ハイティンク・シュトラウス・ラヴ

今日はハイティンクについて。ブルックナー7番を聴いたのですが、どうも最近ブルックナーを聞き慣れていないらしく、ハイティンクらしさを今ひとつ掴みきれませんでした。

ところが、シュトラウスの「ツァラトゥストラ」と「ドン・ファン」を聴くと、これがまた素晴らしいハイティンクの棒さばきでして、躍動感と華麗さと高揚感が十全に伝わってくる名演です。こういうハイティンク、大好き。ハイティンクの演奏で私の中でフィットしているのは、ワーグナー、リヒャルト・シュトラウス、ショスタコーヴィチ、それからベートーヴェン。実は、マーラーとブルックナーも聴いてみたんですが、ワーグナーやシュトラウスに感じるワクワク感が少し足らないような気がします。これは、ハイティンクが悪いわけではなく、おそらくは今の私にとって、マーラーやブルックナーの音楽を聴く準備が整っていないと言うことだと思うのですが。

しかし、「ツァラ」も「ドン・ファン」も良い曲だよなあ。これが初期シュトラウスにおいてすでに確立されているというのが天才たる所以でしょうか。私はここまでシュトラウスを好きになるとは10年前には少しも思っていませんでした。やっぱりオペラを見始めたことが、シュトラウスに開眼できた理由なのだと思いました。

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好きなオペラ楽曲のPlaylistを作ってみる

 シルバーウィークで、どうもリズムが崩れましたなあ。せっかく会社になれたと思ったら、もう休みで、気合いを入れないと空気が抜けてしまう。

昨日は、午前中は都内にて用事を済ませて、地元にとんぼ返りして、ジムで筋トレとヨガ。このヨガが思いのほか気持ちがよいのですよ。普段けっして取ることのないポーズをとらされるので、自分の筋力のなさとか、体の固さを思い知らされる。そんなに大して動いていないのに、汗だくですよ、マジで。これ、続けたらきっと肩こりとかなおるんだろうなあ、という期待あり。それにしても、端から見たら妖しい集団だろうなあ。ジムの中でなければ、ヨガやるなんていったら、ちょっと怖いですし。

夕方は、地元の英会話でイギリス人とだべる。オテロの話しから、シェークスピアの話に。イギリスでは中学校か高校でシェークスピアを読むらしいのだが、古英語なので難しいらしい。まあ、僕らが源氏物語を読むのと同じような感覚でしょうか。古英語のなかに、hastという言葉があるらしいのですが、これはドイツ語のhabenの活用形と同じ。意味も同じらしい。古英語がドイツ語とほとんど同じだったらしいですし。

今日は気分を盛り上げるために、お気に入りのオペラから気に入った曲を集めてプレイリストを作ってみました。会社で疲れたら昼休みにこれを聴いて心癒す予定。

とりあえず、

  • シュトラウス「ばらの騎士」最終幕をガランチャの歌声で。
  • ドミンゴの「道化師」
  • シュトラウス「カプリッチョ」の「月光の音楽」以降をヤノヴィッツの歌声で。
  • パヴァロッティとフレーニ幼なじみコンビによる「蝶々夫人」第一幕最終部。
  • 同じコンビの「ボエーム」の「私はミミ」。
  • 蝶々夫人のインテルメッツォをカラヤン盤で。
  • マノン・レスコーのインテルメッツォをシノポリ盤で。
  • と来れば、カヴァレリア・ルスティカーナのインテルメッツォをカラヤン盤で。

