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2011年4月アーカイブ

 

残念なニュース

 

新国立劇場4月公演の「ばらの騎士」は、出演者の変更にくわえて、初日の4月7日公演が中止となりました。

お知らせページ

 

4月7日公演のS席、A席の方のみ、13日(14時開演)、19日(18時開演)、22日(14時開演)への振替が可能ですが、B、C、D席の振替は行われないそうです。また、当然ながら10日(日)、16日(土)の休日公演は、すでに満席と思われ、振替ができないようです。

 

  • 元帥夫人 カミッラ・ニールント から アンナ=カタリーナ・ベーンケ  
  • オクタヴィアン ダニエラ・シンドラム から 井坂 恵
  • ファニナル ペーター・エーデルマン から 小林 由樹
  • ゾフィー アニヤ=ニーナ・バーマン から 安井陽子

 

ニールントがいらっしゃらないのは本当に残念。あんなに楽しみにしていたのになあ。少し複雑なのがアルミンク。なぜ振ってくれない?? 

 

だが、フランツ・ハヴラタはそのまま出演してくれます。嬉しい限り! 

 

私はどうするのか?

当初4月10日(日)公演がアサインされていたのですが、10日は東京春音楽祭のローエングリンを聴こうと思い、新国ばらの騎士については4月7日(木)にエクスチェンジしたのでした。ところが、新国4月7日がキャンセルになってしまうと言う不運。本来なら13日、19日、22日のいずれかに変更する予定でした。いずれも平日ですので、仕事があり、厳しい状況です。

ところが、この週末に新国立劇場から電話がかかってきました。本来なら、振替申し込みは4月4日から開始のはずですが、シリーズ券を買っていたから、気を遣って電話してくれたのだと思われます。それで、ダメもとで、エクスチェンジ権を使って4月10日公演に変えられませんか? と聴いてみました。10日のローエングリンも中止になっているからです。すると、なんと1席だけ空いていると言うではありませんか。というわけで、滑り込みで10日(日)に行けることになりました。胸をなで下ろした次第。

 

エクスチェンジ権:シリーズ券を買うと、自動的に日程がアサインされますが、どうしても都合が悪い場合は、年間3回のみ、エクスチェンジ権を行使し、同一演目の他日程に振り返られます。

 

こんなご時世でオペラというのも気が引けますが、自粛ばかりしていては先すぼみになってしまいますので、あえて行ってきます。

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Richard Strauss

最近、どうにもブログを書く時間が捻出できません。この一年ですっかり忙しくなってしまい、帰宅時間も遅くなり、巡り巡って夜型生活になってしまいましたので。本当なら、外出先でスマホかPCでかけると良いのですが。ここは踏ん張りどころだと思っています。

さて、昨日の新国立劇場「ばらの騎士」の話です。

えらく感動しました。泣いて、笑って、感情があっちへこっちへと揺さぶられました。もっとも、始まる前から、イタリア人歌手の旋律を思い出して泣いちゃうぐらい、昂ぶっていましたが......。

そんな状態ですと、もう序奏のホルンで陥落でした。第一幕も泣き、第二幕も泣き、第三幕も泣き......。そして、オックス男爵の立ち振る舞いに腹を抱えて笑ったり。

記録によると、私は79回オペラの実演に触れているようですが、個人的な感動具合で言うと、おそらくは5番手以上2番手以下でしょう。もちろん1番手は、2007年6月の同じく新国立劇場における「ばらの騎士」でした。あのときの贅沢なキャストとはいきませんでしたが、もう私の泣き方は、2007年とあまり変わらないかもしれない。

そういえば、10年ほど前、会社の女性の先輩に、ストレス解消の方法として、涙を流して泣く、というのがいいよ、と薦められたことがありました。カタルシスってところでしょうか。

