10月の本

今月も目標達成です! 来月も読みます。
期間 : 2010年10月
読了数 : 9 冊
天を衝く〈1〉―秀吉に喧嘩を売った男九戸政実 (講談社文庫)
高橋 克彦 / 講談社 (2004-11-16)
パイロット・イン・コマンド (新潮文庫)
内田 幹樹 / 新潮社 (2006-08)
操縦不能 (新潮文庫)
内田 幹樹 / 新潮社 (2006-01)
査察機長 (新潮文庫 う 15-6)
内田 幹樹 / 新潮社 (2008-01-29)
狐火ノ杜―居眠り磐音江戸双紙 07
佐伯 泰英 / 双葉社 (2003-11)
雨降ノ山―居眠り磐音江戸双紙 06
佐伯 泰英 / 双葉社 (2003-08)
雪華ノ里―居眠り磐音江戸双紙04
佐伯 泰英 / 双葉社 (2003-02)
龍天ノ門―居眠り磐音江戸双紙 05
佐伯 泰英 / 双葉社 (2003-05)
霊の柩
高橋 克彦 / 祥伝社 (2000-02)

ジェフリー・テイトのハフナー

東京も寒い。でも台風が来ている。なにかおかしい。
体重が急激に減ったんですが、なんのことはない。おそらくは筋肉がおちたのだと思います。この一ヶ月ほど、土日も消耗していたので、ジムに行けなかったのが敗因。あんなに鍛えたのに残念。レグプレス120キロ、再びできるようになるのはいつかなあ。
相変わらずカラヤンのモーツァルトが面白くて、今日もずっと聴いていました。飽きもせず繰り返し繰り返し。
私は、EMIからでているテイトのモーツァルト交響曲ボックスを持っていて、こちらのハフナー、リンツも大好きです、ハフナーはカラヤンよりも端正でおとなしい。テンポも少し抑えめですが、音量のダイナミズムはテイトのほうが際だっています。さすがに編成が少ないだけあって、カラヤンの音源より音圧は少ないけれど、その分聞きやすいです。
この音源も思い出深いです。辛いときに引きずり出してくれたいろいろな「もの」の一つなのです。ありがとう。
カラヤンの「ドン・ジョヴァンニ」のライナーを見ると、チェンバロは若き日のテイトだったりして、テイトがカラヤンにも使われていたのだ、と認識を新たにしたのを覚えています。テイトは、ブーレーズともリングのプロジェクトで一緒に働いたことがあるはず。
カミさんは夕方にバレエを見に出かけましたが、駅と会場が離れているので、雨合羽を着込んでいきました。私はこれから英語を話しに行って、やっと週末のオフに入ります。今晩もたっぷり眠れますように。

続 カラヤンのプラハが素晴らしい!

今日もカラヤンのモーツァルト。35番と36番を繰り返し。ヴァイオリンのテヌートが際立っていて、優雅さが引き立っています。録音良好。リヴァーヴ感もすばらしい。ベルリン・イエス・キリスト教会にて1970年の録音。
考えてみれば、カラヤン&ベルリンフィル&ベルリン・イエス・キリスト教会の組み合わせは、私の音楽体験の原点です。小さいころ、グラモフォンのカセットテープを飽きるほど聴いておりましたから。だから、この音質に安心してしまうのでしょう。でも、テヌート感は今週初めて感じた気がしていました。
でも? と思い、私のブログを見てみると、同じことを三年半前に感じているらしい。変わらないわたくし。
http://museum.projectmnh.com/2007/05/22205042.php
でも、三年も経って、同じことを感じていると言うことは、勘違いでもなさそう。
ラヴ、カラヤン。
36番は、ずいぶんと速いぞ。アスリート的。でも、美しい。体操選手の床競技みたいな。

カラヤンのプラハが素晴らしい!

久々にモーツァルトの交響曲を。
38番「プラハ」と39番。
なんだか心が洗われた感じ。ここ数ヶ月味わったことのない静かで確かな心の動きを感じました。私の音楽が聴いている音楽の量は極めて少ないので、焦燥感とともになるべくオペラを聴こう、と管弦楽曲をなるべく聴かないようにしていましたが、今日はたまたまです。
言わずもがなですが、モーツァルトは偉大です。演奏はカラヤン。なんだか弦のフレージングがテヌート気味なのに気づいて、すごく新鮮です。音の切れ目を感じさせず、十分に音価を引き伸ばしている。録音場所のリヴァーヴ感とあいまって、天から落ちてきたかのよう。もちろん、ベルリン・イエス・キリスト教会で、1970年9月の録音。
ヨーロッパの建築でよくあるドーム型天井に描かれたフレスコ画の微細ながらも柔らかいタッチを思い出します。抜けるような淡い水色の空と綿のような雲、それから踊る天使達の姿。
欧州に飛んでいきたいですが、残念ながらかなわぬ夢。欧州文化の偉大さなんだが、後ろに控えている尊大さや残酷さをしばし忘れさせてくれる。美しいものは、あらゆるものを踏みにじって表出しているという過酷な現実を、ほんの少しだけ忘れることができました。