みたいな、少々日和見てきなプレイリストができあがりました。これ、今も聴いているんですが、いいっすねえ。

そうそう、昨日、ハイティンクのシュトラウス、ブルックナー、マーラーを入手しました。ハイティンク・マイブームですので、明日からが楽しみです。

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今回のオテロは凄かった。。

 1日遅れのエントリーになりましたが、昨日は、新国にて「オテロ」を観てきました。

いやあ、ルチオ・ガッロさんは、凄いですわ。この方は、2007年の「西部の娘」で新国に初登場し、その後2008年のドン・ジョヴァンニで再登場。そして今回のオテロでは、イアーゴ役。この方、まずは声が素晴らしくて、ぬらりと光るつややかなバリトンなのです。ピッチが安定しているのは当然として、さらに声量がある。なにより、悪役としての確固たる存在感でして、イアーゴ役としては申し分ない世界クラスです。東京でこうした方のパフォーマンスを観ることができるとは、本当に良い時代だと思いました。私はこの方のスカルピアを聴いてみたいです。

オテロ役のステファン・グールド氏も、ドラマチックで正確無比な歌でした。声量がもう少し欲しいかなあ、と言う気がいたしましたが、そんなに大きな問題ではないかと。デスデーモナは、たしかノルマ・ファンティーニが当初予定されていたキャストでしたが、タマール・イヴェーリさんに交代。この方、若いと思うのですが、全く問題を感じさせません。若々しく明るい美しい声。デズデーモナのイメージにぴったり。

演出的には、舞台設定がキプロスであるにもかかわらず、ヴェネツィアの風景が基底にある感じ。運河あり、太鼓橋あり。しばし郷愁を感じました。運河には水が張ってありまして、キャストが浅い運河に足を踏み入れる場面も。それから、水面に光を当てることで、舞台全体に水面の反射するゆらめきが現れて、これがまた美しい。良かったです。

私は、イアーゴが酒を飲みながら独唱する1幕のところで、ルチオ・ガッロさんの素晴らしいパフォーマンスに涙が止まらなかったですよ。別段泣くような悲しい場面ではないのですが。あの瞬間、私にとっては大きな美的な理念が立ち現れていたように思います。こうした瞬間を味わえるのもオペラならではかと。カタルシスとも言えましょうが。

次のオペラは11月の「魔笛」。10月には、N響定期でプレヴィンの家庭交響曲と、カプリッチョ終幕を聴く予定。

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富士登山者29万2058人 – 山梨日日新聞 みるじゃん

http://www.sannichi.co.jp/local/news/2009/09/18/4.html

 

今年の富士山登山者は29万人とのこと。8合目以上なので、頂上到達はもう少し少ないかもしれません。

それにしても、富士山のことをいろいろ思い出しました。

エライキツイ山ですが、五合目までは交通機関が整備されていることもあって、私のような普段あまり山に登らない方々もチャレンジできるわけです。チャレンジできるのはいいのですが、あまりに軽装で登っておられる方には驚いてしまいます。ほとんど手ぶらで登っている方、急に雨が降ったら、低体温症で死ぬ危険がありますし、エネルギー不足で動けなくなったらどうされるのでしょう、などと心配することしきりでした。

それから、もういたるところで、人がゴロゴロ転がっていてぜいぜい息をしている。おそらくはオーバーペースとか、気圧低下にやられているんでしょうけれど。さらに、頂上でも、やっぱり人がゴロゴロ転がっている。霧の中寒風吹きすさぶなか歩いていくと、霧の向こうに、赤や青の登山ウェアが累々。。。一般人にとっては本当に過酷な山です。

それからもう一つ。意外にマナーが悪い登山客が多い。ペットボトルなんかが結構捨ててある。ですが、すれ違った方の見解に依れば、まあ日本人があそこまで酷いことをすることはなかろう、などとおっしゃる。そうかなあ、と思ったのですが、もう一つのエピソードを思い出して、さもありなむ、と思いました。

三島駅から富士宮口へ向かうバス乗り場でのこと。私は列の一番前に経っていました。列は道路に平行して伸びていたのですが、バスが到着した途端驚くべき事態が。

バスの扉が開くと、並び列が一気にバスの方へ平行移動した!!

