本を読むとは。

昨日以下のようなことをツイートをしました。

齢を重ねてもっとも残念に思うのは、本を心底ゆっくり読む時間を「感じられない」ことだなあと。きっと時間はある。細切れ時間が。けれども、幼い頃の底なしの読者の時間のようなものは全く「感じられない」です。

なんだったんですかね。図書館に入り浸って、日が暮れるまで本を読んだり、あまりに本が面白いがゆえに、徹夜してしまったり、という経験はもう帰ってはこないのでしょうかね。

今となると、情報収集かお勉強の頭で本を効率的に読もうとしてしまいます。時間がないので、効率的に読まないと、と思ってしまうわけです。

昨日、図書館で書棚から本を取り出して、ぱらぱら読んでいた時、何かに追われている感覚に苛まれていました

月並みな話ですが、深刻ですね。

哲学の教授が「もう、小説は読めない」と言っていたのと思い出すしますが、それは、小説の情報量と哲学者の情報量を比べていたから、なのか、あるいは、効率的に研究を進めるための話なのか。そこはよくわからないですね。

まあ、そう分かっているからできることもあるはずなのですが。あるいは放棄するべきなのか。ただ、本を読むことぐらいは許してほしいです。あるいは、そういう社会があえて作られているのでは、ということなのでしょうかね…。

といいつつ、今日は身体を休めるために早く寝ることにします。お休みなさい。

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