2010年3月アーカイブ

はやいもので、もう3月になりました。早速先だって立てた"読書計画":http://museum.projectmnh.com/2010/01/19063029.phpの達成状況を。2月は3日少ないので大変でしたが、まあなんとか読めたかなあ、と。冊数は8冊ですが、雑誌を結構読みましたので、9冊の目標達成と言うことにしたいと思います。ふう、なんとかなりました。

読んだ本は難しい本ではありませんので、お恥ずかしい限りなのですけれど。

http://mediamarker.net/u/shushi/read/fin/date/201002/

期間 : 2010年02月
読了数 : 8 冊
ニーチェ入門 (ちくま新書)
竹田 青嗣 / 筑摩書房 (1994-09)
読了日:2010年2月28日
航空無線のすべて2009 (三才ムック VOL. 215)
ラジオライフ / 三才ブックス (2008-09-20)
読了日:2010年2月21日
着陸拒否 (新潮文庫)
ジョン・J. ナンス / 新潮社 (1997-07)
★★★★☆ 読了日:2010年2月20日
超音速漂流 (文春文庫)
ネルソン デミル , トマス ブロック / 文藝春秋 (2001-12)
★★★☆☆ 読了日:2010年2月16日
本・雑誌
ジョン・J. ナンス / 早川書房 (1995-06)
読了日:2010年2月5日
本・雑誌
ジョン・J. ナンス / 早川書房 (1995-06)
★★★★☆ 読了日:2010年2月14日
拒絶空港
内田 幹樹 / 原書房 (2006-06)
★★★★☆ 読了日:2010年2月17日
機長の三万フィート―グレート・キャプテンへのライセンス (講談社プラスアルファ文庫)
田口 美貴夫 / 講談社 (2004-09)
読了日:2010年2月2日

でも、本当に楽しい本ばかりでした。J.J.ナンスの「着陸拒否」が2月のベストレコメンドです。もちろん、完璧ではありませんけれど、とても参考になりましたし、むさぼるように読むという読書快楽を十全に味わうことが出来ました。

今月も読むべき本は山積してます。あと、辻邦生の本を読まないといけませんね。それから、ニーチェ関連と、ワーグナー関連も。少しは難しい本を混ぜていかないと、いつまで経っても勉強にならないですしね。

今月も頑張りましょう!

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Tango:Zero Hour
Tango:Zero Hour
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アストル・ピアソラ
american clavé (2010-02-17)
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大好きな「クラシック名曲探偵」を見ました。今回見た回で取り上げられていたのはアストル・ピアソラ。10年ほど前に池袋のHMVのクラシックコーナーで、ピアソラがプフィツィナーの近くにおいてあったのに衝撃を覚えたことを思い出しました。我が家のCDラックでもやっぱりプフィツィナーの隣がピアソラです。

当時はピアソラブームで、ご存知のとおりヨーヨー・マやクレーメルがピアソラを取り上げていた時代。大学の後輩キーボーディストが、最も敬愛するミュージシャンがピアソラだ、といっていたりしたことも。ピアソラは、パリ留学中にあのナディア・ブーランジェに習っていたんですねえ。彼の音楽こそまさに真正のフュージョン音楽といえましょうか。

私がはじめて聴いたのは、今日ご紹介の「タンゴ・ゼロ・アワー」。このアルバムには苦い思い出がありますが、ちと今は触れないでおきましょう。

  1. Tanguedia III
  2. Milonga del Angel
  3. Concierto Para Quinteto
  4. Milonga Loca
  5. Michelangelo '70
  6. Contrabajisimo
  7. Mumuki
  • Astor Piazzolla, bandoneon
  • Fernando Suarez Paz, violin
  • Pablo Ziegler, piano
  • Horacio Malvicino, Sr., guitar
  • Hector Console, bass

ピアソラについて語る資格はないかもしれませんが、ちょっと書かせてください。

当時、この曲を初めて聴いた途端に浮かんできたイマージュは、大変月並みですが雨に打ちぬれた欧州だか南米だかの古い都会の風景でした。人々の暗い情念、焦燥、憂鬱、諦念などなど(なんだか、村上龍とかこういうこと言いそうですよね)。

人通りのない夜の欧州建築が立ち並ぶ交差点で、道路は絶対に石畳。オレンジ色のナトリウムランプが交差点から互い違いにワイヤーでつり下げられている風景。誰もいなくて静まりかえっている。聞こえるのは雨が傘にたたきつける粒状の音。時折、水音を立てながらヘッドライトが走り去っていく。明かりの漏れた窓から、誰かの怒鳴り声とか、叫び声、赤ん坊の泣き声が聞こえる。ずっと、そこに立っているんですよ。ずっと。

このアルバムでは、ピアソラのバンドネオンがすばらしいのは当然なのですが、それにもましてヴァイオリンの使い方が実に独特で衝撃を覚えたものでした。ヴァイオリンがクラシック以外で使われた例といえば、まあステファン・グラッペリとか有名ですけれど、そういう正統的な使い方じゃないんですね。特に一曲目ヴァイオリンの使い方、初めて聴いたときはショックでした。

昨夜、この曲を聴いて、まあ「リング」疲れもあって、一日聴いていたんですけれど、気分はブルーな感じ。

ちょっとシャカタク聴きたくなりました。あはは。

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Wagner

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ワーグナーと「指環」四部作 (文庫クセジュ)
ジャン・クロード ベルトン
白水社
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文庫クセジュに入っているこの本。ジャン=クロード・ベルトン氏によるリングの簡便な入門書です。購入したのはずいぶん前でしたが、実際にリングを見聞きしないと理解は進まなかったです。今回は良い時期に読んだと思います。

やはり、指環や黄金は資本主義を象徴しており、アルベリヒに支配されたニーベルング族が働かされている情景は労働者階級のそれを思わせるとの記載がありました(127ページ)。私の仮説の裏づけになりました。読んで気づかされたのが、黄金についての考察が私に足りなかったこと。指環と黄金を同一視しすぎていました。でもやはり黄金もしもべこそ資本主義ですし(金本位制だった昔を思い起こします)。また、この本でもユダヤ系財閥のロスチャイルドについての言及が見られました(112ページ)。

ライトモティーフ(示導動機)の位置づけについての記載もありますが、ちゃんとライトモティーフを整理しないといけません。勉強がてらMIDIに落としてまとめたい、という欲求はかなり前からあるのですが。まあ、これだけ聴いていればなんとなくはわかってくるのですが、ちゃんとまとめたいところです。

けれども、やはりジークフリートの死と、ブリュンヒルデの自己犠牲こそ、権力への激しい欲望に対する愛の勝利を象徴する、というくだり(72 ページ)は、どうにもまだ理解ができません。このカタストローフ的な破壊は、二つの大戦を予言していたとも取れますが、その結果が「愛の勝利」だとしたら、そんなものはまだどこにもありません。完全な破壊はまだ起きていないということでしょう。また、それを期待するのはあまりに無節操で馬鹿正直です。

この最後の問題は、わからないまま。今月の「神々のたそがれ」を聴くことになりそうですが、なにがわかってくるのか楽しみです。

それから、それに関連して、少し感動した一節を。二重引用は学術論文ではタブーですが、ブログではいいですかね。

生命、幸福、栄光と人間の努力は、地上を影のようによぎり、そして消え去っていく。美の刻印のみが、素材の上に永久に彫り刻まれて残るのである。(ニコス・カザンツァキス(1885~1957)) (158ページ)

この「生命、幸福、栄光、努力」は、逆の意味も含んでいるはず。「死、滅亡、不幸、凋落、恥辱、倦怠」は、影のようによぎるだけ。後に残るのは、なんらか美的なものである、という直感。危険を承知で、あえて引き付けると、辻邦生の「美が世界を包む」、「美が世界を形成する」という考えと通じ合っている。

そうなんですよ。メディチ家の男たちより、ボッティチェルリやミケランジェロの作品こそが現代も大きな力を保っているのですから。

しかし、とはいえ、食べて眠り起き上がらなければならないということも事実。難しいものです。だが、ジークフリートとブリュンヒルデの死がもたらしたものが、美だとしたら......。

もうすこし考え続けましょう。

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マッド・ハッター
マッド・ハッター
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チック・コリア ゲイル・モラン エディ・ゴメス ジョー・ファレル ハービー・ハンコック スティーブ・ガッド
ユニバーサル ミュージック クラシック (2005-03-30)
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おすすめ度の平均: 4.5
4 『Humpty Dumpty』のフレージング
4 "Mad Hatter Rhapsody"こそが本作のハイライト
5 “カモメ”だけの人ではない!
5 万華鏡的サウンドと豪華メンツのプレイが楽しめるアルバムです
5 持てる力を全部注いだ超大作

たまにはジャズの話を。

何度か触れましたが、私はサクソフォニストでした。これも何度か書いたことがありますが、耳が肥えてきましたので、自分の演奏にまったく良いところを見出せなくなっていて、封印しているところ。まあ、時間や体力があれば、なんのこれしき! と練習しまくるんでしょうけれど、学生ころのようの練習時間は持っていませんので。悲しいものです。

とはいえ、今でもジャズは良く聴いているのかもしれません。「リング」に疲れたときには、例のシャカタクを聞いたり、マイケル・ブレッカーを聴いたり。私のジャズ嗜好は異端ですので、ほかの方から見たら、なんじゃい、という話になりましょうけれど。

本日は来年度の人事発表の話ということで、来年度はこれまで以上にずいぶん大変な年になりそうで、朝から少々気分が悪かったのですが、ブレッカーブラザーズの「サムスカンクファンク」と、チック・コリアの「ハンプティ・ダンプティ」に癒されました。いずれの曲も学生時代にお世話になりながらバンドで演奏しました。

特に「ハンプティ・ダンプティ」は思い出深い。後輩のベーシストのバンドでテナーを吹くはずだった方が、ライヴの日にちを間違っておられて、来られなくなってしまったのです。途方にくれる後輩。それで、私にお鉢が回ってきました。急遽、後輩のテナーを借りて、「ハンプティ・ダンプティ」と「インプレッションズ」を吹きましたねえ。1997年冬のことだと思います。

「ハンプティ・ダンプティ」とは、「不思議の国のアリス」に登場するキャラクターですが、ピアニストのチック・コリアが、「マッド・ハッター」というすばらしいアルバムの中で、実に複雑な転調を含みながらも、ドライヴ感のあるスタイリッシュな曲に仕上げています。「ハンプティ・ダンプティ」は、コード進行の難しさもさることながら、テーマフレーズも少々難しいのです。ちょうど楽譜はなくて、(あっても初見でふけませんし)、出番寸前までCD聞いてコピーして、なんとか本番に間に合わせました。

この演奏、ピアノがチック・コリア、ベースがエディ・ゴメス、ドラムがスティーヴ・ガッド、テナーがジョー・ファレルという、私にとって理想ともいえるカルテットです。ジョー・ファレルのインプロヴァイズは、複雑なコード進行をメロディアスに処理する実にすばらしいもので、これ、ほとんど一緒に歌えるぐらいまで聞き込みました。

さて、今日気づいたのは、ベースのエディ・ゴメスのピッチのこと。ベースはフレットレスですので、ピッチの正確さが要求されます。同輩のベーシストは、修正ペンでネックにしるしをつけてましたからね。ゴメスのピッチ、必ずしもいいとは思えないのですが、なぜだか違和感を感じない。この感覚、ディートリヒ=フィッシャー・ディースカウ氏の歌を聴くときの感覚に似ているんですね。ピッチの微妙なずれすら計算されているのではないか、という感覚です。

そういえば、マイケル・ブレッカーとランディ・ブレッカー兄弟は「トランペットとテナーのピッチは必ずしも正確に一致させる必要はない」とインタビューに答えていたのを思い出しました。ピッチのずれすらも美的価値に高めることができている、ということでしょうか。

とある録音の「ヴァルキューレ」と「ジークフリート」を聞いたのですが、とある方のピッチが狂っていて(そんなに激しくはないのですが)、違和感を覚えた後だけに、そうじゃない場合もあることを再認識した次第。ピッチがずれるとはどういうことなのか、そうそう簡単に結論が出るものではないのだなあ、と考えています。

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Richard Strauss

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Intermezzo (Sub Dol) [DVD] [Import]
Kultur (1983-01-01)
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3月5日金曜日の夜のNHK「芸術劇場」、ごらんになりましたか? 新国立劇場の11月公演「ヴォツェック」が放映されていましたね。番組冒頭で、所々に舞台の様子や音楽が紹介されて、それだけでもう、ゾクゾク来てしまう。いやあ、あれはマジで凄いパフォーマンスでしたからね。一生忘れません。

でもですね、あのおどろおどろしい舞台衣装と、無調の奇々怪々な旋律は、土曜日の夕食のお供にはあわないから、やめてくれ、と奥さんに却下されてしまった。これは違う機会に見ましょう。
関連ページは以下の通り。ちょっと読んでみてください。

http://museum.projectmnh.com/2010/01/24202937.php

さて、そう言うわけで、昨夜の夕食には、シュトラウスの「インテルメッツォ」を見ていました。先日も紹介しましたが、1983年のグラインドボーンのライヴ収録でして、フェリシティ・ロット主演です。というか、去年の10月にNHKホールで見たとおり上品な方のですが、意外にも少し戯けた、ユーモアのある表情や演技を見せてくれて、ロットの新しい一面をみた気分です。私にとってロットは、「ばらの騎士」のマルシャリンでなければならなかったのですから。

インテルメッツォの筋書きは非常に簡明なものです。作曲家であるロベルト・シュトルヒ(イニシャルはすなわち、R.Sであり、リヒャルト・シュトラウスを意味しています)と夫人の、とある勘違いによる諍いを取り上げたもの。まあある種痴話げんか的な様相も持つものなのですが、そういう日常的で卑近なストーリーにこれほどまでに華麗で重厚な音楽をつけるシュトラウスの才能はいろいろな意味で凄いです。これは「家庭交響曲」とか「英雄の生涯」にも言えることですけれどね。

