ムーティが振るスクリャービン

うーむ、スクリャービンをあまり聞いたことがない事に気づきました。

いや、聞いたことはあるのですが、理解するまでには聞いていないなあ、と。かつて、交響曲全集を買ったものの、CDラックに収まったまま。
で、Apple Muicでムーティが振るスクリャービンを聴いています。

Sym 1-3
Sym 1-3
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A. Scriabin Angel Records (2001-08-17)
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これは実に難関。難関というのは、理解し難いとか、好きじゃないとか、そういう意味ではありません。素晴らしく、美しい音で満たされているのですが、この奥行きのある世界を理解するのはしばらく時間がかかりそう、というのが本音です。
スクリャービンは独自に神秘和音を作り出し、調性を崩したことで、現代音楽の一つの源流となっているようです。

確かに、そうだなあ。マーラーやベルクの耽美的な部分を取り出した感じですが、本当に危険を感じるほどの美しさで、近寄ることを躊躇する感覚があります。ブルックナーやブラームスに親しんでいた向きには、何か近寄ると大火傷をするような美人に感じる危険を感じたり。トーマス・マンの「小フリーデマン氏」を思い出します。

それにしても、19世紀の音楽はオプティミズムに彩られているよなあ、と改めて思います。例外はあるのかもしれませんが、啓蒙主義からフランス革命に至り、市民革命が各地に広がる、というヘーゲル的な進歩史観がまだ有効だった時代だなあ、と思います。この辺り、以前にも書いたことがありますが、また改めて書いてみたいテーマです。

さて、今日の東京、夕方になって実に涼しいです。秋が来てしまいました。寂しい限りです。今年の残暑はどうなるでしょうか。

みなさまも、残り1日の8月の夜をお楽しみください。
おやすみなさい。グーテナハトです。

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