本二冊

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仕事始め二日目。ずっと画面を見つめていたら、ひどい肩こりに。

そうは言いつつ、帰宅しながらこちらを引き続き。


生きることと考えること (講談社現代新書)



森 有正
講談社
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今日の感想は以下のようなものでした。

言葉の定義というものを、標準的な哲学的な定義にとらわれることなく考えているのだなあ、と思いました。哲学の議論において、話をするためにはタームとしての言葉の相互理解が必要ですが、そうした枠組みにはまらない言葉の使い方を、それをそうと意識して、という前提ですが、しているのだなあ、と思います。経験、とか、体験、という言葉を使いますが、私が使いイメージする経験や体験とは少し違う意味で、語っていて、それを自覚的に説明しながら語っているというのが、きちんと聞き手の地平に降りてきている感じで、興味深いものでした。この、経験、体験という言葉も、体験は凝固した変化のない過去のものであるが、経験とは未来に向けた発展する経験である、ということを言っていて、まだ理解が深まらない感じではありますが、例えば、戦争を仕掛けたドイツ皇帝やヒトラーは体験的だが、逆に仕掛けられたその戦争で勝ったアングロ・サクソンは経験的だ、という書き方、あるいは第二次大戦中の日本の軍というものは体験的だという書き方から、帰納法的に考えてみると、どうやら、それは経験を活用して発展していくような、動きのある枠組み、というふうに捉えました。ビジネスでいうとPDCAサイクルをまわす、というようなことをよく言いますが、そういうことでしょうか。

それから、印象的だったのは、「日本には自然がない」ということでした。というのも、すべての「自然」はすべて名付けられている、というわけです。富士山もすでに「富士の高嶺に雪は降りつつ」といったような文化的な表現によって名付けられている。二見浦もやはり、それだけではなく、しめ縄が飾られ日がそこから昇る、というように語られている前提であるから、それはもうすでに自然ではない、といいうようなことが書いてありました。

やはり、フランスに出かけていることもあり、日本社会に対する問題意識を強く感じるものでした。この場でそういった問題を書いたり考えたりするのは難しく、どちらが良いとか悪いとか言えないのですが、それでもやはり、社会問題となっている様々な事案のことを思い浮かべた時に、やはりそうした森有正のいう問題意識(個が確立されていない、など)に翻ることもまた必要と思いました。

あわせて今日読んだのが「春の戴冠」。


春の戴冠〈3〉 (中公文庫)



辻 邦生
中央公論新社
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先日から「暗い窖」という春の戴冠に登場する言葉がどうにも気になって、読み進めているところです。今日読んだシーンでは、プラトン・アカデミアでの読書会をリアリストのトマソが「まるで目に迫る危機を見ないふりをしているようだ」というようなことを述べるシーン。確かに、生きるということ、あるいは厳しい国際情勢などを見ぬふりしていいのか、現実の問題を直視ししなければならないのではないか、という問題意識のようにも思いまいたが、「春の戴冠」は物語ですので、一部分だけを切り取っても何も意味はありません。ただ、すぐそこにある危機やリスクを見ないというのは、一般的な問題としてはあるものですから、自分はそうではないと思いつつも、やはり何か胸に手を当てたくなるような気分でした。

明日で金曜日。正月明けの連休は本当にありがたいです。ただ、今年はかなりの祝日が土曜日に当たり、休日は少ない一年だったりしますけれど。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

真実在を書く──辻邦生「春の戴冠」と「言葉の箱」から

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それは単なる、おぼろげな、誤謬に満ちた一老学徒の記憶を紡ぎ出していった世界に過ぎない。しかしそれが書きとめられ、絶えず描かれた形で呼び戻されるということは、未来永劫に闇の中に沈む存在に較べると、なんと確かな存在感を持つのだろう。私が夜更け何にもかかわらず、思わず回想の中にのめり込んで行き、筆を執らずにいられなかったのは、この回想録こそが、虚無の闇に浮かぶ光の島のように思われたからである。この世の空無感が強くなればなるほど、回想録は、伝説に出てくる花咲く浮島のように、虚無の闇の中にくっきりと漂い始めるのである…。

