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2009年3月アーカイブ

この「連載(?)」の最初に書いたと思うが、バスの乗りこなしは本当に難しい。とくにトラステヴェレからジャニコロの丘に登る115番バスには本当に苦労させられた。停留所にも記載があり、路線図でも通るはず、ネットの最新情報でも間違いないと思われたところに、115番バスはまったくあらわれず、おそらくは小一時間は待ちぼうけを食らったと思う。ひと時は歩いていこうか、なんていうことを話したぐらい。やっと来たバスに嬉々として乗り込むのだが、どうしてどうして、歩いて上れるような丘ではなくて、ヘアピンカーブがジグザグと続き丘を登るのだから、バスを待っていて本当に良かったと思う。

ジャニコロの丘の頂上付近にガリバルディ広場があってそこで下車。ローマの街を一望できる。広場には巨大なガリバルディの像が立っている。イタリア統一の英雄ガリバルディだけに扱いもすごいということ。

ちょっと下ったところにあった噴水がすばらしくて写真を何枚も撮る。そうこうしているうちに都合よく115番のバスがやってきて、タイミングよく乗車。ジャニコロの丘を降っていく。

次はナヴォーナ広場やパンテオンへ向かう。

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プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」
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なんだかぼれきれのような状態ですが、音楽は聴いております。散漫ですが。

こういうときは、「私的名盤」を聴いて心を落ち着かせるのが一番。今日の昼休みはパヴァロッティとフレーニの「ボエーム」を聴いたり、ドミンゴの「誰も寝てはならぬ」を聴いて気分を落ち着かせる感じ。両盤ともカラヤン指揮なのですが、甘くゆったりとした音に慰められる感じ。

カラヤンの指揮は、悪い意味での重みは感じないけれど、ゆったりと歌わせる棒ですね。 先日ドキュメンタリーを見て以来、なんだかカラヤンについての再発見が多いです。初めてクラシックのカセットテープを買ってもらったのが小学校五年生のときで、それ全部カラヤン指揮だったもので、僕にとってはカラヤンは水や空気のようなものだったので、それ以降、他の指揮者を聴くときは「カラヤンと比べてどうか」という観点で聴いていたのですね。だから、以前はカラヤン盤の良さを積極的に語ることが出来なかったのかもしれません。まあ、僕の場合、クラシック暦は長いようですが、途中でジャズに浮気してますので、あまり聴けていない、ということなのでしょうけれど。

ああ、また自虐的。

しかし、オペラは良いですねえ。「トゥーランドット」は2002年の冬にパリのバスティーユで聴いたのですが、あのころに比べれば本当に世の中の色が変わってしまった気がします。昨年の新国の「トゥーランドット」も良かったですが、ドミンゴぐらい甘いテノールで聴いてみたいです。

っていうか、またイタリアに行きたいなあ。ほとんど逃避行動ですが。もうこんなご時勢ではいくらユーロ安とはいえ夢のまた夢になりそうな気配。行ける時に行っておいて良かったと思うことにしますし、またいつかいける日が来るでしょうから。

あとは、辻邦生さんの小説を読めばもっと元気になるはず。また「春の戴冠」を読み直そうかなあ、という意欲。

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昨日の夕方から聴き始めたショスタコーヴィチの交響曲第八番は、実に今の僕の風情にぴったりでして、これぐらいの曲で落ち込むところまで落ち込んでいって、ぐるぐる振り回されて、ぽいと投げ捨てられるぐらいがちょうどいいのやもしれません。

この曲は、ムラヴィンスキー盤を聴いたのがはじめて。中学生のころか高校生のころか、そのころ。当時から第三楽章のトランペットが好きでしたねえ。そういえば、大学生のときNHK交響楽団でこの曲の実演に触れているのですが、記憶は定かではありません。

