つれづれなるつれづれ

それにしても、暑い1日でした。そういえば、書くのを忘れていましたが、明後日まで夏休みです。今日含めて、残り3日間で、溜まっていた家事を一気に片付ける予定。今日も4時半に起きて、昼過ぎまでずっと、諸事雑事を黙々とこなしました。夜は、仕事系。

今日はこちら。「はじめてのサー・コリン・デイヴィス」。
スクリーンショット 2016-07-12 23.02.07
サー・コリン・デイヴィスは、サウンドがすっきりしていますので、ストラヴィンスキーとか、エルガーなどは本当にいいです。別の音源で、《フィガロの結婚》序曲なども聞いてみたのですが、心洗われる爽やかさです。いいですね。シベリウスなんかも評判良いはずなので、ちゃんと聞いてみないと、思います。

明日は、広い地域で雨のようですね。豪雨が予想されている地方もあるようで、心配です。東京も午後は雨らしく、明日も諸事雑事に邁進しようと思っています。休みですが休みません。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

「はじめてのカール・ベーム」

今日は、AppleMusicで、はじめてのカール・ベーム。もちろん、初めて聞くわけではありませんが、やはり、落ち着きます。

(こちらは参考CDです)


Bohm: A life in Music


Bohm: A life in Music

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KARL BOHM
DEUTSCHE GRAMMOPHONE (2016-02-01)
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この馥郁とした品の良さは何なのかなあ、と思いました。もちろん、ベームの演奏ということがわかっている中で、品がいいとか、品格が、ということをいうのはあまり意味がないような気もします。

でも、この《コジ・ファン・トゥッテ》、聞いたとたんたまげました。

https://itun.es/jp/U3-Ef?i=92008277

天上から降ってくる、なんて表現がよくありますが、まさにそれです。


Cosi Fan Tutte (W/Cdrom)


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EMI Classics (2009-08-31)
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ブラームスの交響曲第3番第3楽章も、なぜかしっとりと甘い。品がいい。本当に。


Brahms:4 Symphonies / Haydn Variations



Deutsche Grammophon (2002-10-08)
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ベーム、なんだかカラヤンのアンチテーゼみたいな印象があったり、何か気の毒な感じを受けることもありましたが、若い時からリヒャルト・シュトラウスに認められて初演を振ったりしていますからね。いろいろ言われていても、やっぱり素晴らしい方です。

しかし、いろんなことがって、頭を回すのが大変です。とにかく、きちんと眠ることが、頭を回すコツです。

ではおやすみなさい。

はじめての、が面白い。


少しご無沙汰でした。

先週末、サイクリングで39.5キロ走り回りました。ただ、電動自転車というのがミソ。昔、坂道のある街に住んでいたので、電動自転車を買ったのです。もう10年になりますが、まだ現役です。昨年故障しましたが、元気に復活しています。

うちにはクルマがないのですが、自転車は駐車場に困ることもなく、風を感じて走ったり、狭隘な?畦道を走れたり、と良いことがおおいです。もちろん雨が降るとダメなのですが。また、細かいことによく気づくようななります。路傍のお地蔵さんや庚申塚、馬頭観音など、地域の史跡よまじまじと眺められます。

これは最近はじめて知った、お金のかからないささやかな楽しみです。

もう一つのささやかなたのしみは、Apple Musicの「はじめての〜」シリーズを聴くことかも。

今日聴いているのは、「はじめてのグレン・グールド」。グールドのメカニカルな演奏か面白く、初めて聴く音源もあってなかなか面白いです。バッハの音源はもちろんですが、初めて聴いた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲のピアノ編曲版は、恐ろしくメカニカルで華麗で、驚きました。おそらく音源は以下のアルバムだと思います。

Glenn Gould Plays Beethoven & Wagner
Glenn Gould
Masterworks (2012-08-28)
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なんでも「はじめて」が楽しいうちは、まだまだ大丈夫かも。

ではおやすになさい。

Apple Musicの最近のたのしみ

なんだか、実演を聴かないと音楽人生は寂しくなるわけです。あるいは自分で演奏する楽しみのようなものもある訳ですが、それも思うようにいきません。なにかこう、身体的な経験としての音楽のようなものが欲しいのです。

