ことしのまとめ

さて、2010年も今日で終わり。全般的に良い年ではありましたが、まだまだがんばれるはず。来年ももっとがんばろう。
毎年恒例の目標総決算を。
* 仕事頑張ろう。⇒ まあまあかな。
* 本百冊を目指しましょう。⇒ 達成した。これはうれしい。
* プロジェクトFFB ⇒ 未達成。。。
* プロジェクトT ⇒ 達成に近づいたが、まだまだである。
* ブログの更新回数 ⇒ 未達成。残念である。
* 体重減らそう。 ⇒ 未達成。体重は減ったがそれは筋肉が減ったから。残念。
* ジムに毎週行こう ⇒ 7月までは達成、8,9,10月未達成。11月、12月は達成。
* 風邪引かないように。⇒ 風邪は引いたが生活に支障なし。ゆえに達成。
まあ、100冊本は読みましたが、もう少しまじめな本も読みたいなあ、と思いました。来年も100冊がんばろう。大事なのは冊数じゃないんですけどね。
NHK音楽祭ハイライトをNHK-FMでやっていたので、ヤルヴィの運命を聞きました。テレビとビデオでも観たのでこれで三回目。テレビのハイライトでは、都倉俊一と緒川たまきが、ヤルヴィの斬新な指揮に冷たい炎を燃やしてたのが印象的。怖いですねえ。

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ドイツ統一戦争── ビスマルクの思い出

あと4回寝るとお正月らしいです。いつものように「もう正月! 早いねえー」などという感想には飽きましたが、最近はむしろ、自分よりひとまわり若い人が「最近時間がたつのがはやくてはやくて驚いてます」と言っているのを聴くときのほうがショックを覚えます。まったく。
最初のドイツ統一の立役者の一人であるビスマルクの銅像。1999年にベルリンにて撮影。当時はまだドイツマルク時代。景気も今より悪くはなくて、まだ希望があった時代。
「ドイツ統一戦争」と題された、教育社歴史新書を読みました。この本、高校時代に読んでいたはずですが、今一度読み直すと、ものすごく興味深くて仕方がありません。高校時代、世界史の授業で、ドイツ統一のくだりを聞いたときの感動は忘れられなくて、世界史の先生に紹介してもらったのがこの本でした。ビスマルクの鉄血政策がテスト問題に出題されて、先生と少し議論したような思い出もあります。
今回読んでみて、なんとも一番興味深かったのは、戦前日本との類似点が多いこと。日本ですと、統帥権干犯問題というのがありましたが、ドイツ(プロイセン)でも同じ問題があったらしい。なおかつ興味深いのは陸軍大臣の立場で、日本においても陸軍が内閣に不賛意だった場合、陸軍大臣を引き上げる、ということをやって、内閣をつぶしたりしていましたが、ドイツ(プロイセン)においても陸軍大臣は議会と軍部の狭間にあって、極めて不安定な立場だったようです。
ドイツ的という言葉は、極めて多義的で、イギリス的とかフランス的という言葉よりも含意を多く含むものです。ドイツ統一に向けて形成されたドイツ的なものとは、プロイセン的な保守主義、反動主義、貴族主義であって、今我々が思うドイツ的とは少し齟齬があります。ですが、これもやはりドイツの一部でありますから、無視しては通れないところです。
ちなみにビスマルクは1815年の生まれで、ワーグナーは1813年の生まれ。両人とも、19世紀後半に、ドイツを高みに押し上げたのですが、両人の延長線上にナチズムが垣間見えるというのは、なんとも複雑な気分です。
そういえば、高校のころ、「小沢一郎はビスマルク的である」という言説を聞いて、なるほど! と得心した覚えがあります。

