楽器やると頭が回るようになる?

暮れなずむ

何かレトロな感じな写真です。このグラデーションがたまらないですね。

先日面白い記事をネットで読みました。

経験的に、楽器やると頭が回るようになると思っています。久々にセッションに二ヶ月連続で行った直後、余りに頭が回るので(錯覚なんですけど、きっと)、驚いた記憶があります。

以前本で読んだことがありますが、受験勉強に専念するという理由でピアノのレッスンをやめた途端に成績が落ちた中学生がいたそうです。楽器演奏は瞬時に頭をつかって様々な判断をしながら、拍数の計算も行う、実に知的な営みだと思います。それは感性というよりむしろ理数系の計算能力に近いと思います(だからといって、理系の方がみんな楽器ができるわけではないようですが)。

という文脈で以下の記事。エビデンスはわかりませんが、なんとも魅力的な記事。私はおそらくはこれは、正しいと思っています。

http://www.lifehacker.jp/2015/01/150103magic_skill.html

楽器演奏の効能は以下のとおり。

  • IQが7ポイント上がる!
  • 外国語習得スキルが上がる!
  • 空間認識能力があがる=スポーツにも効果ある?
  • 器用さが増し、肺活量が向上する!
  • 能の灰白質が保持され、記憶力が向上する!
  • ストレス解消になる!

すばらしい!!! 私も頑張らないと。

このテーマ、これまでなんども書いていますがまた書いちゃいました。

というわけで今宵も少し弾いてみようかと思います。

ではグーテナハト。

浮き立つ透かし彫り──アルブレヒト・マイヤー バッハアルバム

新年も8日が過ぎました。早く来年のお正月にならないですかね。
今日もベルリン・フィルのオーボエ奏者アルブレヒト・マイヤーのソロ・アルバムです。
バッハ・アルバム
バッハ・アルバム
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マイヤー(アルブレヒト)
ユニバーサル ミュージック クラシック (2004-09-22)
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音の質は実は私の好みかもしれません。エッジがキツくなく、倍音がしっかりしています。
演奏のスタイルは、激しく押し出すようなものではなく、抑制されたものです。
冒頭のバッハ《イタリア協奏曲》の最後の終わり方にまずは驚きました。過剰に盛り上がらず、そっと蓋を閉じるような洒脱な終わり方なのです。この部分、譜面においては、フェルマータですので、仰々しく終わりそうですが、このアルバムにおいては、フェルマータどころではありません。ピアノで静かに終わります。
このセンスは、ちょっとすごいなあ、と思います。
その他の曲も、やはり細やかで丁寧なものです。アーティキュレーションが鮮やかに浮かび上がってくるさまは、浮き立つ透かし彫りを見るようです。
本当に癒されますし勉強にもなる素晴らしいアルバムでした。
最近胸が痛い。比喩的な意味ではなく。心臓か肺のどちらかなんですが、どうも肺じゃないか、と疑ってます。心臓のほうは大丈夫だったので、だとすると気胸ですかね。。オーボエ吹きすぎだったのかも。
ではグーテナハト。

洒脱なオーボエ──アルブレヒト・マイヤーのフランス音楽

「月の光~ベルエポックの室内楽」 (Albrecht Mayer Oboe)

Tudor (2009-03-17)
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今日はアルブレヒト・マイヤー。
洒脱で、けだるい夜に聞くのにピッタリの音楽です。ピアノ伴奏のオーボエで、フランス音楽を聞くという贅沢。ここでアルコールを入れたいところですが、今日は我慢ですが。
フォーレの曲がたくさん入っています。シチリアーナ、パヴァーヌ、月の光、など。
ピアノのカリーナ・ヴィシニェフスキもいい感じです。少し崩したタッチがアンニュイな感じです。
アルブレヒト・マイヤーは、ベルリン・フィルの首席オーボエ奏者です。茂木大輔さんの著作「オーケストラ空間・空想旅行―オーボエ奏者の旅日記」の中で「アルビ」という名前で登場し破天荒ななアメリカ旅行を繰り広げているのは彼です。
やはり、自分が少しでも演るようになると音の聴き方が変わったと思います。ビブラート、アーティキュレーション、ダイナミズムといった細かい表現が体に染み込んできます。こういう世界が広がっているとは。。しかしこれぐらい均質な音がでるといいなあ、とおもいます。ビュッフェ・クランポンを使っているようです。
もう一枚、バロックのアルバムを持っていますのでこれはまた後日ご紹介します。
ではグーテナハト。