つれづれ──エジプトのヘレナ、など。

私はこの数年間リヒャルト・シュトラウスに惚れ込んでいますが、まだまだ皆様のようにすべてを把握出来ているわけではありません。
まずはオペラ作品だけでもすべて聴いておきたいのですが、まだまだ聴けておりませぬ。
というわけで、先日から「エジプトのヘレナ」を聴いていますが、それはそれは、もうなんともかんとも、すさまじい音楽で、サロメとエレクトラをさらに突き進めたような強烈・強靱な音楽にたじたじです。すごいっすねえ。
今日は、あいにくい帰宅の電車が人身事故騒動に巻き込まれ、いつもより余計に電車に乗っていたのですが、幸いにも座れていましたので、一人の時間でゆっくりと「エジプトのヘレナ」漬けでした。でもカイルベルト盤は録音品質に問題はありますが。
数年前に、二期会が「エジプトのヘレナ」を上演しましたね。見逃したのが悔やまれます。2004年に若杉さん指揮でやったんですねえ。行きたかったです。
シュトラウス合宿と銘打ってしばらくがんばります。ああ、グントラムをiPodにいれんとなあ。

つれづれなるままにひぐらし

ふふふふ。がんばれ。神様は気まぐれで残酷だ。。。
さて、壊れかけていますが、元気です。なんだか最近宵っ張りですが。
新国から会報誌が送られてきました。「トリスタンとイゾルデ」のオペラトークがあるのですが、平日(木曜日)の19時からですって。。。 仕事的に絶対に行けない日程です。で、悔しいことに、大野和士さんが登場されるとのこと。うー、はやく職場が都心に引っ越さないかしら。。 あと一年の辛抱です。
今日はドホナーニ指揮の「ばらの騎士」。マルシャリンはヤノヴィッツ。ちと音質が残念なので、聞き込みが足りないです。まだまだ聴いていない音源がたくさんですが、地道にがんばろう。
明日はオフ。明後日は所用。次のオペラはアンドレア・シェニエ。今週末は、プッチーニ「つばめ」の放送が WFMT であります。 

オペラファンの裾野を広げるには?

ふう、やることたくさん。頑張ればどうこうと言う問題でもないからなあ。
さて、めげずに音楽聞いています。帰りがけの電車の中で、たまたまiPodの中の映像を見ていたのですが、シュナイダー&テオリンの「トリスタンとイゾルデ」の映像が出てきました。
どうということはないシーンのはずなのに、落涙。最近、涙もろいなあ。齢のせいか、疲れているのか。
しかし、前に書いたように、やっとオペラに感動できる体に戻ってきたというところなのです。良い兆候だ!
つい先日、新国立劇場からアンケート依頼が届きました。「より充実したサービスを手今日するとともに、さらに満足できるような劇場運営のあり方の指針とすることを目的」とするものだそうです。
というわけで、いろいろ書いてみました。ここではすべては書きませんが、設問の一つにあった「オペラファンの裾野を広げるとしたらどういうアイディアがあるか?」というもの。
これは難しいなあ。
ファンが増えたら、ますますチケット取りにくくなっちまうじゃないか。。。
なーんて。
でも、裾野を広げるにしても、間口はきわめて狭いから、なかなか容易なことではないはず。劇団四季みたいに、戦略的に広告出したり、露出を増やしたり、芸能界とタイアップしてイメージアップする、とかかなあ。嵐のメンバーから一人ぐらい、全公演招待するとか。オペラ以外の目的で集客できるかも。で、そのうち何人かにオペラに興味持ってもらうとか。
まあ、前提もなにもないなかだと戯言になりますね。
でも、本当に裾野を広げないと、予算も削られるだろうし、経営も圧迫されてくるはずで、下手をすればこの間まであった「自主公演停止」なんてことになりかねない。今が踏ん張りどころで、みんな必死なんだと思う。
いろいろ思うところはあるけれど、もっとまじめに考えて回答してみようと思います。