辻邦生「春の戴冠」新潮社、1996年、761ページ

今日は本当に良い天気でした。1ヶ月ぶりぐらいに感じます。ですが、家で黙々と掃除などをしていました。ふとした拍子に本棚から1996年に出た「春の戴冠」を取り出し、おそらくは10年ほど前に読んだ時につけた付箋に手をかけたら、こちらの文章が出てきました。


春の戴冠


春の戴冠

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辻 邦生
新潮社
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これを読んで思い出したのが、私が芸術というものを私なりに初めて理解したと思えたときのことでした。理解したと思えたときのことでした。いつかも書いたかもしれませんが、書いてみます。

Paolo Veronese, The Wedding at Cana

こちらは、イタリアルネサンス後期の画家ヴェロネーゼの「カナの結婚」という作品です。この作品をいつぞやか、ルーヴル美術館で見る機会がありました。この巨大な絵画を眼前にして、真実在という言葉が出てきたのでした。おそらく、西田幾多郎の文脈における真実在という言葉だったと思います。

もちろん、それは正しく西田哲学のタームとしての真実在という言葉に当てはまるものであったかどうかはわかりません。ただ、その時の真実在という言葉には、何か肉感的な生々しい、手に触れることのできるような温かみさえ持つような感覚だったと思います。

この「カナの結婚」の中に描かれている数多の人の姿は、当然のことながらヴェロネーゼの手による創作であるわけです。ですが、それは創作という人間の頭の中でなされたものを超えて、本当にこういう風景があった、という真実味を帯びていたと思うのです。本当に、こういう宴が、こういう場所で開かれていて、楽器を弾く人もいれば、ワインを注ぐ人もいれば、品定めをする人もいれば、ということが、ありありとした真実味を帯びて感じられたのです。それまでは、おそらくは、絵画というものは、何か作られたもの、と、いう感覚を持っていたのですが、この時からそれが変わりました。芸術作品にある真実味というものは、現実世界とは全く関係なく、真実としてそこにある、ということが直感的にわかった、ということなのだと思います。

これは、もう、語れば語るほど、書けば書くほど、そうした意味合いから離れていくのだと思います。ですが、書くとしたらそういうことです。

それで、この辻邦生「春の戴冠」に書かれていることも、やはりそういうことなのだ、と思うのです。回想録、つまりこの「春の戴冠」に描かれていることに他ならないのですが、それが現実という虚無の世界からはなれて、「確かな存在感」を持ち「闇に浮かぶ光の島」となるほどの存在になるということです。現実を超え現実と離れて、描かれたことが「真実在」となる、ということ。これは美術作品もそうですが、文学作品もやはり真実在として、そこにありありとした真実味を帯びて現前している、ということなのだと思うわけです。

そこで思い出したのが同じく辻邦生「言葉の箱」。


言葉の箱―小説を書くということ (中公文庫)



辻 邦生
中央公論新社
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言葉によって世界を作り、その箱の中にあらゆる世界を積み込めるんだという信念

82ページ

フィクションの架空の出来事、場所、人物は、実際に小説の中以外にありえない、つまり、現実のどうかに探しに行ってもありえない。

77ページ

実は、私は辻邦生の授業に出たことがあります。とあるツテをたどって、2回ほど出たことがあるのです。その時に、辻邦生が言っていたことは、小説の舞台に読者が行ったが、そこは小説の世界とは違っていて、読者は驚いていた、という趣旨のことだったと記憶してます。それをさも笑い話であるかのように話しておられたのでした。

つまり、小説世界と現実世界の断絶について話をされていたわけです。断絶というよりも、小説世界が現実世界をさらに超えたものとして浮島のように光り輝き現存している、というかなんか区なのかもしれません。確かに、作品のイメージとして、小説の舞台に行くのはおもしろいことなのかもしれませんが、それは作品とは断絶している、ということを言っていたのだと理解しています。

「春の戴冠」の語り手であるフェデリゴは、ある意味辻邦生の分身であり、フェデリゴが書く回想録というものは「春の戴冠」のテクストそのものであると言ってもいいわけですが、その「春の戴冠」は、実際のフィレンツェやボッティチェルリとも離れた、一つの真実在として、それそのものが大きな価値として光り輝く浮島のようにこの世界の上に存在している、ということで、それがゆえに、フェデリゴ=辻邦生は、メディチ別邸での宴をこと細かく描写し、それはもちろん実際にあったものではないのですが、それでもフェデリゴ=辻邦生が真実在として言葉によって世界を作り出し、それを読者は真実在としてありありと生々しく感じている、ということなのでしょう。