妄想のオーボエ その10 少しずつわかってきた

IMG_0190.JPG この週末、カラオケボックスで2時間ほどオーボエに邁進しました。

少しわかってきた音の出し方

ようやく音の出し方がわかってきました。
口腔の容積を増やし、喉を開けることがポイントのようです。これができれば、リードにかける圧力だけではなく容積の違いでピッチのコントロールができます。
当然それだけではなく、容積を増やせば音がかなり豊かになります。まあ、当然といえば当然ですが。
顎をかなり下げつつ、リードにかける圧力をアンブシェアで一定にコントロールし、喉を開くということをやれば、ずいぶん音が良くなってきたように思います。
ただ、カラオケボックスなので、音がかなりまわりますので、実際より音が良く聴こえてしまっているかもしれません。私の友人のトランペッターは、「外で吹かないと、本当の音はわからない」と20年前に言ってました。室内で吹いて巧い気になってはいかん、という戒めですね。まあ、木管は外で吹けないのですけれど。

続けて吹けない。。

また、このように音がよくなった反面、顎やアンブシェアをかなり是正しているので、疲れます。顎だけではなく口の周りの筋肉の持久力が全然ないので、続けて音を吹くことができません。こればかりは鍛錬あるのみなので、地道に続けるしかないでしょう。

個々の音のコントロール

オーボエは、ひとつひとつの音で、こうした口腔容積やピッチを微妙にコントロールしなければなりません。一定の位置に保っておけばいいというものではないようです。ですので、スケールを吹いても、全然ピッチが合った感覚がありません。ここは先が長そうです。
思い出したのがソプラノのルネ・フレミングの自伝のこと。たしか、一つ一つの音によって体のどこを響かせるのかが違うのだそうです。きっとそれに似た感覚なんでしょう。

指の位置が。。

激しく辛いのが指の位置です。キーの位置が均等ではないというのは先日から書いているとおりですが、指がずれてしまいます。この一週間でずいぶんと改善しましたが、まだまだ慣れているというところには程遠い状況ですね。

オーボエが活躍する《ダフネ》

最近バルトークばかり聴いていましたので、たまにはリヒャルト・シュトラウスを聴きましょう。オーボエが活躍するオペラ《ダフネ》です。1938年にカール・ベームによって初演されました。
Strauss: Daphne
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Karl Bohm
Deutsche Grammophon (1999-08-27)
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この曲の冒頭がオーボエです。印象的なモティーフ。早く吹けるようになりたいものですが、先は長いな。。がんばらないと。
それではグーテナハト。

《短信》二人のマルセル

マルセル・デュプレの作品をマイケル・マレイのオルガンで楽しみながら帰宅中。日付が回りましたが…。



それにしてもフランスのオルガンの伝統は素敵です。ウィキによれば、フランス革命で破壊された中世からのオルガンの復興の過程で、フランス楽壇にオルガンの伝統が生まれたのだそうです。

その伝統の中で生まれたのが、サン=サーンスのオルガン付き交響曲なのです。

そうしたフランスオルガン人脈の一人がマルセル・デュプレとマイケル・マレイ。二人ともミカエルから来た名前を持つのは偶然ですかね。だから題名は二人のマルセルです。

マルセル・デュプレは1886年に生まれた天才オルガニストにして、作曲家、音楽教育者。バッハの全作品を暗譜で演奏したそうです。(全作品が何をを指すのかは継続調査)

