2010年7月アーカイブ

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オペラ・ノート (白水uブックス)
吉田 秀和
白水社
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いよいよ7月です。今年も後半。前半に積み重ねたものを発露させたいと思っています。本も読んだし、オペラをはじめ音楽も浴びるように聴きましたし。

吉田秀和の「オペラ・ノート」を引き続き読んでいます。二重引用で申し訳ないのですが、吉田先生は、プルーストの「花咲く乙女たちのかげに」のなかからこんなエピソードを紹介しています。主人公の「私」は文学者になりたいのだが、父親は外交官になることを望んでいる。だが、父親はこういって、主人公の志望を認める。

「あの子ももう子供じゃない。今まで自分の好みを知ってきたし、人生で何が自分を幸福にするかも分かっている。それは今後とも変るまい」

それに対して、主人公の「私」はこういう疑念を持つ。

「実は人生はもう始まっていたのであり、これからくるものもこれまでと大して変らないのではないか」

人生は、どこからか始まるわけではなく、昨日やり、今日やっていることの中にあり、それが人生そのものなのである、という認識。。

147ページ近辺から引用。ここが一番グッと来ました。いつとは言いませんが、私もこういう思いにとらわれ、名状しがたい悲しみにうち沈んだことがありましたので。私の場合、さらに人生のむなしさまでをも感じてしまった。その先は、もしかしたら俳諧の世界か、禅の世界にでも進んだほうがよかったのかもしれませんが、幸い(?)にも、社会に身をとどめて、サラリーパーソンをやっておりますが。

しかし、吉田さんはプルーストもちゃんと読んでいるんですよ。私はおはずかしながら、「ソドムとゴモラ」で止まっていて、早く再開しないといけないんですが、吉田先生は鈴木道彦の新訳全集の月報に解説も書いておられましたから。たしか「ゲルマントの方へ」だったと思いますが。

プルーストも読まんといかんのですが、何を血迷ったか、単行本版で全冊そろえてしまいまして、その後文庫版が出ていることに気づき、落ち込んだ記憶がありました。でも、単行本版の装丁の美しさは絶品ですからね。

6,7年前に集中的に読んでいたみたい。以下が、当時の記録。さすがに時間が経ちすぎている。私はここに宣言する。プルーストをもう一度再開します。プルーストを読まずに死ねるか! と。

http://shuk.s6.coreserver.jp/MS/proust/

でも読みたい本はたくさんあるんだよなあ。会社サボって図書館にこもりたい稚拙な欲求。もう時間はない。

ちょっと話題がそれました。

この「オペラ・ノート」では、吉田先生が実際にオペラに言っていらしたレポートは面白いですが、CDを批評する段になるとちょっと筆が鈍るように思える。でも、それは吉田先生の筆が鈍ったのではなく、ビジュアルな要素に対しての言及が少なくなっているから。つまり、私はオペラにおいては、音楽的な部分に勝るとも劣らず演出面などのビジュアルな要素に大きな関心を抱いている、ということ。

それから、私自身の反省点として、モーツァルトやヴェルディ以前のイタリアオペラの聞き込みが足らないということ。でも、ちょっと肌が合わない感じなのですよ。やっぱり、ヴァーグナー、シュトラウス、プッチーニを聞くと、気が落ち着くし、懐かしい我が家に帰ってきた気分になります。

あ、新国のこけら落とし公演「建TAKERU」の批評は強烈でした。あそこまで書いちゃうんだけれど、吉田先生が書くのなら仕方ない。真実は常に残酷です。

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6月に読んだ本、まとめたところ、8冊読めていました。先月と異なり、ストーリーものをたくさん読めましたので、個人的には満足。7月はもっと読みたいですねえ。

最大のおすすめは、ローラ・リン・ドラモンドの「あなたに不利な証拠として」でしょう。ハヤカワ・ミステリに収録ですが、文学的価値も極めて高い名著だと思います。おそらく駒月雅子さんの日本語訳も原作とあいまってすばらしいのだと思います。結構勇気が湧く本です。

吉田秀和氏の「オペラ・ノート」も印象的。後で書きますが、バーンスタインの「トリスタンとイゾルデ」を再聴するきっかけを作ってくれました。

なにげに「沈まぬ太陽」も前五冊中三冊読み終わっていますが、いろいろ複雑な心境。残り二冊も楽しみ。

期間 : 2010年06月
読了数 : 8 冊
あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ローリー・リン ドラモンド / 早川書房 (2008-03)
★★★★★ 読了日:2010年6月24日
女たちのジハード
篠田 節子 / 集英社 (2000-01-20)
★★★★★ 読了日:2010年6月10日
オペラ・ノート (白水uブックス)
吉田 秀和 / 白水社 (2009-09)
★★★★☆ 読了日:2010年6月30日
風待ちのひと
伊吹 有喜 / ポプラ社 (2009-06-19)
★★★★☆ 読了日:2010年6月18日
ゴサインタン―神の座
篠田 節子 / 文藝春秋 (2002-10)
★★★★☆ 読了日:2010年6月15日
沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇
山崎 豊子 / 新潮社 (2001-12)
★★★☆☆ 読了日:2010年6月29日
沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下)
山崎 豊子 / 新潮社 (2001-11)
★★★☆☆ 読了日:2010年6月11日
鹿鳴館 (新潮文庫)
三島 由紀夫 / 新潮社 (1984-12)
読了日:2010年6月26日

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Wagner

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Tristan Und Isolde
Tristan Und Isolde
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Philips (2003-09-09)
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吉田秀和先生「オペラ・ノート」で、バーンスタインの「トリスタンとイゾルデ」が絶賛されていました。幸い、私もバーンスタイン盤の音源を持っていましたので、昨日の帰宅時間より聞き始めたのですが、さすがバーンスタインです。

二日かけて全曲聴きましたが、一幕聞いただけで本当に心が揺り動かされてしまいました。

バーンスタイン的な、きわめて慎重に事を運び、しかも最大限スケールやダイナミクスを導入するという、壮大気宇な演奏です。

ペーター・シュナイダーの演奏は、透き通った膜の向こう側に構築美が立ち現れるという演奏でしたが、バーンスタインの場合、ほとんど主観とか客観とか分かれない、純粋経験的境地、というぐらい心技一体の演奏に思えます。

情感たっぷりなんですが、だからといってベッタリとした甘っちょろいものではなく、深く広がる情感の池に徐々に身がゆっくりと浸っていくようなイメージです。

一般的にはバーンスタインのテンポどりは遅いほうだと思いますが、そういう意味でもこの録音はバーンスタイン的です。

あとは、録音がいいんですよ。中低音域に軸足のある、たっぷりとした音でして、聞いたとたんに没入度120%というぐらい、ほかのことが気にならなくなるぐらい。押しが強い音というわけではなく、ぐいぐいと引き込まれていく音です。

演奏はバイエルン放送交響楽団、トリスタンはペーター・ホフマン、イゾルデはヒルデガルド・ベーレンス。べーレンス、巧いです。絶妙なピッチコントロールと安定した声質。ペーター・ホフマンはちょっとべーレンスに圧倒され気味かも。

やっぱり、ヴァーグナーを聞くと、安心します。安心できる場所にとどまることは、保守をイメージさせますが、私の場合、安心できる場所だが知らない場所ですので、どんどんそこを掘り下げていくことが必要かと考えています。

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Wagner

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作曲家 人と作品 ワーグナー (作曲家・人と作品)
吉田 真
音楽之友社
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平日は、黙々と働き、休日も黙々とタスクをこなす。休む間もなく。まあ、身から出た錆ですので仕方がありません。何はともあれ音楽があることと、こうして何かを書くプラットフォームが存在するだけでもありがたいと思います。

2009年/2010年シーズンも無事に終わりました。しばらくオペラ観劇はお休みですが、7月の予定をざっくりと。

ちょっと、書かねばならない文書がありますので、それを月内に終わらせる。そのためには、毎週5枚のレポートを書かねば間に合わない。それから、会社のeラーニングをやること。これも一週間に3レッスン終わらせないと、100レッスン終わらず、受講料が天引きされてしまう。7月は忙しい。暑いし。

