ゆく年くる年

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大晦日。

今年は、大変なこともありましたが、とはいえ、いろいろと充実した一年であったと言わざるをえません。詳しくはここには書けませんが、ともかく、これまでの10年とは違う状況へと移行した一年だったと言えるでしょう。いろいろ迷いもありましたが、自分のやるべきことが見え始めたという点においても画期的な一年でした。

ちなみに、少し穴は開いていますが、9月22日からは、ほとんど毎日更新を続けているつもりです。穴が空いたのは、4日ほどでしょうか。本業関連で都合がつかない日以外は、書いたつもりです。

何時ぞや書いたかもしれませんが、まずは量を充実させることであり、質は後からついていくる、というのをモットーに書き連ねてきましたが、結果としてどうだったのか、というのは神のみぞ知る、で私にはまだよくわかりません。ただ、いらっしゃってくださるみなさまは、10月以降これまでよりも多いという統計結果が出ておりまして、やはり書き続けることが重要なのだ、ということを改めて理解しました。

私の尊敬する辻邦生は「ピアニストが弾くように、文章を書け」と言っており、小説家になるとか、そういう気があるかないかはともかく、辻邦生の学徒(自称)で、文章を愛する一人の人間として、辻邦生のようにかけるように、日々意識を向けていた、ということは言えると思います。

まあ、うまくはいかないのですが。

とはいえ、一年を振り返ってみると、約32000回表示されたようで、特に、こちらの記事群が最もご覧いただけたようです。

辻邦生──西行花伝展 その1

辻邦生──西行花伝展 その2 自筆の日記を読んで

辻邦生──西行花伝展 その3 フォニイ論争を顧みながら

辻邦生──西行花伝展 その4 おわりに

また、こちらの記事もたくさん読んでいただいたようです。色々批判はありますが、2002年から13年間にわたって使ってきたiPodとiTunesのシステムが、Apple Musicという形で進化した今年は、やはり感慨深いもので、これからもより使いやすく、進化してくれることを願っているのですが、どうでしょうか。

iTunes Matchの制限曲数は10万曲になるのか?

さて、来年はどうなるでしょうか、というか、どうしたいか、ということなんですが、まあ、来年は「叩かれる」ぐらい頑張らないとね、ということなんだと思います。結局は、何かをやろうとする人というのは、少なからず批判を受けるわけで、私も今年はずいぶん仕事場で突き上げを食らったりしたものです。しかし、どんな人も、何かをやる時というものは、批判されるもので、批判されるぐらいでなければ、何をもなしえない、ということなんでしょうね、と思いました。打たれているうちが、出る杭も華なんだ、ということみたいです。

というわけで、みなさま良いお年をお迎えください。グーテナハトです。

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今年の読書まとめ

本来は、100冊ぐらい「タッチ」するはずだった今年ですが、まあ、そううまくいくわけはありません。「タッチ」と言っているのは、立花隆の教えでして、完読しなくても良い、というものです。曰く、本は必要なところだけ読むのが、たくさん知識を得るコツであり、気に入らなかったすぐに投げ出しても良い、というものだと(勝手に)理解しているからです。

ただ、融通がきかない性格のせいか、ついつい全部読まないと、と思っているので、罪悪感を抱えつつ、という感じです。

で、数えてみると、60冊程度にはタッチしていたみたいで、まあ、割りにしたら少なかったなあ、と思うわけです。

もっとも、雑誌やらウェブは常に読んでいます。昔と違い、読書とはすなわち本を読む、というものでもなくなってきているようにも思います。

で、辻邦生の本以外で、今年印象に残った5冊を。こうして並べてみると、そこに繋がるものが見えてきてしまうのが怖いところです。

ジョージ・オーウェル「1984年」

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)
ジョージ・オーウェル
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古典&再読ではありますが、強烈でした。

ライフハッカーで紹介されていた、コリイ・ドクトロウの仕事ぶりに興味を持って、読んだ「リトル・ブラザー」が「1984」から影響を受けているということで、「1984」を改めて読み直してみて、背筋を凍る経験をしたというところです。