が、得られないものをおもいうかべても仕方がありません。いわく、自らコントロールできないものに心をわずわせるのは意味がないわけです。

今できることといえば、仕事場への行き帰りでApple Musicを聴くことになるのでしょう。

最近は、新しい経験をということで、プレイリストをよく聴いています。どういう経緯や基準で作られているのかはわかりませんが、なかなか面白いかも、と思います。先日から聞いているのは、「初めての」シリーズ(と勝手に呼んでいます)などです。ピエール・ブーレーズ、サー・コリン・デイヴィス、ハイティンクなど。自分のこれまで持っていた言語化できないそれぞれの指揮者の特徴のようなものを暗黙に聞き分けたりして楽しんでいます。


Sheherazade / Tombeau De Couperin / Pavane



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ブーレーズのプレイリストは、ロマン派を集めたものです。その中に、ラヴェルの「シェヘラザード」が含まれていました。アンネ・ゾフィー・フォン・オッターの歌によるもの。この曲は初めて聞きましたが、いい曲ですね。1904年に書かれた曲のようですが、ラヴェルのような、あるいはドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」を想起するフランス音楽らしい曲です。元のアルバムには、「クープランの墓」も収められています。

それにしても、オッターの声を聴くと、バルトークの「青ひげ公の城」をを思い出しました。この深い憂鬱は名状しがたいものがあります。


バルトーク:青ひげ公の城



オッター(アンネ=ゾフィー・フォン) トムリンソン(ジョン)
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明日で週も半ば。今年の梅雨入りはまだ先のようですね。いつもだと、もう梅雨入りしているような気がします。良い天気が楽しめるのは本当に幸せです。

ではみなさまおやすみなさい。

演奏家の同定について。あるいはやわクラの思い出。

あいかわらず聴き続けているマゼールのブルックナー。本当に驚かされる瞬間が何箇所もあって、個性というものの素晴らしさを感じます。


Bruckner: 10 Symphonien


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BR-Klassik (2011-01-04)
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昔、まだまだクラシックを聴き始めて間もない頃、演奏んも違いというものをりかいすることの難しさに途方にくれていた頃がありました。中学生ころですかね。あのころ、小澤征爾の弟の小澤幹雄さんが「やわらかクラシック」という番組をFM東京でやっていました。クラシック音楽の曲名をあてるという番組で、いまでもNHKFMの「きらクラ」の「きらクラドン」のようなものですかね。

番組終了までしばらく聴いていたのですが、印象的だったのがマーラー特集でした。マーラー三昧の曲当てクイズだったのですが、わたしの記憶ではそのときに始めて演奏者を当てるクイズが出たのでした。この演奏は誰の指揮か?という問題。当然わかるべくもなく。。そりゃ、中学生で、何枚も何枚も同曲異演を聴いていて、当てられるだけの資力はありません。親がたくさんもっているとか、そういう環境なら別ですが、わたしはそういう環境にはいませんでしたので。そのとき、小澤幹雄さんは「演奏をきいて、その演奏が誰の演奏家わかるというのも、クラシックファンにとっては重要なことなのです」みたいなことをおっしゃっいまして、あー、これは無理だわ、と中学生ながらに感じたのでした。

このとき「演奏を聴いて、演奏者をを判別する」というのは二つの意味で捉えられるのだと思います。一つは、きいたことのある演奏を、同定するということ。もう一つは、聴いたことのない演奏をであっても、演奏者を同定するということ。

前者と後者、どちらのことを小澤幹雄さんがおっしゃっていたのかわかりません。ま、両方なんでしょうか。

これを初めてできたのが、多分その後10年経ったころだとおもいます。ジャズを演奏するようになって、音楽の機微が少しずつ分かってきたようなころでした。
で、これがなかなか微妙な思い出ですが、初めて演奏を聴いたことがないのに演奏者を当てたという思い出のこと。たしかベートーヴェンのピアノ協奏曲でした。ほんとうに苦手な演奏で、ふと「これはバレンボイムとラン・ランに違いない」とおもってしまったのです。当たりでした。これ以上は言えません。

そういうわけで、最近は、先輩の皆さんにはかなわないにせよ、少しずつ演奏者の同定ができるようになってきたような感じで、いろいろとの楽しみが増えてきた感覚はあります。

そんな中で、やはりこの数年好きになったマゼールは、特徴的で個性的なスタイルなのできっとわかりやすい部類なんだろうなあ、と思います。

長くなりました。電車の中でざっと書いてしまいました。。

ではおやすみなさい。グーテナハトです。

同曲異演の醍醐味とその深み。あるいは同曲異演沼

今日も「私を構成する9枚」から。

クラシックは、同曲異演こそが醍醐味で、というのは若い頃から知っていました。が、またCDしかない時代、学生には無理難題ですよね…。例えばご両親がマニアで、すでに家にたくさん音源がある、という事案であれば別ですが、そうそううまくいくわけもなく。