7月末はバイロイトですね。

http://www.bayreuther-festspiele.de/

「リング」は、昨年に引き続きティーレマンが振ります。「パルジファル」もガッティが再び。「トリスタン」はお休みのようです。今年はシュナイダーが出ないのが残念。こちらもウェブラジオでエアチェックする予定。昨年は「リング」も「パルジファル」も録音失敗していますので、今年こそはなんとか成功させねばなりません。なかなか難しいのですが、がんばりましょう。

今、音楽之友社「作曲家・人と作品シリーズ ワーグナー」を読んでいますが、うーむ、面白い。新潮文庫版のワーグナーの伝記を数年前に読みましたが、この本のほうが充実している気がします。

それは、とりもなおさず、私のワーグナー視聴量が増えたからにほかなりません。この本の特徴はワーグナーの死で終わらないところ。ワーグナー死後、現代に至るまでのバイロイト音楽祭の状況を簡潔にまとめているので、ワーグナー演奏の通史的理解を得るには実に都合のよい本で、お勧めです。

ただ、私のワーグナー歴はまだまだ浅い。読むべき本もたくさんある。聞くべき音源も無限大に存在する。一生のうちに全部読んだり聞いたりできないかもしれませんが。

っつうか、辻邦生も読みたい。でも、今は「沈まぬ太陽」の第四巻を広げてしまったので、ちょっとお預け。辻邦生の本は常に携帯することにしましょう。折に触れて読み返すと、元気が出ること間違いありません。

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Gustav Mahler

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復活*交響曲 第2番 ハ短調 [DVD]
ユニバーサル ミュージック クラシック (2001-06-27)
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「新国立劇場2009/2010シーズンを振り返る」は、参考資料読んだりしないと、というところで、まとまった時間が取れる週末でないとかけないことが分かりました。ちょっとお待ちを。

変わりに、今日起きた突然の変化を。

昼休み、廊下を歩いていたときのこと。

いきなり、マーラーの「復活」の第一楽章のフレーズが頭の中に浮かんできたのでした。これには驚いた。軍楽隊の演奏のように、僕が歩くそばから、耳元で「復活」第一楽章を誰かが聴かせてくれている。そんな感じ。

これは、突然のことで、本当に驚きました。なぜ、今マーラーなのか?

実を言うと、マーラーはこの2年ほどほとんど聞いておりません。二人のリヒャルトにくびったけでしたので。つまり、ワーグナーとリヒャルト・シュトラウス。

でも、クラシックを聴きはじめて数年経ったころ、マーラーに開眼したのがこの「復活」でした。小澤征爾が「復活」を振った映像に感涙して、ラジオでバーンスタインの「復活」をエアチェックし、さらに感涙。

けれども、この長大な交響曲をカセットテープに録音するのはきわめて難しかったのです。片面60分が限度の時代でした。どうしてもひっくり返さなければならなかったので、マーラーの交響曲をエアチェックするのはきわめて難しかったです。オートリバースなんていう機能もありましたが、テープ冒頭の非磁部分の音切れも気になりましたし。

その頃から高校の半ばまではマーラーばかり。でも、決まった演奏ばっかりでしたが。ショルティの「復活」、マズアの「悲劇的」、ショルティの「一千人の交響曲」、メータの「巨人」など。高校時代はお金なくて、CDなんて買えなかったし、昼ご飯代を削って、アルトサックスを買うので一杯一杯でしたから。

で、今日改めて、バーンスタインのマーラー「復活」を聴いてみるのですが、これも、先だって「トリスタンとイゾルデ」の回で書いたようにバーンスタイン的テンポ取り。絞れるところまで絞りきろうという、執念のリタルダンド。低速ギアの極致とでも言いましょうか。でもチェリビダッケ的な遅さじゃないんですよね。ギアチェンジは頻繁にしますので。

私が聴いている音源は、DVDでして、1973年にロンドン交響楽団を振った演奏。録音はこちらも中低音が充実した感じです。

なんだか、最近、ちと夜型傾向。朝の早起きはなくなりつつあります。その方が体調がいいということみたいですけれど。明日も思いっきり働きましょう。本も読みましょう。あ、「沈まぬ太陽」第四巻も読み終わりました。明日は辻邦生を読もうと画策中。辻邦生も私の中で復活させないと。プルーストもですが。あー、時間足りない。でも充実化宣言。

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とある、裁判のおかげで、私の仕事は大変なことになってきました。みんな大変なんですけれど。

昨日は、「音楽探偵アマデウス」でラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」が取り上げられていた回を食事しながら見ました。あのあまりに有名な第18変奏の秘密など。

当然なのかもしれませんが、あの18変奏は主題とコード進行は同じであることは気づいていました。ですが、あの旋律が、主題の鏡像形というのには気づかなかった。この鏡像形とか、反行形なんかを耳で聞き取るのは私には至難の業です。なので、楽譜見て類推するしかないんですけれどね。

あと、面白かったのは、この曲の第一変奏は、主題の旋律がないのです。コード進行をオケが刻むだけ。これも面白い。これってとてもジャズ的じゃないですか? 最初にコード進行を提示して、そこに主題を載せ、あとは自由に変奏していくという構造。ジャズっぽいです。ラフマニノフはアメリカにわたりましたので少なからず影響を受けたのか? この曲の作曲は1934年。でインプロヴァイズが重要視されはじめたビバップの時代が1940年代以降ですので、ビバップからの影響は考えにくい。1930年代ビバップ以前のスイングジャズの時代。そこからヒントをえたのかしら。おそらくは楽曲構成はキメキメでしょうけれど、コード進行上でソロを回したりするスタイルだったでしょうから。などなど、妄念が膨らむ。

あと、衝撃的だったのは18変奏の右手と左手が四拍三連状態になっていること。つまり左手で三つたたくと同時に右手は四つでたたくという不安定なもの。和声が極めて不協和音な状態から解決に至るという、和声的には緊張と弛緩の繰り返しによって形作られていますが、まさか拍節にまでそうした仕掛けがなされていたとは。。。

ちなみに、私は三拍四連を叩けません。学生のころ、必死に練習したのですが、きちんと叩けたことはないと思います。それどころか、三連符も大の苦手。二拍三連も必死でした。やはり、音楽には数学的才能が必要です。

監修はもちろん野本先由紀夫生。先生は、本当に嬉しそうに楽曲の説明をしてくださいます。自分の発見した楽曲の秘密をそっと教えてくれるときって、きっと嬉しさでいっぱいなんだろうなあ。自分の考えた解釈って、わが子のように愛おしいものに違いないです。私もああいうことを、この場でやってみたい、と常々思っています。時々、楽譜を書くのもそうした欲求の表れです。

野本先生は東京藝大大学院を卒業してハンブルクに留学したのだそうです。尊敬する方。あ、お姿を実際にお見かけしたこともあります。そして、少々言葉を交わしたこともあります。うふふ。

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Tsuji

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辻邦生 全短篇〈2〉 (中公文庫)
辻 邦生
中央公論社
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ちょっと遡行更新

うーん、また感動している。

辻邦生「ある告別」を「辻邦生全短篇2」にて読みました。2回読んだかな。

それで、過去記事を検索してみると、2年半ほど前に「ある告別」を読んで、同じようなことを考えているようです。ちょっと違う。この2年で私も変容したということでしょうか。

http://museum.projectmnh.com/2008/02/11181405.php

あのときは、「若さ」と「美」を大括りしているようですが、いまはそうは思えない。全く別の原理だという直観。あのとき以上に「若さ」との訣別を意識しているのかもしれない。

2年半前の記事から引用。全体の分け方は適切のように思えます。

  1. パリからブリンディジ港まで:エジプト人と出会いと死の領域についての考察
  2. ギリシアの青い海:コルフ島のこと、若い女の子達との出会い、若さを見るときに感じる甘い苦痛、憧れ、羨望
  3. 現代ギリシアと、パルテノン体験
  4. デルフォイ、円形劇場での朗読、二人のギリシア人娘との出会い:ギリシアの美少女達の映像。
  5. デルフォイからミケーナイへ:光の被膜、アガメムノン、甘美な眠り
  6. アテネへもどり、リュカベットスから早暁のパルテノンを望む
  7. アクロポリスの日没