旦那のシュトルヒは、仕事で家を外すのですが、当然夫人は家政を取り仕切ったりするのだが、まあ、退屈な生活に飽き飽きしている。自分がどんなに悲惨な境遇にあるか、と泣いているんですが、突然電話が。友人にそり滑りに誘われるんですね。すると、夫人はすぐに泣き止んでご機嫌になってそり滑りに出かける。そこで偶然であったのがルンマー男爵という若い男。夫人の知己の貴族の息子とあって、警戒心をすっかり外れてしまい、ルンマーとまあ舞踏会に出たりして遊び回るんですね。ところが、ルンマーは遊びたい盛りでお金に困っている。ですので、シュトルヒ夫人に1000マルクの支援をお願いする。結局金目当てなんだ、というところ。

ところが、そこに思いも掛けない手紙が舞い込んでくる。それはミッツェ・マイヤーという女性からロベルト・シュトルヒ宛のラヴレター。シュトルヒ夫人は怒り心頭に達し、離婚まで考える。ところが、真相は、シュトルヒの音楽家仲間が、シュトルヒの名前を勝手に使って女を口説いていたというわけ。シュトルヒが浮気をしていた訳じゃなかったわけですね。シュトルヒ夫人は公証人のところに行って、離婚の手続きまでしようとするんですが、この公証人は実は密かにシュトルヒ夫人のことを見張っていというわけ。

ロベルト・シュトルヒが帰宅して、夫人とまあ仲直り。それにもまして、ロベルトは夫人がルンマーとよろしくやっていて、なおも1000マルクの援助をさせられそうになったことをちゃんと知っていて、逆にとっちめてしまう。
まあ、最後は、お互いの愛情を確認し合ってめでたしめでたし。

実は私は2004年の夏に実演に触れているんですよ。指揮は故若杉弘さんで、夫人は釜洞さん。新国の中劇場でした。実に楽しい演奏会でした。シュトラウスの濃厚な音楽とユーモアある喜劇を見るという本当の贅沢でした。良い思い出です。実は釜洞さんと私は高校が同じです。彼女の方がずっと先輩ですけれど。あのときのパンフレットにはリブレットの邦訳が載せられていて、日本語盤が発売されていない現在の状況においては、大変貴重なものなのですが、今朝探しても見あたらない。ちゃんと探さないと。

初演は1924年にドレスデンにて。主役のシュトルヒ夫人はロッテ・レーマンが歌いました。どこで読んだのか思い出せないのですが、確かこんなエピソードが。初演が終わって、シュトラウスと、シュトラウスの奥さんのパウリーネ夫人、それからレーマンがエレベータだかで一緒になったときに、レーマンがパウリーネ夫人に「これはご主人からの素晴らしい贈り物ですね」とはなしかけたのですが、パウリーネ夫人は無言だったとか。恐ろしい。でも、シュトラウスはきっと内心笑っていたはずです(笑)。

先日も書きましたが、このDVDは歌詞が英語です。所々でドイツ語が混ざるんですが。さすがに聴いているだけでは意味が分からないので(お恥ずかしい)、英語の字幕出しながら見ています。それでも難しいです(お恥ずかしい)。でも、英語版も思ったより良い感じ。

でも、サヴァリッシュ盤のルチア・ポップの歌唱が時々頭をよぎりました。あそこでのポップの歌は、ほとんどアクロバット的ともいえる正確で、ピッチが良すぎて怖いぐらい。第一幕最終部の手紙を読んで怒るあたりは、相当な緊張感で、あそこだけでもこのCDを聴けば、買って良かったと思います。ポップの声は鋭角な感じですので、こういうキツイ感じの役柄によくあいますね。

そうそう、先日、METの「ボエーム」を録音して聴いていました。とある方のピッチが意外にも少々フラット気味で少々興ざめな感じでした。ちょっとびっくり。人気のある方なんですけれどね。

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Mon

08

03

2010

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Live in Japan [DVD] [Import]
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Geneon [Pioneer] (1998-04-07)
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おすすめ度の平均: 4.0
5 TOWER OF POWERとは訳が違います!
5 質の高いライブ
3 Importで沢山見よう
4 90年のライヴです。
5 1994年の日本公演

たまには、EWFの話を。Earth, WInd & Fireのことです。

まだ若くて元気があった社員だった頃、上司が無類のカラオケ好きで、ずいぶんお供しました。夜中まで働いて、じゃあ、行きますか、みたいな。で、2時ごろまでカラオケ。でも、僕は日本の歌謡音楽はまったく聴かないので、カラオケに行ってもあまり面白くなかった。最初はですよ。

それで、当時、Smooth JazzにアレンジされたEarth, Wind & Fireの曲をよく聴いていたのと、ちょうどその頃、レーザーディスクのカラオケではなく、通信カラオケが続々と入り始めた時分だったこともあって、EWFの歌が結構入り始めていた。それで、Septemberとか絶叫して歌ってました。たまにはカラオケボックスにサックス持ち込んで人が歌っている後ろでバック吹いてみたり。独りよがりでしたが、個人的にはいいストレス解消になっていた感じ。当時の方々、ご迷惑でしたでしょう。。。すいません。

それで、Earth, Wind & Fireをいつ知ったかというと、これもお恥ずかしい話で、1995年頃にとあるライブハウスの対バンの方々が演奏していたのを聞いたのが、それと認識したしだい。もちろん、曲は聴いたことありましたけれどね。

で、その方々、プロだったので、めちゃくちゃ格好良かったし巧かった。ホーンセクションも強力だったし、パーカッションもちゃんといました。すごかったなあ。

で、そのとき、先方のプロのテナーの方に褒められた。当然お世辞とは思いますが、「就職するなんてもったいないよ」なんて、恐れ多いことを言っていただいた。いい思い出です。でも、横には先輩ドラマーのFさんが苦笑いして見てましたけどね。本当はそんなんじゃないことを見抜いておられたんですよ。あはは。

で、昨日思い立って、EWFのDVDをiPodに入れてみました。今朝は、開発していたプログラムが本番環境につながるので、6時ごろに家を出て、本を読みながら電車に乗ってたんですが、そういやあ、久々にEWF聴いてみようか、見たいな感じで、選んでみると。。。

マジですか。。。

ものすごく格好がいい。みんなうまいし、魅せる演奏している。っつうか、ベースの方、あまりに大暴れで、本当に弾いているのか? 的疑惑を持ってしまうほど。

Septemberとか、Fantasyとか、After the love is gone とか、名曲ぞろい。幸せです。

では、私のお気に入りのSeptemberをどうぞ。

私、今朝から仕事関連でブルーだったんですが、この映像見て、元気を取り戻しました。それどころか、September聴いて、なぜか涙出ましたですよ。懐かしくて懐かしくて。もう最近西田敏行化している。「カプリッチョ」とか「ばらの騎士」だけじゃなく、EWFでも泣いちゃうなんて。涙腺緩んでます。歳食ったんですね。

昼休みには、隣の男の子に見せてあげて、二人で盛り上がりました。帰りの電車もiPodみながらニヤニヤ。帰宅して、奥さんと一緒に見て、また元気が出ました。

また明日も頑張ります。

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Richard Strauss

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Richard Strauss: Capriccio
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Orfeo d'Or (1999-11-15)
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今朝も朝から大忙しです。なんだか最近4時ごろに目が覚めちゃう。寝るのは23時前なんですけれどね。もう少し眠らないと体に悪いとわかっているんですが、なんだか起きちゃう。悪夢を見るわけでもないのですが。いや、悪夢ではない現実的な夢だからこそ悪夢より悪夢的で、きっとそこから逃避しようとして起きているに違いない。最近、そう思うようになりました。

さて、年末に注文していたホルスト・シュタインが振るシュトラウスの「カプリッチョ」をiPodに入れましたので、大好きな最終場面をまずは聞いてみましょう。伯爵夫人マドレーヌはアンナ・トモワ=シントウ。カラヤンに多く起用された大歌手でして、私もカラヤン盤「ばらの騎士」や、カラヤン盤「4つの最後の歌」でお世話になりました。

この方の声の特徴としては丸みを帯びた豊かな声なのですが、少々ビブラートが強い感じです。昨年イレーネ・テオリンのビブラートに共鳴して以来、ビブラートへのアレルギーは徐々に薄れていきました。今回聞いたところでは、以前よりもあまり違和感を感じずにすみました。

むしろ、シントウの歌い方は、実に感情的です。ルネ・フレミングの伯爵夫人はすこし気取った、気高い感じでしたし、ヤノヴィッツの伯爵夫人は清らかな感じでしたが、ここでのトモワ=シントウの伯爵夫人は実に情感たっぷりに歌っている。まだ、詩をとるか(つまりオリヴィエ)、音楽をとるか(フラマン)、本当に決め迷っているというふうに聴いて取れます。

そして、最後のソネット。今日もまた泣いちゃおう。なんでこんな曲を書いたんだろう。昨日友人の日記にもコメントしましたが、もう、ほとんど西田敏行的な泣き上戸になってしまっている。っつうか、実演で涙が流せなかったら、元取れてない、と思っちゃうぐらい。

昔から、コンサートの最初で弦楽器がなるたびに背筋がゾクゾクしていたんですが、まだ泣くにはいたらなかった。最初に大泣きしたのは、新国立劇場の2003年の「ラ・ボエームで、有名な「私はミミ」の前にあるロドルフォのアリアのところ。あそこ、本当に泣きました。あれが、初めて。アルフレード・ポルティーヤのテノールでした。

今回のシントウの伯爵夫人もうっとり。伯爵夫人マドレーヌが、詩人オリヴィエからの求婚を受け入れるのか、作曲家フラマンからの求婚を受け入れるのか、本当に迷っていて、どうしようかどうしようか、という切迫感を感じさせます。かなり感情のこもった熱唱です。

シュタインの指揮もたっぷりとための入った豪華なもの。完全に掌握して放さず、それでいて失速しない、という、私がいつも書いている指揮者への賛辞が当てはまります。

来年のMETでは、「カプリッチョ」があるようです。伯爵夫人はフレミング。2011年4月ですが。これは絶対に落としてはなりません。

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スコーピオン1(ワン)の急襲 (ハヤカワ文庫NV)
ジョン・J. ナンス
早川書房
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湾岸戦争終了直後のペルシア湾岸。きわめて強力な生物化学兵器が作られていることをつかんだ米軍は特殊作戦の発動を決定した。ロッキードC-141輸送機を使ってデルタフォースを送り込み、イラクの生物化学兵器工場を急襲し、大量破壊兵器を壊滅させようという大胆な作戦任務にあたるウィル・ウェスターマン大佐とダグ・ハリス大佐の旧友コンビ。二人は、真夜中の道路への強行着陸に成功し、ウィルスの処分を進めるのだが......。

先日読んだ「着陸拒否」と同じく、生物兵器の恐怖を取り扱っていますが、こちらはアメリカ空軍の軍人たちが主人公ということもあって、既読の「着陸拒否」とも「"ファイナル・アプローチ":http://museum.projectmnh.com/2010/02/03171736.php」ともすこし趣が異なります。ただ、前半部分、C-141を強行着陸させるあたりのくだりは、飛行機好きにとっては垂涎でした。後半は、冒険活劇的な趣が強くなっています。構成や登場人物の動かし方はいろいろな意味でとても勉強になりました。

「着陸拒否」も、最終幕で一抹ながらも強い不安を覚える名残がありましたが、やっぱりこの本でも同じ。核兵器や生物化学兵器は冷戦終結以降もその恐怖から逃れることはできないことを痛感しました。誰かの誤りや感情などで、意図せずトリガーがひかれ、世界が壊滅的打撃を受ける可能性は常にあるのだ、ということが良くわかります。特に日本は非常に複雑な外交状況におかれていることもありましょうし。

まあ、普段生きていくうえでは、こうしたことを考えていては前に進めませんので、考えるのは、読書している間や、こういった文章の中だけにとどめておきましょう。

次は同じくナンスの「ブラック・アウト」という本を読み始めました。こちらもまた秀逸。通勤時間が楽しいです。

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Richard Strauss

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R.シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」 [DVD]
ユニバーサル ミュージック クラシック (2002-06-26)
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おすすめ度の平均: 5.0
5 現実を忘れて陶酔できます。
5 オクタヴィアンをフォンオッタが、指揮をクライバが。
5 至高・至純の名演
5 ウィーンの香り!
5 これぞオペラ!陶酔してください

このところ食事しながら音楽番組を見る感じになっています。昨夜見たのは、クライバーの振るあの「ばらの騎士」です。ウィーンで振ったほうですね。もうおなじみ。何度取り上げたことか。


* 指揮=カルロス・クライバー
* 管弦楽=ウィーン国立歌劇場管弦楽団
* マルシャリン=フェリシティ・ロット
* オクタヴィアン=アンネ・ゾフィー・フォン・オッター
* ゾフィー=バーバラ・ボニー
* オックス=クルト・モル

ばらの騎士で私が好きな場面を上げてみると

  1. 第一幕:序奏部からオクタヴィアンが朗々と歌い上げる場面まで
  2. 第一幕:マルシャリンが嘆きを見せる最後の場面
  3. 第二幕:ばらの献呈
  4. 第二幕:献呈後からオックス登場までの、オクタヴィアンとゾフィーのダイアローグ
  5. 第二幕:オックスのワルツ
  6. 第三幕:最終幕の三重唱以降

いまのところはこんな感じでしょうか。もちろん、ここ以外もすばらしいんですがね。

ともかく、「ばらの騎士」は、僕にとっては、何度も観たり聴いたりした大切なオペラです。

今回演奏をつまみ食いして見聞きして発見したこと。なんども思っていることですけれど。

カルロス・クライバーの指揮姿って、すごく格好が良い。もちろんオケを牽引する力は並大抵のものではない。この、豪華絢爛であまりに難易度の高い楽曲を手中に収め、美的価値が極限まで高める力は真の芸術家だなあ、と。洒脱で名状しがたい酩酊感をともなう国宝級の演奏です。

