバスにのってコロッセオに行ってみようということに。道端のガソリンスタンドの並びの停留所から81番バスに乗り込む。というか、ローマのガソリンスタンドって本当にこじんまりしている。

81番バスはコルソ通りからヴェネツィア広場へいたり、マルチェロ劇場通りを南下、マッシモ競技場通りを東進し、サン・グレゴリオ通りを北上してコロッセオへ到着。

あいにく空は雲に覆われていて、少しくらい雰囲気。雨も降ったのだから無理もない感じ。 残念ながらコロッセオの入場時刻はとうに過ぎていて中には入れず。やむなく81番バスに再び乗り込みヴェネツィア広場へ。84番バスに乗り換えてナツィオナーレどおりを北東へ向かい共和国広場で下車。

ここで、またみやげ物を物色しようとローマ三越へ入るのですが、なんだかいろいろ複雑な心境とともに店を退散。

あとは歩いてテルミニ駅まで戻り、いつものスーパーマーケットでピザを買い込み部屋に戻る。今日のピザは、酢漬けのミニキャベツで、ちょっとチャレンジ精神を発揮しすぎた感じ。

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ラインの黄金予習

今朝は雨音がしております。そう言えば、今年の関東南部はあまり雪が降らないなあ、などと。もっとも、関東南部は三月に入ってから雪が降ることが多いはず。逆に真冬に雪が降らないのは冬型が強いと言うことですので、それが普通なのだということでしょう。

調子の良かった自作PCですが、どうもハードディスクがおかしい。カラカラという音をたてたりするので、これはもう寿命が近いと判断。三年間稼働したハードディスクですので。昔もこんな音が出始めたハードディスクが突如としてクラッシュした経験があるので、早めに対処を。ということで、またインストール作業を始めたのですが、これがなかなかうまくいかない。一番腹が立ったのは、Windows XPのSP3を適用しようとしたところ、ブルースクリーンが表示されてPCが落ちたという事故。何度も何度もプロダクトキーを入力していて少々辟易気味です。

昨週土曜日から、カラヤンのラインの黄金を聞いています。1967年(昭和42年)にベルリン・イエス・キリスト教会における録音。ショルティのラインの黄金が古き名優達を集めたのに比べ、カラヤン盤はその次の世代の歌い手達がタペストリを織りなしています。一番の聞き所はやっぱりディースカウのヴォータンで、理知的で精巧で緻密な工芸品のような歌。カラヤンの音作りは聞き慣れたもので、違和感なし。

個人的にはショルティ盤よりもカラヤン盤の方が好みです。小さい頃からカラヤン&BPO&イエス・キリスト教会で育ってきましたので、自然に音楽に入っていける感じです。

リングを聞く理由はもちろん来月の新国の演目だからです。先週末に新国から送られてきた会報に、キース・ウォーナーの演出を紹介するパンフレットが入っておりましたが、少々不安な気分に。サヴァリッシュのDVDの読み替えはまだおとなしいほどでしたので、それ以上の読み替えについて行けるのか、という不安。実はリングの実演に触れるのは初めてですので。まあ、読み替えについて行くには、きちんと理解を進めておくというのが重要だと思います。せっかくの機会を無駄にしないようにします。

 

 

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生誕100年記念ドキュメンタリー▽ヘルベルト・フォン・カラヤン

 今朝は少々寝坊でして、といっても7時半に起きたわけですが、ふと思い立って8時頃、BSハイビジョンをつけてみると、カラヤン生誕100周年のドキュメンタリーに遭遇しまして、引き込まれるように見てしまいました。そう言えば、カラヤンの喋っている映像を見た記憶がほとんどないなあ、ということに気づいて恥ずかしい次第。カラヤンは僕的には神様のような存在で、生身の人間という気がいたしません。それが、リハーサルで冗談を言ったりしているものだから妙に新鮮な気分でした。

カラヤンもやはり自制心の強い方で、毎朝4時に起きて準備をしていたそうです。小澤征爾さんも確かそうですよね。音楽家は夜眠るのが遅いと思うのですが、にもかかわらず4時に起きるとは。そう言えば、大学時代にお世話になった教授もやっぱり明け方起きて勉強をしているとおっしゃっていました。見習わないと。

カラヤンと言えば少しテンポが速いのかな、と思っていました。カラヤンの「運命」を初めて聞いたときに、冒頭の動機があまりに早くて(フルトヴェングラーと比べてですけれど)、それ以来そういう印象が離れませんでした。もう四半世紀前の記憶がよりどころなのですが。けれどもそんなことはない。ヤノヴィッツやルートヴィヒさんが、テンポが遅すぎて歌えない、とカラヤンに直訴したというようなエピソードが紹介されていました。今日の午前中にカラヤンの振ったブルックナーの8番を聞いたのですが、やっぱり威風堂々と重々しく曲が進んでいて、なるほど、と思った次第。

