恍惚とした、という感覚。

今日は、「はじめてのバーンスタイン」というプレイリストを。AppleMusic のレコメンドに現れましたので、聴いてみました。
スクリーンショット 2016-06-30 23.39.30 プレイリストの2曲目が《田園》だったのですが、こらはさすがに懐かしいものでした。懐かしさというより、何か過去へと引き戻される感覚でした。

これも以前書いたかもしれませんが、また書きます。
この音源は、私が音楽を聴き始めた80年代半ばに、父が録音していたカセットテープで何度も何度も聴いたものでした。それは、NHK FMの「名曲の楽しみ」をエアチェックしたものでした。カセットテープは、最初の出だしが少しかけたもので、テープのたるみを拾って、音がユラユラと揺れるところから始まっていたはずです。当時の私の理解では、交響曲の楽章というものは、必ず途切れるものだと思っていましたので、なぜ楽章数が足らないのか悩んだりしたものです。
曲が終わると、吉田秀和のアナウンスが入りました。
「いまのは、ま、言うまでもないんですが、ベートーヴェンのパストラール。レナード・バーンスタイン指揮の、ウィーンフィルハーモニー楽団の演奏でした」
という感じでした。たしか、パストラール、と言っていたと思います。その後、バーンスタインらしい「恍惚とした感じ」と、この演奏を表して、「では、まだ時間があるようですので、もう一度最初から聴いてみましょう」という感じで、また第一楽章がオンエアされる、という感じでした。
小学生の私には、この「恍惚」という言葉がよくわからなかったのですが、おそらく、その後の「恍惚」の理解においては、この演奏がひとつの要素を占めていたのだと思います。
それにしても、今日、この演奏を聴いた時、引き戻された感覚というのは、これが、プルーストのいうマドレーヌ体験のようなものではないか、と思いました。演奏の機微のようなもの身体が覚えていて、まったく違和感を感じません。デフォルト音源です。こういう、演奏がフィットするという感覚は、おそらくは《田園》の他の演奏音源を聴いたために、逆に強く意識するようになったものだと思います、恍惚、というのは置いておいて、たおやかで柔らかく、絶妙な起伏を持った演奏だのあらためて思います。あらためてすごい演奏を小さい頃から聴いていたのだなあ、と思いました。もっともらこの音源を聴いていたから、この音源が素晴らしいと思える、ということもあるのだとは思います。この音源によって耳が形成された、ということです。

まあ、繰り返しになりますが、AppleMusicのプレイリストはいいですね。思いもよらない曲を聴いて、今日のようなセレンディピティが起こります。

さて、今日は、ギリギリまで働いたのですが、なぜか心が落ち着くのです。ざっと、VBAでデータ処理のスクリプトを書いたところ、思いのほか上手く動いて、気分が良かったのかも。

明日は早出です。起きられるか?

ではおやすみなさい。グーテナハトです。

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