それから、バーバラ・ボニーのすばらしさといったら! 私は何人かゾフィーを聴きましたが、この方ほどのゾフィーはそうそういらっしゃらないのではないでしょうか。そうですね、清らかな若々しい声は、高音域まで豊かな倍音を含んでいて、ばらの献呈の場面の最高音域にあっても音の勢いが減衰することなく高いレベルで持続しています。

それでは、感動的な場面をいくつか。

まずはばらの献呈の場面。シュトラウスの数ある美的極地のひとつに数えても良いでしょう。オッターもボニーもすごい集中力と緊張感で、本当にすばらしい。

続いて、最後の三重唱。ロット、オッター、ボニーの歌唱と演技には脱帽。ここで私は泣いたわけです。

それで、昼休みに「ばらの献呈」からオックス登場と、最終幕の三重唱以降までをiPodで観ていたんですよ。で、また、涙出てしまった。会社なのに、お恥ずかしい。職場みたいなある種戦場にあって、なんだか、現実と夢の境を超えて、その落差におののいたのかもしれない。

というわけで、また西田敏行状態。2009年末の紅白でも絢香の歌を聴いて泣いてましたよね。奥さんは、西田敏行が泣きキャラだということ知らなくて、感動していたらしいのですが、あとで西田の泣きキャラ具合を聴いてすこし興ざめだったみたいです。最近、男、特に中年男が泣くのがはやってます?? 徳光和夫も、「ボエーム」を観て泣いてたしなあ。

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Richard Strauss

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TowerRecord:
HMV:

ばらの騎士。最近、私がずっと泣いているオペラ。

これまで聞いた実演をまとめてみると…。ちょっとお恥ずかしいのですが。

  1. 2003年7月20日:二期会 @東京文化会館
  2. 2007年6月9日:新国立劇場@オペラパレス
  3. 2007年7月2日:チューリヒ歌劇場@オーチャードホール
  4. 2007年11月23日:ドレスデン国立歌劇場@NHKホール
  5. 2009年1月25日:ペーター・シュナイダー&東京フィル@オーチャードホール(ばらの騎士組曲)
  6. 2010年1月3日:ニューイヤーオペラコンサート@NHKホール(最終部三重唱のみ)
  7. 2010年1月10日:尾高忠明&N響@NHKホール(ばらの騎士組曲)

「ばらの騎士組曲」や最終幕三重唱のみも含んでますが、どれも私にとっては重要なのであえて。

一番感激したのは、2007年6月9日の新国立劇場公演です。あれを超える体験をこれからできるかどうかわからない。ないかもしれない。ポイントは4点。

  1. ペーター・シュナイダーの絶妙なタクト
  2. カミッラ・ニールントの歌唱、演技、容姿
  3. エレナ・ツィトコーワの深く濃い声と、ボーイッシュで精悍なオクタヴィアンの演技
  4. ジョナサン・ミラーのフェルメールのようなオランダ絵画的淡い色調にまとめられた舞台と演出。

トップの写真は、マルシャリンのカミラ・ニールントと、オクタヴィアンのエレナ・ツィトコーワ。お二人ともすばらしかった。

当時の記事を読み直してみると、

http://museum.projectmnh.com/2007/06/09221553.php

相当感動してます。いま思い出しただけで涙が流れてきた。BGMはフレミングですけど。フレミングについてはまた明日。

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わたしは、もうだめっすよ。

今週は「ばらの騎士」聴いて泣きっぱなし。何でこんなことになっちゃったんでしょう。西田敏行化計画は完全に成功しています。

奥さん曰く、「疲れてるんじゃない」。

まあ、この数ヶ月、仕事でいろいろあったし、決算&人事異動を控えて、これからが佳境なのでもいろいろありそうだし。

ともかく、昨日引用した自分のこの記事読みながら、フレミング&ボニー&グラハムの三重唱聴いていたら、あのときのことを思い出して、滂沱。

今朝も、今も。

いかんいかん。

というわけで、写真また載せちゃいます。これは、新国の2010/2011シーズンの案内パンフの表紙です。ここにもニールント様とツィトコーワ様の麗しきお姿が(宣伝しているわけではありませんけれど)。

さて、フレミングの「シュトラウス・ヒロイン」というアルバムには、「ばらの騎士」、「アラベラ」、「カプリッチョ」のそれぞれの主役ソプラノの聴かせどころが収録されています。

1. 「ばらの騎士」第一幕最終部分。
2. 「ばらの騎士」第三幕最終部分
3. 「アラベラ」最終部分
4. 「カプリッチョ」「月光の音楽」以降「ソネット」含め最終部まで

「ばらの騎士」では、フレミングは当然マルシャリンを歌いますが、オクタヴィアンはスーザン・グラハム、ゾフィーはなんとバーバラ・ボニー。指揮はエッシェンバッハで、オケはウィーンフィル、録音場所はウィーン楽友協会大ホールにて1998年収録。いやー、すばらしい。

エッシェンバッハのタクトはかなりたっぷりと歌わせる感じで、比較的遅いテンポ。しかし、こういう歌手名義のアルバムだと、テンポ取りなんかのイニシアティブは誰がとるんだろう? エッシェンバッハなのかフレミングなのか。

フレミングの声は、すごく柔らかく優しさに溢れていて、母性愛を感じます。フェリシティ・ロットがある種貴族的上品さを持っているのに比べて、もうすこし僕らの目線まで降りてきてくれている感じです(ロットがお高くとまっている、ということを言いたいわけでは絶対にないのです。ロットも大好きですよ。でないと映像観ても泣かないですよ)。

フレミングは、ワーグナー歌い的ではないですし、シュトラウスオペラにあっても、エレクトラやサロメは似合わないです。プッチーニオペラでも似合う役があるだろうか?? アマゾンをザッピングしてみても、やっぱり、ヴァーグナーは録音していないみたい。Wikiには、ムゼッタを歌ったことがあると書いてあるけれど、ムゼッタ的じゃないよなあ。もっと大人な女性の役が似合います。

それにしても、このアルバムは僕にとっては本当に理想的です。「ばらの騎士」と「カプリッチョ」を一挙に楽しめるのですから。

ばらの騎士のあらすじも書きたいなあ。。

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昨日も今日も実に良い天気です。近所の早咲きの桜は、もう満開に近い状態です。あと二週間で4月ですね。近所の学校は今日が卒業式でして、スーツやら袴を着込んだ学生達が街に溢れています。

今日からはしばらく「カプリッチョ」とドレスデンのことを書いていこうと思います。というのも、昨日のフレミングのアルバムの「カプリッチョ」に触発されて、NHK-BSで録画したフレミングの「カプリッチョ」映像をiPodに取り込んだから。今日一日で書き終わる予定でしたが、あまりにもむくむくといろんなものがわき上がってきて止めどがないのです。このオペラ、凄く思い出深いのですよ。

っていうか、来週は新国で「神々のたそがれ」なんで、そっちも考えないといけないんですけど。まあ、とりあえず続けましょう。

「カプリッチョ」を初めて聴いたのは、2006年だったと思います。それまで知らなかったのはお恥ずかしい限り。サヴァリッシュ盤をタワレコ新宿店で買いました。伯爵夫人マドレーヌはシュヴァルツコップ。若き日のフィッシャー=ディースカウやニコライ・ゲッダ、ハンス・ホッター、クリスタ・ルートヴィヒも参加しているEMIの歴史的名演です。ただし、モノラル録音ですけれど。

この曲、最初はよく分からなかった。今なら大泣きしてしまう「月光の音楽」だって、まだよく理解できず、ただただホルンの美しい旋律に心が反応しただけ。

それで、ネットで「シュトラウス&カプリッチョ」と検索してみると、旅行会社のウェブページにたどり着きました。なんでも、ドレスデンでの上演を見るツアーがあるとのこと。なんとまあ。それで、突然ドレスデンに行こうと思い立ちました。

奥さんはたまっていたマイルで行くことにしていたのですが、僕の仕事とあいているフライトの日程が合わなかった。それで、一日早く奥さんだけドレスデン入りしたんですね。

僕は翌日のルフトハンザでミュンヘン経由でドレスデンに向かいました。隣に座った方は僕より少し若い男性で、ドイツ語が堪能な方。コットブスに行くんだ、とおっしゃっていました。ミュンヘンまではエアバスA340にて。長さ的にはA340-300型と思われます。

ミュンヘンでの待ち時間は2時間ほど。で、空港のバーで(医者に禁止されてたけれど)ビール飲んで本を読んでいたんですが、なかなか時間にならない。

いつ見ても18時10分。ちなみにボーディングは18時55分。まだまだ時間あるや、と思っていたんですが、ふと気付いたら、時計が止まっていたんです。。。祖父の形見のロードマーヴェルだったんですが、ねじを巻き忘れていたんですね.

慌てて、Palmの時計を見ると18時55分。危なかった。それで、真っ暗なエプロンに降りて、ドレスデンと書かれたバスに乗せられオープンエプロンへ。4発のイギリス製コミュータージェットのBAe146アヴロRJに乗り込みました。

機体は、ミュンヘンからほとんど変針せずにドレスデンへ一直線へ飛んだのだと思います。おそらくはチェコ領空を通過したはず。シェンゲン条約というか、EU加盟国だからなのか。ジェットルートを調べてみると、やっぱりチェコ領内をかすっているみたい。

(なんで、こんな画像、僕が持ってるんですかねえ。秘密です)

まあ国内線とはいえ国境は関係ないんだなあ、と思った次第。

で、ドレスデンに到着。

なんだか、ドレスデン旅行記になってきました。それはそれでいいか。

それではまた明日。

カプリッチョについては、こちらも。

http://museum.projectmnh.com/2009/10/19214851.php

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さて、今朝の通勤電車は、シルマー&フレミングの「カプリッチョ」の映像をば。うーむ、また泣いてしまった。で、何でこんなに感動するのか、いろいろ考えてみました。

その秘密はのひとつとしては、おそらくはこの激しい転調にあるのではないか、と。「月光の音楽」の後半部分のところ、弦楽器のフレーズが(おそらく)短三度でどんどん転調上昇していくんですが、ある瞬間でその転調が止まり、そこで、もどかしさを覚え、最後に一挙に開放されたように、さらに和声解決するんです。この開放感に絶えられない。こらえていたものが一気に開放されて、涙腺が緩むという寸法、でしょうか。ちょっと考えないと。ほかにも謎や仕掛けがたくさん隠されているはずなんだが。いい加減ユーロがあがらんうちにスコア買わないと。

昼休みはベーム盤「カプリッチョ」で、ヤノヴィッツの伯爵夫人を楽しみました。この録音も本当にすごいよなあ。先日も書きましたが、ミュンヘンのゾフィーエンザールというところでの録音でして、ハイティンクの「リング」録音と同じ場所です。オケはバイエルン放送管弦楽団。これもハイティンクの「リング」と同じ。ヤノヴィッツ、あまりに清らかで罪のない声で、天使様です。

ではちょっとフレミングDVDの映像をすこしばかり。詳しくは後日。

この方、どなたかわかりますか?

明日は、ドレスデン奇想変奏の第二回の予定です。

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かなり遅い反応なんですが、ずっと気になっていましたので、現状を調べてみました。もちろん予算審議があるので、どう転ぶのかはこれからなんですが。

昨年の11月に以下の記事を書いておりますので、こちらもご覧ください。

http://museum.projectmnh.com/2009/11/22003546.php

それで、文部科学省の事業仕分けに対する見解は以下のページで見ることができます。

http://www.mext.go.jp/a_menu/yosan/h22/1288550.htm

少々官僚的な言い回しで、なにを言っているのかわからないところもあるのですが、こういうことが書いてあります。引用します。

2.文化関係事業
「芸術創造・地域文化振興事業」や「子どものための優れた舞台芸術体験事業」など文化関係の事業に関する事業仕分けの結果(予算縮減や国の事業として行わない)に対して、これらの事業が実施できなくなるとの心配の声が多く寄せられました。これらの事業については統合や重点化による効率化を図りますが、新たに、優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業や地域の伝統文化の継承のための事業を創設することとし、文化芸術活動に対する支援については従来以上に充実して参ります。

国会答弁のようでちょっとよくわからないです。

で、こちらの資料。

「事業仕分け結果・国民から寄せられた意見と平成22年度予算(案)における対応状況・詳細」

http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2010/01/14/1289014_1_2.pdf

34ページに結果が書いてあるのですが、11万件の意見があったそうで、まあ、事業仕分けには反対の意見が多かったようです。当たり前ですけれど。気になるのが「優れた芸術活動への重点的支援については3年で2分の1まで縮減する」という表記。なるほど。

(追記)
以下から先は、私の勇み足。日本芸術文化振興財団は文化庁配下ではなく文部科学省配下でした。金額が合わないからおかしいと思いました。続報は次の記事にて。大変失礼しました。

----

で、文化庁のウェブサイトに行ってみましょう。

http://www.bunka.go.jp/bunka_gyousei/sosiki/index.html

上のリンクの右側最下段の「日本芸術文化振興会」配下に新国立劇場がぶら下がっているはず。なので、文化庁の二二年度予算案を観てみればいいわけです。で次のページ。

http://www.bunka.go.jp/bunka_gyousei/yosan/index.html

まず最上段の「平成22年度文化庁予算(案)の概要」を開いてみると、

http://www.bunka.go.jp/bunka_gyousei/yosan/pdf/22_gaisan_gaiyou.pdf

全体で、前年比0.5%の伸びとなっていて、「文化芸術創造活動への重点支援」の項目は、6億1600万円の減額となっている。おそらく、ここが、「日本芸術文化振興会」の予算にマッチしているはず。

それで、つぎに「平成22年度予算(案)主要事項説明資料」を開いてみる。

http://www.bunka.go.jp/bunka_gyousei/yosan/pdf/22_gaisanyoukyu.pdf

再び引用。

(1)優れた芸術活動への重点的支援4,598百万円( 5,017百万円)
我が国の芸術水準向上の直接的な牽引力となる芸術水準の高い、音楽、舞踊、演劇、伝統芸能、大衆芸能の各分野の公演や、優れた劇映画、記録映画の製作に対し支援するとともに、我が国のトップレベルの芸術団体と国内各地の劇場が共同で制作するオペラ等の舞台芸術公演に対して重点的に支援を行う。