まじっすか。。。

最初に並んでいた私も慌てて乗り込もうとしたのですが、すでに出遅れていて、危なく座れなくなるところでした。バスは2時間の行程でして、立ったままでそのまま登山は厳しいっすよ。

で、本当に残念なんですが、8割ぐらいが外国の方で、まあ、日本のマナーのようなものをご存じなかったんでしょうね。あるいは、日本人も率先して平行移動したのかもしれませんが。

1をみて10を知ったと思うなかれ、と言う言葉を胸に刻み込みましょう。

 

 

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THE CLASSIC 100 SYMPHONIESには負けたくない

 

今日はこのワインを。Cannonau di Sardegna。サルジニアの赤ワインでして、香りがよく、喉ごしに甘みを感じるおいしさでした。

本日は2時に目を覚ましまして、いろいろと作業をしておりましたが、なかなか気分がすぐれない感じ。

Twitterを読んでいると、尊敬するとあるブロガーの方が、オーストラリアのABCラジオでTHE CLASSIC 100 SYMOHONIESというのがある、と発言しておられて調べました。ページはこちら。

http://www.abc.net.au/classic/classic100/

 すでにwikiにも掲載されています。

http://en.wikipedia.org/wiki/Classic_100_Symphony_(ABC)

 

私は、クラヲタに憧れていますが、まだまだだと言うことがはっきり分かりました。76しか聴けていません。。ショックだなあ。

Composer 曲数 聴数 Rate
Mahler 9 9 100%
Mozart 8 8 100%
Beethoven 8 8 100%
Sibelius 7 7 100%
Tchaikovsky 6 6 100%
Shostakovich 5 5 100%
Vaughan Williams 5 4 80%
Bruckner 4 4 100%
Brahms 4 4 100%
Schubert 3 3 100%
Mendelssohn 4 3 75%
Schumann 2 2 100%
Prokofiev 2 2 100%
Nielsen 2 2 100%
Berlioz 2 2 100%
Strauss, R. 1 1 100%
Saint-Saëns 1 1 100%
Rachmaninoff 4 1 25%
Messiaen 1 1 100%
Franck 1 1 100%
Dvořák 5 1 20%
Bizet 1 1 100%
Walton 1 0 0%
Stravinsky 1 0 0%
O’Boyle, Sean 1 0 0%
Haydn 5 0 0%
Górecki 1 0 0%
Glass 1 0 0%
Elgar 2 0 0%
Edwards, Ross 1 0 0%
Bračanin, Philip 1 0 0%
Borodin 1 0 0%
総計 100 76 76%

お恥ずかしい限り。意外と、ドボルザークを聴けていないと言

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二台のピアノがからみあう美麗なる超絶シュトラウス家庭交響曲

今日は連休二日目。午前中はいつものカフェでちと仕事てきなことを。午後は不要な本を箱詰め。部屋の整理、英字新聞を読むなどなど。なかなか充実しておりましたが、夕食で少々ワインを飲んだところ、あっという間に眠気に襲われました。昨日、ジムで少々負荷を掛けすぎたというところで、体も痛いです。

さて、 図書館で凄いCDを入手しました。ピアノ連弾による家庭交響曲。アルゲリッチとラビノヴィチの連弾でして、あの華麗重厚な家庭交響曲が洒脱で洗練された響きになっている。Twitterにも書きましたが、ウィーン世紀末的頽廃美とでも言いましょうか。ある意味erotischな雰囲気さえ漂うトランスクリプション。良いですねえ。オットー・ジンガーという方が編曲されています。

久方ぶりに聴いたピアノの音でして、私は普段はあまりピアノを聴きませんので、結構新鮮でしたし、オケ版原曲をいやというほど聴いていましたので、オケ版との違いを見つける度に興味深い。ここホルンの咆吼なんだよな、とか、ここのティンパニーが格好いいなあ、みたいな。

まだまだ面白いものはたくさんありますです。

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ハーマン・ウォーク「戦争の嵐」3

 相変わらず家庭交響曲合宿は続いています。Twitterにも書いたのですが、今日は図書館に行ってプレヴィン盤をゲットする予定。プレヴィンはN響でこの曲を振りますので、良い予習になりそう。