「1984」はいつ成就するのか? そういうことを考えましたが、実際にはひたひたと水位は上がっているのかも、なんてことを思いました。

この本に書かれる「ダブルスピーク」に感染してしまうと、人の言っていることを字義通り捉えることができなくなります。ゲフェールリッヒな本でした。

コリイ・ドクトロウ「リトル・ブラザー」

リトル・ブラザー

リトル・ブラザー

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コリイ・ドクトロウ
早川書房
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こちらのコリイ・ドクトロウの本はなんとかハッピーエンドなので、元気が出ますし、気分だけでも若返ります。そして無性にプログラミングがしたくなります。ただ、「1984」のような背筋が凍る思いもするでしょう。

重田園枝「ミシェル・フーコー ――近代を裏から読む」

ミシェル・フーコー ――近代を裏から読む (ちくま新書)
筑摩書房 (2014-01-31)
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もっと早く読んでおけばよかったフーコー。食わず嫌い&何かしらの反感があって、ずっとフランス現代思想に背を向けていたのを後悔したのでした。まあ、学生時代サボって楽器ばかり吹いていた、ということなのでしょうけれど。

フーコーは原典で読む勇気と時間がないので、二次文献を何冊か読みました。いずれも面白いのですが、特にこの本は強烈で、これもやはり背筋を凍る思いにとらわれます。つまるところ、全てが知らないところで作られている、ということ。

私が今ここで書くことができないことが、この本には書かれていて、NHKの夜のニュースを見ることすら怖くなります。理由は、ぜひ読んで体感してみてください。

現代アラブの社会思想 終末論とイスラーム主義

現代アラブの社会思想 終末論とイスラーム主義 (講談社現代新書)
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これも本当に衝撃的な本でした。池内恵さんの本で、普遍価値の脆弱さを思い知らされます。やはり、人間はわかりあうことができない、ということ。その前提に立って話さなければならない、ということを痛感します。世界は広く深く寒い。そういうことが解る本です。

リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください–井上達夫の法哲学入門

これも、時代の中で読んでみてよかった本。池内恵さんオススメの本。デモクラシーの難しさを感じます。本当のリベラルとは何か。それは、きっと「リベラル」ではない、ということ。前述のように、世界は広く深く寒いわけで、そこで生きるためには何ができるのか、ということが、冷静に語られているわけです。

終わりに

先に触れたように、ここに小説がニ冊しか登場しない、ということに驚いています。小説の持つ力は強いものなのですが、私は現代において、そういう小説をあまりうまく見つけられていないようです。

では、みなさまグーテナハトです。

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映画「最高の人生の作り方」を。

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この映画も面白かったですね。少し時機を逸しましたが、ディケンズの「クリスマス・キャロル」を思い出しました。

偏屈な老不動産屋の元に、その存在すら知らなかった孫娘が現れたことで生じる化学反応、というのがあらすじです。

とても安心してみていられる映画でした。

それで、何より凄かったのが、ダイアン・キートンの歌ですかね。最終部分で、「いそしぎ」を歌うのですが、いや、めちゃかっこいいです。まあ少しばかりの傷はあるにせよ、いい雰囲気でした。演出もいいんですよね。聞いている老紳士が、ダイアン・キートンのトークや歌に徐々に引き込まれていく姿が描かれているんですが、その老紳士はあくまで背景なのでピンがあっていないという状況で、ピンが合わなくても、そういう心情が伝わるということとは、その俳優さんの演技の素晴らしさと、演出の妙なんだろうなあ、と思いました。

あれ、「いそしぎ」を調べたんですが、この映画「いそしぎ」の最後は、怪我をした鳥を空に羽ばたかせる映画なんだそうです。この「最高の人生の作り方」も最後鳥を飛び立たせるなあ、と。意図しているとも見れそうです。