少しずつ書きます。毎日書くのが大事だと思われるので。

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Richard Strauss

今回の公演で、私がもっとも楽しみにしていたのが、フランツ・ハヴラタ氏。

氏については、先日もブログに書きましたが、私がシュトラウス最後のオペラ「カプリッチョ」にはまるきっかけとなった映像にラ・ローシュ役で出ておられたのですね。この映像、2004年にパリのオペラ座で収録されており、指揮はウルフ・シルマー、伯爵夫人はルネ・フレミングという豪華さ。ロバート・カーセンの演出も言うことがないものでした。

フランツ・ハヴラタ氏、ラ・ローシュの遠大なモノローグを朗々と歌い上げ、すごく格好がいいんですが、その方がオックス男爵をうたうとどういうことになるのか? とても楽しみにしていたのです。

結果ですが、前回2007年のばらの騎士でオックス男爵を歌ったペーター・ローゼは、上品過ぎたのだ、ということが分かりました。

ハヴラタの演技は、それはもうすさまじいほどの田舎者っぷりで、抱腹絶倒。部屋の奥のほうでベッドに倒れこんだとき、足をハの字に広げてベッドに倒れこむのが見えるんですから。まあ、演出演技なんだろうけれど、あそこまで自然体で巧くやられてしまうと、こちらも、ためらいなく笑ってしまう。

それから、彼の目つきがまたすごい。なにかどんよりと曇っていて、覇気がないながらも、油断なく辺りを見回す抜け目のない男、という感じのオックス像を描き出していました。

歌もいいですなあ。カプリッチョの映像で聞いたハヴラタの声より、実際の声のほうがエッジが聞いていて、それに加えてつややかさもあるのですから、ちょっともうこんな声を聞いてしまうと、普通の声が聞けなくなってしまう。発声法が故なのか、体格が故なのか。

ハヴラタ、カーテンコールではもうすさまじい拍手とブラボーの嵐でした。私もちゃんとブラボーと叫びました。また大好きな歌手を見つけてしまいました。

また、会社休んで行きたいぐらいです。無理だけど。

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音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)
岡田 暁生
中央公論新社
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ばらの騎士について書こうと思っていましたが、下書きが手の届かないところに言ってしまいました。元帥夫人を歌ったベーンケについて書こうと思いましたがそちらは明日に致します。

今日は、岡田暁生氏が書かれた「音楽の聴き方」という本について。中央公論社新書ですので、私のように音楽の専門教育を受けていないものでも楽しめるように、そしてなによりとても勉強できるような作り方になっています。

この一週間ほど、通勤時間で集中的に読んだり、気づいたところを拾い読みするなどして、楽しんでいます。通勤時間は会社勤めに残された最後のリゾートですので、十分に楽しめています。

詳しくは本日は書きませんが、最後に出てくる岡田氏がまとめた虎の巻的音楽の聴き方のなかから一つだけ。岡田氏曰く、良いものばかりを見るのではなく、あまり良くないと思われる演奏や作品と触れることも大切なのだとか。よく、「良いものばかり聴いていれば、善し悪しは自然とわかる」というようなことが言われますけれど、やっぱり何かしらできの良くない演奏を聴くことも重要だと思います(もちろん自由な範囲内で)。私はこれを大学時代に体得していたようです。

あとは、アドルノのトスカニーニ批判の話が出てきたり、岡田氏自身の希有な体験を読めたり、と本当に読んでいて楽しいです。

年度始めは本当に忙しいです。普通なら決算で山を超えるのでしょうけれど、私の現状から言うと。地震対応や、みずほ銀行対応などに従事した結果、仕事が降り積もっていて大変です。まあ、仕事があるうちが良いのでしょう。

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Richard Strauss

今回の公演、当初は、2007年6月の新国立劇場「ばらの騎士」で元帥夫人を歌ったカミッラ・ニールントが再び元帥夫人として登場するはずでした。2007年の元帥夫人はあまりにすばらしく、私は新国立劇場のアンケートに毎回毎回2007年のニールントがすばらしい、と書き続けていました。それが関係したのかは良く分かりませんが、ともかく異例とも言える再登場ということで、大変期待していたのです。