中学生の若い頃、当時流行っていたトム・クランシー「レッド・オクトーバーを終え」のなかでの話。
ソナー員がバッハの愛好家という設定になっていたのですが、彼が敵潜水艦のスクリュー音をバッハが録音されているなけなしのカセットテープに上書き録音せざるをえなくなり、艦長が申し訳なさそうにするのを聞いて、「いやいや、もっと良い演奏を持っているのでいいんです」みたいな話をするシーンがありました。

このシーンを読んで、若いなりに、演奏の違いというものとか、演奏の良し悪しのようなものを早く聞き分けられるようになりたいものだ、と思ったものです。

ですが、先に触れたように、さすがにそんなに同曲異演をたくさん聞けるわけもなくという日々が続いたわけですが、ある日、タワーレコードで、同曲異演のCDを買ったのですね。あの時は、本当にドキドキしました。こんな贅沢をしていいものか、と悩んで悩んで悩み抜いて、やっとの思いで買ったのでした。

で、それ以降、深みにずるずるとはまっていくのですが、このCDを聴いた時は、本当にたまげたものです。


Bruckner: Symphony No.8


Bruckner: Symphony No.8
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Bruncker Giulini Vp
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私は、このブル8の第一楽章の後半部分の強烈な高揚に時を忘れ、当時音楽を勉強していた友人と二人で感嘆したものでした。

同曲異演の深みはさらにふかく、底なし沼です。同曲異演沼。

(似た言葉にレンズ沼、というのがあります。カメラのレンズを買っても買っても満足しない状況の異だそうです)

私を構成する9枚のシリーズ、まだしばらく続くかも。

今日でウィークデーは終わり。週末も1日は「仕事」の予定。まあ、ありがたいことなのかも。

それではみなさまは良い週末をお過ごしください。グーテナハトです。

私を構成する9枚

「私を構成する9枚」というのが流行っているようです。昔も、「クラヲタに聞く100の質問」というのがありましたが、あれと似てますかね。まあ、こういうのは、自己顕示の表れだったりするのかもしれませんが、まあ、やってみようと思いました。

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直感的に出したところ9枚を超えたので幾つかは選外にしました。左上からコメント。まあ、古いアルバムばかりになります。苦楽を共にしたアルバムたちですから。つうか、DVDも入っているか。。

  • クライバーのトリスタンは、強烈でした。1998年に聴いたのだと思います。こんなに綺麗なものがあるんだ、と驚いたものです。

  • ジュリーニのブル8は、同曲異演の恐ろしさを知りました。

  • シェーフェーがルルを演じたグラインドボーン音楽祭の《ルル》。BSで放送されていたのですが、食い入るように見てしまいました。多分、オペラに初めて見入ったのがこちらでした。

  • 同じく、クライバーの《ばらの騎士》も、強烈。最初はばらの献呈の場面が好きでしたが、歳をとると、最後の三重唱が好きになりました。そのままでわかりやすい。。

  • ショルティのマーラー8番は、多分初めて買ったCDです。本当はマゼールの方が良いのかもしれませんが、ルネ・コロのテノールが素晴らしかった。何度も何度も聞いた一枚。

  • チェリビダッケの《展覧会の絵》も強烈。タワレコでかかっていたのを聴いて衝撃を受け、速攻で買ってしまいました。

  • フランクのヴァイオリンソナタも思い出深い一枚。ちょうどプルーストを読んでいた頃に聞きました。

  • シノポリの《マノン・レスコー》も美しすぎて衝撃でした。これを聞いたのがきっかけでミュンヘンのシュターツオーパーでマノン・レスコーを聴いたんでした。休憩なしで2時間のパフォーマンスでしたが、あんなに濃密なオペラのパフォーマンスはなかったなあ。

  • アバドの《ヴォツェック》が初めてのベルク体験でした。このCDはカミさんが買いましたが、私が貰い受けて、愛聴しているもの。

カラヤンのトゥーランドット、カラヤンのボエームは泣く泣く選外。カラヤンはスタイリッシュすぎるかなあ、と。ハイティンクの指環は、出会った時期が最近(と言っても10年ほど前?)なので、もう少し経つと圏内に入るかもしれない。