今回は、2番目のユニットと7番目のユニットを取り出して考えてみます。

若さの喪失直観

2番目のユニット「ギリシアの青い海」で語られること。

船上で、若い女の子二人と出会った瞬間に、若さの喪失を直観するわけです。

私が、最寄り駅に帰り着いたとき、近所の大学生の群団とよくすれ違うのですが、そのときの気分に似ています。まだ辛酸を知らず、屈託のない笑顔を浮かべる彼らの姿は、間違いなく以前の私の姿なのですが、決定的な断絶があると思わざるを得ません。

私は、実をいうと、少なからず狼狽した。それは、見てはならぬものを見た瞬間の気持ちに似ていた。なぜなら、それはまさしく自分がすでに若さから見棄てられたという実感から生まれていたからだった。こんな思いに襲われたことは一度だってなかったのである。(中略)もう自分は若くないのだという感じよりは、この孤独に取り残された感じの方が強く私にきた。それはいかにも若さから転落したみじめな没落を思わせた。

辻邦生全短篇2巻:78ページ

以前にも書いたかもしれませんが、私が若さを喪ったのはワイマールでドイツの若者に出会ったときです。決定的な瞬間でした。リヒャルト・シュトラウスが指揮者を務めたワイマールの劇場前広場で、ちょっとした若者達との苦い邂逅をしたのでした。

とはいえ、いまでは、齢を重ねるということは、悪いことばかりではないと思います。歳をとったから分かることもたくさんあります。おそらく歳をとらなければ「ばらの騎士」も「影のない女」も「カプリッチョ」も理解できなかったはず。

アクロポリスでの日没

最後のユニット。

主人公の語り手は、アクロポリスから日没を眺めるのですが、そこにやはり若者の一団がいて、夕焼けを眺めていて、バラ色に輝いているのです。ですが、いつしか太陽は沈むと、あたりは徐々に闇へと近づいていくのですが、若者たちの一団は放心したようにじっと動かないまま。その瞬間、若者たちが若さを失うということを直観するのです。

その瞬間、私が感じた感情を憐憫と名づけることにいくらか私は躊躇する。にもかかわらずそれはきわめて憐憫の情に似かよった感情だった。(中略)その瞬間、彼らが夕闇に沈んで、昼の役をおえたのみも気づかぬのと同じく、自分たちの「若さ」の役をいずれ終わらなければならないのに気づかずにいるのが、私には痛ましくてはならなかったのだ。(中略)どうして人はかくもみずみずしく健康で美しいものから離れなければならないのか。

辻邦生全短篇2巻92ページ

ですが、若さからの訣別こそ重要であると言うことが語られます。それは、主人公の語り手が、年老いた女が厚化粧をして、若々しい服装をしているのを見て、若さのイミテーションというおぞましさを覚えたことを思い出したからです。そして、次の直観。

おそらく大切なことは、もっとも見事な充実をもって、その<<時>>を通り過ぎることだ。<<若さ>>から決定的に、しかも決意を持って、離れることだ。熟した果実がそうであるように、新しい<<時>>に見たされるために、<<若さ>からきっぱりと遠ざかることだ。ただこのように若さをみたし、<<若さ>>から決定的にはなれることができた人だけが、はじめて<<若さ>>を永遠の形象として──すべての人々がそこに来り、そこをすぎてゆく<<若さ>>のイデアとして──造形することができるにちがいない。

辻邦生全短篇2巻93ページ

そして、この<<ただ一回の生>>であることに目覚めた人だけが<<生>>について何かを語る権利を持つ。<生>>がたとえどのように悲惨なものであろうとも、いや、かえってそのゆえに、<<生>>を<<生>>にふさわしいものにすべく、彼らは、努めることができるにちがいない」

辻邦生全短篇2巻94ページ

人生の一回性の重要性とか、生きていると言うことの奇跡的偶然性、あるいは、祝祭性。このかけがえのなさは、生きる喜びの源となるはず。

これは、辻文学をかたどる一つの重要な要素なのですが、改めて思うところは大きい。何やってるんだろう、わたくしは......、みたいな、焦燥。やりたいこと山ほどあるのに、完全に守りに入っている。もっと、攻めないとなあ。

やっぱり、辻邦生氏が、人生の師匠であるという事実。これは20年前から同じ。でも、まだ全部読めていない。入手可能な小説はすべて読んだけれど、論文集などでまだ読めていないものがあるんですよね。

がんばろう。

そして、もうすこし、ちゃんと読み書きできるようにならねば。それが読書ということらしい。

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Richard Strauss

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また遡行更新。すまぬ。

今日は素晴らしい一日。感謝せねば。

午前中、都心で用事を済ませたのですが、そのとき今年初の蝉の鳴き声を聞きました。すっかり夏。季節の巡りははやいはやい。

それから、カミさんと待ち合わせて、近郊の友人夫妻宅を訪問しました。彼は大学の友人で、私の尊敬すべきPCの師匠。

実を言うと、彼には抜かされたんです。私が初めてPCを買ったのは、おそらくは1995年だったはず。まだWindows3.1の時代。PCショップの店員になめられてはイカン、ということで、猛勉強(?)して、秋葉原で購入しました。

そのあと、彼もPCを買うと言うことで、一緒に秋葉原について行きました。そのときは、私が彼にアドバイスする立場だったのですが、すぐに逆転されてしまう。彼のテクニカルぶりは凄くて、いまやFLASHの権威になっておられます。当時から、私のライヴに来てくれて、デジカメで写真をとって、FLASHのコンテンツを作って見せてくれたりしたものです。

私も彼も就職したんですけれど、私は不幸にもレガシーシステムの面倒を見ることになってしまったのですが、彼は今も昔も最先端を走っている。私も守りに入っていてはおられん、とまた、昨日と同じことを考えてしまいます。

とにもかくにも、奥様のおいしい手料理と楽しい会話であっという間の幸福な土曜日の午後を過ごしました。本当にありがとう。

帰宅しようと、都心のターミナル駅で乗り換えようとしたら、電車が止まっていたのですが、おかげで、駅ビルのお店でセールに行けたし。よかったよかった。

今日は、シルマーの「カプリッチョ」ばかり聴いていた感じ。キリ・テ・カナワの伯爵夫人は柔らかい。そしてシルマーの振る「月光の音楽」はゆったりとたゆたう感じ。前にも書いたかもしれませんが、この録音でのドイツ語の発音が古風な感じです。Operは、今風な発音だと「オーパー」ですが、このアルバムでは「オーペル」と発音しています。ベーム盤のヤノヴィツは「オーパー」と発音しているのですけれど。やっぱり、これは、19世紀的な発音を意識して意図的に「オーペル」と発音しているんだろう、と。

Rickertという哲学者がいますが、昔の岩波文庫や、西田幾多郎の著作では「リッケルト」と表記されるんですが、最近の読み方だと「リッカート」でしょうから。しかし、若い私はリッケルトとリュッケルトを混ぜてしまっていて、助手の先生に怒られました。

今年の秋から春にかけて、「月光の音楽」を聴いただけでボロボロ泣いていたんですが、最近は涙が出てこない。別に嫌いになったからというわけじゃない。たぶん、心がかさついているだけ。今年度に入ってから、私を取り巻く環境が大きく変わったからだと思う。この変化はおそらくは、あまり良いたぐいの変化じゃないんだと思いますが、まあ、いろいろありますから。良い風に変わったこともあるんですから。

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熱帯魚を買うのが夢ですが、実現できそうにない夢です。そもそも、水槽を置いてはならない部屋に住んでいますし、よしんば水槽をおけたとしても、世話をする自信がない。っつうか、時間ないし。。

で、会社の後輩に教えてもらったFish Farmを。これは素晴らしいiPhoneアプリです。

元は、iPhone用のアプリですので、iPadで画面いっぱいに広げると、少々がたつきますが、それでも美しい。毎晩えさを与えたり、卵を産んでもらって、子供を育てて、大人になったら売って、お金を儲けて、また買って、という熱帯魚ブリーダーの気分を味わえます。

私はまだレベル7ですが、後輩はレベル43なんだそうです。マジですか。。。

綺麗なお魚は現金で買わないといけませんので、純然たるフリーアプリではありませんが、現金を使わなくても楽しめます。

かさついた心にはぴったりの一品。お勧めです。

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今日は、新国立劇場の2009年/2010年シーズンを振り返ると題して。

