カラヤン帝国の興亡をたどる──中川右介「カラヤン帝国興亡史」

暑いです。コンクリートジャングルもやはりジャングルなんですか。。今日は外を歩く機会が多かったのでなおさらです。普通はオフィスからでませんので、体はインドア仕様になっていますので。

はじめに

中川右介さんの「カラヤン帝国興亡史」を読みました。
カラヤンの事績を振り返ることで、戦後ヨーロッパ楽壇の見取り図が、ほんとうによくわかります。おすすめです。

ベルリン・フィルは二番手だった

私がクラシックを聴き始めた10歳ごろ、グラモフォンが出していたクラシックベストシリーズのカセットテープは、すべてカラヤンとベルリン・フィルでした。これらが私のデフォルト音源。ですのでカラヤンとくればベルリン・フィルとなるわけです。
ところが、実際には、ベルリンは二番手でしかなかったのですね。カラヤンにとって本当に大事だったのはオペラだったようです。ウルム、アーヘンのオペラ監督を勤めたカラヤンです。また、小澤征爾も、カラヤンがオペラを大事にしていたと言っていました。
そういう意味では、ドイツ・オペラの最高峰であるウィーン国立歌劇場がカラヤンにとっては最高の獲物なわけです。
カラヤンの政治力というものは、自分の芸術のための方法論だったのでしょう。カラヤンにとってはウイーンやベルリンを得て、オペラを振らなければ自分の芸術を表現する事ができないと考えた。であるからこそ、ヒトラー譲りの政治的駆け引きで、ポストを手に入れたということでしょう。
出来る人はこうやって獲物を狩るのですね。
この本では、そうしたカラヤンの狙いと思惑、そしてやり方がよくわかります。ある意味、英雄が戦いに勝利する場面を見る戦史シリーズとでもいえましょう。爽快感すら覚えます。

天才でも失うものはある

実際、ウィーン国立歌劇場でカラヤンは8年にわたって監督職に就きますが、これは平坦なものではありませんでした。
ウィーン的というやり方、つまり、表では微笑み、裏ではあざ笑うといったたぐいの、一筋縄では行かない駆け引きがあったようです。カラヤンはもちろんヒトラー譲りの政治力を持っていて、同時期にベルリン・フィル、ザルツブルク音楽祭、ウィーンフィルを手に入れるのですから。
それでもなお、失うものがあるとは。
どんな天才でもすべてを手に入れることはできない、ということですね。人間誰しも、その場その場でその人なりの悩みを抱える、ということですね。

エーリヒ・クライバーのこと


この本を読むと、エーリヒ・クライバーがウィーンに戻りたくても戻れるわけがない、と思いました。
エーリヒはウィーンのポストが本当に欲しかったと思います。ですが、エーリヒはこうした権謀術数に長けているわけではありません。
エーリヒは芸術を最上のものとする信念の人です。にも関わらず、政治的な動きをしません。伝記には「政治に疎い」とまで書いてあります。筋を通すためであれば、最上のものとするべき芸術でさえ犠牲にしてしまいます。
東ベルリン当局と衝突して、ベルリン国立歌劇場再建目前にして、芸術監督職を辞任するのは、本当にもったいない話です。

おわりに

この本の前編として「カラヤンとフルトヴェングラー」という本があります。こちらも近々読む予定。最近読書が楽しいです。

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