辻邦生没後15年によせて その6  「夏の海の色」の思い出

辻先生が戦時中に疎開をしていたのが、湯河原の吉浜です。
先日も少し触れましたが、10年ほど前、小田原近辺の事業所に勤めていたことがあります。その職場でご一緒した先輩が湯河原の吉浜に住んでいました。その先輩のお父上のご葬儀に参列したことがあります。葬儀の会場のお寺ですが、私はあのお寺は、「夏の海の色」に出てくる宿舎ではないか、と、思っています。
小田原で会社の飲み会があったあと、その先輩を家に送り届けるために(飲酒していない)別の先輩が運転する車で、夜中に小田原から湯河原まで車で走りました。夜の相模湾は黒々とうねっていて、その黒光りするうねりに真っ白な満月の光が反射したのをみたのです。あまりの神々しさ、あるいはあまりの崇高さに声が出なかったのを覚えています。その風景がどうしても「夏の海の色」の世界にみえるのです。

そうした夜、寝床から這い出して窓から外を覗くと、月が暗い海上に上っていて、波が銀色に輝き、本堂の裏手の松林の影が、黒く月光のなかに浮び上がるのが見えた。

これが辻先生が「夏の海の色」で書かれた文章です。おそらくは同じ風景を見ておられたのではないか、と勝手に想像しています。
あらすじはこちらをどうぞ。もう少し詳しく考察が書いてあります。満月が海に反射するということは、南側が海だということだから、太平洋側に違いない、といったところです。
<夏の海の色:■赤い場所からの挿話 IX>「夏の海の色」
私が吉浜に行ったことがあるということで、なにか奇縁だな、などと思ってしまう我田引水ぶりに苦笑しております。。
今日のノンアルコールな一日でした。体重はもっとも太っていたころから比べると6キロ近く減りました。うれしいのですが、あまりの減りぶりにすこし不安でもあります。。
それではグーテナハトです。