オテロ

 このステージの印象と言えば、イアーゴを歌ったルチオ・ガッロの素晴らしさが中心に鳴ってしまいます。。水が張られたベネツィアをイメージした舞台セットに照明が当たって、揺らめく水紋のきらめきに舞台が包まれていて、うっとり。デズデーモナのタマール・イヴェーリは、代役とはいえ、実にレベルの高い歌唱を聴かせてくれました。

魔笛

 モーツァルトオペラを苦手とするわたくしにとって、「魔笛」はある種の挑戦でした。予習で聴いたデイヴィス盤でシュライアーの歌うタミーノに心打たれたことの方が印象深いほどです。しかし、フリーメイソン的、秘儀的である種突飛なストーリーは、やはり実演に接しなければ分からなかったのは事実です。やはり、一回見ただけじゃダメですね。ザラストロの松位浩氏が良い味を出しておられました。本当に日本人離れしたバスです。

ヴォツェック

 これは凄かった! アンドレアス・クリーゲンブルクの鬼才たるゆえん。一部には水音に対する不満もあったようですが、舞台上を水で満たして、その上でパフォーマンスが進行するという実にエキサイティングな演出に興奮しっぱなしでした。ベルクの夢幻的音楽とあいまって、演出が織りなす非人間的である種のグロテスクさをも表出する舞台空間は、もう何も言うことがないほど素晴らしかったのです。ヴォツェックのトーマス・ヨハネス・マイヤーはもう完全にヴォツェックになりきっていて、歌もさることながら表情から演技まで大活躍。あとは、マリーを歌ったウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネンの素晴らしさ。私はあのマリーの子守歌のところでもうジーンと来てしまいました。NHKで二回ほど放映されたのでごらんになった方も多いと思います。

トスカ

このトスカは凄かった! トスカ役のイアーノ・タマーの美しさは、私の中で勝手にマリア・カラスに置き換わっていたぐらい。音楽の絢爛さとかシリアスさもさることながら、舞台演出の見事さのほうが印象的。実はこのプロダクションは数年前に見ているのですが、左バルコニー席だったので、第一幕の最後のテ・デウムの場面をちゃんと見られなかったのです。でも、今回は二階の正面に近い席ということもあって、テ・デウムの場面をきちんと見ることが出来て感涙。グランド・オペラ的な沸騰感を十全に満喫しました。それにしてもタマーのうまさ。スカルピアの殺害場面はものすごい緊張感と完成度。歌にも疵は感じなかったし、演技力や表現力が素晴らしかったのです。

ジークフリート

いよいよトウキョー・リングも後半戦。まずは、ジークフリート。クリスティアン・フランツの甘みのあるヘルデン・テノールぶりに、なんだか心が清らかになる気分。で、最後のブリュンヒルデの覚醒では、イレーネ・テオリンが登場し、すべてをかっさらっていく素晴らしさ。このあたりから、もう頭の中は指環でいっぱい。

神々の黄昏

みんな凄かった。でもイレーネ・テオリンが一番凄かった。それしか記憶を再構成できないぐらいです。あのパワフルな声量には舌を巻いてしまいます。テオリンのちょっと強めのビブラートは、ロケット・ブースターのようなもの。もう圧倒的なパフォーマンスで、私はもうふらふら。で、そのあとバックステージツアーに当選して、初めて新国立劇場の舞台裏に参りました。私の人生観が変わった一日。

愛の妙薬

私の2010年前半はワーグナー漬け。新国で「ジークフリート」と「神々の黄昏」を見て、4月9日は上野でシルマーが振った「パルジファル」を聴いたのですから。それに4月に入って、新年度となり、仕事がえらく忙しくなったのです。それでで、かなり体調は悪かったのですが、何とか行った「愛の妙薬」は、ワーグナー的な真剣さとは取って代わって、軽妙なオペラで、かなり勝手が違いました。当初は凄く違和感を覚えたほどです。このたぐいの楽しいオペラは、昨年見た「チェネレントラ」以来でしたので。でもとても楽しめたし、いろいろ面白い解釈可能性を思いついて、個人的には満足です。主役のふたりは素晴らしくとくにプリマのタチアナ・リスニックは巧いし美しいし、言うことなし。それから、狂言回し的なキーマンであるドゥルカマーラを歌ったブルーノ・デ・シモーネも! 彼のような方がいらっしゃるからこそ、オペラの伝統が受け継がれていくのですから。

影のない女

このシーズンで、リングと同じように期待していた「影のない女」リヒャルト・シュトラウスとホフマンスタールが作り出した幽玄と現実の混交。しかしながら、どうしたことか。やはり演出にあと一歩何かが足りなかった。でも、歌唱陣、特に、皇后、バラクの妻、乳母の三女声陣は素晴らしかった。バラクの妻を歌ったステファニー・フリーデを聴くのは三回目だったけれど、今回が一番よかった気がします。パワーと安定。皇后のエミリー・マギーだって凄かった。この方はリリックですこし冷たさの混じった瑞々しい声。乳母のジェーン・ヘンシェルは、2002年のパリで聴いた(?)「影のない女」でも乳母役を歌っていたから、7年半ぶりの再会。

カルメン

カルメンは、ドレスデンで見たことがあるぐらいでお恥ずかしい限り。しかし、カルメン役のキルスティン・シャベスは生まれときからカルメンであっただろうアメリカ人。奔放なカルメンのペルソナを巧く演じていて感動。ジョン・ヴェーグナーが元気がなかったのが気になったぐらい。あとは、ミカエラを歌った浜田理恵さんの素晴らしさ。2008年のトゥーランドットに続いての登場。ミカエラもリュウも似た境遇ですね。ああ、浜田さんが歌う「ペレアストメリザンド」を聴いておきたかった。。。。

鹿鳴館

池辺晋一郎氏の最新作オペラの世界初演。三島由紀夫の戯曲「鹿鳴館」のオペラ化で、故若杉弘芸術監督のアイディアで始まったという作品。若杉さんが亡くなって、池辺さんは途方に暮れたそうですが、このオペラの完成こそが若杉さんの望んだことだ、ということで、今年の春に完成したとのこと。音楽的には、様々な要素が絡まり合うユニークな作品。厳密に、なになに的な、というような形容は出来ないです。でも、池辺晋一郎氏が多作家であり、映画音楽やドラマ音楽を手がけていることから分かるように、標題音楽的な料理がなされた作品であることがよく分かる、良い作品でした。鵜山さんの演出もよかった。鹿鳴館時代の背伸びをしている日本人のけなげさとか滑稽さが巧く表現されていました。

総括

どうしても、このシーズンは、「ジークフリート」と「神々の黄昏」にその中心が置かれてしまうのは否めないです。あんなに感動して、あんなにインスパイアされた経験はありません。私の2月と3月はワーグナー一色だったと思います。期待していた「影のない女」は十全なできとは言えませんでしたが、音楽的には立派で素晴らしかったんですから。

あと、今年痛切に感じたのは、オペラトークがあれば、必ず行くべきだ、ということ。私は、音楽を聴くには予習が必要だと思っていますので、パフォーマンス前には集中して聞き込みをしますが、演出家や指揮者の方が肉声で語るオペラの魅力や演出の狙いなどを聴くと、よりいっそう作品への理解が深まります。次のシーズンもアンテナを張って、がんばっていきます。

この記事、もう少しリファインして、ウェブページに衣替えするつもりです。リンクはったりする予定。それは追々やっていこう。まずはエントリーが大事。

次は、2010年2011年シーズンに期待すること、を書いてみたいと思いますが、おそらくは週末になる見込み。

さて、そろりとバイロイトの録音準備に入らないと。ウェブラジオのまとめをしないとイカンですね。

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NEW-S
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T-SQUARE
ヴィレッジ・レコード (2002-01-17)
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最近、ようやくEWIを吹く時間を作れるようになりました。どうも僕の吹き方はあまりよくないみたい。つまり、普通にサックスを吹いているのと似たアンブシェアで吹いている感じ。だから、口の周りの筋肉がかなり痛くなります。現役だった頃は、何時間でも吹けていられたのに。まあ、昔は欠かさず毎日吹いていましたからね。随分ともったいない感じ。あんなに頑張ったのに残っているものはわずかばかり。

ともかく練習曲は初期T-SQUAREに限ります。メロディアスで、覚え易く、楽曲もそんなに難しいことはやっていない。だが、これを生バンドでやるのは至難の技なのですよ。さて、きょうもしばし吹いてアンブシェアを鍛えましょうか。