①舞台芸術等支援3,886百万円( 4,306百万円)
支援対象:オーケストラの定期公演など基幹的活動や、意欲的な優れた芸術活動への重点的支援 338件
トップレベルの芸術団体と国内各地の劇場が共同で制作する舞台への支援
・舞台芸術共同制作公演(新規) 6事業

②映画製作支援712百万円( 712百万円)
支援対象:2分野(劇映画、記録映画)、60作品

①が日本芸術文化振興会の予算のはずで、4億2000万円の減額。新国に投じられている予算は48億円なので、あまりインパクトはなさそうに見えてしまう。しかし、舞台芸術支援費は38億円。あれ、足らない。。前回の記事の「四八億円」の記載のPDFはネットワークから消えていて、よくわからない。うーむ。

それにしても、先にも触れたように、「3年で2分の1」という表現が非常に気になります。短期的には、契約関係などがあるから、大きな変動はないのかもしれませんが、中長期的には予断を許さないです。

それから、来年度についてもまだよくわからない。あくまで当局の要求なので、国会でどうなるか、というところ、最近のニュースは、小沢氏の問題や、新党結成の問題ばかりで、予算審議がどうなっているのかよくわからんのですが、もうしばらく様子を見てみることにしましょう。

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今朝の記事、少々早起きしていて、少々ミスりました。新国は文化庁隷下ではないのですね。
というわけで、初心に立ち戻って、文部科学省の以下のリンク先をご覧ください。

平成22年度文部科学省予算(案)のポイント
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2010/03/09/1288506_

文化・芸術予算全体でみると、

  • 平成21年度予算:1015億円
  • 平成22年度予算案:1020億円
  • 増減率:-0.5%*

とのこと。なんだ。この概算要求だと、今と変わらない。事業仕分けの意味がわからない(個人的には、事業仕分けについては、支持でもなく不支持でもありませんが)。
でも、1020億円がはした金に見えてきますよねえ。国債が数十兆円だというのにくらべれば。これぐらい、いいやんけ、みたいな。事業仕分けでやるべきはもっと別のところではないかなあ。。。

もう少し調べます。

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いろいろ疑問に思いましたので、引き続き調べています。っつうか、「神々のたそがれ」の予習もしないといかんのですが。

文部科学省のウェブサイトの引用

まずは、文部科学省の引用から。

<文化・芸術分野>
文化芸術は、過去から未来へと受け継ぎ、人々に喜びや感動を与えると同時に、経済や国際協調をはじめ我々の全ての営みの基盤として重要であると考えています。
優れた劇場や芸術文化活動への支援や地域の伝統文化の継承、メディア芸術の振興など、「ハード」整備から「ソフト」「ヒューマン」への支援に重点を置くことにより、文化・芸術関係予算について、過去最高の1,020億円を確保いたしました。

ただ、これが、新国に直接関連するかはよくわからないけれど、なんともまあ玉虫色というか、なんというか、複雑な感想です。こんなトーンの報告書を会社で書いたら、袋だたきだなあ。

二回目の事業仕分け

ご存じの通り、二回目の事業仕分けが行われます。参議院議員選挙をにらんだ支持率向上策の一環というのも周知の通り。

http://www.cao.go.jp/sasshin/kaigi/honkaigi/d6/pdf/ss2.pdf

こちらは独立行政法人がスケープゴートとなります。新国立劇場が属する「日本芸術文化振興会(==>)」は当然独立行政法人です。下記のリンクの右下にあります。

http://www.bunka.go.jp/bunka_gyousei/sosiki/index.html

で、二回目のトーンは結構厳しめです。

http://www.cao.go.jp/sasshin/kaigi/honkaigi/d6/pdf/s1-1.pdf

引用しますと、

行政からの支出を受け、あるいは権限を付与される等によって独立行政法人及び政府系の公益法人が行う事業については、昨年11 月に実施した事業仕分けにおいて様々な問題が指摘されたところである。これらについては、本来法人が有する専門性、機動性等のメリットを活かしきれずに、非効率・不要な事業の温存等の問題が発生しているおそれが大きい。こうした観点から、今回の事業仕分けでは、このような独立行政法人及び政府系の公益法人が行う事業を取り上げ、予算面にとどまらず、事業の必要性、有効性、効率性、緊要性や、誰が(国、地方公共団体、独立行政法人、公益法人、民間事業者等)事業を実施する主体として適当かといったことについて検証を行う。

というわけで、結構なトーンです。まあ、政治文書ですので、シュプレヒコール的な意味合いもあるでしょう。とはいえ、改めて何らかの動きが出てくるはずです。いったんは平成23年度予算を見据えたものらしいので、まずは注視を続けましょう、というところですかね。

新国立劇場への国費投入実態

前回の記事( http://museum.projectmnh.com/2009/11/22003546.php )において、以下の記載をしましたが、参照していたリンク先が消えていて、再度確認をとることができません。

新国の総予算は79億円。そのうち国からの予算は48億円。

どういう風なお金の入り方なのか、以下の図が参考になりそうです。

図A

で、あらためて、二一年度の収支予算を確認してみました。

http://www.nntt.jac.go.jp/about/foundation/pdf/zaimu_yosan.pdf

私も収入部分のうち特別会計をエクセルで検証しました。一般会計は、寄付金などに限られるようですので。

図B → 最新の資料と差し替えます。以下の図は最新ではありません。

図Aでみられるように、日本芸術文化振興会と新国立劇場運営財団の間には「業務委託契約」が結ばれている模様でして、黄色に塗った部分が国費投入部分と思われます。ということは、私が、以前48億円という数字を出した根拠は、平成20年度に当たると思われます。平成21年度は9億2000万円ほどマイナスなんですね。

正しい記事を後ほど書きます。私が基にした資料が霧散してしまいました。最新はこれから記載します(2010/6/6)

まとめ

2002年以来、新国立劇場にはお世話になっていますし、最近の意欲的なパフォーマンスや、質的向上が見られる新国立劇場にはこれからも是非頑張ってほしいです。ただ、国家財政の危機的状況も理解していますので、そのあたりの兼ね合いが難しい。以前も書いたように、欧米のオペラハウスだって、厳しい中で何とかやりくりしています。新国立劇場も、是非にも自力で回せるぐらいに頑張ってほしいです。公演の質の向上もありましょうし、ネット配信や、公演映像の商品化などなど、アイディアはあっても良いのかなと思います。あってはほしくないことですが、新国立劇場運営財団が官僚の天下り先としての存在としか見なされなくなれば、自ずと消滅の危機に瀕すると思いますので。
以下の二つがポイントでしょうか。

  • パフォーマンスの質の向上
  • チャネル拡大

以上長くなりましたが、以上と言うことで。いろいろ勉強になりました。仕事でなれた作業なので、意外と楽しかったです。

明日こそは、ドレスデン奇想変奏シリーズに取りかかりたいと思います。っつうか、ローマ紀行も終わってないことに気づいた。まだまだ書くべきネタはたくさんあるなあ。

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ちょっと待ってください!!

バイロイトに出演しないペーター・シュナイダーの今後の予定。すごく気になっていたので、Operabaseで調べたら、以下のような感じですよ。。

Operabase

http://www.operabase.com/listart.cgi?name=peter+schneider&loose=E&acts=+Schedule+

  • Sep-Oct 10 Der fliegende Hollander Conductor Paris(Opera)
  • Jul 10 Der Rosenkavalier Conductor Zurich(Oper)
  • Jun-Jul 10 Der Freischutz Conductor Zurich(Oper)
  • Jun 10 Capriccio Conductor Wien(SO)
  • Apr 10 Fidelio Conductor Dresden(SSO)
  • Apr-Jun 10 Parsifal Conductor Wien(SO)
  • Mar-May 10 Le nozze di Figaro Conductor Hamburg(SO)
  • Feb-May 10 Der Rosenkavalier Conductor Wien(SO)

7月にチューリヒで「ばらの騎士」振るんですね。6月はウィーンで「カプリッチョ」。やばい。行きたくて仕方ない。

ウィーンの「カプリッチョ」、伯爵夫人はルネ・フレミングですよ!
http://www.operabase.com/diary.cgi?lang=en&code=wawis&date=20100615

そして、チューリヒの「ばらの騎士」のマルシャリンもルネ・フレミング!!!

http://www.operabase.com/diary.cgi?lang=en&code=wszuo&date=20100707

ギャー! 卒倒します。

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映像は単純にオペラ公演を録画したものではありません。いろいろ趣向の凝らされた編集で、実に楽しいのです。録音舞台はおそらくはガルニエ宮ですかね? でもこの大きさはバスティーユかも? 

私はバスティーユオペラには行ったことがあるけれど、ガルニエ宮のほうは、入口近くの売店でオペラグラスを買っただけで、中には入っていない。ああ、2002年にパリに行ったとき、無理してでも「チェネレントラ」を見ておくんだった。ガルニエ宮は「失われた時を求めて」にも登場しますし。あー、パリ行きてー。プルースト読まないと。。。

で、この演出、すごくて、オペラにメタ・オペラがかぶるんですよ。この作品の意味的白眉は、伯爵が、「俺たちのオペラ談義自体をオペラにしちまおうぜ」という最終部にあるんです。それはオリジナルのリブレットにある内容です。

昔、哲学科に入学したとき、新入生合宿みたいなものがあって、6人ぐらいのグループに別れて、それぞれ寸劇をやらないといけない、という決まりになっていました。僕たちのグループについて頂いたのは、ギリシャ哲学を専門にしておられた凄くやり手の教授と、3年生の先輩のお二人でした。それで、どんな寸劇をやるか、アーダコーダとうなっていたんですが、教授がこうおっしゃったんですよ。
「そうだ、この寸劇を考えている場面自体を劇にしちゃおう!」
って。
先輩は「すごい! メタをかけるんですね!」っておっしゃった。メタ、って形而上学というか方法論というか、一個上というか、まあそんな感じ。メタフィジークは形而上学ですので。それで、僕らは、「どんな寸劇をやろうか」とみんなでアイディアを出し合って、最後に助教授が「そうだ、このプロセスを劇にしよう!」という台詞で終わる劇を作り終えたのでした。あんまり受けなかったけど......。

「カプリッチョ」での伯爵のアイディアは、あの教授のアイディアと一緒。これって、ギリシア悲劇的なのかしら。シュトラウスはギリシャ悲劇に造詣が深くて、どうやらそれはギムナジウムの頃からのことだったそうですし、「ナクソス島のアリアドネ」とか、「ダフネ」、「ダナエの愛」なんていうギリシア神話に基づいたオペラを書いていたりしますし。もちろん、この「カプリッチョ」にもギリシア神話のエピソードがちりばめられています。

で、話を戻すと、普通の演出だと、そのまま最終部に突入するんですが、この演出だと、プロンプターのトープ氏(モグラという意味です)がプロンプターボックスから現れるところから、なんだか様子がおかしくなる。あれ、僕たちの観ているオペラって、オペラの中のオペラなの? みたいな。これって「ナクソス島のアリアドネ」とも似ている。

それで、月光の音楽から最終部に至るまでは、伯爵夫人と執事だけが、舞台に登場する。もちろん伯爵夫人はフレミング。でもですね、その舞台を伯爵夫人フレミングがバルコニー席から見ているんですよ。フ伯爵、フラマンもオリヴィエもラ・ローシュも、バルコニー席からオペラグラスで舞台上の伯爵夫人マドレーヌを見ている格好なんです。合成映像なんですよ。

これで、月光の音楽以降が、オペラ内オペラとしてハンドリングされるという仕掛けです。

以下の写真がその場面。舞台上には伯爵夫人を演じるフレミング。そして、右上のバルコニーにいるのも伯爵夫人のフレミング。秀逸だ。

これを初めて見たとき、本当にやられた! と思いました。ロバート・カーセンの演出は素晴らしい。

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いやあ、昨日もだめなわたくし。

通勤バスで「ばらの騎士」最終部三重唱を、ハイティンク盤 + クライバー@バイエルン + クライバー@ウィーンでなき濡れ。昼休み、急に「月光の音楽」が頭に浮かんだだけでうるうるしちゃって、シルマー&フレミング映像で激しく落涙。うーん、なんでこんなに感動するんだろう。訳がわかりません。

でも、昨日は、久々に仕事が楽しかった。若い人とテレビ会議で議論したんだけど、いろいろ意見したら(まあ放談とも言えますが)、最後に「勉強になりました。ありがとうございました」って言われた。ちょっと嬉しかった。いろいろあるけど、まあこういう良いこともあるんだなあ。

さて、「カプリッチョ」の最終部分で、リフレインされる以下の歌詞がとても気に入っています。もともとは、第三場近辺で伯爵と伯爵夫人が踊りながら歌う場面で出てくる歌詞なんですが、結構重要です。

Heiter entscheiden - sorglos besitzen. Glück des Augenbliks - Weisheit des Lebens!