あともう一息で2015年も終わりです。

では、おやすみなさい。グーテナハトです。

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マリア・カラスの凄み

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先日行ってきたIKEAより。夕暮れのレストランを、スウェーデンかドイツだかのレストランだと想像しながら、ヨーロッパ的食事を食べてきました。本当に、ドイツの大学のメンザか、あるいはルーブル美術館の地下レストランのような雰囲気です。

今日は1日家事をして過ごしましたが、それはそれで充実した1日でした。本当は、大学時代のサークルの家族ぐるみの集まりもあったのですが、残念ながらパス。大掃除というか、年賀状の作成というか、日頃の掃除の延長というか、そういうことをして過ごしました。

それで、今日、何より凄かったのは、朝9時からのNHK-FMの「名演奏ライブラリ」でオンエアされたマリア・カラスでした。

マリア・カラスは昔ずいぶん聴いたつもりでしたが、今日のラジオを聴いて、本当にすごい方だったのだなあ、と。どうも時代によるということもあるようですが。

今日、オンエアされていたのは、この盤だと思われます。残念ながら、Apple Musicでの提供はありません。iTune Storeでもでていないようです。

あの凄みのある迫力と繊細な気遣いはすごかったなあ。マダム・バタフライの激しい女の情念がほとばしっていたように思います。Apple Musicでは、カラヤン盤が聴けたのですが、私がラジオで聞いたセラフィン盤とはまったく違いました。セラフィン盤はまた聴きたい音源です。いつかApple Musicでも聴けるようになるといいなあ、と思います

プッチーニ:歌劇「蝶々夫人」全曲
カラス(マリア) エルコラーニ(レナート) ゲッダ(ニコライ) ボリエルロ(マリオ) ダニエリ(ルチア) ヴィラ(ルイザ)
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さしあたり、年賀状は8割ほど終えて、明朝投函の予定。元旦に間に合うといいのですが。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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辻邦生「西行花伝」に見る「浮舟」のアイディア

西行花伝 (新潮文庫)
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辻 邦生
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幻の作品「浮舟」については、先日も書いたように、「地の霊土地の霊」という文章においてその構想が語られています。その中で、源実朝が、中国へ向けて船を作るが、頓挫する、というエピソードに触れられていて、この船を作るという行為の捉え方として「存在が持つ形ならぬものへの憧れ、同一化への狂おしいまでの思い」がゆえに、船を作って中国に渡そうとしたのだ、というものでした。

船が何か彼岸へ通じる道のように捉えられていたのだと思います。

先日も取り上げた、辻佐保子さんの「辻邦生のために」においては、「浮舟」の題名の由来が、とある屏風絵にあったという話が載っています。「浮舟」というのは源氏物語の巻の名前ですが、その場面を取り上げた屏風絵だったそうです。これを見て、「浮舟」の構想が固まったのではないかとされています。

また、ここでは、辻文学における船として、「真晝の海への旅」であるとか「夏の砦」で主人王たちはヨットに乗ったまま消息を立つ、といった背景が指摘されていました。

それで、今日読んだ西行花伝の冒頭部分に、この「船」が出てくるのでした。

「好きというのはな、船なのじゃ。無明長夜を越えてゆく荒海の船なのじゃ」

53ページ

これは、西行の祖父にあたる源清経が話す言葉です。清経は風流人として描かれています。宴席で今様に打ち込む心意気を語るその最後に語る言葉です。

まさに、この今様=芸術に打ち込むということが、存在への憧れであり、それはすなわち船に喩えられるような、儚く、もろく、不安定でありながらも、未知への期待をもたらすような営為なのだ、ということなのだ、と思います。

それにしても、「西行花伝」の素晴らしさはもちろんですが、世にでることのなかった「浮舟」を読んでみたかった、と思います。あるいは、「浮舟」という作品自体が世に出なかったということは、源実朝の唐船が完成しなかったことが暗示していた、ということなのだとしたら、それはそれで一つの何か完成した物語を見ているようにも思えます。