ところがこういう事態となってしまい、ニールントの来日はあたわず。ヨーロッパの方々の放射能アレルギーは、チェルノブイリというトラウマもあるので、日本とは比べものにならないほど。いたし方がないことだと思います。

そんな中でも、"アンナ=カタリーナ・ベーンケ":http://www.anna-katharina-behnke.com/1-1-Biography.htmlが、ニールントの変わりに来日してくださいました。

この方、イゾルデ、サロメ、エレクトラ、ゼンタをレパートリーに持っています。どちらかというとテオリン的な激しい面も持っている。一方で、ジークリンデやグートルーネも歌える、すこしたおやかな面も持っている。元帥夫人もこちらの部類。だから、第一幕最期の決然とした元帥夫人、第三幕の毅然たる元帥夫人はとてもすばらしかったです。

ヒロインの感動的な登場といえば、蝶々夫人の登場シーンがありますが、ばらの騎士第三幕の元帥夫人登場の場面もすばらしいものがあります。あの荘重華麗な音楽に合わせて毅然として登場するシーン。ほとんど神格化されているともいえます。今回の公演では、あそこで黒いドレスを着たシックなベーンケが登場する。息を呑みました。

私は、ベーンケの姿に感動して、幕間に写真を買いました。暇のあるときに取り出して、あのときのことを思い出し、元気をもらっています。私は本当にミーハーな人間です。

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先週の土曜日、あるかたからチケットをお譲りいただいて横浜みなとみらいホールにて日本フィルの定期演奏会に行ってまいりました。

  • ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
  • ラヴェル:ピアノ協奏曲
  • ドビュッシー:交響詩「海」
  • ラヴェル:バレエ音楽《ダフニスとクロエ》第2組曲

指揮:広上淳一
ピアノ:小菅優
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団

久々のオーケストラのコンサートでした。席はほとんど最前列で、指揮者の真後ろ。さすがにこの列になると、オケ後方の金管や木管は聞こえにくいですが、最大音量の迫力はもうなんともいえないもの。幸福でした。

フランス音楽に詳しい友人がいることもあって、なんだかフランス音楽を聴いて云々するのは昔から苦手でした。いきおい、自分から聞く機会も少ない。そういう意味では、今回のコンサートはすごく新鮮で楽しかったです。

まあ、良く言われるように、ドビュッシーは印象派的であるというわけですが、そういう御仕着せな連想は当然浮かぶのは仕方がないです。ラヴェルの「ダフニス」は、大好きですので、幸福感絶頂です。冒頭、鳥の鳴き声がたくさん聞こえて楽しいです。田園や巨人とはまた違う鳥のさえずりでした。

ラヴェルのピアノ協奏曲、久々に聴いたのですが、ジャズ的といわれているとおり、ガーシュインと見まがうテンションフレーズで、ニヤリと笑ってしまいました。

指揮は広上さん。予定されていたピエタリ・インキネンが来日できず、急遽登板でした。すこし粘っこさのある音作りではありますが、それは同じく2月の新国立劇場「椿」での広上さんの指揮を聞いたときも少し感じました。しかしながら、それ以外の違和感を感じることはなく、逆に、弦楽器を緩く歌わせるあたりは、実に感動的で、涙を流してしまいました。ダフニスとクロエなんて、もう私自身が溶融してしまった感じ。

岡田暁生氏の「音楽の聴き方」に「音楽は見て分かることもある」という一説がありましたが、あれ、まさにその通りです。舞台がすぐ傍にありましたので、演奏者が何をやっているのかつぶさに見ることができました。そういう意味でもすごく楽しかったです。やはり実演はいいですね。ですが、今後はそうそう行くこともできなさそうで、落ち込んでいる次第。

最後、日本フィルが、被災地で音楽活動をするとのことで協力を促すスピーチがありました。その中で広上さんは「自粛を自粛しよう」とおっしゃっていました。こういうとき、真っ先に切られるのは文化活動ですので、我々も自身でできる範囲で何かしら支えていく努力が必要だ、と思いました。原発問題も経済復興も大切ですが、そうした動きに何かしらの違和感を感じてしまうのも事実ですので。