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さかなクンおめでとう!──ラトルの「歓喜の歌」

だいぶ周回遅れとなったけれど、いい話だったのでエントリー。
22日に行われた天皇誕生日にあたっての記者会見の中で、クニマス再発見について、天皇陛下からのお言葉になんとさかなクンの名前が。これは、天地がひっくり返ったような気分でした。
朝日新聞の記事
さかなクン記者会見(NHKかぶんブログ)
クニマス再発見の立役者は、各種ニュースでは「京都大学中坊教授の研究グループ」と伝えられることがおおくて、さかなクンの果たした役割について詳細に言及する例は少なかった。
NHKのニュースでは、最初からさかなクンが登場していたので、少なくない人がさかなクンの関与は知っていたはずなのですが。さかなクンの果たした役割は少なくないのに、やっぱり世の注目は結局学者に向いてしまうのだなあ、と少々残念な気分でいたのです。もちろん、中坊教授の果たした役割も極めて大きいと思いますけれど。
さかなクンは、折り紙付きの魚類マニアではあったけれど、硬い学界と体び越して、日本のメインストリームから承認された瞬間が、あの記者会見であったはず。拍手喝采。
たとえ、在野であったとしても、厳しい努力をたゆむことなくすすめ、内にこもることなく人と交わり、発信を続けていれば、世に認められることもあるという証左。さかなクンの謙虚で屈託のない人柄によるところも大きいはず。だからこそ、極めて希なケースだし、さかなクンだからこそ出来たことなのだろうけれど。
おめでとう、さかなクン! 私もすごくうれしいのです。いろんな人が勇気をもらったと思いますので。
そして私は予言したい。次の園遊会にはさかなクンが呼ばれるだろう、と。
というわけで、今日も歓喜とともに第九を聞きましょう。ラトル&VPO。チェリビダッケを聞いたときほどの驚きは感じないけれど、ラトルらしいアーティキュレーションへの工夫や、ダイナミクスは健在です。ウィーンフィルの音は幾分か柔らかくて安心できます。ただ、チェリビダッケ&ミュンヘンフィルのような激しい驚きはない。ということは、ラトルの演奏は私にとってデフォルトに近づいているのか。
気がつけばクリスマスになっていましたが、平生とかわらぬ生活を送る一日で、午前中は目白へ向かい、午後は地元にとって返し図書館にて書きもの。これからヨガに行く予定です。

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チェリビダッケの第九を聞いてみる。

いやあ、久々にチェリビダッケで感動。
最近、つとめて第九を聞くようにしているのですが、久々にチェリビダッケらしい演奏で感動しました。10年ぐらい前に発売されたチェリビダッケボックスから第九をば。
テンポの緩やかさは相変わらずですが、それが巧い具合にフィットしていて、たゆたう感じがすごく良いのです。特に第三楽章は本当に素晴らしい。白磁か青磁を思わせる端正で静謐な世界です。会社帰りに聞いていたんですが、結構癒されました。
この感じで田園をふるとどうなるんだろう。早速聴いてみたいと思います。
いよいよ年の瀬ですが、なんだか仕事はやまほどある。公私にわたって。だが、やることが多いと言うことは幸せでもある。くじけずこつこつがんばろう、

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アバウト・ア・ボーイ(2002)

前々から、見たい見たい、と思っていた、ヒュー・グラント主演の「アバウト・ア・ボーイ」をやっと見られました。これは、カミさんの飽くなき執念によるもの。
おかげで、100分という短い時間でしたが、しばし現実を忘れておりました。
goo映画による情報はこちら。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD2117/index.html
主人公のウィル、この人は完全にあっちの世界の人。印税ぐらしで、働くことなくロンドン中央に居を構え、しゃれたデザインの家具に囲まれて暮らしている。で、孤独暮らしを楽しみながら、恋愛を求めてさすらっている。って、こういう生き方って、怠け者の諸氏にとっては、極めて理想なんじゃないか。私も少しあこがれる。
だが、出会った女性に、「あなたはブランク(=もぬけのから、虚無)なのよ」って言われるあたりも、また的を得ている。苦労なく遊び暮らす男はやっぱり女性から見てもかっこわるいらしい。無職の男に近寄るまともな女性はよもやおるまいて。
だが、私は思った。この境遇なら、もっと高飛車で、人に気を遣うこともなく、わがまま身勝手に闊歩しているに違いないのである。高級車を乗り回し、札束でパタパタ扇ぎながら、夜の女を侍らせ、ワインやらシャンパンやらをくらっていてもおかしくない。
ウィルは違う。もう一人の主人公である中学生?ぐらいのマーカスに親身に接したり、マーカスの最大のピンチで助け船を出してあげたりする。わりに普通の常識を持っているらしい。そういう意味では、ウィルは自律できるペルソナであるようだ。わりとまともな教育を受けていた、と言うことなんだろうか。
マーカスというのは、鬱病の母親をかかえるいじらしい男の子なんだが、物語の最終部で、このマーカスのピンチに、ウィルが助け船を出してあげるシーン、あれはちと感動的で、老体にはこたえました。敵が味方になる瞬間というのは、あらゆる物語において感動と高揚をもたらすものなのです。
やはり、映画はためになる。読書で一〇〇冊は(内容はともかく)目標達成できそうなので、来年は映画を見る本数も目標に入れてみようか、と思案中です。