それではおやすみなさい。グーテナハトです。

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反省と後悔。そして思い出。

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先だってなくなった伯父のことを、最近もずっと考えていました。この10年会えずじまいだったのは、最初の半分はこちらの問題ということもあったのですが、ついつい疎遠になって会うきっかけがつかぬままずるずると時が過ぎていき、この数年は伯父が体調を崩して会いに行けるような状態ではなかった、というのが実際のところです。

先日、NHK-FM「世界の快適音楽セレクション」の後悔と反省の音楽の回で、ゴンザレス三上さんが、会うべき人に会えないという後悔についての話を、たまたまされていて、確かにね、と思いました。時機を逃すと何もできなくなるということで、それはそう思った時には既に手遅れなのだ、ということなんだろうなあ、と。

そうした手遅れを何度も何度も重ねるのが生きるということなのかもしれない、と思います。生きれば生きるほど、業を背負っていくということ。このことを二十歳ごろに気づいてしまったのですが、もしかすると早すぎたのかもしれません。業を背負う、なんて諦めてしまったから、こうなったのかも、などと。

伯父には、音楽も教えてもらったし、オーデイオの楽しさも教えてもらったわけですが、何より教わったのは、新しいものを柔軟に取り入れる、という気概だったと思います。それは、私の血や肉になっているはず。

それから、私の理想の生活こそ、定年後の伯父の生活だったんじゃないか、とも。海辺の町に住んで、夏は海で泳ぎ、冬もプールで泳ぐ。夕方早く夕食を食べて、早く寝て、朝は早く起きる。私が、会社帰りに毎日プールで泳いでいるのも、実のところ伯父の真似をしているのだ、ということに改めて気づいたのも、伯父の訃報を聞いてからでした。

それにしても、伯父と見た日本海に沈む夕日は忘れられないです。

これ以上辛くて書けないこともありますし、やろうと思っていることもありますが、今日はこのあたりで。

おやすみなさい。グーテナハトです。

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《短信》 辻邦生全集を眺めながら

写真 1 - 2015-12-25

辻邦生全集を本棚の最前面の近いところに持ってきました。10年ほど経っていて、前の家の湿度の高い部屋に置いていたということもあり、残念ながら少し痛めてしまったのですが、中身は宝の山です。

まあ、本は読んでなんぼで、飾っておくものではありません。とはいえ、あるだけで意味のある本のようなものもあるとも思います。

辻邦生全集の目録はこちら。

辻邦生全集目録(私家版)

なんだか部屋の雰囲気も変わったような気がします。明るくなったというか、重くなったというか。

今日は「西行花伝」を読みながら会社へ。昔のように、速度を速めて読めなくなってしまいました。まるで哲学書を読むように少しずつ読むような、あるいは考古学者が土を少しずつ削りながら発掘するような、そんな読み方になってしまい、ちっとも前に進みません。

最近、短いエントリーが多いです。「たえず書く人」になるのはとても難しいことだ、ということも頭の中に入れておかないと。

ではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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辻邦生「浮舟」の構想

辻邦生のために (中公文庫)
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今日も辻邦生の奥様である辻佐保子さんによる「辻邦生のために」を読みました。当初はKindleで読んでいましたが、最後は手元にある紙の本で読んだわけですが、いや、本当に重い本でした。

一番最後、幻の小説「浮舟」についての部分。本当に示唆的でした。2002年刊行された当時に一度読んだことがあるはずですが、どうもそこまで認識することができなかったのでしょう。13年も経ちましたから、私もずいぶん変容している、ということなのだと思います。

この「浮舟」については、辻邦生が1999年に書いた「地の霊 土地の霊」にその構想が書かれているわけですが、この「辻邦生のために」の「『浮舟』の構想をめぐって」の中で、「地の霊 土地の霊」の内容に加えて、辻邦生自身の様々なエピソードから、「浮舟」の構想が紐解かれています。