あとは、あらためて思ったのが、客層の平均年齢が高いということ。これは少し残念。新国立劇場でもそうですが。音楽全体が力を失っていますが、クラシックもその中にあって、ますます力を失っているセクターでしょう。何をすればいいのか。文化全体を考えるだけではなく、社会全体を考えないといけない。コンサートホールやオペラハウスに閉じこもっていてはいけないのだなあ、と思います。

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Richard Strauss

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EMI Classics (2006-05-29)
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今宵の通勤リゾートはハイティンクの「ばらの騎士」でした。EMIのボックス盤です。

指揮:ベルナルト・ハイティンク
管弦楽:シュターツカペレ・ドレスデン (SKD)
元帥夫人:キリ・テ・カナワ
オクタヴィアン:アンネ・ゾフィー・フォン・オッター
ゾフィー:バーバラ・ヘンドリックス
オックス:クルト・リドル

ハイティンクのドレスデン時代の録音。私は、ドレスデンサウンドが大好き。ウィーンの甘やかな音色、ベルリンフィルの均整の取れた剛健な音色、いずれも素晴らしいですが、ドレスデンの音色は、冬空のきりりと澄み切った青空のよう。音が良いというのは、ハイティンクのバランスのよさもありましょうし、あるいはシュターツカペレ・ドレスデン自体の響きであったり、録音場所にもよりましょう。

テ・カナワの元帥夫人はゆったりしているし、オッターのオクタヴィアンは定評あるもの。ヘンドリックスのゾフィーは、まだ可愛らしい少女のよう。リドルは、マジカッコイイ。たとえば、あのロングトーンはそうそう聴けるものではありません。

気になる点は二つのみ。

ひとつは、とある方のロングトーンのピッチが微妙にフラット気味なこと。これは、もう何とも言い難い。ですが、私が気づいたのは二カ所のみ。その他においては問題はありませんし、かえって素晴らしいぐらいなんですから。ちなみに、この同じロングトーンの場所で、やはりピッチがずれている別の録音も持っています。難しいのでしょう。

もうひとつは、クルト・リドルのオックス男爵がスマートすぎると言うこと。リドルは本当に巧い歌手で、低い声がまっすぐに響き渡り、ビブラートの素晴らしさも相まって、素敵すぎるのです。

ですが、ここまでスマートだと、オックスは粗野でもなく乱暴でもない英雄に聞こえてしまいます。私はクルト・リドルがワーグナー「ワルキューレ」フンディングを歌ったのを新国立劇場で聴いていますが、ドスのきいた悪役たる素晴らしいフンディングでした。なんだかそのイメージが抜けません。

今月の 新国立劇場の「ばらの騎士」 では、オックスを歌ったフランツ・ハヴラタのコミカルな演技を見たあとだけに、そう言う見方になるのかもしれません。

繰り返しますが、クルト・リドルは素晴らしいです。それは間違いありません。私のこの感想も、もう少しすると変わるはずですが、今はハヴラタに浮かされているので、勘弁してください。

新年度が始まり、もう20日も経とうとしております。震災から1ヶ月と8日ですか。徐々に我々の生活にも、前とは違う影響がじわりと忍び寄っているようです。ですが、そうしたときでも守らねばならぬものもあるはず。微力ながら、何か出来ないか、と色々考えているところです。近い将来具体化するはずです。楽しみだが、がんばろう。

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Berg

このネタは、有名な話で、きっとご存知の方が多いと思いますが、興味深いので書いてみます。

いまから25年前の、1986年8月17日、イギリスのオブザーバー紙に掲載されたエピソードです。

どうやら、アルバン・ベルク夫人であるヘレーネ・ベルクは、オーストリア皇帝フレンツ・ヨーゼフの庶子なのではないか、という説があるのだそうです。ヘレーネの母親はアンナと言いますが、どうやら、1875年5月8日に、公園を散歩中のフランツ・ヨーゼフと出会い、皇帝の心を奪ったらしいのです。それも、アンナは、どうやらフランツ・ヨーゼフと出会うために、わざわざ皇帝の散歩の時間を見計らっていたのだとか。アンナは当時15歳。したたかすぎます。今時の女子高生と同じです。