で、15年ぶりに聴いたT-SQUAREの「New-s」というアルバム。伊東たけしが抜けて、本田雅人が入った第一作で、最初のMegrithという曲が超テクニカルで、かなり驚いたのを覚えています。まだ知識希薄で、伊東たけしが吹いているのか、と思っていたのでなおさら強烈。

しかし、すごいですねえ、本田雅人氏。ただ、意外なことにソプラノサックスの音に弱点があったと言うことには気づきませんでした。

さあ、今日も練習しましょう

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沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下) (新潮文庫)
山崎 豊子
新潮社
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おすすめ度の平均: 4.5
3 毒か薬か読者次第、の超大作
4 現実はいつでも創作を超えた驚きを与えてくる
4 読み終えて
5 歴史は繰り返すのか?
5 日航は潰れるべくして潰れた

沈まぬ太陽 関連ページ

本当の「太陽」は沈んでしまい、「陽はまた昇る」となるかは分かりませんが、ともかく、山崎豊子「沈まぬ太陽」全五巻読み終わりました。良い社会勉強になりました。

しかし、書いてある内容は知らぬ者にとっては驚愕すべき内容です。もし本当だとしら、現状は極めて問題だと思いました。

主人公の恩地は、おそらくは鐘紡から総理によって招聘された新会長により、会長室付部長に抜擢されるわけですが、最後は新会長自身が政治的軋轢に翻弄されたあげくに更迭されてしまい、恩地も再びナイロビに左遷されてしまう、という救われない物語。唯一の救いは、ダークサイドの常務である行天が特捜部に事情聴取を受けたところでしょうか。

JALは、日航ジャンボ機墜落事故以降の経営難を打破するためにJASと合併したのですが、それも結局何の役にも立たなかったようです。そうした史的事実を見てみると、どうやら、山崎豊子氏が書いた「沈まぬ太陽」は極めて真実に近い小説である、と言われても、抗う術を私は知りません。真実は小説より奇なり。さりとて、真実は小説に含まれることもある。この小説を読むと、やはり、ちょっとJALに乗るのに躊躇してしまう。もちろん真剣に働いている方もたくさんいるのでしょうけれど。

なんだか、今年に入ってからのJALの動き方、歴史を繰り返しているように思えてなりません。

それにしても、サラリーマンはどこの世界でも同じだなあ。

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Bruckner: Symphony no 5 / Celibidache, Munich PO

EMI (2007-01-01)
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ブルックナーの交響曲を好きな順番に並べてみると。。
5=7>9>8>6>4>3
という感じでしょうか。五番には本当に愛着があります。でも、録音でいうと、あまり印象に残っていない。あえて言うならチェリビダッケ&ミュンヘンフィルの録音でしょうか。

そういえば、2007年にはティーレマン&ミュンヘンフィルを聴きに行きましたし。あのときの緊張感も忘れられない。ティーレマンはかなりの年輩になっていて、渋みすら感じさせていました。若々しさのような甘っちょろいものは全くない感じでした。

http://museum.projectmnh.com/2007/11/04195214.php

好きなブルックナー振りは、チェリビダッケとジュリーニですねえ。実はどちらもラテン系。チェリビダッケはルーマニア系です。ルーマニア人はラテン系といわれています。ルーマニア語はロマンス語系だそうですので。まあ、いわゆるローマ時代にダキアとしてローマの植民地ですからね。

それで、私は思ったもんです。私はドイツ人がドイツ音楽を振る音源より、ラテン系の指揮者がドイツ音楽を振るのが好きなんじゃないか、と。

ブルックナーの交響曲第五番を久方ぶりにチェリビダッケ指揮で聴いてますが、いいですねえ。この指揮っぷり。テンポが遅いのはまあ常識的ですが、遅いだけじゃなくて緊張含みの熱い演奏です。辛うじてピアノ線で舞台上につるされている感じ。このこのまま止まってしまうんじゃないかとも思える速度で、いやいや、止まらないでちゃんと緊張感とか統制感を保ちながら演奏しますよ、という感じ。だからといって、遅いばかりじゃない。第三楽章の冒頭なんてかなり速度揚げて迫力とダイナミズムを巧く表現している。さすが。

しかし、ミュンヘンフィルは相当しごかれたはず。チェリの可愛がりは怖いです。でも、理想のためには仕方ないですね。最初から二番になろうとしていたら一番にはなれない。「二番じゃいけないんですか?」 ダメです。じゃあ「何でも一番!」これもダメ。人生も歴史も選択の連続です。

でも、最近、私は、全部やらないと行けない、とまたまた思い始めました。

ミュンヘンフィルもかわいそうでした。チェリがレコーディングしたくないから、経済的にもきつかっただろうなあ。で、チェリの次はレヴァインで、その次がティーレマン。でも、CD不況で新録音はすくないでしょうから。

そう言う意味で言うと、ベルリンフィルはチェリじゃなくてカラヤンでよかったかも。ベルリンフィルのいないグラモフォンなんて想像つかない。

五番は印象的なコントラバスのベースラインから始まり、木管が印象的な美しい旋律を奏でます。私はここはジャズに転用できると思っていますが、まあ素人考えでしょうね。弦楽器のピッチカートが支配する場面が多いのでわりとインテンポでも聴けそうなんですよね。

今朝は悪夢で目が覚めて、しばらく動悸が止まらなかった。稼働システムが障害を起こしている夢。名寄せとか銀行引き去りとか、そんな感じのことがうまくいかなくて、夜中に修復している夢。

というのも、最近、稼働させるシステムが、稼働ごとにインシデントを出しまくっているからでしょうねえ。

まあ、僕も悪いんですが、僕だけが悪いわけでもない。ソフトウェア、ハードウェア、環境、周りの人間、全部がそろわないと、きちんとしたものは出来ません。SHELLモデルと言うんだそうです。

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Gustav Mahler

今年も来年もマーラーイヤー。

1960年が生誕百年で、にわかに予言通りマーラーの時代が来たわけで、再評価が進んだのですが、今年は生誕150年で、来年が没後100年。早いものです。1960年は私は生まれておりませぬ。。

2010年といえば、「2010年宇宙の旅」ですが、こっちの予言は全く外れています。まだソ連も続いていることになっていましたので。

私の幼き頃は2010年まで世界が続くとは思っていなかったですねえ。核戦争でも起こるんじゃないか、と日々不安でした。ですので、友達と庭に穴を掘って核シェルターを作ろうとしていたぐらいですから。そうしたら、ガスの配管やらが出てきて、親に怒られました。早く埋め戻せってね。

というわけで、プロムス2010のオープニングは「一千人の交響曲」。7月16日夜、ロイヤルアルバートホールにて。こちらのURLでオンデマンドでしばらくは聴けるようです。あと4日。お急ぎを。ちなみに、映像はUK外では見られないみたい。

http://www.bbc.co.uk/proms/2010/whatson/1607.shtml#prom1

私が中学生の頃一番好きだった曲こそが、マーラーの交響曲第八番。通称「一千人の交響曲」ですが、この曲にはひとかたならぬ思い入れがあります。なんせ、初めて買ったCDがショルティ盤の「一千人の交響曲」だったぐらいですから。この曲、どなたかは忘れましたが、マーラーの作った唯一のオペラである、というとらえ方があるようです。確かに、劇的な部分は多分にあります。昔からオペラ好きの素地があったと言うことなのかしら。

私が大好きなのは第二部の以下のところ

  • マリア崇拝の博士が歌うところ
  • 栄光の聖母が「Komm! Komm!」と歌うところ1
  • 続いてマリア崇拝の博士が、Bricket auf! と歌って、神秘の合唱の旋律を先導するところ。
  • 神秘の合唱(言わずもがな)