ちょっとショックだったのが、ヤノヴィツさんが登場したことです。クリスタ・ルートヴィヒ、ルネ・コロ、小澤征爾、マリス・ヤンソンス、サイモン・ラトルなどが証言者で登場するのですが、ヤノヴィッツさんもそんな証言者の一人として登場。ですが、あの若い頃の面影は全くなくて、体格のとても良いおばあさんになってしまっていました。それはそれでいいことなのかもしれませんけれど。

しかし、NHKも油断ならないなあ。こんな番組を日曜日の朝にやっているなんて。

 

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ローマ紀行2008 その23 エスプレッソ

ポポロ広場から地下鉄フラミニオ駅に向かい、二つ先のオッタヴィアーノ駅にて下車。リソルジメント広場からリエンツォ通りへ向かい、頼まれたお土産を物色して回る。

旅も中盤に差し掛かり、大分と疲れている感じだったのだが、なんとかついていく。カストローニという食料品店がガイドブックに載っていて、いいお土産はないかと店内に入る。

うずたかく積み上げられた世界中の食材がたくさん。もちろん醤油だって売っているのだ。 店内にはカウンターがあって、エスプレッソを飲むことが出来る。バールっていうやつ。ひとしきり考えて、どれエスプレッソでも飲んでみようか、ということでカウンタに向かうのだが、店員がレジのほうを指差す。どうやら、レジで会計をして、レシートをカウンターに持ってこなくてはいけないらしい。ということで、0.8ユーロ弱の値段のエスプレッソを飲んでみる。

マジですか!

疲れたからだの隅々にまで神経が行き渡って、とたんに元気になった。四肢に力がみなぎり、体がしゃっきりして目が覚める。エスプレッソはすごい効果だ。日本ではドリップコーヒーしか飲んでいなかったけれど、エスプレッソの効き目がこんなにあるとは思いもよらなかった次第。某大臣も記者会見前にエスプレッソを飲んでいればよかったのに。 というわけで、旅の後半は疲れたと見るや、バールを探し出してエスプレッソをいただくのが癖になりました。

日本に帰ってきてエスプレッソを飲もうにも、結構高いなあという印象。イタリア的には、おそらく100円以下の値段で供されている印象だからなあ。日本にもぜひエスプレッソ文化を! 会社もエスプレッソのベンダーマシンを購入して各部署に設置するべき。きっと生産性高まります。

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ローマ紀行2008 その22 トレヴィの泉もお休み

71番バスに乗って、マッジョーレ教会からトレヴィの泉へ向かうのだが、ついたとたんに意気消沈。なんと泉からは水が抜き取られていて作業員が清掃をしているではないか……。集まった観光客もため息を漏らしながら次々と去っていく。きわめて残念。近くの有名ジェラートショップも昼前にならないとあかないというし……。

というわけで、早々に退散してスペイン階段へ向かう。「ローマの休日」で有名な場所だけれど、行ってみるとなんだか思ったより小ぶりな印象。なんだか残念。

スペイン階段から西へと向かい市街中心部へと向かうのだが、ここでなんとマルタ騎士団の旗を掲げる建物に出会う。これが騎士団本部のかあ、という感じ。マルタ騎士団は、たしか独自の切手やナンバープレートを持つことが出来ていて、国連にも加盟している。国家ではないけれど、国家的な取り扱いを受けているのである。

商店街の文房具屋をのぞいたり、食事を取ったり。午後になってポポロ広場に向かうのだが、空は曇りポツリと雨が降り出す。

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ローマ紀行2008 その21 マッジョーレ教会

旅行も5日目。月曜日ということもあって、美術館は閉館である。というわけでこの日はトレヴィの泉や教会めぐりをしようということに。

まずは、テルミニ駅から近いサンタ・マリア・マッジョーレ教会へ。ここは、ラテラノ教会と同じく、バチカン市国の治外法権となっている教会。教会内は国際法上はイタリアではないということになる。

この教会を訪れた理由は、なによりあの天才ベルニーニの墓があるということ。天才といえども死からは逃れることは出来ない。主祭壇の右手にベルニーニ家の墓標が床に埋め込まれている。しばし沈黙。

堂内には、いくつもの木彫りの懺悔室があって、中に神父が手持ち無沙汰に待っている。懺悔室、ブースといってもいいと思うが、プレートがはめ込まれていて、担当神父が操れる言葉が書いてある。イタリア語Italiano、英語Englishといった具合。両翼に並ぶ副祭壇ではミサがとりこなわれているのだが、ここにもミサで使う言葉が書いてある。ヨーロッパが地続きであることを痛感する。