辻邦生「言葉の箱」では、小説に大切なものは、「詩」、「根本概念」、「言葉」である、と書かれています。

小説を書く場合、(中略)世界を超えてしまうか、世界を拒否しているかで、何もない無の世界にいる。そして、言葉によって新しい世界を、新しい人物を作っていくわけです。この感覚がないと、強い作品は生まれません。

162ページ

まさに、先に言葉があって、そこから新しい世界が作るという、素朴な意味での、認識の対象と主体の逆転のような事態が起きています。西田幾多郎の哲学で純粋経験という概念があって、最初に主体も客体もない、経験そのものがあって、そこから世界が立ち現れる、というような趣旨なのですが、それに近いものを感じるという意味では、最初に出てきた西田哲学用語の「真実在」というもあながち間違ったものでもないのでは、と思います。

今日は長々としたものになってしまいました。最近、なかなか書く時間が取れませんでした。ですが、やっと9月末でひとつ山を越えました。次の山も半月後にあって、山ばかりなんですが、どうしたものでしょうか。もう少しタスクは選んだようが良いかも、と思ったりもしております。

それではみなさま、おやすみなさい。

 

人間の芸術と自然の芸術、そして本の芸術──辻邦生生誕91年によせて


夏の海の色 ある生涯の七つの場所2 (中公文庫)



中央公論新社 (2013-06-24)
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一昨日の秋分の日に、NHKで放送されている「らららクラシック」の再放送を見ました。エリック・サティの回で、ジャズミュージシャンの菊地成孔さんが出てました。成孔さんは、実は大学時代のサークルにゆかりがあって、一度だけお会いする機会があってセッションしたことがあります。成孔さんのサックスが壊れたのだが、レコーディングに使わなければならず、当時私がとある方からお借りしていたカイルスベルスのテナーを使われる、ということで取りにいらした時でした。今はもう遠い方ですけれど。

番組の中で、サティは、モンマルトルで音楽を書いて、みたいな話のつながりで、成孔さんは「自然のなかでは落ち着かない。歌舞伎町のような街中でないとだめ」という趣旨のことをおっしゃっていました。逆に、自然の中でないとだめな方もいるわけで、番組では、「人間の芸術と自然の芸術のふた通りがある」という話になりました。

以前にも聴いたことのあるようなコンセプトだったりしますが、辻邦生はどうだったのだろう、と思ったり。たぶん両方だったのだろう、と。

辻文学は、自然描写も凄まじいですが、人間を見入る力も凄まじいです。

私にとって忘れられない自然描写は、おそらくは、「背教者ユリアヌス」の冒頭、霧の中から城さいが現れるシーンでしょう。それから、人間を見る目、という意味でいうと、「ある生涯の7つの場所」に出てくる女性たちが忘れられず、エマニュエル、朝代、咲耶と言った女性たちは、時代設定は古いですが、何か新しい時代を自由に生きる人間の姿を感じさせ(女性の姿ではなく、人間の姿、です)、忘れることはできないです。それから、雨の都会が好き、というフレーズを何度となく読んだ記憶があります。確か、「言葉の箱」だったかと記憶しています。


言葉の箱―小説を書くということ (中公文庫)



辻 邦生
中央公論新社
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ですが、もう1つ。辻邦生の場合、「本の芸術」、というのもあるな、と思いました。以前にも書いた気がしますが、菅野昭正さんが、週刊朝日百科で、辻文学を「本の小説、小説の本」と称していたはずです。
http://museum.projectmnh.com/2016/03/21225416.php

歴史小説とは、歴史という「本」からインスパイアされるものである以上、辻文学は「本の芸術」という側面もあるのではないか、ということだと理解しています。歴史だけではなく、多くの哲学書を読まれていて、それらを活かしたというのも、やはりまた「本の芸術」といえるのではないか、と思います。
こうして、辻文学は、「人の芸術」でもあり「自然の芸術」でもあり、「本の芸術」でもある、なんてことを勝手に思いついてしまったというわけです。