昨日はバルシャイの全集から、今日はロジェストヴェンスキーの全集から聴いています。ロジェストヴェンスキーのほうがなぜか洗練されていて鋭利な刃物を突きつけられているかのように思えるのに対して、バルシャイ盤はずっしりと重い足かせをはめられて沼地を歩いているような気分になります。 バルシャイ盤は録音が少し残念ですが、このリヴァーヴ感と中低音が強調されている感覚が実にショスタコーヴィチ的だなあ、と思うわけです。どうしてこれがショスタコーヴィチ的なのかは良くわかりませんが、たぶん、何らかの僕の不安感とつながっているはず。僕が良く見る悪夢の風景にぴったりのサウンドなのですよ。

この曲もやはりスネアドラムが大活躍でして、特にバルシャイ盤の第一楽章のスネアドラムの打点のタメがすごくいい。下手をしたら遅れているととられてしまうかもしれないぐらい。こういうグルーヴ感は大好きです。

最近とある趣味を復活させまして、これがめっぽう楽しい。音楽聴きながら趣味に取り組むのが幸せでしかたがなくて、辛いことも忘れられるぐらいです。まあ、時間のムダなのかもしれませんが、今のところ生きていくに必要な時間とでもいえましょうか。幸い、英語の勉強にもなりますので、実益を兼ねている次第、と自分を納得させています。

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ジャニコロの丘を下る115番のバスは、ヴァチカンの手前で停車する。エンドポイントか、ときいてみるとそうだとのこと。

ガイドブックには地下の駐車場が終点だと書いてあったのだが。ヴァチカンの丘を貫く自動車トンネルのバス停でローマ中心街に向かうバスを待っていると、お目当ての48番バスが現れて、乗り込むのだが、程なくしてこちらも終点についてしまい、950番のバスに乗り換え。

バスは混み合っていたけれど、珍しく車内検察があって、女性の係員にチケットを見せてOK。

ナヴォーナ広場は、ローマ帝国時代の競技場跡がそのまま広場となっていて、確かに広場の形は戦車競争でもできそうな形をしている。ドミティアヌス帝時代だから、ベン・ハーが戦車競争をしたわけではなさそうですが。ここにはベルニーニの彫刻がたんまりあるのですが、工事中で隠されているものも結構あってショック。ベルニーニの作品はあまりに多すぎて、というところなのでしょうけれど。

お昼近くになっておなかがすいてきたので、食事をとらんと目をつけておいたレストランに向かうことに。

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Tsuji

 辻先生の「ある生涯の七つの場所」について、2006年から2007年に掛けて集中的に書いていた時期がありました。そのころの記事を読んでくださったのだと思うのですが、先日ある方から心のこもったメールをいただきまして、本当にうれしい経験でした。この場を借りて改めてお礼申し上げます。

さて、私がこの連作短編集「ある生涯の七つの場所」を始めて手に取ったのは1992年の2月だったと記憶しています。場所は品川プリンスホテル内の書店にて。辻先生のお住まいは高輪でしたので、きわめて近い場所でこの短編に出会って驚きうれしかったのを覚えています。そのころのことは以下のリンク先の記事もお読みください。

http://museum.projectmnh.com/2006/11/29233753.php

さて、1992年といえば、もう17年も前のことになります。当時私は受験生でしたので(年がばれますが)、いろいろと思い悩んだということもあり、各月で刊行されていった「ある生涯の七つの場所」全7冊を発売当日に買い求め、そこになにか浄化のようなものを求めていました。 当初は法学部や政治学科を志望していましたが、おそらくはこの「ある生涯の七つの場所」をはじめとした辻邦生作品を読むことで半年後にはずいぶんと人間が変わってしまい、結局文学部に進むことにしたのでした。それはそれで本当に良かったと思います。

先日高校時代の友人達と会ったのですが(富士登山の友人です)、彼らと知り合ったのが16歳ぐらいですので、そこからまた17年とか経ってしまっているわけで、あのときまでの人生時間と同じ時間がたっているのだなあ、と愕然といたしました。