指揮は難しいもの──新国立劇場「フィガロの結婚」その3

指揮者のミヒャエル・ギュットラーは長身のイケメン王子様という感じ。オケが小さいので、ピットの床が高く設定されているからというのもあるのですが、かなり目立って見えました。
ギュットラーは、ドレスデン生まれの若き指揮者ですが、なかなか難しく味のあることをしてくれています。序曲はかなりの高速で、今日は、このテンポでやるのか。なかなかスタイリッシュで、若々しい演奏になりそうだな、と予想していたのですが、そのうちに、すさまじいほどの緩急のメリハリをつけ始めて、一筋縄ではいかないところを見せてくれました。
ともすれば、テンポの処理がすこし激しくて、歌手もオケモうまく追随出来ず、ハーモニーが一瞬崩れる場面もあって、ハラハラしたり。ケルビーノのアリアも、相当テンポ落としていました。ちょっと歌いにくそうな感じ。
実は似たような経験をしたことがあります。実は、2003年にウィーンで「フィガロの結婚」を聴いていますが、そのときの指揮は小澤征爾で、ケルビーノはアンゲリカ・キルヒシュラーガー。あのときも指揮と歌がかみ合わず、ハラハラしたんですが、またも同じ経験をしてしまいました。
あそこはやっぱり難しいのですかね。
やはり、いろいろな指揮を聴くと勉強になります。先日のウルフ・シルマーが素晴らしかっただけになおさら。羨ましいことにまだまだ若い方ですので。がんばってほしいです!
オケは、先日の「アラベラ」を見た直後とあって、編成の小ささが奇異に感じるほどでした。先に触れたとおり、ピットの床はグッとあげられていて、コントラバスのネックがすごく高く感じました。
これで、フィガロの結婚の話は一段落です。次は11月の「アンドレア・シェニエ」。このオペラ、プチ-二的絢爛な音楽で魅了されています。予習がんばらないと。

ハプニング!──新国立劇場「フィガロの結婚」その2

昨日の公演ですごいハプニングを目撃しました。冷や汗。。
ケルビーノがバルコニーから庭に飛び降りて逃げるシーン。
ケルビーノのポケットには、軍隊の辞令が入っていて、飛び降りた先の庭で落としてしまい、庭師に拾われてしまうという設定なのですが、なんと、飛び降りる直前に、舞台に辞令と思われる冊子を落としてしまったのです! 
あっ、と思っていたら、スザンナを歌ったエレナ・ゴルシュノヴァがさっと拾って、そのままタンスの中に隠れたんですね。
ところが、あとではしごを伝って登ってくる庭師は、ケルビーノの辞令をなぜかちゃんと持っていて、伯爵に差し出していました。あれは予備ですね。
3月の「神々の黄昏」でも、指環がなくなってしまうハプニングがあったそうですが、あのときも舞台裏では大騒ぎで、なんとか予備の指環で凌いだのだそうです。
今回も、舞台の方は肝を冷やしたと思います。でも、これぞ生の舞台のよさなのでしょう。
あすは、指揮について。あえて時間をおいてます。

新国立劇場「フィガロの結婚」その1

行って参りました。今シーズン第二作目の「フィガロの結婚」
このプロダクションは、2003年がプレミエでした。あのときもやはり芸術監督が交代した時期でした。先々代の芸術監督であるノヴォラツスキー最初のプロダクションと言うことで、アンドレアス・ホモキの演出にウルフ・シルマーの指揮という陣容。スザンナは中嶋彰子さんでしたねえ。2007年にも上演しているようですが、私は7年ぶりでした。
2003年の「フィガロの結婚」で忘れられないのが、ケルビーノを歌ったエレナ・ツィトコーワでした。度肝を抜かれましたよ、あのときは。深みのあるメゾで、グッと来まして、この方はすごい! と直観しました。その後、新国には「コジ」(これは聴いていません)、「ばらの騎士」でオクタヴィアン、「ラインの黄金」&「ワルキューレ」でフリッカ、と何度かお目にかかりましたが、やはり2007年のオクタヴィアンは、忘れようにも忘れられません。
それで、今回のケルビーノは、ミヒャエラ・ゼーリンガー。今回も度肝を抜かれましたよ。この方はすごい。ツィトコーワと同じく深い色調のメゾ。文字通りしびれました。演技も巧いし、カッコイイし、言うことないです。案の定、レパートリーはズボン役のオクタヴィアン、作曲家(ナクソス島のアリアドネ)、オルロフスキーときますから。私はこの方のオクタヴィアンを是非にも聴きたい!
別に私がどうこうというわけではないですが、2003年に有名になる前のガランチャを新国で見て、この方は絶対にあがってくる、と思っていたら、本当にスターになってしまいましたからね。ゼーリンガーさんもそうなると良いなあ。
素晴らしかったのは、伯爵夫人を歌ったミルト・パパタナシュ。ギリシア生まれのソプラノで、お美しいだけではなく、堂々とした演技にふさわしい気品のある見事な歌で感動しました。第二幕冒頭のアリアではもううっとりするばかり。気になったのは、後にも触れますが、すごく微妙なアーティキュレーションかなあ。すごく注意しないと分かりませんでしたが。これには別の原因も絡んでくるはずです。
あとは、フィガロを歌ったアレクサンダー・ヴィノグラードフ。エッジの際だつ艶やかなバリトンでした。さすがヨーロッパ人の持つアドヴァンテージ。体格も立派。かなわないなあ。
明日に続きます。