自分のことに翻ってみると、芸術家ではないにしても、個人的にはやはり自然が好きなんだろう、と思います。街の喧騒も嫌いでありませんが、静かな山奥でひっそりと過ごすことにも憧れます。育った場所や、親の記憶、自分の記憶などがそうした志向を形成しているのだと思いました。

あとは、やはり本も。昔読んだ子供向けの西欧小説の記憶も。「若草物語」「家なき子」「パール街の少年たち」「ゆうかんな船長」「ロビンソン・クルーソー」「海底二万海里」「十五少年漂流記」などの記憶は薄れることなく、あのような世界に立ち返りたいという欲求は抑えがたいものがあります。辻邦生の小説、特に西欧を舞台にした小説に共感するのも、こうした記憶があるからではないか、と考えています。

今日、9月24日は辻邦生の誕生日です。1925年生まれということですので、91年目ということになります。

それではみなさま、良い1日を。

北の岬の記憶

そういえば、むかし稚内に行ったことがありました。

本当は海外に行きたかったのですが、同時多発テロの時期で、海外旅行は危険と思われていました。それじゃあ、日本の最北端に行ってみよう、と思ったのでした。

羽田から札幌へはボーイング777で。札幌で一泊し、翌朝、雨降るなかバスで丘珠へと向かい、YS11で稚内へと向かいました。YS11は機材繰りの影響で1時間以上遅れて丘珠を離陸しました。最初で最後のYS11でした。その記憶といえば、窓のすぐそこに回るプロペラと、帽子入れと称される座席の上に設えられた薄い荷物入れでした。
稚内では、ちょうど港近くのホテルに泊まりましたが、どうやら繁華街は南稚内という隣駅だったようで、なにかうら寂しい雰囲気を感じたものです。

高台の公園へと散歩していると、東京から直行してきたボーイング767が低く市街地へと進入してくるのが見え、この最北の街も東京とつながっている街なのか、といくばくかの感慨のようなものを感じたのを覚えています。また、「稚内は日本で一番ヨーロッパに近い街」という看板があり、ロシアがヨーロッパだとすると、たしかにそう言えるとも思うわけですが、そこになにか、日本の最北端のさまざまな難しさを感じたりもしたものです。
わたしの勝手な記憶のなかに、稚内の街を歩き回っているときに、木造の民家が修道会のものだあることを示す古びた木の標識を見つけた、というものがあります。それは、夢なのか、あるいは辻邦生の「北の岬」を読んだ印象が作り出したものなのかはわかりません。ただ、あ、もしかするとこういうところに、「北の岬」のマリー・テレーズが住んでいたのかも、と思った記憶もあって、何が本当なのかはわかりません。検索すればわかる問題かもしれませんが、差し当りは夢かうつつかわからないことにしておきます。
この「北の岬」は、Kindleで読めるようになりましたので、先日買ってしまいました。


北の岬(新潮文庫)


北の岬(新潮文庫)
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新潮社 (2016-06-17)
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北の岬は、もう20年近く読んでいませんでした。こうした恋愛小説はもう読めないなあ、と思ったりしたので敬遠していた気がしますが、今回再読してみた次第です。やはり、普通の恋愛小説な訳はなく、形而上学的な光の差し込む品格のある小説だなあ、と改めて思いました。

明日以降のもう少し書いてみようと思います。

取り急ぎおやすみなさい。

辻邦生ミニ展示をもう一度。

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昨日、何とか予定を立てて、もう一度辻邦生ミニ展示を観に、目白の学習院大学史料館へ。前回は23日の講演会のなかだったのでずいぶん混み合っていたのですが、昨日はゆっくり見ることができました。

今回も「春の戴冠」のメモをずいぶんと眺めいりました。メモを取るのも忘れてしまった感じ。ただ、自己を棄てるということに美がある、といったことが書いてあったような気がします。誤解される表現かもしれませんが、生死を超越したその先にある価値のようなのかも、と思います。

今日も「春の戴冠」の最後の部分を読んでみたのですが、謎は深まるばかりです。

もっともそういう感覚が、最近よくわかるようななってきたので、少しずつ辻文学が理解できるようになりつつあるのかも、と思ったりしています。

文学は人生論ではありませんが、辻文学は語られる哲学であるはずで、おそらくは哲学の主題は人生である以上、辻文学を読んで自らの人生を考えるということも許されるのではないか、と思いました。