マイケル・マレイはアメリカのオルガニストで、晩年のデュプレに師事したそうです。デュプレの伝記も書いているようです。これは英語なので私にも読めそうですね。

デュプレ作品との出会いは高校時代です。NHK-FMで聴いた「行列と連禱」という曲。二つの相反する旋律が止揚していくさまは圧巻です。

この曲を結婚式のBGMにしたのですが、手前味噌ではありますがずいぶんいい選曲だったと勝手に思っています。

短信のつもりでしたが、長く書いてしまいました。ちょうど野営地に着きました。これから糧食を食べて明日からの戦闘に備えます。



気づいたこと──楽器やめちゃいけなかったんだ。。。

英語の勉強で、天才たちと趣味の関係について書いた記事を読んでいました。ノーベル賞受賞者のほとんどが、趣味を持っていて、絵を描いたり、楽器を弾いたりしていたらしい。
で、自分が楽器をやめたことと、頭の回り具合を比べてみると、なんだか、楽器をやめた途端に、呆けてきた気がしてならない。
やっぱり、やめちゃいけなかったんだなあ。。。
もちろん、私は天才でもないし、ノーベル賞をとる予定なんて全くないですが、頭の回転と楽器演奏って、相関関係があるんじゃなかろうか。
昔読んだ本にもあったなあ。ピアノをやってた高校生が、学業に励もうとピアノをやめた途端に成績が落ちたっていう話。
再開したいのですが、アンブシェアを鍛え直さなければならないので、しばらくはEWIでアンブシェアを鍛えることにします。しばらくはスクウェアでも吹きまくろうかなあ。
あるいは、シュトラウスのオペラを吹いて自己満足に耽るとか。なにか新しい発見があるやもしれない。

今日もピアノ曲──ポリーニ/シューベルト「さすらい人幻想曲」

今日も朝からピアノ曲。こんなことは珍しいです。ほんの半月前は、ピアノ曲なんてたぶん聴くこと少ないだろうなあ、などと高慢ちきなことを考えていたのですが、手のひらを返したように、ずぶりとピアノ界にのめりこんでいる次第です。 今朝は、シューベルトの「さすらい人」とピアノソナタ第16番。16番は「のだめ」でしたっけ。「のだめ」なんてもう何年も前のことのようです。時代遅れでしょうか……。演奏はポリーニ。以外にも情緒的で激しい演奏だなあ、という印象。とくに「さすらい人」の冒頭は、なんだか荒削りで豪快な仏像を眺める気分。運慶とか快慶とか。とにかく若々しく荒々しい演奏。ポリーニってこんな感じなんだなあ。少し意外でした。ポリーニといえば、ブラームスのピアノコンチェルトをアバドとやっていた印象が強いです。その後緩やかなところでは私のポリーニの印象である、今にも溶けいりそうな絶妙なタッチが聞こえたりします。 というわけで今日も音楽に逃げ込んでいます。明日もたぶんそうなるでしょう。音楽があってよかったです。 忙しいのですが体調管理もままならず。ちょっときついなあ。

珍しくピアノ曲を。

いよいよ一週間が始まりました。ともかく今週を乗り切りましょうか。

個人的には、オペラを優先して聞くようにしていますが、先週はシュトラウスオペラばかり聴いていましたので、少し目先を変えてみようか、ということで、普段はあまり聞くことのないピアノ曲を聴くことにしました。シューベルトのピアノソナタ17番です。

こういう純粋な浄化された世界は良いですね。心が洗われます。昼休みに聴いていたのですが、何だけ別世界へ行ったようです。ピアノ曲についてこのブログで書いたことはほとんどないかと思います。2006年にシューマンの「クライスレリアーナ」、「幻想曲」、「子供の情景」を書いたりしたぐらいでしょうか。もう三年前のことです。

http://museum.projectmnh.com/2006/11/06200909.php http://museum.projectmnh.com/2006/11/08230437.phphttp://museum.projectmnh.com/2006/11/07212752.php

シューマンのピアノ曲は大好きで中学校のころ良く聴いていましたが、意外とシューベルトは聞いていないです。そういえば、ソナチネにシューベルトのソナタが入っていて、中学校のころ弾こうとしたような記憶がありますね。 ワーグナーやシュトラウスのような、ドイツ後期ロマン派以降にはない純朴さ。これはちょっと癖になりそうです。とはいえ、まだ演奏について何も語れないのが辛いところです。

演奏はミハイル・リツキーによるもの。静謐です。録音は日本で行われたようです。DENONレーベルです。アマゾンでは売っていないみたいです。

昨日ふと思ったのですが、私が聴いている音楽はほとんどがドイツ系だなあ、ということに気づいてしまいました。そりゃあ、フランスやイタリアや北欧やロシアはたまには聞きますが、まだまだ、という感じ。イギリスはほとんど聞けていない。ヴォーン・ウィリアムズぐらいでしょうか。なんだか機会喪失をしてしまったようなさびしい感覚。もっとむさぼるように音楽を聴かないと。 とはいえ、指環が聴きたくてうずうずしているのですが…。