「ある生涯の七つの場所」は七つの色をモティーフとしたそれぞれ14の短編(7×14=98)に、プロローグとエピローグを加えた100の短編から構成される小説群で、長編小説ととらえることもできると思います。主人公は三代にわたる男たち。すなわち、

  1. 戦前にアメリカにわたって農業関係の研究をしている「父」の挿話群
  2. その息子である「私A」が戦前の日本で織りなす人間模様のなかで成長していく姿を描く挿話群
  3. 「私A」の息子である「私B」が、フランス留学中に知り合ったエマニュエルとの出来事や、スペイン内戦に関わる出来事に出会っていく挿話群

というぐあいです。

ともあれ、もう「霧の聖マリ」を半分以上呼んでしまいました。すでに通読しているからこそ意味がわかってくる挿話などがあって、特にスペイン内戦を巡って小説の水面下で繰り広げられる人民戦線に参加した男たちの物語を浮かび上がってくるのがとても興味深いです。このあたりは本格的に研究してみたいと思っているところです。時間をとれるといいのですが。研究したいと思ってからもう15年は経っていますね。光陰矢のごとし。されど「もう遅い」という言葉はありませんので、なんとか取り組もう、という決意。

さて、今週末の日曜日は新国立劇場で「ラインの黄金」を鑑賞予定。安い指環のセット売っていないかしら……。さすがにカラヤン盤とショルティ盤ばかり聴くのも芸がないような気がしてきましたので。超久しぶりにタワレコを急襲しようか、などと思案中です。

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どうも最近調子が今ひとつで、ご無沙汰してしまっております。

会社の往還では辻邦生先生の「ある生涯の七つの場所」を読んでいまして、文庫版の第一巻「霧の聖マリ」をそろそろ読み終わります。今回は研究しながら読もうと思っているのですが、どうやってまとめればよいのか。以前はアクセスのデータベースで登場人物の整理をしよう、と思っていたのですが、なかなかうまくいかず。ここは一念発起するしか。

さて、 今日はいよいよ新国にて「ラインの黄金」を。ニーベルングの指環の実演に触れるのは恥ずかしながらこれが初めてでして期待はふくらむばかり。とはいえ、ウォーナーの演出は読み替えがなされているので、入っていけるかと言う点では心配でもあります。まあ、映像付きの指環はサヴァリッシュ@バイエルンで見ておりますので、何とか大丈夫だとは思うのですが。

それにしても予習をしていて立ち現れるのが、ペーター・シュナイダーさんの「指環」。あれ、本当に凄い演奏でした。今日もいい演奏だといいなあ、と思います。

予習にカラヤン盤の「ラインの黄金」を聴きすぎて、飽きてしまいました。とほほ。まあ、モナリザも毎日毎日眺めていたらただの人に見えてくるでしょうし、そう言うこともありましょう。

戻ってきましたら、またレポートしたいと思います。

 

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Wagner

ちと忙しくてコンディションが万全とは言えませんでしたが、なんとか出かけることが出来ました→ラインの黄金@新国立劇場

いやあ、のっけから驚かされる指環でして、音楽そっちのけで演出に驚かされっぱなし。 ひしゃげた長方形の画面に水面の様子が映し出されてライン河をイメージしているのはわかりますが、この後からが大変でして……。

このあとはずっと、このひしゃげた長方形を通して指環劇を観ることになるのですが、あるいはそれは映画館のメタファーなのかも。ラインの乙女達はこのひしゃげた長方形の前に並べられた劇場椅子の上を自在に動き回り、アルベリヒを翻弄します。大衆的複製芸術としての映画が指環に重ねあわされるとどういう意味を持つのか。そういう意味で実にキッチュな感じの演出だったのではないかとも思うのです。