今日は取り急ぎ。おやすみなさい。グーテナハトです。

辻邦生の日本的な側面によせて


西行花伝 (新潮文庫)


西行花伝 (新潮文庫)
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辻 邦生
新潮社
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嵯峨野明月記 (中公文庫)



辻 邦生
中央公論社
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昨日、「浮舟」について書きましたので、それに関連したことを。

私は、某大学の国文科を受けました。一次試験は通りまして、面接を受けたのですが、まあそこで落とされましてた。面接に際して、試験官に「大学に入ったら、辻邦生の研究をしたい」といったところ、試験官に「最近は、日本のものを書いているようですね」言われたのです。確かに、当時、ちょうど「西行花伝」が連載中でした。ですが、わたしはまだ「西行花伝」に到達しておらず、「そうですね、『嵯峨野明月記』とか、『江戸切絵図貼交屏風』とかですね」と答えたはずで、それが理由かどうかはしりませんが、二次試験で落とされたというわけでした。

まあ、辻邦生の研究室をしたいのなら、フランス文学か哲学をとったほうが良いと思いますし、実際通った哲学科で触れた西欧的な教養や西田哲学のほうが辻文学の理解の助けになっていると思います。

そういうわけで、国文学には縁がなかった?ので、おそらくは「西行花伝」は難しい部分があるのです。あの幽玄な和歌の世界は、さすがに私のリテラシにはないもので、ほんとうに理解できているのか、と思うことがあります。「西行花伝」に現れる西田哲学的な要素は理解ができるのですが。まあ、確かに、古文は苦手科目でした(文法の暗記ばかりだったのと、先生と馬が合わなかったから?)。だから国文科の試験に落ちたとも言えます。

辻文学のすごいところは、西欧的な要素に加えて、日本的要素が多分にあるところだと思います。「嵯峨野明月記」に現れる豊かな語彙は、おそらくは、「背教者ユリアヌス」や「春の戴冠」とは異なる古文的な語彙群で形成されています。また「風越峠にて」のなかに現れる万葉集の解釈は本当に素晴らしく、古文の教科書を超えた小説家の想像力が花開いたものだ、と高校生ながらに感動したものです。

数ヶ月前から「西行花伝」を、もう一度読もうとしながら、なかなか進むことができないのは、時間が取れないということもありつつ、わたしのリテラシの問題も、あるのかもと思うのですが、私も齢を重ねましたので、そろそろ国文学の機微がわかるようになり始めているかもしれず、あきらめずに読まないと、と思います。

そういえば、辻邦生のエッセイの中に、日本の古文書を読むのに苦労する、といったこととが書いてあった記憶がよみがえりました。活字化されているのは問題ないが、草書の古文書は難しい、といった内容だったでしょうか。

今日もいろいろと書きましたが、やはり、読む方も頑張らないと、と思いを新たにいたしました。

今日は辻邦生のご命日「園生忌」でした。

辻邦生のご命日である7月29日が今年も参りました。

あれから17年ですか。毎年どんどん遠くへ来ているような気がします。

17年前の新聞の切り抜きも、随分と古くなりました。

写真 1 - 2016-07-29

今日は学習院では「遠い園生」の朗読会があったようです。平日ですので、さすがに今日は参れませんでした。

今年の学習院大学史料館の展示で、嵯峨本の「うきふね」が展示されていました。嵯峨本は、もちろん「嵯峨野明月記」に登場しますし、「浮舟(うきふね)」は、もちろん「西行花伝」の次に描かれる予定だった小説で、源実朝が主人公の小説です。

この辺り、詳しくは辻佐保子さんの「辻邦生のために」に経緯が書かれていますし、「微光の道」冒頭の「地の霊 土地の霊」にも記載があります。特に「辻邦生のために」に書かれたドキュメンタリーのような内容は、手に汗を握るものです。先ほど改めて読み直してみて、何か気が遠くなる思いでした。