私の中では、全体直観のようなもの、西田幾多郎の純粋経験のようなもの、個と普遍のようなものが、辻文学の一つのテーマだと思っていますが、「浮舟」では、「人間の実在は、男と女がそうであるように、存在のこちら側にあるのではないということだ」という直観にまで到達していたということのようです。彼岸と現実をつなぐものを考えること。それが世界認識の絶対直観のようなものだったということなのでしょうか。

もっとも、佐保子さんはこう書いて締めくくっていました。

「浮舟」のような実在と非実在の極限を捉えようとする試みは、おそらく生命のある間は実現不可能だったのかもしれない。

187ページ

ヴィトゲンシュタインの「語りえぬものは語ってはならない」という言葉がありますが、それは単に、科学や哲学の仕事ではないと言っているだけであり、それはまさに文学の仕事である、ということなのだと思いました。

「地の霊 土地の霊」は、辻邦生全集の第17巻に収められています。もちろん、かつて読んだことがあるものではありましたが、もう一度ざっと読んでみたところです。これは後日ここで書かなければならないものです。

辻邦生全集〈第17巻〉エッセー2
辻 邦生
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今日の夕食は、一日早いご馳走をいただきました。本当にありがたいことです。

それでは、おやすみなさい。グーテナハトです。

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「辻邦生のために」をKindleで。

まだ、辻邦生がご存命だった頃。本屋に出かけて、思いがけず辻邦生の新著を見つけた時に幸福感と言ったら筆舌に尽くしがたいものがありました。

1999年に亡くなられてからしばらくはご遺稿が何冊も出版されましたが、それも終わり、続いて、奥様の辻佐保子さんの著書が二冊出ました。それがこちらです。

辻邦生のために (中公文庫)
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「たえず書く人」辻邦生と暮らして (中公文庫)
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いずれも、Kindleで読むことができるようになっています。

「辻邦生のために」の方は、Kindle版を買っていなかったので、今朝、電車の中で購入しました。もちろん紙の本は読んでいますけれど、いつでもどこでも読めるようになったのはなかなか感慨深いものがあります。

いろいろと興味深いことが目白押しなのですが、今の天皇皇后両陛下が、どうやら何度か辻邦生の軽井沢の別荘に訪れていた、と思しき記述を見つけました。

皇太子時代の夏休みに毎年のようにご一家で山荘におでかけ下さったことを記念して

No. 708

なるほど。だから、軽井沢高原文庫で開催された辻邦生の展覧会に、両陛下がお越しになったというわけなんですね。特に皇后陛下は辻邦生がお好きだった、という記事をどこかで読んだことがあります。

しかし、人間というもには、日々新たな決心をするのですが、それを実現することができる人は限られているということなんでしょうね。ともかく、性急な改革は必ず失敗しますから、粘り強く、じわりとことを進めていきたいものです。

では、おやすみなさい。グーテナハトです。

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音楽を聴いていると言いたくても言えない今日この頃

今日は、仕事場のお世話になっている方々と夕食。

それにしても、月に何度か会議で一緒になる方々なのですがやはり何かしっくりくる感じがあって、前々から話ししたいなあ、と思っていたのですが、やはり話していて、しっくりくるなあと、私は勝手ながらに思いました。本当にありがたい経験です。

帰り間際に、その中の一人の方が、クラシックがお好きだ、とおっしゃって、少し驚いたのです。というのも、私の場合、クラシックを聴き始めたのが10歳で、それ以来30年以上、「クラシックが好きです!」ということを周りにいうことができないという状況が続いているので。本当に新鮮です。何かをカミングアウンドしているような気分にすらなります。

クラシックには、アウトローの哀しみのようなものを感じるわけです。本来なら、アースとか、ボン・ジョビとか、そういうメジャーな音楽でキラキラいるべきなんじゃないか、みたいな感覚というものがあるからかなあ、と思います。

今日はこちら。Apple Musicで聞いたのですが、実にキビキビしていて驚きました。この切迫感は時代のなせるものでしょうか。

ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
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今日はここまで。ありがとうございます。
おやすみなさい。グーテナハトです。

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