ともかく、最後にワルハラへの入城の場面で、仏陀やらキリストやらポセイドンやらイザナギ・イザナミがワルハラに現れるというのはどうしたもんでしょうか。あまりに刺激的ですが、なんだかとってつけたような感じも受けます。映画の「ソ○ィーの○界」を見たときに感じた居心地の悪さでした。

演奏が終わると、なんだか悪夢の中を彷徨っていたような気分になりました。これは夢の世界です。それもナイトメア。

まあ、こうしていろいろと指摘したくなるということ自体が、ウォーナーの意図するところなのかもしれません。まんまと蜘蛛の糸に絡め取られたというところでしょうか。

音楽的な面ですが、歌手としてはユルゲン・リンさんのアルベリヒが一番よかったです。声質に張りと艶やかさがある私好みの歌声です。

一番楽しみにしていたのは、エレナ・ツィトコーワさん。ツィトコーワさんを新国で聴くのは3度目になります。最初はケルビーノ、次はオクタヴィアン。これは素晴らしかった。そして昨日はフリッカ。うーむ、ちょっと印象が違うのですよ。オクタヴィアンの鮮烈な印象がすばらしすぎて、フリッカの持つ神々しさとかある種の傲岸さのようなものがあまり感じられないのです。衣装も地味なツーピースでしてすこし物足りなさが。歌声は柔らかく豊かで、すばらしさは健在で脱帽なのですが、それがフリッカ的であるかどうかはちょっとよくわかりません。

カーテンコールはブラボーだかブーイングだかわからない怒号が飛び交う感じ。こんなに荒れた感じのカーテンコールは初めてかも。あえて言えば、○国のボ○○ムを○上道○氏が振ったときと、関○○期○のナ○ソ○島のア○ア○○のときぐらいでしょうか。まあ、まだ56回しか観てないので、赤子も同然なのですが(56回「も」かしら。それにしては何も知らなさ過ぎる)。

それにしても、演出の印象が強い、ということは、僕自身音楽をきちんと聴けていなかったということになりそう。ここは至極反省。次回のワルキューレはきちんと体調を整えて行きたいと思います。

さて、究極の選択。

  • 休みなしの2時間45分のオペラ
  • 休みを二回いれた5時間超のオペラ

どちらが体に優しいでしょうか?

私的な答えは4月12日に出ます。

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Tsuji

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霧の聖(サント)マリ (中公文庫―ある生涯の七つの場所)
辻 邦生
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「霧の聖マリ」読了です。2ヶ月ぶりに辻作品の芳香に触れて感慨深いものがありました。

先にも触れましたとおり、ある生涯の七つの場所は、色の系列(7色)と数の系列(14篇)を掛け合わせて(98篇)プロローグとエピローグを加えたものですが、霧の聖マリでは、黄と赤におのおの7編を掛け合わせた14篇からなります。

黄の系列である「黄いろい場所からの挿話」は私Bが主人公の挿話群で時代は1970年代初頭のヨーロッパが舞台。「赤い場所からの挿話」は私Aが主人公の挿話群で1920から30年代にかけての日本が舞台です。

(私A、私Bはこちらを参照ください)

改めてプロローグを読み直してみると、スペイン内戦についての示唆が多く含まれていて、あとから登場するはずの人物達の名前も記されてあり、懐かしい思いです。

「黄いろい場所からの挿話」群では、おそらくはスペイン内戦に参戦した男達の影をいくつもいくつも通り抜けていきながら、私Bとエマニュエルのある意味独特な愛情関係をモティーフに、人間らしさとか、自由といった根本概念の考察が加えられていきます。

私Bとエマニュエルの関係はこの作品群に通底する大きなライトモティーフで、今後のことを知っているだけに、複雑な気分。あまり書くとネタバレですが、ともかく、この二人のある意味純化された美的な関係は実に甘美です。

「赤い場所からの挿話」群では、私A(私Bの父親なのですが)の幼少時代からの記憶をたどる物語。戦前の日本を舞台に、なかば哀切とした人間模様が語られていきます。逆境に耐え忍びながら、あるいは運命に抗おうと生きる男達や女達の物語を、幼少の私Aの視点から回想的に語られるわけで、胸を打たれるばかり。

