BS1スペシャル「巨匠スコセッシ“沈黙”に挑む~よみがえる遠藤周作の世界~」を観て。

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今朝の東京地方は曇り空で、あれ、天気予報と違う、と思いましたが、その後お昼に向けて雲が切れて行きました。写真は、ちょうど雲が切れ始めて快晴へと向かう時間帯のもの。
昨夜は、少しばかり飲みすぎまして、まったく懲りないものです。気を使う場だとついつい飲みすぎてしまいまし。正月休みということでお許しを。
この年末年始休暇は自分の時間をとることはなかなかできませんでしたが、家事をしながら、「紅白歌合戦」を含めて、テレビを見ていろいろ情報を得ました。

で、こちら。

BS1スペシャル「巨匠スコセッシ“沈黙”に挑む~よみがえる遠藤周作の世界~」

オペラ「沈黙」を新国立劇場で2回見ていて、映画化の情報も聞いておりました。この春にロードショーだそうです。録画を仕掛けていたのですが、家事のあいまで最後まで見てしまいました。

「沈黙」について語ることそうそう簡単なことではありません。ですが、自らの信仰、自らの価値感、自らの美意識を捨てる、と言うことは、キリスト教禁制下におけるキリシタンだけが直面する問題ではない、ということにあらためて思い至りました。

また、遠藤周作は、「沈黙」に登場するような弱き者たちを沈黙の灰から救い出すことこそが文学の仕事だ、ということを言っていた、とされていました。常々思っていることは、文学の仕事というのは、学問的な客観的必然性や普遍的妥当性がなかったとしても、そこに何かしらの真実を求める営為です。それは、ともすればPostTruthの文脈で語られるような安易な感情的な振りかざしになりがち、ありはそう思われることもあるのでしょうが、作家はそこに客観的必然性と普遍的妥当性を当為としてあるように書くことで、政治や歴史にはできない仕事をしているのだと考えています。遠藤周作の言っていたことは文学の使命として、ある種の作家に向けた一つの指針のようにも感じました。

さて、明日で正月休みは終わり。明後日からまた五時起きの毎日が始まります。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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