ライヴならではの疵はあるけれど、改めて聴くと感動するなあ。

ちなみに、この曲、マーラーの交響曲の中で一番人気がないらしい。CLASSICAさんのマーラーの交響曲投票で最下位でした。

http://www.classicajapan.com/vote/qv.html

でも私はこの曲が一番好きだなあ。

今から聞き直してみると、調性が希薄な部分とか激しい転調に気がついて面白い。

演奏終わったあとの熱狂が凄い。こればっかりは、録音だけじゃ分からない。実演は凄いんだろうなあ。

演奏者の方々。大拍手。

  • Mardi Byers soprano
  • Twyla Robinson soprano
  • Malin Christensson soprano
  • Stephanie Blythe mezzo-soprano
  • Kelley O'Connor mezzo-soprano
  • Stefan Vinke tenor
  • Hanno Müller-Brachmann bass-baritone
  • Tomasz Konieczny bass
  • Choristers of St Paul's Cathedral
  • Choristers of Westminster Abbey
  • Choristers of Westminster Cathedral
  • BBC Symphony Chorus
  • Crouch End Festival Chorus
  • Sydney Philharmonia Choirs
  • BBC Symphony Orchestra
  • Jiří Bělohlávek conductor

しかし、この演奏会の一番高いチケットが44ポンドとは、安くないですか? 日本円で6000円弱。ロイヤルアルバートホールはでかいので、それで元が取れると言うことなのか。

今日は、激しく暑い一日。ですが、クーラーつけずにがんばりました。シェスタが大事なのもよく分かった感じ。仕事は捗らない。。。いつも仕事に出かけるカフェは月曜日が定休日なので。

明日から、さらに忙しくなる予定。薄氷を踏む思い。

1 ここ、昔、森麻季さんが歌うのを聴いて感動したことがある。あれはあまりに美しすぎて鳥肌がたった。

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スター・ウォーズ エピソードV 帝国の逆襲
サントラ
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5 シリーズ最高傑作
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BSハイビジョンで放映中!

BSハイビジョンで、スターウォーズ6部作が放映されています。昨日まででエピソード1からエピソード3までの3話分が終了しました。エピソード1は飽きるほど見たので、とりあえずエピソード2とエピソード3を見ました。

エピソード3はダース・ベイダーの誕生が衝撃的ですが、やはりあまりに悲しすぎるのが、味方だと思っていたクローン大隊に裏切られ死に行くジェダイたちの哀れさ。私はエピソード1を見た段階では、まだパルパテイーンが皇帝になるとは思いませんでしたが、これほどの仕掛けを敵味方両面に張り巡らして皇帝という絶対権力を手にしたパルパティーンは尊敬に値する。つまり、このストーリーを作り上げたルーカスを激しく尊敬します、ということです。

音楽に着目

今回も、着目したのは音楽。よく言われていますんで、いまさらではありますが、スペースオペラにふさわしいライトモティーフがちりばめられた音楽で、リングの現代版ともいえますね。美しいのはパドメが苦悩する場面に出てくる少し翳りを帯びた甘い旋律。あれを聞くと、本当に唸ってしまう。で、パドメが双子の兄妹であるルークとレイアを生んだ瞬間、ルークとレイアのモティーフが現れてひとしきり感動。

サントラ入手

エピソード4も、飽きるほど見ましたし、エピソード6も飽きるほど見ました。でも、サントラの音源はカセットテープでしかもっていませんでした。音源を強烈に求めているわたくし。それで、なんとかエピソード5のサントラをCDで入手しました。やった!

いやあ、激しく感動。特に良いのが、ヨーダのテーマ、チェロの中低音域の伸びやかな感じで、内省的できわめて劇的で美しい。チェリストだったら垂涎なフレーズなんだろうなあ。エピソード4のサントラだと、レイアのテーマやルークのテーマが美しいんですけれど。早く聴きたい。

そういやあ、ドラえもんの19巻でしたっけ? アカンベーダってのが出てきたなあ。

今週末も音源を求めて行脚する予定。がんばろう。

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Parsifal
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Deutsche Grammophon (1990-10-25)
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はじめに

iPodのホイールを回すのですが、何だか忙しくて音楽に没頭することも逃避することも能わない感じです。でも、こうして帰宅の電車に乗っているときは何とか聴かないと、と思い、ホイールを回し続けます。で、きょう拾ったのが、チェリビダッケのワーグナー曲集。このアルバム、この半年以内に聴いているはず。それも多分四月上旬だったはず。あの時は、ウルフ・シルマーの「パルジファル」の予習で手当たり次第に「パルジファル」を聴いていましたので。

チェリの前奏曲だけでは物足りなくて、カラヤン盤「パルジファル」を聞いて、激しく感動。あの、東京文化会館での思い出がよみがえってきました。グルネマンツのために生まれてきたのではないか、と思うぐらい適役であるクルト・モルには脱帽し敬礼したい。藍色を帯びた夜明け前の空の荘厳さを思わせるカラヤンの音作りはすばらしい。ここまで追求されると、やはり美的価値は存在するのだ、と思います。

「パルジファル」と「影のない女」の思い出

それにしても、4月の復活祭の日の東京文化会館。ウルフ・シルマー&N響コンビによる演奏会形式のパルジファルはすごかった。あの日は本当に泣まくりでしたよ。まだ、そんなに心がささくれ立っていなかったから、音楽が心に染み入る感じがしたんですね。でも、最近は、職場では軍隊的な規律によって統制されていますから、なんだか、音楽と仕事のバランス位置を見出せていないのです。なんだか下手な演奏を聞くと白々しささえ覚えてしまう。ちなみに、いま、私の会社での渾名は少佐です。

で、色々思い悩んでいたんですが、私にとってはあの「影のない女」でのショックが大きかった気がする。音楽的には素晴らしかった。それは認めますが、やはり、あの演出はイデアールなもの、彼岸の美しさを表現することが出来なかった。あれから、僕の劇場に対する信奉は少なからずダメージを受けてしまったかのように思えるのです。

つづく

近況

気を取り直して近況。故あって忙しいのだが、まあ、回っている独楽は倒れないと、いいますから、このまま回り続けましょう。

BSハイビジョンのスター・ウォーズは、早いもので、エピソード5に。エピソード1から順序よく観ていくと、いままで見えてこなかったものがよく分かります。ヨーダが、ルークに暗黒面への警告を出すあたり、アナキンがダース・ベイダーになったプロセスを知っているからこそ、よく理解が出来たり。あしたも、後半を少し観られるかしら、という感じ。カミさんが思いのほか喜んでみていてくれるので、私もうれしい。曰く、やっぱりエピソード4以降のほうが良いらしい。ハン・ソロのハリソン・フォードのなすところが大きいようです。

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辻邦生「円形劇場から」と劇場の美

辻邦生に「円形劇場から」と言う中篇小説があります。このなかで、劇場における美的価値こそが、現実の世界を支えている、という直観が語られますが、私もそれと似たような直観を得た記憶があります。

あれはミュンヘンでの出来ごと。何度も書いたかもしれませんが、州立国民劇場でバレエ「眠りの森の美女」を観たのですね。で、あのとき激しく感動に打ち震えたのです。欧州人が数百年も守ってきたバレエ世界と言う虚構の世界を命がけで作っているという現実に。

どうしてそう思ったのか?

かなり年配のいい年恰好の男性ダンサーが老貴族の格好をして踊っていました。それも激しいくらい真剣に。普通のサラリーマンで行ったら部長ぐらいは務めているであろう男性が、虚構に真剣み取り組んでいるという激しい驚き。

そのあと、なんと子役のダンサー達が登場するんですが、年配の男性と子供達の年齢差にかかわらず、お互い虚構の美を目指しているという事実。美というものがこの世に存在することを初めて認識したのはあのときだったと思います。

帰国後、音楽の先輩にその話をしたのですが、笑われて一蹴されましたが。

「影のない女」のダメージ

で、その逆の体験がどうやら「影のない女」だったみたいなんです。美を目指したとしても、必ずしもそれが美である訳ではない。何かを求めるプロセスが大事なんである、なんていう青みがかったことは全く成り立たない。

あるのは、受容者にとって、それが美であったか否か、だけ。その冷厳さは、頭では理解していたつもりでしたが、体験したのは初めてでした。それが、僕が受けたダメージ。どれぐらいで回復するかは分かりません。

最近の精神状況の変化は仕事の質が変わったのも原因の一つでしょうから。

けれども、あの幸福な時間を取り戻したいという激しい衝動的な欲求はあります。ですので、一生懸命音楽を聴いてはいるのですけれど。

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Tsuji

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辻邦生 全短篇〈2〉 (中公文庫)
辻 邦生
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辻邦生の思想の「激しさ」

