ショスタコーヴィチ《革命》に隠された謎

昨夜の「らららクラシック」はショスタコーヴィチ交響曲第5番が取り上げられていました。この曲は社会主義リアリズムに基づいたもので、社会主義革命を賛美する楽曲である、というのは有名な話。ですが、実際にはショスタコーヴィチはそんな気はつゆぞなかったのだが、体制と折り合うために、やむなく作ったのでした。昨夜の番組の中では、この曲に隠された意味が取り上げられていました。ビゼー《カルメン》の中に登場する「ハバネラ」の楽節が第四楽章で登場します。その楽節に当てはめられた《カルメン》における歌詞は「信じてはいけない」だそうです。つまり、「革命なんて信じてはならない」ということメッセージが隠れていたというわけです。

ところがです。私は念のため《カルメン》の楽譜を見ました。そこ信じてはならない、という意味のフランス語を見出しました。Prends garde à toi というものです。フランス語の素養がありませんので(この件については現在激しく後悔してますが)、Google翻訳を通してみました。すると別の意味が出てきます。直訳だと「あなた自身のために外を見る」です。あれ、「信じてはいけない」とまではいってません。もう少し砕けて解釈すると「気をつけろ!」ぐらいだと考えます。つまり、昨日の番組の文脈で捉えると「革命には気をつけろ!」ぐらいのニュアンスになりそうです。

さて、ネットでいろいろ調べてみると、この点について指摘されている記事も見つけました。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~smacky/classic3.htm

そこには、昨夜の番組で「ラ音は「私」を意味する」とは異なる解釈も。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~smacky/index.htm
ショスタコーヴィチの真意は何だったのでしょうか。ここから先は私の感想ですが、思うに、ショスタコーヴィチほど才能のある人が、「ハバネラ」の楽節を仕込むでしょうか。そうした「真意」は、おそらくは党のお偉方には気付かれないでしょう。しかし、音楽家であれば容易に気づくに違いないのです。その時に、「革命に気をつけろ?」とか「革命を信じるな!」ということを容易に推察されては困るわけです。
だから、おそらくは別の意味も用意していたはず。
「いや、この曲は革命を賛美していますよ。ですが、あの部分は確かに「ハバネラ」に似ていますね。じつは、私の古い恋人に向けたオマージュでして。でもそれ、妻には言えませんでしょう。ですから、隠しておいたのです」という別の意味にも捉えるようにしておいて「でも、言われてみれば反革命に取られてしまいますね。偶然です。そこまでは思い至りませんでした。ああ、そうかやっぱりまずかったのかもしれませんが、そうではないのでどうか安心してください」とでも言えるようにしておいたのではないか、などと。
あくまで私の文学的想像です。
テクストではなくその先の意味が重要なのですが、そうなると真意は伝わりません。ですが、世界は事象と意味が何層にも重なるそもそも理解できないものなのでしょう。
ではお休みなさい。Gute Nacht. 

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