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つれづれ

広島空港近くの三景園にて。絞りを開けすぎたのかもしれない。だが、デジタル一眼ならではの写真かも。絞りをあけて背景をぼかすというテクはあまりに常識だが、初めて実践したときの感動は今でも忘れられない。
さて、年末を控えて、忙しさも増しています。でも、忙しさを外に出すことほどみっともないことはないんだそうです。これ、学生の頃から漠然と思っていたんだが、最近つとにそう思う。せせこましくてけちけちしたうつせみにあっては、なおさら、気をつけないと、と思うようになりました。
それから、知人によれば、アメリカだと、急いでいる姿をみせるということは、実にみっともないことらしい。気をつけないと。
今年は、いろんな意味で多くを学んだ一年間で、有意義でした。そういう意味では良い一年だったはず。来年は、結果がでるともっと良いですなあ。

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この本もヤバイ──深海のYrr

いやあ、ヤバイですねえ、この本は。
会社の後輩が読んでいたので、借りて読んでいるのですが、激しく破滅的なストーリーが素晴らしいです。
緻密細緻な研究に裏打ちされた科学的見解と堅牢に組み立てられた物語世界は揺るぎないもの。近い将来、この小説に描かれた世界の破滅が、現実のものになるかもしれないなあ、などと。
ちょっとした現代批判も織り交ぜてあって、ありがちな指摘だけど、さもありなむ、とも思います。
しかし、膨大な研究と取材をされているはず。こういう仕事にあこがれる。
wikiでは、記述に誤りがあるとか、盗作疑惑、冗長すぎる、なんて言うのもあるけれど、えてして成功者は批判されるものです。気にしちゃイカン。それに冗長だとは全然思いません。文学に埋め草は必要だし、そうした埋め草こそ楽しまないと。
2011年に映画化なんだそうです。見てみたい。
とりあえず、海の近くに行くのが怖くなります。日本は津波の被害が大きいところですから、なおさらリアリティがあります。
上中下の三巻組でして、中巻をもう少しで読み終わろうとしているところ。あと2冊で、年間100冊達成。今年は行けそうだなあ。

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小澤征爾復活

小澤征爾が復活公演で、ブラ1を振っているのがニュースで何度も流れていました。
私にとっては小澤征爾といえばブラ1です。中学生のころにサイトウキネンのドキュメンタリーを見て、感動したのが忘れられません。あんなにきれいな弦の音は聴いたことがない、と思ったのを覚えています。ブラームスは、昔だと1番が好きでしたが、最近は3番かもしれない。2番は明るくて少し気恥ずかしい、と思っていました。ブラームスは暗鬱な北ドイツを思い起こさせるものでないと、などと。でも、歳を重ねると徐々に受容できてくるものなのですね。
歌曲ばかり聴いているシリーズ、今日も元気に聞いています。たまたまですがヘンデル「リナルド」の「Lascia Ch’io Pianga」が連続して流れてきました。シャッフルモードなので、何が出てくるか分からないのです。最初は森麻季、次にプティボン。プティボンの声は中低音が充実していて、心温まります。そうか、だが、この方は悪女的だったんだ。心温まっている場合ではないのかもしれない。
で、なんと、今日で1005曲終了。全部集中して聴けたわけじゃないですが、すごく楽しかった。良い勉強になりました。
ラ・フロシキー箴言録「人に見放されるのも苦しいが、人を見放すのもまた苦しいものである」
ビスマルクの言葉「賢者は歴史に学び、愚者は経験でしか学ばない」

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女王は誰? 