NHKの放送では「明るく決心し、心配なく保つ。幸福の瞬間こそ人生の知恵」と訳されています。もちろん、字幕ですので限られた字数の中で表現するのはきわめて難しいです。私は、ちと以下のように意訳してみました。

なにごとも陽気に明るく、心配事なんて忘れて、生きていこう。ひと時ひと時の幸福を味わうことこそが、生きていく上で大切なんだから

まさに、この映像見ている瞬間の幸福とか、「ばらの騎士」を聴いて泣き濡れている瞬間があるからこそ頑張れるんだろうなあ。これ、辻邦生師の言う「戦闘的オプティミズム」と通じるところがある。自虐や自嘲に甘えちゃいかんのですよ。

リブレットでは、最終幕でこの台詞を歌った伯爵夫人が直後に Ach! Wie einfach! (なんて単純なことかしら!)と少しシニカルに歌うんです。これ、伯爵が女優のクレロンとひと時の恋を楽しんでいるのを皮肉っているんですよね。でも、単純なことほど難しいはず。その後、伯爵夫人は、フラマンとオリヴィエの間で逡巡を続けるわけですので。

しかし、このシルマー&フレミングの映像、すごいなあ。昨日触れた「メタ」構造の件ですが、一番最後でもう一回ひっくり返るんですよ。ここはあえて詳しくは書きません。見てみてください。すごく不思議な気分になります。それから、すごい歓声。最後は手拍子に変わって鳴り止まない。この映像、iPod に入れて本当に良かったです。

youtubeにフレミングのカプリッチョがあったので、載せます。私、今、泣いてます。

DVDからiPodへの画像の入れ方はこちらからの二つのリンクが参考になります。

http://www.ideaxidea.com/archives/2008/07/handbrakedvd_catalist_freedvdi.html

http://www.tools4movies.com/

えーっと、フリー版で十分大丈夫です。それから、私の環境だと、なぜか普通に終了できず、いつもタスクマネージャで強制終了させてます。。

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3月21日(日)のN響アワー、2009年 心に残ったコンサート ソリスト編 ということで、番組紹介の中にフェリシティ・ロットの名前が見られます。

http://www.nhk.or.jp/nkyouhour/prg/2010-03-21.html

ダイジェスト的じゃなく、全曲放送してほしいところですが、果たしてどうなるか? 明日の21時からは教育テレビにかじりつきましょう。

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Wagner

いよいよ今日は「神々の黄昏」です。14時から20時過ぎまで6時間、初台にこもって堪能してきます。イレーネ・テオリンが一番楽しみ。もちろんクリスティアン・フランツもですけれど。

写真は昨年のバイロイトでのテオリン様。私の中では、いまのところ最高のワーグナーソプラノ。そしてお美しい!

私はあえて、トウキョウリングの演出についての記事は読まないようにしています。先入観があるといけませんので。また、あの、キース・ウォーナーのキッチュでアグレッシブな演出に触れることができるなんて楽しみ。

で、リングをこうやって聴いてくると、4作品のうちでどれが一番好きか、みたいなことを考えてしまうのですが、どうでしょうかね。

まず、少なくともいえるのは、「ラインの黄金」はちょっと苦手かも。なぜ苦手なのか? それは女声の活躍が少ないから、でしょうかね。少し前から分かっていたことですが、私はどうにもソプラノ大好き人間らしい。「ラインの黄金」の主人公はバリトンのヴォータンです。女声の登場は、フライア、フリッカ、エルダという脇役たちだけです。なので、ちょっと泣けない。1

で、先月までは「ジークフリート」も苦手だったんです。だって、第三幕まで女声の登場はほとんどないですもの。かろうじて鳥の声が登場するだけ。でも、これも申し訳ないですが脇役ですし、ワーグナー自体、鳥の声はボーイソプラノにする予定だったと言いますしね。まあ、エルダの登場もドラマティックなものとはいえません。

ところが、やっぱり第三幕最後のブリュンヒルデの登場は予想以上のものでした。オセロゲームで一気に黒が白にひっくり返るみたいな感じです。もちろんDVDではみたことがあったんですけれど、実演に触れると想定外の感動でした。イレーネ・テオリン様の強力なソプラノにしてやられた、ということもあるのでしょうけれど。なので、「ジークフリート」も私の中で昇格。

「ワルキューレ」は、かなり好きなほうです。理由はジークムントとジークリンデの悲恋があまりに切ないので。音楽面で言っても。ジークリンデが一大決心するところとか、ジークムントの切々と語るところとか、大好き。カラヤン盤のジークリンデはヤノヴィッツなんですが、あそこ、白眉だよなあ。

「神々の黄昏」は、ストーリーとしてはきわめて不条理なんですが、合唱の導入があって厚みを増しているのと、ブリュンヒルデの強烈な歌唱があるので、大好き。ハーゲンの不気味なライトモティーフが縦横無尽に入り乱れて、ハーゲンの悪の意志がすべてを狂わせていくのがよく分かる。まあ、ストーリー的にはジークフリートがあまりにふがいない2ので、ちょっと興ざめみたいなところはある。

ただ、私、今すごく不安です。イレーネ・テオリンはバイロイトでも歌うベテラン実力派ソプラノですが、やっぱりライヴは怖いですよ。何があるか分からないですので。私はお恥ずかしながら)オペラにどうやら66回は通った勘定になりますし、それ以外のコンサートも数知れず、ですのですが、事故を何回か目の当たりにしています。ライヴに完璧はないとは分かっているので、テオリン様といえども、なんだか不安を感じてしまうのです。でも、きっと、そうした不安は杞憂に終わるのが常なんですけれどね。

今日は14時からおそらくは20時過ぎまで新国にこもります。「ジークフリート」の時は携帯を忘れましたのでTwitterできませんでしたが、今日はちゃんと持って行きます。幕間でTwitterしますので、よければウォッチしてみてください。

http://twitter.com/Shushi

1 すでに、「泣かないと元とったと思えない」と信じ切っている証左です(笑)。

2 ジークフリートって、本当に無邪気な英雄。もう少し頭の切れる人だとよかったんだけど、それじゃあ、ストーリーは成立しませんね。っつうか、「ニーベルングの歌」やら、ワーグナーが下敷きにした伝説の中でジークフリートの位置づけを考えてみないとなあ。

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行って参りました。新国立劇場「神々のたそがれ(神々の黄昏)」。

14時スタートで、終わったのが20時15分頃。そのあとバックステージツアーで、新国を出たのが22時頃。都合8時間半以上は新国にいました。

詳細は明日。書きたいことが山ほどあります。

あ、カーテンコールが凄かったです。エッティンガーには、ブーイングとブラボーの両方が盛大にかかった。あと、わたくし、初めて、「ブラヴォー」と「ブラーヴァ」と叫んでみました。テオリン様には絶対声かけたかったので。

あと、残念なニュースは、N響アワーでは、ロットのカプリッチョは一瞬取り上げられただけでした。残念至極。

ではまた明日。

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コメントできない障害が発生していました。もし、コメントしてくださろうとした方がいらっしゃったとしたら、大変申し訳なく存じます。これ、何回も失敗しているんです。Movable Typeのアップデートごとに設定が変わって、いつも失敗。SE失格かしら。今後はちゃんとシステムテストします。。


もう、こんなに幸せな日は人生にそうあるもんじゃない。そんな一日でした。3月21日は、僕にとって一生忘れられない一日になったはず。

これから、数日かけて書いていきます。ああ、「ドレスデン奇想変奏」のタイトルロゴも作ったんだが、まずは、神々の黄昏かかないと。

新国立劇場「神々の黄昏(神々のたそがれ)」のご報告、今日は音楽面から。

いやあ、もう、イレーネ・テオリン様の前にただただひれ伏すのみ。

偉大なワーグナーソプラノ、テオリン様に初めてお目にかかったのは2008年秋の新国立劇場のトゥーランドット。

http://museum.projectmnh.com/2008/10/17032725.php

このとき、ああ、声のすごく大きな人だなあ、としか思わなかったみたい。でも、それが尊敬に変わったのは2009年のバイロイトのこと。どうも以下の過去記事を読むと、2009年7月27日からテオリン様の虜になり始めたみたい。

http://museum.projectmnh.com/2009/07/27211601.php
http://museum.projectmnh.com/2009/08/02120759.php
http://museum.projectmnh.com/2009/08/22191752.php
http://museum.projectmnh.com/2009/08/23213515.php

先月の新国「ジークフリート」もすごかったんだが、やっぱりクリスティアン・フランツ氏の甘い声に魅せられたのが大きかった。出ずっぱりのフランツ氏に比べて、テオリン様の登場は、最終幕でしたから。

今回はもう完全にテオリン様の独壇場でしたよ。たしかに、フランツ氏の声もきれいだった。でもテオリン様の前にあってはなんだか声量が足らなく思えてくる。ハーゲンを歌ったダニエル・スメギ氏だってすごかったんですよ。あの美しく豊かでエッジのあるバリトンの声は、日本人には決して出せない本場の声なんですから。でも、テオリン様が全部持って行ってしまった。そんな舞台に思えてしまいました。

いやあ、あのテオリン様の凄絶なブリュンヒルデの怒りの表情は、鬼気迫るものがあって、歌手を超えてすでに最高の舞台女優となっている。ジークフリートの裏切りに怒るブリュンヒルデ。ハーゲンによって殺されたジークフリートをストレッチごと釜の中に入れて、荼毘に付す瞬間のあの表情。去年のバイロイトの映像も鮮烈でしたが、私は双眼鏡でもう食い入るように見ていました。

もちろん歌唱力も抜群。一回だけハイトーンで少々乱れたのは、前回の「ジークフリート」でもあった事故でしたし、ピッチも微妙にずれているのを一回ぐらいは感じました。それから、長丁場なのでセーブしているところもわかりました。でもですね、そんなこと本当に取るに足らないこと。ここぞというところの爆発的なパワーには、もう思い出しただけで鳥肌が立つような感動なんです。思い出すだけでちょっとうるうるきちまうぐらい。

私はですね、最後のブリュンヒルデの自己犠牲前のところで泣きましたですよ。メガネがぬれちゃって、双眼鏡が見えなくなってしまって困ったぐらい。で、双眼鏡の中でテオリン様と目があってしまってどきどきしてしまった。あはは。舞台から客席って意外と見えるらしいんで、僕の顔はわからずとも双眼鏡は見えてたんじゃないかな。

このパフォーマンスを、テオリン様が東京までいらして歌ってくださるなんて、あまりに恵まれすぎている。本当に本当に感謝しないと。

というわけで、テオリン様にはお恥ずかしながら「ブラーヴァ」を連呼しました。オペラ67回目にして、初めて声だしてみた感じ。ちょっと恥ずかしかったけれど、いいや。

ちなみに、男性には「ブラヴォー」、女性には「ブラーヴァ」、複数人には「ブラービ」です。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%BC

いつも思うんですが、「ブラヴォー」とブーイングの「ブー」って、区別つきにくくないですか? なので私は「ラーヴァ」と連呼しました。

もう一つ。ヴァルトラウテを歌ったカッティア・リッティングさん。この方もすごいですよ。正確無比なピッチコントロールで愁いを帯びた歌唱でした。ヴァルハラでのヴォータンの変わりように困り果ててしまった表情の出し方なんて、見ていて本当にすごかった。

音楽的な面で言うとさらにinterestingな出来事が。第三幕の冒頭、ダン・エッティンガーが登壇したら、誰かがブーイングしたんですよ。これ、2003年4月の新国「ボエーム」で井上道義がブーイング浴びせられたのを聴いて以来。あのとき、井上道義は、くるりと振り返って、ブーイングの方向に投げキッスしてみせたんですよ。

それで、全曲完了して、おきまりのヒロインが指揮者を迎えるの図の場面。テオリン様が下手からエッティンガーを迎えたんですが、とたんに激しいブーイングが! すかさず、今度はブラヴォーの連呼。ブーイングとブラヴォーが激しく張り合ったんですね。これ、私は初体験でした。プッチーニやらのオペラの初演時に、ブーイングとブラヴォーで殴り合いのけんかになった、なんて話も聞いたことがありますが、そんな雰囲気。エッティンガーは仁王立ちになって、ギッと客席をにらみつけていました。

あとで、関係者に話を聞いたんですが、ああいうブーイングとブラヴォーの混ざったカーテンコールって、悪いものじゃないんですって。それだけ、みんな真剣に聴いていた、ということなんだから、とのこと。

というわけで、今回は音楽面について。明日は演出面について。それから、解釈の話も書きたいし、バックステージツアーのことも書きたいし。もう、書きたいことがたくさんで困っています。


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コメントできない障害が発生していました。私の設定ミスと、サーバー仕様の問題。申し訳ありません。

もし、コメントしてくださろうとした方がいらっしゃったとしたら、大変申し訳なく存じます。今朝ログ見ていたら、commets.cgiへのアクセスがあるのに、コメントが入ってないことに気づいたんです。

最近コメントいただけなくて、ひそかに泣き濡れてたんですが、もしコメントして下さろうとしていた方がいらっしゃったら、本当に申し訳なかったです。

ごめんなさい。

これ、何回も失敗しているんです。Movable Typeのアップデートごとに設定が変わって、いつも失敗。

SE失格かしら。

今後はちゃんとシステムテストします。

でも、自前で運用するMovable Typeは楽しいです。バグもたくさんあるんですが、手作り感を楽しめますので。

今後ともどうかおいでください。お待ちしています。

今後は、何か問題あれば、メールやTwitterではなく、匿名でご連絡いただけるような仕組みを考えます。

もちろん、 Twitter や、左最上段のプロフィール欄下のメールアドレスからご指摘くださってもかまいません。

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先ほども書いたように、ブログの設定間違っていて、コメントができない状態でした。ログを見たら少なくとも27回はアクセスがあるので、コメントをせっかく書いてくださったのに、消えてしまった方もいらっしゃるのではないでしょうか。本当にお詫び申し上げます。

この写真は私が大好きなバルコニー席へと通じる通路。バルコニー席は狭いので扉がいくつも並んでいます。神韻としていて、これからのパフォーマンスへの期待が高まります。

さて、演出面について。今日はベッドの大きさについて考えてみます。非常に面白いですよ。

第一幕、演出の方々は「ローズルーム」とおっしゃっていましたが、ブリュンヒルデとジークフリートは、「ヴァルキューレ」から使われている銀色の傾いたベッドに一緒に眠っている。ブリュンヒルデはオレンジ色のトレーナーで、「ジークフリート(Siegfried)」の「S」を象徴する例のスーパーマンマークが書かれているジークフリートのトレーナーには「B」の文字の上に、ヴァルキューレの兜が描かれたもの。

で、ここのベッドの大きさがポイント。バックステージツアーで、演出の方とお話しする機会があったのですが、彼女の指摘によれば、「ヴァルキューレ」の最後でブリュンヒルデが眠りについた銀色のベッドはあまりに大きいものだった。けれども、「ジークフリート」で覚醒する際には、銀色のベッドは一回りも小さくなってしまっていました。で、今回の「神々の黄昏」においては、「ローズルーム」の中に収まった小さなベッドになってしまう。そして最終場面、ジークフリートが荼毘に付される場面では小さな銀色のベッドが舞台上手に置かれている。時間がたつにつれてベッドが小さくなっているのです。演出の方は、これはブリュンヒルデやジークフリートが神性を失っていったからだ、という風に捉えておられました。