もし「浮舟」が書かれたら、ということを、先日の展示を見ながら思っていました。

17年も経ちましたが、きっと永遠になっているのだと思います。

それではみなさま、おやすみなさい。

原型は永遠に繰り返す。

「春の戴冠」のひとつのモチーフが「永遠の桜草」でした。桜草という美の「原型」をどうやって永遠に保持するのかという問題と理解しています。あるいは、それは、イデアールな美のようなもの、美そのもののようなもの、絶対的な美のような超越的な観念があって、それが、例えば桜草において分有されていて、という文脈で捉えています。私のいささか単純な理解なのかもしれません。
そうした、イデアールな何かを目指すことが神的なものへと繋がる道で、「暗い窖」という言葉で示されるような虚無への墜落に対抗するものだ、ということだと思っています。

先日、この「春の戴冠」の終局の場面を読んでいた時に、この「原型」という言葉が、逆の意味で使われている、ということに気づき、背筋が凍る思いでした、それは、やはりサヴォナローラの騒ぎが起こったのちに、サンドロが語る言葉の中にあります。

原型の繰返しじゃないだろうか。いかにも次々と出来事が起り、その都度 、びっくりするようなことばかりだけれど、もっとよく考えると、ただ同じ原型が、別の意匠をまとって現われるにすぎないんだ。ぼくらはそうした幾つかの出来事の原型を持っていて、それがぐるぐる廻転して現われるのを見ているんだ。

まるで、桜草が、イデアールな美を分有しているように、サヴォナローラをめぐる騒ぎも、やはり「原型」の繰り返しの一つに過ぎないということ。つまり、結局は、同じことが繰り返されるということ。逆に言えば、何も変わらないということ。先日も書いたように、「嵯峨野明月記」で、本阿弥光悦が加賀に赴いて、冬の日本海の波濤を見て、世の中の動きというものはこの波のように繰り返し繰り返し打ち付けるものだ、と悟るシーンがあったと記憶しています。あの諦念と同じものを感じます。

また何か薄暗い諦念のようなものになってしまいますが、様々な歴史は繰り返さざるをえないのだ、ということなのでしょうか。良いものも悪いものも。

歴史は終わったということを感じることがあります。ここでいう「歴史」というのは、ヘーゲル的な、進歩する歴史なわけですが、そうした進歩する歴史が終わるということは、過去への回帰が生じるということなのでしょうか。願わくば螺旋系に上昇する歴史であってほしい、と思います。
今週に入って風邪をひいてしまいました。東京は、この一週間急に寒くなりましたので。ですが、今日、梅雨があけ、夏が戻ってきました。やっと東京も夏ですが、うまく乗り切りたいです。
それではみなさま、おやすみなさい。

辻邦生「春の戴冠」での諦念のようなもの

昨日の続きです。

フィレンツェでサヴォナローラが影響力を持ったあとのこと。焚書坑儒のような<虚飾の焼き棄て>で多くの文物が焼かれるような出来事があったのですが、それは、まるで文化大革命の紅衛兵のように若者達主導で行われる設定になっています。少年巡邏隊という組織が、<虚飾の焼き棄て>で焼き棄てるものを集めて回るわけです。

フェデリゴの娘アンナも少年巡邏隊の一員でしたし、最後まで、サヴォナローラのもとに身を寄せて、行動を共にするのですが、サヴォナローラ失脚後、反サヴォナローラ派のサヴォナローラ派弾圧に際して、アンナを弁護しようと、フェデリゴが考えている言葉が以下の言葉です。

この世に人間がいるかぎり、決して実現できないとわかっている正義や愛や単純さを、この子はただただ純粋に受けとり、地上に実現できると信じたのです。この子の気持には一点の疚しいところもありません。この子は忍耐したり、やり過したり、一時的に他のもので代用したりする世間の知恵を知りませんでした。この子は理想に遠まわりをさせることに我慢できず、遮二無二それを地上に実現しようと無理をしたのです。皆さん、この子がそうなったのはまだ子供だったからです。名目だけが通って、実体がしばしば姿を消している人間の世界のことを、あの子はまだ十分知らなかったのです。この子は心の素直な子です。こんな素直な、親思いの、生真面目な子も稀です。この子が悪いのなら、皆さん、人類全体が悪いことになりはしませんか。