私は、「失われた時を求めて」で主人公がゲルマント夫人と出会えるようにわざと散歩をしていた、というエピソードを思い出しました。アンナはどうやら「ゲルマントの方」への鍵を手に入れたようです。

フランツ・ヨーゼフの皇后は、19世紀末の欧州の王族の中で最も美しいとまで言われたエリザベートですが、エリザベートはウィーン宮廷の雰囲気になじめず、旅に出ることが多かったようです。皇帝は皇后を愛していましたが、皇后は留守がちであったそうです。が故に、皇帝は愛人を囲った、あるいは囲えたのでしょうか。

アンナは皇帝との間に二人の子供をもうけました。一人はヘレーネ、もう一人は、皇帝と同じ名前を持つフランツ・ヨーゼフ。アンナは、皇帝の計らいで、フランツ・ナホヴスキーという男と結婚しますが、これも皇帝の計らいでフランツはガリシアへの長期出張を強いられたのだとか。

結局、愛人を作るような男は、飽きっぽいと見えて、皇帝は別の女性に惚れてしまい、アンナとの関係を清算することになります。

アンナと皇帝の娘とされるヘレーネ、はアルバン・ベルクと結ばれることになりますが、もう一人の庶子であるフランツ・ヨーゼフはどうなったか? 彼は、フランツ・ヨーゼフ皇帝の生誕100周年式典で、皇帝の棺に自分の切断した小指を置くという行為に走り、精神病院に収容されてしまいます。

この「ヘレーネ・ナホヴスキー・ベルクはフランツ・ヨーゼフ皇帝の庶子である」という事実は、フォルカー・シェルリースによる「アルバン・ベルク──生涯と作品──」(1985)の邦訳に付け加えられた宮川尚理氏による「追記」において、「皇帝の私生児であることがほぼ確認されている」(245ページ)と言及されており、また日本アルバン・ベルク教会により1986年に出版されたベルク年報(1986)においても、オブザーバー紙のハードコピーとともに掲載されています(92ページ)。

私は、アルバン・ベルクの音楽も大好きですが、それ以上に、彼の人生を巡る数々の妖しく不思議な挿話にも興味をそそられます。ベルクの陰惨で妖艶で怜悧な音楽を聴く度に、なにか不安な気分になり、それがまたなにかしらの快感を覚えずには居られないのは、こうしたベルクにまつわる挿話があるから。

これらの挿話は、至る所で取り上げられていますが、折を見てこの場で紹介したいと思います。

※ 画像は、シェーンベルクにより描かれたヘレーネ・ベルク。

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Tsuji

最近、どうにも齢を重ねたらしく、今まで見えなかったものがずいぶんと見通しよく見渡せるようになりました。

それとともに、辻邦生の作品への理解の質的変化を感じています。昔は、確かに理解していたかもしれません。ですが、今は理解を超えた理解になっている気がする。頭で分かっていたものが、腹の底から分かった、という感じ。

辻邦生の嵯峨野明月記で、本阿弥光悦が加賀の国へと出かけた歳に、海岸に経つシーンがあったと思います。あそこでは、打ち寄せる波の連続が、世の為政者の不断の変遷が、なんらの必然性を伴うことなく繰り返されるという、ある種の諦念の感覚だったのですが、なんだかずっしりとその考え方と一体化した感じです。

それから、俵屋宗達が行った「世の中は背理である。そこにあるのは哄笑だけなのだ」というセリフ。ずいぶんと心の中に残っていますが、今までとは違って腹の底にしっかりと座っている感じです。私も歳食ったんですねえ。