ただ、私はちょっと違う感想を持ったんです。実は、ベッドの大きさは変わっていないのではないか。逆に、神性を失いつつあるブリュンヒルデとジークフリートが大きくなっているのではないか、と。これ、私が執拗に主張する「神々は貴族であった」という仮説に基づくものなんです。神の力は小さくなり、神が作った銀色のベッドは徐々にその力を失っていく。それに対して、人間の力のほうが強くなってくる。だから、ベッドと人間の大きさの比率が異なったのではないか、と思うのです。もちろん、ここでいう神は貴族であり、人間とはブルジョワや大衆であるという仮説です。

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私の大好きな新国立劇場は初台にあります。新宿駅から京王新線で一駅。新宿から歩いても30分以内なので、ちょっと運動したいときは新宿から歩いたりしています。この町には私の大先輩と大後輩が住んでいらっしゃって、すばらしい限り。初台に住むのも私の夢の一つです。でも高いよなあ。あ、ドレスデンかミュンヘンに住むのも夢です。こっちはかなりハードル高いです。

で、写真は甲州街道と劇場を隔てる壁に沿って張られている階段を撮ったもの。甲州街道の上には首都高速が走っていますので、車の騒音は相当なもの。写真の左手が劇場で、右側が道路と劇場を隔てる防音壁の役割を果たしています。ここにしつらえられている階段が美しくて、昨年の夏に何枚も何枚も写真を撮りました。そのうちの一枚です。ちょっと色温度を下げました。あとは、新国の中庭に水が張られているのが美しい。これ、かなりのメンテナンスが必要なはず。定期的に水を抜いてしっかり洗わないと緑色のこけが生えますので。これも無駄といえば無駄で、どこかの仕分けで取り上げられるかもしれませんが、無駄こそ大事な場合もあるのです。

まずは、ちょっとどうしてブーイングが出たのか考えてみました。タクトを振ったダン・エッティンガーの解釈面にはあまり違和感を感じませんでした。というより、かなりゆったりとした演奏でしたし、ためるところはとことんためる感じで、ブルックナー的とも言えるゲネラル・パウゼが見られて緊張感は相当なものだったと思います。

先日ベームがバイロイトで振った「ジークフリート」を聴いたのですが、あの大時代的なテンポ・ルバートは相当なものでした。いろいろな指揮者の演奏を聴いて思うのは、そうした大時代的な、テンポをアグレッシブに速めたり遅めたり、といった演奏スタイルが復権しているのだなあ、ということ。これは10年ぐらい前から思っていることです。

エッティンガーの指揮もそうした部類に入ると思います。相当な動かしようで、時にかなりテンポを落とし、あれじゃあ、歌手や管楽器は大変だなあ、と思うこともしばしば。

で、ですね。オケがそうしたエッティンガーの意図に追随仕切れていなかった部分は多分にあったと思うのですよ。それは前回の「ジークフリート」でも感じたことです。特に管楽器のキューはかなり厳しいものがありました。

私は、気に入らないパフォーマンスについては一切書かないことで意思表示をしているつもりですが、あのカーテンコールをご報告するに当たっては、そこを乗り越えないと行けないと思いましたので、大変恐縮ながら書いている次第です。

それから、そうしたある種の疵を完全に無視できるほど、全体のパフォーマンスはすばらしかったので、幸福な経験をすることができたと思っています。ですので、私はエッティンガーにブーイングする気は全くありませんでした。

ついでに、新国の東側のオペラシティーのファサード。ミラノの記憶がよみがえります。

新国「神々の黄昏(神々のたそがれ)」については、まだまだ続きます。明日もお楽しみに。

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大好きな初台の写真をもう一つ。新国立劇場の東隣のオペラ・シティ。高層ビルを見上げる人間の彫像。ここに勤めておられる方々は幸せです。

さて、「神々の黄昏」もその3となりました。ですが、まだ終わらないですよ。今日は、英雄ジークフリートの位置づけについて。

ジークフリートにはふがいなさを感じていたというのは、先だってから折に触れて書いています。よく読み直してみるとそんなにきちんとは書いてないみたいですが、「ふがいない」とかそんなことは書いてある感じ。

http://museum.projectmnh.com/2008/02/28054311.php

http://museum.projectmnh.com/2010/03/21082448.php

僕の中では、英雄のイメージと言えば、ユリウス・カエサルか、アラゴルンか、ナポレオン一世でしょうか。だれしも強い意志と高い志を持って、兵士達をまとめ、世界秩序の構築に尽力した男達です。

ですが、ジークフリートは、なんですかね。単にファフナー扮する大蛇を倒しただけの男に過ぎない。祖父から受け継いだ名剣ノートゥンクで、祖父ヴォータンの槍をへし折っただけの勇士。女性に恐れをなし、一目惚れして、口説いたあげく、「ジークフリート」と「神々の黄昏」の間中にラヴラヴだったという、なんともかんとも面目のない男です。

私のような組織に属する者、それは軍隊でも会社でも同じですが、リーダーは常に部下を思い、以下に部下を動かすかに腐心し、部下の尊敬を得ようと絶え間ない努力を続けていかなければならない。私が挙げた、カエサルはローマ軍を率いガリアで戦い、クーデターを成功させローマを手中に収めた男。アラゴルンは、指環を破棄すべく、ホビット、エルフ、ドワーフ達をまとめ率いて敵地へ乗り込む戦闘隊長。ナポレオン一世は言わずもがな。ハンニバル1の故事にならい、アルプスを越境しイタリアへ侵攻する果断な判断力。もちろん、最後には冬将軍に敗れるわけですが。

ジークフリートにそう言う面がありますか? Neinですね。たんなる流れ者にすぎない。まあ、大佛次郎の小説に出てくるような孤高の武士的なイメージ? いやいや、彼らより世間知らず。だから、簡単に忘れ薬を飲まされ、グートルーネに誘惑され、ハーゲンに唆され、真に愛すべきブリュンヒルデを敵に回してしまう。2 挙げ句の果てには、徐々にブリュンヒルデのことを思い出し、その途端に、ハーゲンの槍に背中を疲れて死んでしまうと言う、ある種のふがいなさ。うーん。恐れを知らないという点と、大蛇を倒した、それからノートゥンクを鍛え直した意外に業績を上げていますか? [3] 挙げてないでしょう。

では、どうして、彼は英雄なのか。

私は、今回「神々の黄昏」を見て、とうとう気付いたんでよ。ああ、私のパースペクティブが違っていたんだ、と。さっき、英雄の比喩として組織における統率力ということを挙げていました。ですが、それは英雄たるものの必要条件ではあるかも知れないけれど、十分条件じゃない。というより、先日以下の文章で述べたとおり、私(我々?)はすでにミーメのパースペクティブに乗っ取られているのです。以下のリンクにミーメと私たちの関係を書きました。

http://museum.projectmnh.com/2010/02/18220812.php

ミーメにしてみれば、ジークフリートなんて世間知らずの馬鹿な若者で、とりあえず、指環を取ったら、ダマし殺して奪っちゃおう、なんて思っている。ここまで酷くはないにしても、似たようなことをやったこと、普通の大人の社会人ならありますよね。私もあります。もちろん法律に反するようなことはしてませんけれど。4

でも、おそらくは純粋善の立場から言うと、おそらくはジークフリートは英雄でしょう。悪事を働くような邪な大人の知恵なんて持ち合わせない純粋な男。女を愛するが、簡単に人を信用してダマされてしまうという過剰なまでの善人。

こういう人、他にご存じないですか?

私は、4月4日に東京文化会館で「パルジファル」を見る予定ですが、ライナーなどを読んで研究していると、「愚者たる英雄パルジファル」という記述があるのに気付きました。そうなんです。パルジファルは愚者なのです。愚者であるが故に神聖であるという直観的事実です。5そこではたと気づいた。

なるほど、パルジファルとジークフリートの間にはつながりがある。愚者であるが故に成し遂げられることがあったのです。ジークフリートが死ななければ、ヴァルハラは滅びず、おそらくは指環はラインに戻ることはなかった。パルジファルがいなければ、アンフォルタスは死にいたり、クンドリも解放されることはなく、聖杯とはなり得なかった。6

(パルジファルのあらすじまでは一寸書けませんのでこちらを ==>

で、ちょっと待ってくださいよ。この愚者の神聖性って、実はイエス・キリストの一つのとらえ方によく似ている。かつて遠藤周作の「死海のほとり」(だったと思うのですが)を読んだ覚えがあるのですが、ここに登場するキリストは、何をもなしえない、奇跡など起こせない一般人としてしか描かれていないんです。「ベン・ハー」に登場する神的な救世主7ではありませんでした。その遠藤周作のキリスト像と重なったんです。

そうか。英雄と言っても、パースペクティブが変わればどうにでも解釈出来てしまうんです。ヒトラーだって英雄だったし、サダム・フセインだって、英雄だったはず。でも、ワーグナーの描くこの二人の英雄は位相が違うのですね。

そのことが分かったのは、今回のパフォーマンスでの大きな収穫。

でも、やぱり、ジークフリートが火葬され、ブリュンヒルデが同じく火に身を投げ入れ [8] その火がヴァルハラを焼き尽くし、指環がラインに戻っていくという事態は何を指しているのか? ここばかりは理由が分かりませんでした。まだ考えないと。

まだ「神々の黄昏」シリーズは続きます。次はギービヒ家の話になる予定。

1 ハンニバルもそう言う意味では英雄です。

2 ここで、ブリュンヒルデはこういうんです。「ジークフリートを守るために、あらゆる秘術を使った。だが、ジークフリートの背中にだけはまじないを掛けなかった。なぜなら、ジークフリートは的に背中を見せるようなことをしないからだ」と。ここ、実に興味深い。まず、「秘術を使った」という部分。これ、私の中でほとんどイゾルデ像と一致するんです。タントリスという偽名を使っていたトリスタンを、自分の許婚者の的でありながらも秘伝の術で直すというプロット。ブリュンヒルデもイゾルデも愛すべき男に何らかの秘術を使っていたというのですから。

3 業績だなんて言うと、教授や准教授の世界にも似てますが。

4 あ、そう言えば、踏切って、自転車降りて渡らないとダメなんですよね。それは破ったことがあります。

5 ニーチェなら「ルサンチマン」といって揶揄するでしょうけれど。

6 だとすると、「指輪物語」に登場するゴクリ(ゴラム)は、指環を河口に放擲するという隠された使命を遂行した愚かなる英雄なのか?? ガンダルフがそれをほのめかすシーンがありましたね。

7 彼は、ハンセン病患者を意図もたやすく癒したりするのです。

8 この部分、どこかに書いてあったと思うのですが、インドの藩王が死んだときに、妻も一緒に荼毘の火に飛び込むという話を思い出させます。ジュール・ヴェルヌ「八十日間世界一周」でアウダ(でしたっけ)をパスパルトゥーが救う場面、覚えてらっしゃいませんか?

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新国中庭の水庭の一コマ。新国建築ラヴ。

ついでに、「オペラパレス」前景。未だに「オペラパレス」というのは気が引ける。

さて、バックステージツアーに当選しまして、公演がはけたあとの舞台裏にお邪魔しました。

6時間にもわたる長丁場が夢のあとのような静けさでした。当然ですが、舞台裏のほうが客席の面積よりも大きいですし、舞台の高さは言わずもがな、いわゆる「奈落の底」はかなり深いとのこと。舞台から客席を見ると、夢の残滓がかすかに残るような気がしました。

バックステージツアーで見せていただいたものの中で興味深かったものがいくつかありましたが、そのうちのひとつが、舞台担当の方が「ホワイトボックス」と読んでおられたセットです。真っ白い箱型のセットで、遠近感をつけるために奥に行くほどサイズが小さくなっているもの。だから、ボックスを構成する面はすべて台形で、ボックスの最奥が台形の短辺にあたります。左右には扉が5つずつの全部で10扉あります。お話によれば8番扉の調子が悪いそうで。

この「ホワイトボックス」ですが、「ラインの黄金」でヴァルハラの広間として使われていまして、最終部分で上から風船が落ちてきて、イエス、仏陀、イザナギみたいな「神々」が入場してくる場面でしたね。扉には番号が書かれていて、私にはあれが空港のホーディングブリッジ(ジェットウェイ)にしか見えませんでした。以下のリンク先に写真が出ています。

http://www.nntt.jac.go.jp/opera/20000082_frecord.html

続く「ヴァルキューレ」第三幕冒頭では、あの有名な「ヴァルキューレの騎行」を歌いながら、ヴァルキューレたちが、戦いに敗れ傷ついた勇士たちをストレッチャーに乗せて何人も何人も運び入れたり、運び出したりを繰り返す大変印象深い場面でも「ホワイトボックス」が使われていました。あの時の扉はICU(集中治療室)の入り口に感じられ、ヴァルキューレたちはさしずめ看護師か女医か、という感じ。1 ともかく、あの時点では「ホワイトボックス」はヴァルハラに属していたのです。

http://www.nntt.jac.go.jp/opera/20000084_frecord.html

ところが、今回の「神々の黄昏」ではどうだったか? 「ホワイトボックス」はギービヒ家の広間となっていたのです。舞台担当の女性の方がポロリとおっしゃったのが次の言葉。

「(キース・)ウォーナーが言うには、ヴァルハラの広間をギービヒ家が買い取ったという設定なんだそうです」

マジですか! これ、私の仮説2をさらに補強する。あのカズオ・イシグロの「日の名残り」では、イギリス貴族の家はアメリカ人の実業家に買い取られてしまう。貴族世界から資本主義世界への移行。まさにそれと同じ構造ではありませんか。

さらにいまさらのように気づいた驚きの事実が。なぜ、ギービヒ家当主のグンターはブリュンヒルデを娶らねばならなかったのでしょうか?グンターの言葉をリブレットから引用します。