先日から、いまさらのように観ていた、ウィーン国立歌劇場の芸術総監督であるイオアン・ホレンダー氏のフェアウェル・ガラですが、昨日ようやく見終わりました。いやあ、本当に面白かったです。
後半のハイライトは、ネトレプコが歌うマスネの「マノン」からのアリアである「私が女王様のように路を行けば」。
宝石の歌~アンナ・ネトレプコ/ ヤング・オペラ・ヒロイン
ネトレプコ(アンナ) ウィーン国立歌劇場合唱団
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私は、「マノン」を通しで聞いたことはありませんでしたが、この曲は知っていました。「若さの特権を行使しよう。人生の一度の二十歳なのだから」という、なんだか今から思うと、ほろ苦い感覚もある歌詞ですが、まあそれはそれはネトレプコの巧さはすごいです。もっとも、映像つきなので、ネトレプコの美貌にだまされているのかもしれませんが。ネトレプコは少々太ったのではないかと思います。子供も生まれたようですし。
この曲、後ろで歌っている男声合唱が効果的です。だらしないマノン信奉者たちがマノンに媚びへつらっているという図式が見て取れるのですから。同じ男性としてはすこし情けない気分にもなりますけれど。
そういえば、2004年の夏に浜松まで出かけてネトレプコを聴きに行ったことがありました。小澤征爾音楽塾で、ネトレプコはムゼッタを歌っていましたのですね。当時は、深く憂いを帯びた声がすばらしいと思いましたが、ムゼッタのワルツだけじゃ物足りなかったです。あのころに比べると、今は比べ物にならないぐらいの世界的名声を勝ち得ています。実演に触れるためにはいまや一万円札が何枚も必要になりそうです。
今、iPodに入っているる歌曲アルバムを全曲聴く、というプロジェクトを進めていますが、プティボンが「マノン」の同じアリアを歌っている音源も聴きました。
フレンチ・タッチ
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プティボン(パトリシア) リヨン国立歌劇場合唱団
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ネトレプコがあでやかな美しさ、ある種健康的な美しさであるのに対して、プティボンは、凄みのある美しさで、近づいたものを焼き尽くすような力を感じました。魔性の女的な。いや、魔性の女以上。こういうのを悪女というのか、という感じです。
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歌曲のトラックを聴き倒す一週間

私のiPodに入っている、クラシック系ヴォーカル曲をシャッフルして聴いています。極めて受動的な聞き方で、後ろめたさもあるのですが、普段聞かない音源にもたまには目を向けてみようということで。
全部で1005曲あって、気が遠くなりそうですが、興味深いトラックがいくつもあって、楽しいです。印象深い歌い手さんは、プティボンとパヴァロッティ。月並みですが。オッターやガランチャもすばらしい。
プティボンは変幻自在な声を出します。あるときはこまっしゃくれた小娘のような、少し媚びのある声だし、あるときは深く情熱的な激しい声を出したり。一度実演を聞いてみたいです。
フォーレの歌曲集も、なんだかアンニュイな感じで、心地いい。フランス語分かりませんが、今からでもがんばるかなあ。。。これ、分かるようになると、人生が光り輝きそうです。
あとは、三大テナーも何曲か聞きましたが、甘い歌声のドミンゴ、麗しきパバロッティ、情熱のカレーラス、といったところでしょうか。ドミンゴもこのころはまだ声が太くてかっこいい。しかし、パヴァロッティのポップスはあらゆる意味で面白い。
それから、マーラーの歌曲も良いですねえ。亡き子をしのぶ歌、さすらう若人の歌は、マーラーの交響曲群の外伝的な位置づけで、めちゃくちゃカッコイイし、興味深いし、感動的。
ブラームスの歌曲は聴いていて安心してしまいます。安心しすぎてすこし物足りなささえ感じる。ブラームス狂いだった時期もあったので、ある種の懐かしさ。心が和みます。
まだ500曲ほどしか聞いていないので、まだまだ隠れたお宝がたくさんでてくるはず。あと一週間はかかりそうです。

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