辻邦生「春の戴冠」
まあ、若い人というのは、こうした理想に燃えるのが普通です。私もやはりそうした思いを感じていた時期もなくはないので、気持ちはよくわかります。最近世界で起きている様々な出来事も、きっとこうした若さのなせることと関係がなくはないのだと思います。もちろん、世界の歴史、日本の歴史で起こった様々なことも同じです。

私が、こうした若さゆえの理想の諦念を悟ったのは、やはり辻文学からの示唆で、何度か書いているかもしれませんが、「嵯峨野明月記」のなかにあった、俵屋宗達の哄笑のくだりと、本阿弥光悦が権力のうねりを北陸の海岸の波濤に思いを寄せているシーン、の二つから体得したように思います。

そうした大人の知恵は、物事をうまく回すためには必要なことです。ですが、そうした大人の知恵は、無罪とされたサヴォナローラを権力の算術で死に追いやったのではないか。

私は、この暗い諦念のようなものを思うと、辻佐保子さんが書かれた以下の文章思い出してしまうのです。「辻邦生のために」にかかれた、軽井沢の山荘での辻邦生の様子です。

夕方は、すっかり日が暮れるまで、黙ったまま食堂の椅子に西の窓に面して座り、深い瞑想にふけっているようだった。私はその様子を見ていて、どうしても声をかける気持になれなかった。

辻佐保子「辻邦生のために」

生きるための世間の知恵は偉大です。ですが、それだけでは何も変わらず、変わりえない。それでいいのですが、それは寂しくあるいは辛いものだ、ということ。

これは、私の勝手な解釈で、あるいはこれはもはや小説的なフィクションになってしまっているのかもしれませんが、辻邦生の最晩年、山荘の窓から浅間山を眺めながら思っていたことはこういう諦念ではなかったか、と考えてしまうのです。実際のことは私にはわかりませんが、私の中の現時点での辻文学はそうなってしまっています。

この先は明日。

「暗い春」という題名候補

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先日の展示会では、「春の戴冠」のタイトル案が書かれたメモが目にとまりました。ここには、幾つかのタイトル案がかかれていました。私の記憶違いでなければ「暗い春」という題名候補が書いてあったように思います。

「偽ボッティチェルリ伝」が題名候補だったということは記憶にありましたが、「暗い春」という題名が候補だったということは記憶にありませんでした。もしかするとどこかに記載があるのかもしれません。
確かに、春の戴冠は、最後にはサボナラーラの、暗い事件で幕を閉じます。焚書坑儒のように、文物が焼かれるシーンも出てきます。どこかで読んだのですが、こうした記述には文化大革命の影響もあったのではないか、とされているはずです。現在も世界が苦しむ原理主義とポピュリズムの問題を考えずにはいられません。
その後のフィレンツェについては、塩野七生の「わが友マキアヴェッリ」を読んでしまうとそのままなのですが、徐々に成熟した街へと変貌していくイメージです。トスカナ大公国として、都市国家から大陸国家へと変貌するのも、なにかヴェネツィアと似ています。
やはり、「ヴィーナスの統治」と「ヴィーナスの誕生」のシーンが、絶頂です。ですが、その後の暗さというものは、まさに「美と滅びの感覚」の「滅び」の部分を強く感じます。だから「暗い春」となるのでしょうか。ただ、そうすると、おそらくはタイトル的に暗すぎるわけで、絶頂の部分を指す「春の戴冠」という、タイトルになったというわけなのか、と思いを巡らせました。
この「春」という言葉は、ボッティチェリ作品を指すと同時に、 フィレンツェの街自体を示しているのでしょう。23日講演会「辻邦生のボッティチェリ観をめぐって―小説と歴史のあいだで」で小佐野重利先生がおっしゃっていたように、フィレンツェという街の名前の語源の中には、花=フローラという意味が含まれていますので。
ただ、春の次には、夏が来て、秋が来て、冬が来ます。それは、全てにおいて。そうした諦念が、滲み出ているのだ、という思いでした。

本日の一枚。それもやはり、過ぎ行く春の美しさに満ちた曲。元帥夫人の諦念は、まさに、美と滅びの感覚です。老いを自覚し恋人を諦めるというもの。バーンスタインの演奏は濃密。初めて聴きましたが、あまりに濃密。


Strauss: Der Rosenkavalier (Complete)



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