今回も、読んでいくうちに今の自分にぴったりのことが書いてあって、空恐ろしさを感じた次第です。こういう経験は辻作品を読むたびに味わうので、最近では当たり前のように思っていますが、良く考えればとても不思議な出来事だと思います。

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ベートーヴェン:交響曲全集
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東京はすっかり春めいてきました。黄砂が訪れたかと思うと、南からの暖気に覆いつくされた感じで、昼休みの散歩も爽やかな気分。木々も花を咲かせ始めていますし、タンポポやスミレがいたるところに見られるようになりました

。今朝の往路は英語のお勉強。ヒアリングしながら英語の文書を読む感じ。基本的に辞書はその場では引かないで、とにかく量を読んで覚えていこうという魂胆。でもあとで引くんですけれどね。

会社の昼休みは、先だってラトルの指揮で聞いたベートーヴェンの交響曲第二番をアバドが振るベルリンフィルの演奏にて。ラトル盤よりも重心が低く落ち着いているのですが、それでいて彩度も高いです。もちろん技術的な面では堅牢ですので、まったく不安感を感じさせない。音量調整もラトルほど先鋭的ではないです。アーティキュレーションが強調されていてそこがこの曲のアバドらしさといえるでしょうか。

ベートーヴェンの交響曲はこの数年間はあまり聞いてきませんでしたが、先日のペーター・シュナイダーさんの振る4番の実演に接したら、その魅力にとらわれたという感じでしょうか。古典的とはいえ、かなりアグレッシブで意表をつくフレーズが出てきたりして面白いのです。これはモーツァルトの魔笛を聞いていたときにも思っていたことです。ただ心地よいだけじゃなくて、そこにはバラの棘のように引っ掛かりがなければならない、ということなのだと思います。ブルノ・ワルターが「音楽は晴朗な地中海などではなく、黒々とした大西洋なのだ」といったようなことを言っているのですが、まさにそういうものですね。

個人的なカミングアウトですが、この2週間はそういう意味ではちょっと日和見的な音楽選択に終始していました。本当はオペラを聴かないといけないのに、フュージョン音楽を聴いていましたので。まあ懐かしかったので良かったのですけれど、昔良かったと思えた曲が、今聞くとまったく満足できなくなっているというのは、時代が進んだからなのか、私の歳のせいなのか、というところで、ちょっとさびしさを覚えた次第です。

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Ravel, Debussy, Saint-Saëns: Orchestral Works

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 徐々に元気が出てきて音楽を聞けるようになってきました。今日はカラヤンの耽美的な世界を。6年前にリリースされたCDで、ラヴェルのほかにもドビュッシーやサン・サーンスをカップリングしたCDなのですが、このCDでもっぱら聞くのが「ダフニスとクロエ」の夜明けの場面です。

きっと、すさまじい夜明けでして、真っ赤な太陽が現れると、一気に水平線に浮かぶ雲が燃え上がっているのがわかります。カラヤンの指揮は幾重にも朝日に赤く染まった波が寄せては引く砂浜に経っている感じ。おそらくは誰一人いない砂浜で、波面も真っ赤に染め上がっていて、波の音が響き、風の音が耳のそばでうなっているだけ。

2003/2004年のシーズンに新国立劇場で「スペインの燦き」と題された演目で、バレエをみたことがありますが、鮮烈なイメージでした。

「ボレロ」も「亡き王女のためのパヴァーヌ」もすばらしくて、こういうねっとりとした甘美な世界に浸りきるのも悪くはないなと思います。

 

