記憶こそ全て

悲しみは人を強くするのでしょうけれど、そうは言っても、辛いものはありますね。

人は生きれば生きるほど悔恨を抱えるものです。それが、大人になるということなんだなあ、と思ったのが、ちょうど大学生の頃だったように思います。が、それでもなお、悔恨を作り続けるのはなぜかか、ということなんでしょうね。

今日もがっつりと仕事をしましたが、折に触れて、物思いにふけってしまったり。あるいは、仕事場の窓から見えた壮絶な夕陽を見て、この夕陽をかつて別の場所で見たものだ、ということを思い出し、別の場所でも同じ方角に夕陽は沈むのだ、ということに気づいて、仕事場の窓から見える風景の奥に、あの時のあの場所の夕陽を重ね合わせて見たり。

結局は、生きるということは記憶を重ねていくことに他ならないわけで、記憶こそが人生だったりするわけですが、ということは、記憶こそが真実とならないでしょうか、という、かなり経験論的なことさえ考えてしまうわけです。逆に言うと、現在経験できないことであっても、かつて経験した記憶がしっかり残っていれば、それでもう事足りる、ということも言えるのではないか、と思うわけです。

記憶こそが全て。

だから、あの時の記憶さえあれば、良い、ともいえるわけです。私が学生時代に住んだ学生寮は、先日出かけてみると、マンションに建て替わっていましたが、結局のところ、今自分の記憶の中で、綿密に再現できるわけですから、私にとっては、まだ、今そこにある、ということさえ言えるのではないか、と思います。

記憶は、記憶の中で、もう一度生きることすらできるもの。ということは、あの時の記憶があれば、良いわけです。たとえ、誰かに会えなくとも、会った時の記憶さえあれば、何度でも語り合うことができるのだ。なんてことを思っています。

で、今日もやはりこちら。

二楽章のしんみりくる感じは、やはり今の気分にぴったりです。しかし、よくこんな曲作ったなあ、と感心することしきりです。

Poeme De L'Extase / Piano Concerto / Promethee
Chicago Symphony Orchestra
Deutsche Grammophon (1999-07-20)
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では、おやすみなさい。グーテナハト。

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