それにしても、辻邦生の思想は激しいです。劇場が世の中を支えている。すなわち、これは、辻邦生自身によって、美が世界を支える、という直観に読み替えられますので。この直感は辻邦生がパルテノン神殿をアテネでみた体験がゆっくりと醸成されて形成されて行ったものだと考えています。その証拠に、「パリの手記」と題された日記集では、ここまでラディカルには書いていなかったですし、先日紹介した「ある告別」でも少し脇役に回っていた感がありますので。

私はまだここまでの直感を実際に体験したことはありません。美の存在は直観しましたが、それが世界を支えている、あるいは我々の生活を支えている、とまでは、まだ行きません。修行が必要。ですが、ここをどうしても超えなければならない。これは、パルジファルの試練ぐらい難しい気がします。もっと辻邦生の本を読ままいと。

まあ、言う人に言わせれば、辻邦生の美学は50年前の古びた美学と言うことになるのかもしれません。現に、それと似たようなことを言われたことがあります。

確かに、こんな時代を辻邦生が想定していたのか? パフォーマンス臭が強く実効性に疑問があるにせよ、かの事業仕訳で科学文化予算が切捨てられて、それでもなお財源が足らないなんて言う状況にあって、劇場に、世の中を支える美があるのだ、と能天気に言えるのか? 辻邦生がこの直観を得たギリシアの国家財政が破綻したと言う皮肉な事態も。パルテノンの美も財政危機を支えることは出来なかったと言うことではないのか。

その答えを求めているのが、現在ということ。いまいまはオフシーズンのオペラ。いろいろ映像を見たり聴いたりしたい欲求。本も読みたいところ。「円形劇場から」では、夏休みの時間が一つのモティーフとして使われていますが、私には夏休みはありません。よくて秋休みかな。。

頑張る。

辻邦生の本一覧は以下のリンク先を
http://museum.projectmnh.com/webs/tsuji/tsuji-worklist.php

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昨日も朝から動き回りました。

いったん都心にでて、用事を済ませて、地元にとって返してカフェで一仕事して、イギリス人と話しをしてから、再び都心へ先輩や後輩たちが出演するライヴを聴きに夫婦そろって錦糸町に行ってきました。

カミさんも、ハードスケジュールで、等々力で用事を済ませて、夕方に錦糸町で合流。夕食を食べて、カフェでコーヒーを飲んで、ライヴ会場の開店時間きっかりに到着。今日は静かな雰囲気。すでに先輩たちは来ていると思ったのですが、なかなかいらっしゃらなくて、スケジュール間違えたのかしら? と少し不安に。でも、ちゃんといらっしゃいましたよ。

前回のように、今回もスタンダードナンバーを楽しみました。I hear Rhapsodyを聴けたのはよかったです。私も学生の時吹いたことがありました。あの頃はそんなに難しい曲ではないと錯覚していたようですが、昨日聴いたら、かなり難しいことが分かりました。でも、先輩、ちゃんと吹いていたからなあ。凄い。

カミさんと一緒に来たのは初めてだったのですが、思いの外エンジョイしてくれたみたいで、特にサックスに感動していました。実はカミさんもサックス吹きだったのですよ。。それもテナー。ちなみに、私は学生時代はソプラノ、アルト、テナー、バリトンと節操がありませんでしたが、最終期はアルトだけでした。

それで、今日の午前中に地元で用事がありましたので、1ステージが終わったところで失礼してしまいました。もう少し聴きたかったんですが、家が遠いので。。都心に引っ越したいなあ。初台で暮らすのが夢です。大それた夢ですが。

で、今日の午前中に用事を済ませて、午後から仕事をまた始めたんですが、これがもう捗らないと言ったら、ありません。いろいろ試したんですが。クーラーかけたり、音楽聴いたり。シノポリの「トスカ」や、チェリのブル3,チェリのロ短調ミサ、フレミングのシュトラウス......。で、シャカタクに変えたら、ちょっと元気になってきた。なんでやねん。もう18時やんけ。

皆さん、今日の22時55分から2010年バイロイトの開幕ですよ!

http://www.operacast.com/bayreuth_2010.htm

私はとりあえず、録音のセッティングを終えました。明日の朝にはちゃんと取れているはず。今日はローエングリンです。

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Sibelius : The Complete Symphonies & Tone Poems

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最近の暑さは大変なものです。とはいえ、私は一日中ビルの中に閉じ込められていますので、真昼の暑さを経験するのは自ずと週末になってしまいますが。けれども、そんなのんきなことも言っていられなくなってきました。朝も暑いですよ。。だいたい6時15分過ぎに家を出るのですが、それでもう暑い。なので、納涼音楽を聴かねば。

で、「夏だけのTUBE」と嘉門達夫が歌っていたのが懐かしいですが、私が発見したのはシベリウスの交響曲群です。シベリウスの交響曲は、数年前まで全く受け付けることが出来ませんでした。明らかに独墺系音楽と一線を画しています。フレージングが全く理解できなかったのです。で、これって、ヤナチェクのフレージングを理解するのが難しいのと同じだと思うのです。いきっと言語学的な背景があるに違いない。

北欧といって、ひとくくりには出来ないことは周知の通り。北欧の覇権はフィンランドを除いては、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンの順番に覇権が確立したわけですが、フィンランドはそうは簡単にはいかなかった。ロシアの支配下にあって、20世紀初頭に国民意識が高まり、ロシア革命に乗じて独立するも、その後も白軍と赤軍の内線や、第二次大戦での微妙な立ち位置、つまり、反ロシアの立場から枢軸国に味方してしまうというなんとも危険な賭けで、もちろん賭けに敗れてしまうわけです。とはいえ、第二次大戦後はノルディックバランスと呼ばれる、微妙な舵取りで、資本主義を守りつつ、ロシアともうまくやりつつ、という、極めて困難な時代を乗り切ったわけです。

フィンランドの首都はヘルシンキですが、冷戦下にあっては、ヘルシンキの地下には大防空壕が建設されていたとか30年以上前に、NHKスペシャルで観たのを覚えています。

そのフィンランドの国民意識を高めた国民楽派作曲家がシベリウスというわけです。イタリアにヴェルディがいたように、フィンランドにはシベリウスがいたというわけです。

私は、どうにもシベリウスが分からない時代を20年ほど経験して、この数年間でやっと分かるようになってきました。要は、旋律に親和性を覚えるかどうか、が重要なのではないか、と。私の音楽体験と言えば、どうしても独墺系に偏りがちでした。たまに英仏露にも親しみましたが。だから、どうしても分からないのです。

しかし、今日、交響曲を一つ一つ聴き始めると、体に旋律が染み渡ってくるのですねえ。これには本当に驚きましたし、何よりうれしかった。浮かぶ風景は、冬景色ではなく夏景色ばかりなのが面白い。まあ、冬の北欧に行ったことがないから当たり前なのですが。夏の長い太陽の下で、豊かな森と湖と。ああ、夢のようだ。今すぐに渇望北欧。

シベリウスについてもっと書けるようにがんばろう。やっぱりいろいろな音楽を聴かないとなあ。

さて、今日もいろいろあった一日。ローエングリンは録音できずちょっと落ち込んだけれど。苦しいけれど平気。あはは。

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Sheets: 2 / listentoenglish: 1

忙殺とbotherって似てるなあ。なんて。

今日もシベリウスな一日。朝は後期交響曲を聴いて、昼休みはヴァイオリン協奏曲を聴いています。ヴァイオリン協奏曲は、1904年にいったん発表されましたが、批判を浴びてしまいます。その後、シベリウスがブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴いて、そのシンフォニックなサウンドに触発されて改訂版を出しました。この改訂版の初演が1905年。なんと指揮者はリヒャルト・シュトラウスらしい。僕は、このシベリウスのヴァイオリン協奏曲は、交響曲群より欧州中央部の旋律との親和性が高いと思っています。甘く美しくちょっとコケティッシュな感じ。するりするりと手のひらから逃れ出ようとする小鳥のよう。

それにしても、美しさは絶品。夜半前の10時ごろ、きっとまだスカンジナヴィア半島は輝く太陽の内にあって、湖は金色に輝いているに違いない。そんな風景。私は北欧に一度いったことがありますが、それはすばらしい旅でした。純粋に楽しんだ旅行はあれだけかも。ほかの旅行は勉強だったか、今一つだった気がするので。