教会脇の売店には、ベネディクト16世のキーホルダーといったヴァチカングッズが置いてある。いすが床に転がしてあって、何だろう、と思ったのだが、どうやら床石が剥がれているので注意せよ、ということらしい。

教会を出て、トレヴィの泉へ向かう71番バスを待つのだが、なかなか現れない。教会広場を取り巻く道路は激しい交通量だ。

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ローマ紀行2008 その20 夏のローマの結婚式

なんだか、一昨年のフィレンツェといい、昨年のローマ(っていうか、ローマ紀行、年明けてしまった……)でもやはり結婚式に何度も出くわす。フィレンツェでは市庁舎での結婚式だったけれど、ローマでは教会のそれ。観光客にとって残念なのは結婚式中は教会に入れなくなってしまうこと。でもそれよりも、モデルのように美しい花嫁の姿を見たり、参列者の粋な格好を見たりするのも楽しいもの。

先だって我々が上り間違えてしまったアラチェリ教会へと続く長い階段に車がつけられて、真っ白く輝いたおそらくシルクの花嫁衣裳に身を包んだ、日に灼けたで髪の毛の黒いたおやかな、いやそれでいて、芯の強そうな花嫁に出くわす。エスコートする父親もうれしそうだが心中いかばかりか、というところ。観光客が周りと取り囲みカメラの砲列が花嫁を取り囲む。そして、アラチェリ教会への長い階段を上りだした花嫁と父親。

しかし、この階段、さすがに急で長いから、途中で休みながら少しずつ上っていく。空は真っ青で、階段は日に当たり白く輝いている。驚くべきことに、花嫁を撮影するカメラマンは、カメラバッグの中に重いレンズを詰めたまま、階段を駆け上がっていくではないか。なんとも畏怖すべき体力。カメラマンは体力勝負でっせ。

はるか丘の上の教会の入り口には、参列者たちが待ち受けていて、階段を上る花嫁と父親の姿をにこやかに待ち受ける。おそらくは花嫁は何度も立ち止まり上を向いて、また上り始める。その繰り返しなのだ。いままでもこれからも。

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ショルティ「指環」聴破

ショルティの「指環」全曲聴破しました。1週間ぐらいかけて通しましたので、なかなか達成感があります。とはいえ、ブックレットを見ながら集中して聞けるわけっでもなく、家で仕事をしながら、通勤時間に、などという感じです。

もちろんこれまで全曲聴いたことがなかったか、といわれると、まあ聴いたことはあるのですが、先だってのペーター・シュナイダー氏の「指環」を聴いて、音楽的な面については全体がおぼろげながら見られるようになってきたと思います。それから、カラヤン盤とショルティ盤を立て続けに聴いたことで、演奏の凄みや面白みのようなものもわかってきた気がいたします。 四曲聴いて、気に入った順番などをあえて並べてみると……。

神々の黄昏>ヴァルキューレ>ラインの黄金>ジークフリート

でしょうか。

神々の黄昏は、まずはなにより第一幕のジークフリートとブリュンヒルデの壮絶で歓喜に満ちた二重唱でぎゃふんといわされます。それからジークフリートラインの旅が思いのほか楽しくて大好き。グロッケンシュピールが出てくるあたりの楽しみ、ライン川の滔滔とした流れを見下ろす感じが大好き。 それから、ハーゲンの不安げで邪悪なライトモティーフになぜか心を打たれるのですね。グンターもグートルーネも大好き。それで、ジークフリートとハーゲンが角笛でやり取りするあたりは、もうジークフリートが気の毒。ジークフリートって、決して理知的な英雄ではないので、仕方がないのですが。それからブリュンヒルデの壮絶な歌唱が終わると、最後は心安らかな長調の和声で終わる。若干の不安を含みながらも。本当にすばらしい曲だと思います。和声的にもジークフリートまでとは違う突き抜けた感じがあるように感じます。

ワルキューレは、例の「ワルキューレの騎行」などより、ジークムントとジークリンデの禁じられた愛が切ない。実に「トリスタン」的。何度も書いていますが、カラヤン盤でジークリンデを歌うヤノヴィッツさんのすばらしさも、この曲が大好きな理由のひとつです。今回聞いた中では、実は終幕部のヴォータンとブリュンヒルデのやり取りのあたりがすばらしいことに気づきました。

「ラインの黄金」と「ジークフリート」は少々聞き込みが足らないですね。最近「ラインの黄金」の冒頭部のラインの乙女の三重唱に心洗われる思いをしました。「ジークフリート」は、最終部の「ジークフリート牧歌」の旋律が現れたとたん、なんだか天上から光が差し込むような気分を味わったりするのですが。

ともかく、指環はすごいです。早く実演に接してみたいです。そして、一生のうちにバイロイトに行ってみたい! これはもうそこはかとない夢ですね。だが実現に向けてがんばりましょう(ってどうやって?)

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