今日は会社でとある試験がありましたので、行きの電車ではその勉強をしました。というか今週は、そう言うわけで読書の進捗状況は芳しくありません。とはいえ、引き続いて「戦争の嵐3」を読んでいます。今日読んだところは、ルーズベルトとチャーチルの大西洋会談の場面。

イギリスはドイツの攻撃に苦渋を舐めている。北アフリカではドイツ軍を撃退したものの、クレタ島を失っている。ドイツはソ連に奇襲を掛けたが、スターリンはなんとか防いでいるような状態。大西洋では、アメリカからの援助物資がUボートによって甚大な被害を受けている。

イギリスは、まさに風前の灯火的状態であり、チャーチルは、アメリカの本格的な援助、ひいては対独参戦を引きだそうとしている。ルーズベルトも気持ちの上では同意しているが、アメリカ議会や世論は決して参戦するような空気にはなっていない。特に議会の抵抗が大きいのである。

そうした中で、チャーチルはプリンス・オブ・ウェールズに座乗し、カナダまで出向いて、ルーズベルトとの直接対話にこぎ着ける。ここでなんとかアメリカの積極的支援を受けようとチャーチルは画策するが、ルーズベルトにそこまでできる裏付けがなかった。従って、大西洋憲章は非常に曖昧模糊としたものとなり、チャーチルは落胆する。

よくある議論として、米国が枢軸国に宣戦布告するために、日本との交渉をあえて阻害し、日本の参戦を不可避のものとした、とか、日本の真珠湾奇襲をアメリカは事前に察知していて、あえて奇襲をさせることで、アメリカ国民の怒りをあおり、参戦への道筋をつけた、といったものがありますが、「戦争の嵐」を読む限りにおいて、それは当たらずとも遠からずなのだな、という感想を持つようになりました。冷厳な外交戦略や国家戦略。日本はいつになったら、外交国際政治のセンスを得ることができるようになるのでしょうか。

※ マニア的な話しとしては、真珠湾奇襲時に、真珠湾に残っていたのは旧式戦艦のみで、虎の子の空母機動部隊はとうに待避していて無傷だった、というエピソードがあります。アメリカが当時からどれほど空母機動部隊を重要視していたのかは分かりませんが、結果として、アメリカの空母機動部隊がミッドウェーで日本の空母機動部隊に勝利することで、太平洋戦争の趨勢は決したとされることもあります。航空戦力の重要性を認識していた山本五十六も、おそらくは空母戦力をターゲットにしていたはずですので、真珠湾奇襲は真の成功とは言えなかったと言えましょう。もっとも、真珠湾奇襲で米国が戦意を喪失し、有利な条件で講和できるであろう、という山本の読みは完全に外れ、かえってアメリカ国民の戦意の高揚につながってしまった、という意味では、戦略的には失敗だったとも言えます。まあ、このあたりの話は、何十年も前からある議論ですが。

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家庭交響曲合宿

明日は会社の試験ですので、少々本を読むのも手がつかない感じです。最近、仕事もプライベートもタスクが多くて大変です。なんとかいい方法で管理していきたいので色々試しています。まあ、方法にこだわって、肝心の仕事がおろそかになってはいけませんのでそこはご注意。

家庭交響曲合宿も今日で三日目です。シュトラウスらしい厚みのある華麗なサウンドは、サロメやエレクトラに継承されていますね。家庭交響曲は1903年、サロメは1905年、エレクトラは1908年。グントラムも火の危機もあまり芳しくなかったようですので、家庭交響曲はシュトラウスの本格オペラへ至る結節点的位置づけともいえましょう。以下のような表を見ますと、シュトラウスが若くしていくつもの大作をものにしているにもかかわらず、40を過ぎてさらにオペラで進化を続けたのが分かります。