「まだ妻を求めたこともない、普通の女では 私はなかなか満足しないのだ! 心に決めている女性があるが、彼女を得る方法がない」

なるほど。普通の女ではない女とは? このエピソードからひらめいたのは、あの新興貴族ファニナルのことです。彼はもちろんシュトラウスのオペラ「ばらの騎士」の登場人物。財を成し、貴族の称号を得たとはいえ、まだまだ家名に箔がない。だから、娘のゾフィーの夫には真性の貴族をあてがいたいと持っている。。。

ギービヒ家の領土は指環世界を大きく覆っていることが暗示されています。それは、第三幕冒頭に登場した巨大な地図に示されていました。巨大な字で Gibichsland(だったと思う)と書いてあり(つまり地図上のすべてがギービヒ家領地であるという暗示)、その中に赤い点がポツリポツリ。それぞれに説明がついていて、ひとつは Hundingshütte、つまりあのフンディングの家であり、ブリュンヒルデの眠っていた山であったり、ミーメの家であったり、と書いてある。つまり指環のエピソードはギービヒ家の領土の中で起こったこと。つまり、ギービヒ家は世の中のほとんどすべてを得ているのです。

だが足りないものがある。おそらくそれが、神々の箔だったのではないか、と。もちろん指環もあるけれど。グンターがブリュンヒルデと結婚することで、またはジークフリートとグートルーネが結婚することで神々が親族となる。つまり、置き換えると、新興貴族が真性の貴族の親族となるということ。うーむ、勝手に得心してしまいます。ギービヒ家がどういう出自なのか、調査が必要。おそらくは「ニーベルンゲンの歌」あたりを渉猟しなければならない予感。

やばい、指環、面白すぎる。ヘビーにインタレスティング。リング・ラヴ。

まだ続きますよ。次はバックステージツアーについて書きます。

1 そうか、「神々の黄昏」でも、ギービヒ家の家来たちはオペ前の医者の格好をしていた!そして、ハーゲンは、グンターに注射器をさして殺害する。注射器は第二幕冒頭で自らの左手から採った血なのですが。

2 神々は貴族を象徴し、指環や黄金は資本主義をあらわし、ニーベルング族は労働者階級を暗示する、というもの。

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夕闇のなかに沈みゆく新国の中庭水庭。やっぱり、この建築は素敵。

バックステージツアー。何度も何度も応募しましたが、当たったことはありませんでした。応募用紙に座席番号を書いて入れるのですが、あまりに当たらないので、S席の方が優先なんだ、と勝手に拗ねていたのです。それで、当日は、係りの方に「S席じゃないと当たらないんですか?」と聴いてみたのです。まあ、当然「そんなことないですよ」とおっしゃったんですけれどね。

それで、第一幕が終わった後、抽選結果が一階ホワイエに張り出されるんですが、なんと、当たっておりました! でもですね、197人の応募があって、40名が当選。新国の収容人数は約1800人で、ほとんど満員だったのですが、たったの197人しか応募していないというのがとても意外に思いました。まあ、「神々の黄昏」の場合、終了予定時間が20時25分でしたので、皆さん家路を急いだのでしょうか。そうかと思うと、日によっては、定員40名に対して70名ぐらいしか応募がないこともあるとのこと。これも意外。

昔は、バックステージツアーというのを、舞台のない日に行っていました。当時は発券制でしたが、休日はかなりの確率で売り切れていました。最近はどうやらやっていないそうで、休日だと舞台監督の方々がいらっしゃらないからだとか。

というわけで、テオリン様にブラーヴァと叫びまくった興奮のさめやらぬうちにホワイエに集合しました。なんだかちょっと優越感。うふふ。事故などの保険料として200円を支払って、荷物を預けて、プレートをいただいて首にかけて待ちました。

8時半になると、20名ずつのグループに分かれて、無人の劇場内へ。よく考えると無人の劇場に入るのは初めてです。ダークオーク色の色調が良い雰囲気。入場の際、一瞬PAルームが見えたので撮影。ここに合唱指揮の方が入られて、本番では赤いレーザかライトかで指揮をします。あらゆる音響のコントロールはここでやっているはず。

続いてオーケストラピット(つまりオケピ)へ。オケピの深さは音量調節のために上下可動式になっています。公式記録では2.65メートルの深さなのですが、今回の「神々の黄昏」では、2.66メートルまで下げたとのこと。ワーグナーやシュトラウスのような大規模なオケの場合は、このように深くしますが、モーツァルトなど編成の少ないオケの場合は床をあげるそうです。指揮者は舞台を見なければなりませんので、オケピが深くなればなるほど、指揮台は高くなります。

そうすると、指揮者に誓いパートの方々から指揮が見えなくなると言うことで、指揮者に近い席ほどかさ上げされています。逆すり鉢状のような格好です。1

続いて、いよいよ舞台裏へ。楽屋への入口があるのですが、ここは暗証番号でロックされているそうです。昔はそのまま入れたそうなのですが、本番中に観劇の高校生が、ここから闖入し、本番の舞台に現れた、という珍事件が発生したことがあるそうで、厳重な管理になっているとのこと。

ここで、我々は靴にカバーを掛けました。舞台に油を載せたくないから、とのこと。ここから先は著作権の問題で写真撮影は禁止となりました。

そして、早速中に入ると、第一幕冒頭で三人のノルン達が演じたセットがおいてあって、そこに舞台監督助手の女性のの方が待ってくださっていました。この方、一目見ただけで、衝撃を受けてしまう。今までお会いした女性の中でもっとも強い意志とオーラ持った方の一人だなあ。みなぎる自信はまさに実力によって裏打ちされたもの、というような印象でした。これ、人生にそうそうあるかないかの衝撃でした。働く人間として尊敬の念に打たれたというところです。

続きはまた明日。

1 見づらい写真ですいません。7年前のコンデジで撮ってますので。ISO400でohne Flashじゃ無理です。

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新国の一場面。素敵。

さて、バックステージツアーについては2回目。以下の写真は張り出された当選者の名簿。デジカメの画像があまりに暗いので、フォトショップでいろいろいじったんですが、復活できない。私の画像補整技術では無理ですわ。モザイクかかってますので名前は見えませんよ。

今日はちょっと項目ごとにまとめてみます。

もっと休憩短くしてほしいんですが......、への回答

三幕のうち、2階の休憩はそれぞれ45分ぐらい。何でこんなに必要なのか? 私の場合、13時半頃に、レッド・ブルを飲み、二幕のあとも、三幕のあともレッド・ブルを飲みました。それぐらい、観るだけの我々にとっても過酷な6時間の公演だったのです。「もっと休憩時間短くできないの?」みたいなクレームはあるそうです。確かに普通のオペラだと20分ぐらいですから。ですが、さすがにヴァルキューレ以降のオペラだと、普通のオペラ2,3本分を一気にやるぐらいの大変さなのだそうです。私の記憶に間違いがなければ、オペラ1本で、サッカー選手と同じカロリーを使っている、とおっしゃっていたと思います。それぐらい大変。もちろん、舞台裏も大騒ぎな感じなんだそうです。ですので、我々は、ゆっくり構えて休憩時間を楽しみましょう。ホワイエできょろきょろするだけでいろいろ面白いものが見られますので。

バックアップ

バックステージツアーでちょっと感心したのはバックアップ体制です。公演中、指揮台には、遙か情報の天井から光線が降りてきているんですが。あのライト、実は二つあるんですって。もちろん一つは予備。電球切れして、指揮者がスコアを見られなくなる、なんてことはないというわけ。それから、もう一つ。指揮者はカメラでモニターされていて、舞台両脇のモニタや監督席に移っている。これがないと、歌手は演技するにあたって、指揮者を見るのに苦労します。このカメラ機構も二重化されているとのこと。当然のこととはいえ、さすが、という感じ。これは、いわゆる冗長化というやつですね。

煩悩の数と一緒?

それからもう一つ面白いエピソード。オケピには130名ぐらい入るそうですが、暗い劇場ですので、譜面台には当然照明がついています。この照明の電源コードは、ほかの劇場だと配線が床を這うような形になるらしいのですが、新国のオケピはそのあたりを意識していて、床に電源供給用のコネクタがいくつも配置されているらしい。なので、配線が床を張って、足を取られるようなこともないんだそうです。で、このコネクタの数、108個なんですって。煩悩の数と一緒だ、といって一同爆笑みたいな。

ライヴのおもしろさ

監督助手のSさんが再三おっしゃっていたのは、「ライヴ」のおもしろさ。

映画やCDなどは、編集が加わりますので、完璧さが求められる。

けれども、劇場においては何が起こるかわかりません。様々な問題が偶然的に発生する。ライヴだと、我々の目に見えるところ、あるいは目に見えないところでいろいろな事件事故が起こるわけです。そうしたインシデントやアクシデントがあることこそ、ライヴの良さなのでは、とSさんは何度も言っておられました。共時性の重要性とか、一体感の醸成とか、緊張感の共有とか、そう言うことでしょう。

これは、舞台芸術以外ではなかなかないことだと思います。そうした緊張感を、演じる役者=歌手も、裏方も、観客も同じ空間時間で共有するということ。祝祭的といいますか、ハレといいますか、そうした共時性が、ある種のアウラ的なものを醸成するわけ。映画やCDのような複製芸術とはまた違う味わいというわけです。アウラかあ。ベンヤミンだなあ。あるいはギリシア悲劇的。

私の場合、パフォーマンスに強制的に組み込まれるという感じがとても好きなんですけれど、そうしたことをおっしゃっていたのだと思います。

「ジークフリート」のラジライネンの失敗

前回の「ジークフリート」のとある公演での出来事。ジークフリートがさすらい人=ヴォータンの槍をノートゥンクで切り折るシーンがあります。あのシーン、ノートゥンクが槍を折るんですけれど、ラジライネンが操作を誤って、ノートゥンクが打ち付けられる前に、槍が折れちゃってたんですって。だから、必死に折れた槍を、折れていないように見せるために大変だったらしい。結構な重量があるので、両手それぞれで、半分に折れた槍をそれぞれ持っていたらしいんだが、結構大変で、観客にもばれてたのでは、とのことでした。まあ、ノートゥンクが打ち砕く前から槍が折れていた、という演出と受け取れなくもないのですが。とはいえ、ラジライネンは結構ショックを受けていたらしく、楽屋で「やっちまったよ~」と愚痴っていたとのこと。

指輪がなくなってしまった!

ジークフリートが死んで、ブリュンヒルデが自己犠牲前に指環を床に投げるシーンがあります。その後この指環をハーゲンが拾おうとする重要なシーンなのですが、私が見に行った3月21日の公演では、この床に投げた指環が舞台袖奥の舞台端末ブースの下の隙間に入り込んでしまったのだそうです! つまり、指環は舞台から消え去ったのです。私はこれには気付きませんでしたが、裏ではパニックに陥っていたそうで、指環をほうきで隙間から取り出して、そーっと舞台に戻したんだそうです。気付きませんでしたが、本当に大変。

テオリン様の裏話

テオリン様は、けっこう気の強そうな、姐さん的なイメージなので、演技とかも結構強気な感じでやっておられます。去年のバイロイトの映像もやっぱりそうだった。でも実は、かなり繊細な方みたい。それから、茶目っ気もある感じ。「神々の黄昏」では、ジークフリートとブリュンヒルデは同じベッドに一緒に横たわった状態で舞台下手から登場するのですが、舞台にいざ出るときに、ベッドに横たわりながら、スタッフに「行ってくるねー」みたいに手を振ってみたりするそうですし。

火を使った演出.

私が見ていて本当に怖い火を使った演出。新国のリングでも「ヴァルキューレ」では、ブリュンヒルデの周りに火が巡らされていましたし、「ジークフリート」や「神々の黄昏」でも舞台奥に火が燃えていました。あの火、結構やっかいらしいです。私が怖がっていたのは、引火して火事にならないのではないか、ということでしたが、そうじゃなくて問題は音らしいです。火が燃えるときに、かなり大きな音がします。2002年に見た「トロヴァトーレ」でも火の演出がありましたが、もうゴウゴウと音をたてて、見ているだけでも気が気ではありませんでしたが、もちろんそれが音楽表現上問題なのだそうです。火の音を消そうと、周りに水を巡らせたり、などなど試したようですが、水が沸騰しちゃって逆効果だったり。「神々の黄昏」で使われた火は、カセットコンロに使われるガスカセットを何本も使ったものなのだそうです。場合によっては固形燃料を使うこともあるとか。舞台演出は奥深すぎます。

ボックスと蛍光灯の世界的流行

「ホワイトボックス」のシーン。あそこの証明は白熱灯のオレンジ色を帯びたものではありませんでした。蛍光灯の色のような真っ白なもの。こうした照明の演出は世界的に流行しているそうです。それから箱形の舞台。舞台上に立方体を置くんですが、こうした演出も最近の流行なのだそうです。私も新国の「運命の力」と「ヴォツェック」でそうしたボックス型の演出を見たことになります。

欧州人の「パース(遠近感)」のとらえ方

昨日も触れたとおり、ホワイトボックスはボックスとはいえ、遠近感を出すために、奥に行けば行くほど面積が小さくなっていきます。台形を上下左右に嵌めた感じで、一番手前の開口部にくらべて一番奥の開口部の方が小さいわけです。これって、遠近感を出すための演出の常套手段ですよね。大昔の「音楽の友」で読んだ記憶だけで、ソースをきちんと示せないのですが、たしかフィレンツェにある世界最古級のオペラハウス(おそらくは17世紀頃?)でも、そうしたセットが組まれていたはず。

Sさんがおっしゃるには、やはりこの遠近感の感覚は、欧州の街並みに依るところが大きいのではないか、とのことでした。四角形の建物がいくつも立ち並んでいると、遠近感に対する見え方が日本人とは違うのでは? とのこと。

日本でいうと、ようやくこの100年で丸の内界隈や霞が関界隈にに真四角の建物がいくつも建ち並んでいるという状況ですので。文化圏の違いというところでしょう。

演技の苦労

歌手は、演技をしながら歌を歌わなければならないという、大変過酷な状況に置かれています。歌詞を覚え、暗譜し、指揮者を見ながら、演技をするという、聖徳太子状態です。演技面だけでも体力的にも神経的にも非常に大変で、たとえば、「神々の黄昏」の冒頭で三人のノルンが登場して、フィルム(これがノルンの織りなす運命の糸という設定)に槍を突き刺すシーンがありますが、槍は思った以上に重く、しかも、床に差し込む位置も決まっているので、相当練習したとのこと。

それから、最終場面で、女性が大きなジグソーパズルのピースを床に落とした瞬間に映像で流されるジグソーパズルが完成するというシーンがあります。ピースは指環を表していますので、ラインの川底に指環が戻されたということを指し示しているのですが、あのシーンは異様に大変なのだそうです。音楽と映像に合わせて、タイミングを見計らってピースを床に落とさないといけない。これも異様に大変なことらしく、泣きながら練習していたとか。

僕たち観客は、見るだけで、ああだ、こうだ、と批評家ぶって書いちゃったりしますが、裏に隠されている大変な苦労のことを思うと本当に無責任なことは言えないなあ、と思います。1

楽屋で最も近い部屋は何か?