シベリウス自身は、初期はヴァーグナーやチャイコフスキーの影響下にあったようですが、その後は独自の展開を見せていったようです。ヴァイオリン協奏曲は1903年ごろに作曲でしょうか。ですので、交響曲第2番と3番にはさまれています。

それにしても、第二番も凄いですね。ちょっと忘れないうちに書いておきますが、最終楽章のマイナーフレーズが怒濤のように繰り返され、最後にメジャー和声で華々しく終わるところ、あれ、ショスタコーヴィチの「レニングラード」と同じぐらい偏執的だ、と。

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Sheets: 2 / listentoenglish: 1

Tsuji

今日は辻先生の命日

今日は辻邦生氏の命日です。今から11年前の1999年7月29日午後零時四十分、軽井沢病院にてご逝去されました。当時、カミさんからの電話で、辻先生が亡くなった、ときいて、しばらくは言葉を継ぐことができないほどのショックでした。1925年9月24日のお生まれですので、当時まだ73歳。お若かったのに残念です。大変お忙しかったそうですし、自動車事故にあわれるなど、大変なこともあって、最晩年は大変お辛い状況だったようです。それでも仕事にまい進されて、最後まで原稿を離さなかったとか。

当時、私は追悼の意味をこめて一ヶ月間服喪し、アルコールを一滴も飲みませんでした。会社のビールパーティで、先輩に強要されましたが最後まで断りとおしました。

一度だけ少し言葉を交わしたことがありますが、ぜひ一度ちゃんとお会いしてお話をしたかったのですが、その願いもかなわぬまま。でも、そのほうがよかったのかもしれないなどと。

このところの辻体験、西田幾多郎との兼ね合い

このところ、急に「円形劇場から」とか「ある告別」を読んでなんだか展望が開けてきた矢先に訪れたご命日で、なんだかやっぱり僕はいつまで経っても辻先生の手のひらの中にいるんだなあ、ということを感じました。もちろん辻先生は私のことなどご存じないと思いますけれど。

今朝も、行きの電車で「春の風 駆けて」を読んでいました。以前読んだことがありますので、折り目、付箋、傍線から当時読んだときの感覚がよみがえってきています。おそらく2007年ごろに読んだのではないかと思います。

それで、その折り目の中に、辻先生が西田幾多郎の哲学について語るところが出てきます。私は常々西田哲学と辻文学の親和性に着目していましたが、その動かぬ証拠を再発見した感じで、なんとも名状しがたい気分でした。24ページです。特に「西行花伝」を読むと、その類似性には驚かされますので。

西田は、すべては純粋経験から始まり、純粋経験の中にある統一力が秩序となって、世界を形成する、といった感じの議論だったと思いますが(これであっていますでしょうか? I橋先生?)、辻邦生の場合、その統一力というものが美であるという捉えかたをしている、と最近は読んでいます。

辻先生も書いていますが、西田も辻も、論理明晰に哲学を語っていない。それは到底言語化し得ない原初的な体験なのであって、語れば語るほど離れていくもの。けれども、語らずにはいられない。そのため、西田の言説は迂遠であり、難解なものとなっている、ということ。これは辻先生の小説を読み込むときにも感じることです。一言で片付けられるわけはないのです。ましてやブログに、すべてを書くことなんてできやしない。でも書かねばならぬ、という衝動です。

小説を書くときのデモーニッシュなもの

それからもうひとつ。小説を書くときにデモーニッシュなもの、ミューズのようなものが降りてくる瞬間があって、ある種の憑依状態になって筆を進めるのがよい状態なのだそうです。たとえば山本周五郎が小説を書いていたときマーラーやシベリウスを聞いていたのだ、という話が出てくる。こうして音楽を聴くことが魔神性を呼び起こす最良の手段なのだとありました(188ページ)。これには私も同意します。

貼り付けた写真は当時のご逝去を知らせる新聞記事。これは、私のシステム手帳のポケットに11年間入っているものです。

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今日もシベリウスです。なんともかんとも、こんな時期(バイロイトシーズン)に、シベリウスが私の頭の中に席巻するとは、想像だにしませんでした。

今日は、もう冒頭部のイメージから交響曲第二番をむさぼるように欲した一日でした。

この曲聞くと、のっけから、私の頭の中にこんな情景が形成されます。

おそらくは深いグレーの湖面をもつ大きな湖。風が少し吹いていて、湖岸に弱い波が打ち寄せる。鳥の鳴き声、小鳥が飛び交い、小動物たちが動き回っている。遠く青い稜線は白い残雪に覆われている。そこに現れたる若者。なにかしら深い哀しみを持っているような感じ。ジークムントかも知れない。

第一楽章はおそらくはソナタ形式で、展開部がかなり大きく曲調が変わります。提示部の牧歌的というか叙情的な表現が、短和音に支えられた切迫感。フーガが登場するので、そうした切迫感や逃亡感が強まります。このあたりの弦楽器の鳴らし方はとても巧い。ベルグルントってすごい。

第二楽章。シベリウスの音楽は、さまざまな断片的な旋律が何枚も何枚も重ねられそれを一枚はがしてみたり、二枚重ねてみたり、ちょっとずらしてみたり、という具合に曲が進行しています。何かひとつの大きなテーマがあって、それを変奏していくというタイプではないように思います。極めて多様な旋律が登場しますので、旋律を覚えたときのうれしさは格別です。

最終楽章は、実に美しく明るい伸びやかな旋律で始まりますので、これでいよいよハッピーエンドか、と思わせるのですが、最後は先日書いたようにDSCHの「レニングラード」ばりの執拗なまでの短和音フレーズの繰り返しで、ああ、もう耐えられません、と悶えたときにようやく、長和音で解決。それから、また最初の旋律に逆戻り。それから、また身もだえ。忙しすぎる。これは、おそらくは民族開放的な意味があるに違いない。

フィンランドの歴史も勉強せんといかんなあ。他の指揮者のシベリウスも聴いていきたい。

さて、近況。やっと一週間が終わりましたが、土日の方が忙しいですねえ。でも、忙しい方が好きみたい。回っている独楽は倒れません。明日も都心に出たり、地元で仕事したり。あと楽しみなのは、地元の夏祭りです。毎年ジャズバンドが出ますので、生演奏を楽しんでおります。今年はこれまでとは違うバンドが出るみたいですので、楽しみ。スタンダードをたくさん聴けそうな予感。

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またまたプロムス2010。

http://www.bbc.co.uk/proms/2010/broadcasts/

ヤルヴィ指揮ドイツカンマーフィルによるベートーヴェン交響曲第五番。7月28日の録音。

http://www.bbc.co.uk/iplayer/console/b00szy7f

いきなり淡泊な入りでびっくりです。拍手が鳴り止まぬ内から運命の動機。しかも、全然伸ばさない。フルトヴェングラーの対極に位置する。同じ曲とは思えません。

小編成なので、サウンドもかなり淡泊。でも、これがオリジナルの運命なんだろうなあ。

第二楽章もなんだかモーツァルトを聴いているかのようなすがすがしさです。最終楽章の絶頂もなんだか凄く心地よいすがすがしさ。運命でこんなにすがすがしくていいのだろうか、という罪悪感さえ感じてしまいます。

でも、拍手は超熱狂的。オペラのカーテンコールより凄い。こんなに淡い演奏なのに。アナウンサーが過剰に興奮するのはプロムス的だけど。Absolutely wonderful play! ってかんじ。日本だとこうはいかない気がします。やっぱりプロムスは夏祭りなんですね。しかも、アンコールまである。交響曲第八番の第二楽章。最近の日本の演奏会ではアンコールにあった試しがないので新鮮でした。

しかし、運命っていいっすね。もうあっしはダメダメ、みたいな第一楽章から、第二楽章で癒され、第三楽章でリハビリと訓練、そして第四楽章で巨大なコーダーの勝利へと続くビルドゥングス・ロマン。つうか、運命があるからゲーテなのか、ゲーテがあるから運命なのか、みたいな。三十代半ばの仕事をバリバリやっているころのベートーヴェン。さすがだわ。

暇さえあればこうやってプロムスの音源聴くことにしよう。持っているCDを繰り返し聞くも何かと思います。

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