  • 1864年:生誕
  • 1888年:24歳:ドン・ファン
  • 1889年:25歳:死と変容
  • 1890年:26歳:マクベス
  • 1892年:28歳:グントラム
  • 1895年:31歳:ティル・オイレンシュピーゲル
  • 1896年:32歳:ツァラトゥストラ
  • 1897年:33歳:ドン・キホーテ
  • 1898年:34歳:英雄の生涯
  • 1901年:37歳:火の危機
  • 1903年:39歳:家庭交響曲
  • 1905年:41歳:サロメ

しかし、ドンファンが24歳頃というのは、凄すぎるなあ。天才は凄い。

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ケンペ/シュトラウス 家庭交響曲

 今日も一日お疲れ様でした。学びの多い一日。まあ、いろいろありましたが、最終的に重要なのは自分がどれだけ満足感とか充足感を得られるか、でしょうか。人の目を気にしている暇はありませんので。

昨日からシュトラウスの「家庭交響曲」を聴いています。実はこの曲はあまり好んで聴いた記憶がありません。初めて聴いたのは中学生の頃だったとは思いますけれど。

ケンペの全曲盤録音ですと、少々録音音質が古いので、そこだけが玉に瑕です。ともかくその豪華さは大変なものです。特に最終部のコーダ的なところ、執拗という言葉が当てはまるのかは分かりませんが、とにかくたたみかけるような音の大波が幾重にも押し寄せてきて、圧倒されます。

ウィキによれば、サクソフォンが使われているとのことでしたが、今日聴いたなかでは気がつかなかったです。明日も聴きます。

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ハーマン・ウォーク「戦争の嵐」2

 いろいろありましたが、何とか読了。今回も本当に勉強になりました。

我々は、第二次大戦の最終形を知っていますが、当時は進行中の事案ですので、我々とは全く違った知見を彼らは当然持たざるを得ない。ドイツ軍は、イギリス侵攻はかなわなかったとしても、ギリシアでイギリス軍を撃退し、ロンメルが北アフリカで活躍し、大西洋ではUボートが米国からイギリスへの援助物資を葬り続けているという状況。イギリスは援助物資をアメリカから購入せねばならず、外貨準備高は減っていく。ドイツは、ソ連侵攻まではかなり良い線まで言っていたと言うことでしょう。

それにしても、ヘンリー家にまつわるエピソードが、戦時中という特殊な条件と相まって本当に興味深いです。次男バイロンは中立地帯のリスボンでナタリー・ジャストロウと結婚するのですが、まあ、ナタリーを巡っては、スロウトという外交官ともいろいろありますので、読んでいて複雑な気分。とうのヴィクターもやっぱりパメラという女性に恋心を抱くようになるわけだし、ヴィクターの妻ローダも、不倫をしている。まあ、こう書くと、下世話な情事話かと思うのですが、戦争中という特殊な状況にあってはそれもなんだか首肯できる気がします。実際、本文中にもそう言ったたぐいのことが書いてあるわけで、いつ命を落とすか分からないという状況にあっては、人は何らかの衝動に突き動かされるというのは、なにも珍しい話しではないでしょうから。

ルーズベルト大統領が、イギリスの支援を思うようにできず苦悩する場面も印象的。イギリスを放っておけば、いずれドイツはイギリスを陥落し、強大なイギリス海軍を手に入れてしまう。そのうちに大西洋を支配下にいれ、アメリカ大陸にドイツは迫るだろう、という悲観的な見方もある。ようは、ルーズベルトはどうにかしてでも参戦したかった、と言う風にこの本では描かれていまして、真珠湾攻撃をアメリカは察知していたが、あえてやらせた、という話しを信じざるを得なくなります。ですが、まだ物語は1940年です。真珠湾まではあと一年もあります。どのように連合国はドイツと戦うのか。

「戦争の嵐」は、真珠湾攻撃で終幕となりますが、くだんの最終第三巻、これから読み始めます。

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