トイレだそうです。体を張ったパフォーマンスですので、やはり生理的欲求が最も重要。

今回の演出のスタッフ数は?

80人ぐらいのかたが関わっておられたそうです。結構多いです。

結論

私、楽屋口から舞台裏には行って、舞台監督助手のSさんを一目見た瞬間に身震いをして、お話を聞くにつれ、名状しがたい思いに包まれました。ああ、こここそ、僕が来たかったところなんだなあ、と。それほど強い雷撃でした。私は人生で何度か雷撃に打たれていますが、また一つ加わった感じです。

1 だから私は、このブログには、原則的には、良いと思ったことしか書かないようにしています。ですので、書いていないということは、評価出来なかった、と言うことになります。そのあたりを推していただけると助かります。

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今日はちょっと写真を載せましょう。

まずは、舞台からのイメージ。これ、バックステージツアーじゃないと見られないです。ラッキー過ぎる。

舞台から見たマエストロの座席。

客席左方向。うーん、やっぱり建築デザイン的にも美しい。

ホワイトボックス。舞台の奥にパースが表現された白い箱が見えますよね。あれです。

これは趣味。初台駅につながるところ。

同じ場所から小劇場方面を。張られた水の反射が美しい。ラヴリーすぎる。

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まずは、昨夜の月から。

国立天文台によると、3月30日が満月とのこと。この写真は3月29日夜に撮ってますので、まあまあ満月かな。

http://www.nao.ac.jp/hoshizora/index.html

題名のEWIとは、すなわちElectric Wind Instrumentsのこと。少し古い言い方で言うとウィンドシンセです。

http://wpedia.goo.ne.jp/wiki/AKAI_EWI%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA

私の知っている限り、EWIをちゃんと録音しているサクソフォニストは以下の方々では?

  • マイケル・ブレッカー(言わずもがな)
  • ボブ・ミュンツァー(YellowjacketsでEWIを吹いている)
  • 伊東たけし(言わずもがな。T-SQUARE)
  • 本田雅人(T-SQUARE所属歴あり)
  • 宮崎隆睦(T-SQUARE所属歴あり)
  • ジェフ・カシワ?(Rippingtonsで少々吹いている)
  • ブランダン・フィールズ(Rippingtonsで少し使っている+自作名義アルバムで少々録音している記憶あり)

高校時代はT-SQUAREばかり聴いておりましたので、おのずと伊東たけしにあこがれちゃいまして、まあアルトサックスを吹き始めてしまったというところなのですが、当然EWIも欲しかったんですね。

当時、「ジャズライフ」のイシバシ楽器の宣伝で「あのマイケル・ブレッカーや伊東たけしが愛用する EWI」という宣伝文句に反応して、「マイケル・ブレッカーって誰かしら?」みたいな感じで、CDレンタル屋から借りてきたマイケルのアルバムがNow you see itでした。ありゃ、T-SQUARE聴いてた者にとっては完全に異次元で、すげーみたいな。エッシャーのだまし絵もアルバムの内容にばっちり似合っている。このアルバム、ジョン・ヘリントンとか、ジム・ベアードとか、その筋の人達に人気の方が参加しているかなり良いアルバムです。

Now You See It...Now You Don't
Michael Brecker
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で、その当時ブレッカー・ブラザーズバンドが再結成されて(と書くと歳がばれますが)、Song for BarryのEWIプレーの虜になり、Steps Aheadの1986年の東京ライブの映像を見て、マイケルに発狂した次第。

Return of the Brecker Brothers
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というわけで、マイケル・ブレッカーに出会ったきっかけはこのEWIという楽器なのでした。

マイケルのアルバムの中で、EWIが効果的に使われているのは以下の2枚。

1つめがDon't this try at homeというアルバム。1曲目のItsbynne Reelなんて、EWIの使われ方の極地です。以前にも以下のような記事を書いています。

http://museum.projectmnh.com/2010/02/06054745.php

Don't Try This at Home
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それから、忘れちゃならんのが、極度に電子化が進んだSteps Aheadの東京ライブの模様。この時代のマイケルがもっともフュージョン度が高かったと思います。Beirutとか最高。インプロヴァイズのところ、後半でマイナー系一発モードからオーソドックスなコード進行に変わるあたりが実に気持ちいい。あそこの解放感といったら!!! 実はマイク・マイニエリの裏でマイケル・ブレッカーがEWIでバッキングしてるんですよ。あれ、格好良い! それからSumoという曲も、EWIの可能性を大きく表現できている曲じゃないかな。

Live in Tokyo 1986
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Steps Ahead
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でも、当時のEWIの最新機種はEWI3000で10万円ぐらいしました。私にしてみれば、EWIより先にアルトサックスを買わなければならなかったので、まずは浪人時代はアルトサックスの購入で我慢しました。代わりに買っていたのは今ではぜんぜん売っていないデジタルホーンですね。

http://wpedia.goo.ne.jp/wiki/%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%B3

この楽器は残念ながらおもちゃの域を出ないものでしたが、ずいぶんと練習させてもらいました。これでアート・ペッパーのAnthoropologyをコピーしたなあ。最後は壊れちゃいましたけれど。

それで、大学1年のころ、御茶ノ水をふらついていたら、たまたまイシバシ楽器にコントローラのEWI2000と音源モジュールEWV2000の中古が4万円ぐらいで売っていました。即買いしましたですよ。夢のEWI!!

で、ライヴで使った機会はほとんどなかったです。2,3回ぐらいかな。Spongeとかやった。淡い思い出。あとは、家でブレッカーのソロをコピーしたり、チック・コリアのスペインやらゴット・ア・マッチをコピーしたときぐらい。

大好きなんですよねえ、EWI。でももう20年以上前の楽器なので、タッチセンサーもいかれてきたし、なんせ大掛かりなので億劫になってしまっていたんです。

で、ちょっと最近、せっかく10年も続けたアルトサックスをあきらめるのがもったいないと思ったのです。ワーグナーのライトモティーフ採譜したりするのにも使えるかなあと。ヤフオクで落としてみました。ちょっと傷がありましたが、結構いい感じです。

写真はこんな感じ。上がEWI1000、下がEWI4000sです。EWI4000sの場合だと、音源モジュールもコントローラに内蔵されているので、これ一本で吹けてしまう。しかもリヴァーヴとかディレイまで入っているという優れもの。凄すぎ。時代って。

昔のEWIは、以下のような音源モジュールをつないでいたんです。アナログ音源だったのでちまたでは大人気だったとか。

早速、懐かしいSQUAREサウンドをコピーしてみる。ああ、昔はテーマはほとんど吹けたし、覚えていたんだけれど、結構忘れている。インプロヴァイズもあんまりできないかんじ。あとは、シュトラウスの「月光の音楽」とか吹いてみたかったんですよねえ。

まあ気長に練習して、楽しもう、というところです。

だれかバンドに誘ってください(うそ。ちょっと忙しくて無理です。。)。でもセッションぐらい行ってみたいなあ、なんていう欲求。地元にそういうところないかしら。。。

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Richard Strauss

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はじめに

フェリシティ・ロットは、いわずとしれたイギリスを代表するソプラノ歌手です。1947年生まれと wik iにはありますので、今年で63歳。私は昨年の10月に実演に触れています。曲はもちろんカプリッチョの最終場。録画失敗したのが悔やまれます。

http://museum.projectmnh.com/2009/10/19214851.php

あのときも泣けて泣けて、涙が出てしようがないぐらい感動したんですが、(思い出しただけれうるんじゃいます)、ロットのカプリッチョが聴けるCDがないかと物色していました。プレートルが振った全曲盤があるのですが、高くて躊躇していたんですが、まずはネーメ・ヤルヴィが伴奏を振っている「四つの最後の歌」などとカップリングされたCDを購入しました。

そして、あまりのすばらしさに感動しております。

  1. Biem Schlafengehen
  2. September
  3. Fruhling
  4. Im Abendrot
  5. Wiegenlied
  6. Ruhe, Meine Seele!
  7. Freundliche Vision
  8. Waldseligkeit
  9. Morgen
  10. Das Rosenband
  11. Zueignung
  12. Des Ditchers Abendgang
  13. Intermezzo (月光の音楽)
  14. Closing Scene (カプリッチョ最終幕)#

ちょっと面白いんですが、一般的な「四つの最後の歌」と順番が違うんです。

ふつうは

  1. Fruhling
  2. September
  3. Biem Schlafengehen
  4. Im Abendro

なんです。なので、ちょっと新鮮な感じです。もっとも、順番はシュトラウスの死後に決められたものですので必然性は低いんですけれどね。

音響の素晴らしさ

このCD、やけに音がすばらしいのです。トラック12のDes Ditchers Abendgang以外は、すべてCaird Hallというところで録音されています。

Caird Hall

このホール、かなりすばらしいリヴァーヴなんです。ルカ教会残響の深さは似ているのですが、ちょっと残響の音程は高めです。この絶妙な残響感が、ロットの高貴で品性のある声を十二分に引き立てています。

実は、最初聴いたとき、あまりに美しすぎて、ちょっと引いたんですよ。何というか、不自然さのようなものを感じたんです。

というのはこんな経験をしたからです。

昨年、某日本人有名歌手のCDを聴く機会がありました。そのCD、あまりにリヴァーヴがかかりすぎていて、どこで録音したのかと見てみると、ただの音楽スタジオでした。リヴァーヴをエフェクターでかけ過ぎていたんですね。私は大変失望したんですが、ロットのこのCDにも一瞬同じ危惧を抱いたのだと思うのです。しかし、聞き込むうちにそれは危惧から感嘆に変わりました。日本人歌手の場合、すでに絶頂期は過ぎていますので、完全になんらかの悪い要素を消すためにリヴァーヴをかけていたとしか思えなかったんです。しかしながら、このロットのCDはそうとは思えません。純粋に美しい。天から降ってくる歌声といっても過言ではないです。

Das Rosenband

また別の機会にも書こうと思ったのですが、Das Rosenbandを聴いていたら、急に涙が止まらなくなりました。この曲、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターや、バーバラ・ボニーも録音しているのですがいずれもピアノ伴奏です。シュヴァルツコップ盤はセルが振ったオケ伴奏盤ですが、シュヴァルツコップは少し苦手意識があるので、あまり響いてこなかった。でも、ロットのDas Rosenbandは違いました。大きく分けて二つの旋律からなるんですけれど、シュトラウスらしい絶妙な転調の進行に心が締め付けられて、急になんだか母胎に回帰したかのような安堵感を覚えたのです。この曲、今度もう少し突っ込んで研究しようと思います。

「四つの最後の歌」の思い出

私が初めて「四つの最後の歌」を聞いた瞬間。それは映画「めぐりあう時間たち」でした。

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD33172/index.html

メリル・ストリープが、パーティーの準備をしているときにBGMで流れていたのがそれでした。この映画、実に多層的複雑さをもった秀逸な映画で、かなり重い内容なんですけれど、あの時の「四つの最後の歌」は雷撃でした。あらすじはあまり書きませんが、その後の不幸な結末を暗示しているように聞こえたんですよね。この曲を大音響で流しながら料理している姿の切迫感を忘れることができません。

というわけで、今日もシュトラウスでした。ああ、シュトラウスの歌曲全曲盤とかないかしら。あったら買いたいなあ。。

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今日は満月です。ということで、400mmレンズに2倍テレコンをつけて、撮ってみました。

いつもより大きいサイズでアップロードしたので、画像をクリックすると拡大されます。

ちなみに、満月の夜は泥棒が多い、というのは都市伝説、すなわちガセネタらしい。って、本当のところは?? 子供が生まれる確率が高いというのは本当??

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Wagner

4月4日は、上野でパルジファルを聴きます。というわけで、最近はパルジファルの予習ばかり。カラヤン盤とレヴァイン盤が主です。この曲、まだ理解しきれているか、不安は大きい。なんともかんとも頑張らないと。

というわけで、人物相関図を作りましたが、物語は複雑ですので一枚の図表で表現するのは難しいです。けれども、私のようなパルジファル・ビギナーにとっては、作るという行為が有意義でした。

指揮をするウルフ・シルマー氏の指揮は、結構な頻度で聴いています。実演でいうと、

  • バスティーユ:「影のない女」1
  • 新国:「フィガロの結婚」
  • 新国:「エレクトラ」
  • 新国:「西部の娘」

映像では、

音源では
*ウィーン国立歌劇場:「カプリッチョ」
http://museum.projectmnh.com/2009/11/24230223.php

シルマー氏の棒は、結構たくさん聴いていますね。今まとめてみても、ちょっとびっくり。いつも感動しています。

「パルジファル」情報や、氏の写真はこちらに載っていますね。

http://www.hmv.co.jp/news/article/1002070002/

シルマー氏の指揮は、あまり極度にテンポを動かさないのですが、メリハリをつけた意図を強く感じるものだと思います。N響と分厚い弦がどのように料理されるのか。本当に楽しみです。

1 ただ、何度も書いておりますが、バスティーユオペラでの「影のない女」は、仕事と飛行機疲れと時差ボケで意識を失っていたのですが......。勿体ないことです。

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