今日はちと疲れ気味でして、理由は昨日のハイキング。小田急電鉄ののんびりハイク&ウォークという催しに参加してきました。

小田原駅に8時前には到着して受け付けを済ませ、バスに乗って湯河原に向かいました。湯河原の幕山公園という梅の名所をスタート。とはいえ、梅はすっかり散っていましたし、雨がやむはずなのに途中で土砂降りの雨の中を歩かざるを得なかったりで大変でしたが、かなりのペースで歩きまして、3時間弱でゴールに着いてしまい、スタッフに驚かれた感じでした。本来なら山のてっぺんで食事をとりたかったのですが、あの雨じゃ無理でした。ですので写真も撮れず。やむなし、です。

今朝起きると体中が痛くて仕方がありません。普段運動していないのがたたっています。運動せねば。

写真はゴールの神社にあった古そうな狛犬です。

 

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ナヴォーナ広場から東の路地へ入っていくと、突然イタリア下院の建物があって、イタリア国旗とEU旗を掲げていたりする。その裏手にあるのがローマ時代から威容を保つパンテオン。作られたのはオクタヴィアヌスの時代だからもう2000年はたっているでしょう。まだまだ崩れ落ちることのない堅牢な建物。広場の中央にはオベリスクが立っていて、観光客でごった返している。

広場の周りに構えるレストランは、軒並み広場にテーブルを出して観光客達の呼び込みに余念がない。 ところが、社長(=尊敬する妻です)が選んだレストランはそうした観光客慣れしたお店ではなかった。オープンテラスなど広げない地味な感じの入り口は閉ざされていて、中の様子をうかがい知ることなど出来ない。若干の不安とともに扉を開けると、薄暗い店内に背が高い黒髪の男の給仕と、金髪の女性給仕が目を合わせてきて、軽くうなずいて席を作ってくれる。決して愛想笑いなどしなくて、それでいて嫌がっているような風にも見えない。明らかに自然な振る舞い。

ここで、クラウディア風というパスタを頼んでみる。確か、Claudiaと書いてあったのだけれど、名前の由来などはわからない。けれども出てきたパスタは……、まじですか……! こんなに絶妙な味わいのパスタは初めて。ソースはおそらくは魚介類のスープが使われている黄色い薄味のソースで、こんな微妙な味は初めて。これまで食べたパスタの中でもっともおいしいパスタであることは間違いない。

店内は薄暗く静かで、僕の後ろには禿げ上がった70前後の老人、老人よりも少し若いぐらいの婦人が食事をしていて、実に静謐な感じ。彼は下院議員なんじゃないだろうか、などと勝手に想像してしまう。

デザートにティラミスを食べてみたのだけれど、僕はティラミスを初めて食べた、と思った。いままで食べていたのは「ティラミス」なのであって、ティラミスではなかったのだ、という愕然たる事実。 明らかに背伸びをして入ったレストランでしたが、ローマ最後の食卓としては最高。選んでくれた社長に感謝。

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Rameau: Anacréon; Daphnis et Eglé

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最近ただれた生活が続いていて、月曜日、火曜日と不調でしたが、何とか回復。原因は睡眠不足と糖分の不足ですね。ちと体を休めつつ、仕事につかれたらチョコレートを食べることにしましょうか。

さて、疲れたときはラモーでしょう。ジャン・フィリップ・ラモーの組曲「アナクレオン」をナクソスレーベルにて。カペラ=サヴァリアの演奏、マリー・テイレイ=スミスの指揮。女性の指揮者ですね。 清澄だけれど厚みのある演奏。録音の残響も柔らかく深みがある感じで、胸がきゅうっと締め付けられる。懐かしい手触り。こんな曲を聴きながらフランスの田舎をドライブできたら幸せでしょう。

ラモーは1683年生まれですが、和声や調性を体系的に初めて理論化した方。ここから始まるのです。 バロックが聞きたくなるとき、けっして調子がいい状態ではないのですが、昼休みにヘッドフォンをかぶって大きな音で音楽に浸るととても気分が良くなります。こういう聞き方してはならないのでしょうけれど。

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2012 年 2 月 7 日
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2009年3月更新率
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