それから、同じく辻邦生「嵯峨野明月記」の以下の部分。

歳月の流れというどうにもならぬものの姿を、重苦しい、痛切な気持で認めることにほかならなかった。しかしだからと言って、そのゆえに行き、悩み、焦慮することが無意味だというのではない。そうではなくて、それは、むしろこの空しい思いを噛みしめることによって、不思議と日々の姿が鮮明になり、親しいものとなって現れてくる、といった様な気持だった。(中略)すべてのものが深い虚空へ音もなく滑り落ちてゆく、どうすることも出来ぬこの空無感と、それゆえに、いっそう息づまるように身近に感じられる雲や風や青葉や光や影などの濃密な存在感とに、自分の身体が奇妙に震撼されるのを感じた。
辻邦生『嵯峨野明月記』中公文庫、1990、210頁

なんだか、いろいろ分かってきた感じです。

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えーっと、今日はこんな気分です。
Some Skunk Funk !

  • この音源のリヴァーヴ感はたまらん。
  • マイケル、めちゃ音イイ!
  • ライヴだから、走る走る。
  • 20年前、ジャズ研の合宿で、夜中に布団かぶってみんなで観て興奮したのを思い出す。
  • デニチェンのバスドラカッコイイーーーー!
  • ウィッティのシンセ、時代を感じさせるレトロな音。

いろいろと立ち上げ準備中。時間がかかるが、少しずつやろうと思います。
物欲もそろそろ臨界へと近づきつつある。ホウ酸を大量に飲みたい気分です。

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唖然。。。。

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ヤノフスキのリング抜粋版を聴いていましたが、どうも音が今ひとつに感じていました。iPodとBOSEのクワイエットコンフォートの組み合わせです。いままでそんなに悪いとは思わなかったはずなのですが。

それで、帰宅してPCにゼンハイザーのHD600というヘッドフォンをつないで聴いていたんですが、これで聴くとかなり音がイイ。そもそも、このHD600って、まだ若くてバブルだった頃にボーナスで買った代物で、たしか5万円ぐらいしたと思います。低音から高音までまんべんなくクリアな音が出るもので、買った当初はのけぞっていました。今は、HD650という上位機種となっているようですが、ずいぶん値が下がっています。

その後、オーディオに投資する予定もありましたが、今まで実現していません。ハードウェアより、実演の方が良いなあ、と。でも、こっちのほうが贅沢かもしれませんけれど。でも、ずいぶんと素晴らしいスピーカーを見つけて、買う寸前まで言ったりしました。PIEGAというスピーカーでした。影のない女を聴いていたんですが、音が三次元でした。あれは忘れられない。

思うに、私のような借家住まいで、夜中しか自宅に居られないサラリーマンには、音量を上げてステレオを愉しむなんてできない相談です。それよりも、ヘッドフォンにお金をかけて、通勤時間や夜中に一人で音楽を聴くことが喜びになります。

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Wagner

幼い頃からの夢ないしは目標は、おそらくはこの長大なオペラを聴くことにあったと思います。

19世紀後半以降のクラシック音楽の趨勢を決めた天才作曲家のリヒャルト・ワーグナー。彼の作曲した数あるオペラの中でも、記念碑的な作品である「ニーベルンクの指環」は、4つのオペラを組み合わせた長大なもので、上演に4日間かかるという大作です。作曲には26年の長い期間が費やされ、1867年に、ワーグナー専用のオペラハウスであるバイロイト祝祭劇場で初演されました。

私は、幸いにも、2009年3月から2010年3月にかけて、東京初台の新国立劇場で上演された「ニーベルンクの指環」の実演に触れる機会を持つことが出来ました。そのときの驚きは、当時書いていたウェブログにまとめられていて、今でも時折読み返して、当時の感動と興奮を追体験しています。

ウェブログの過去文書は、そのままでは振り返ることが難しいです。ここでは、ヴァルキューレ、ジークフリート、神々の黄昏の3曲に絞ってまとめ直し、新国立劇場での公演を振りかえってみたいと思います。

つづく

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2012 年 5 月 21 日
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2011年4月更新率
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