ジャズ系も別途ありますけれど、今日はこの辺りで。

明日の東京地方はまた雪でしょうか?  通勤時間はお気をつけください。

それではお休みなさい。グーテナハトです。

レニーのレニングラード

今日もレニングラード。バーンスタイン盤。レニーのレニングラード。ロジェストヴェンスキーは週末にiTunesに取り込まないと。


ショスタコーヴィチ:交響曲第1番&第7番「レニングラード」



バーンスタイン(レナード)
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シカゴ交響楽団をバーンスタインが振っているのですが、シカゴ交響楽団はすごいですよ、やはり。きめ細かさとパワーが半端ないです。金管のこう言うオケで聞くショスタコーヴィチはあまりに素晴らしすぎます。

なんだか、もっとソ連っぽいオケが恋しくなるという気も致しますが、どうでしょうか。

カップリングされている交響曲第1番も立派な演奏でした。

 

それにしても、もっとでっかいことをやってみたいなあ、と思いました。まあ、他の方のやっていることは大きく見えるものなのかもしれませんが。

明日は早起きの見込み。頑張らないと。。

ではお休みなさい。グーテナハトです。

ムラヴィンスキーのレニングラード


Shostakovich, D.: Symphony No. 7,



Naxos Classical Archives (2000-01-01)
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今日は、ムラヴィンスキーのレニングラードを早速聞きました。

これは名演なんだろうなあ。第一楽章の緊張感と切迫感。フィナーレの暗い高揚。モノラル録音ではあるのですが、迫力はかなりのものです。

今日聞いて思ったことですが、わたし、この曲は、戦争への怒りが込められているとしか思えないのです。戦意高揚もあるにせよ、それはいわゆるダブルスピークでしょう。あの有名な第一楽章の繰り返しは、揶揄と皮肉としか思えない。徴兵され非人道的な戦いを強いた赤軍への大いなる悲しみと怒りにしか思えない。あの単純で大仰なフレーズは、赤軍兵士をもちろん尊敬してるのだけれど、まだ戦争になれないまま戦場に向かう兵士の不幸なんだろうなあ、と思うのです。おそらくは、ドイツ軍がどんなものかもしれずに進撃するのだけれど、いざドイツ軍との戦闘に入った時の混乱と苦悩とも言えるティンパニーの連打、そして残るのは悲しみだけ、というあまりに鮮烈な風景が見えてしまいました。

ショスタコーヴィチがそういう意図で作曲しているわけではないのかもしれませんが、そう感じさせるようなムラヴィンスキーの演奏だったのです。

独ソ戦をいろいろ調べると、それはそれはひどい話が出てきます。まあ、歴史というのは、恣意的なものですので、どこまでが本当なのかはわかりません。ロシア側もドイツ側も大変な状況。ロシアだけでなく、周辺諸国も大変な状況。ファティマの聖母ではないですが、地獄はある、ということなんでしょうか。

戦争をなくすために何をすればいいのかという議論は、多くあり、何が正しいのかは私にはわかりませんが、歴史と現実を見ることなんだろうなあ、と。先日どこかで読んだ話では、川をさかのぼり(歴史をさかのぼり)、海を渡る(海外を見る)、ということに尽きる、ということなんでしょうけれど。

ショスタコーヴィチの糸のようなものはあの有名な「証言」があるわけですが、こちらも偽書の疑いがあります。私はこの「証言」史観にさらされている感もあります。けれども、真実が必要というわけではなく、正しい解釈が必要ということになるのだとも思います。

今日も早く寝ようと思いましたがなかなか。そろそろ寝ようと思います。みなさまおやすみなさい。グーテナハトです。

アムステルダムのレニングラード

今日はこちら。


Symphony No 7 (Hybr)


Symphony No 7 (Hybr)
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Rco Live Holland (2006-08-08)
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昨日取り上げたヤンソンスがレニングラードフィルを振っているのに対し、こちらはアムステルダムのロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団。いやあ、本当に音がいいです。オケの音もホールの音もとてもいいですね。それから、テンポが少し落ち気味になっていて、より大きな演奏になっているようです。

アマゾンのコメントを見ると、どうもこのあたりは賛否両論あるようです。レニングラードフィルの演奏は、一層ムラヴィンスキーの影響が色濃いのだとか。ムラヴィンスキー盤聴いたことないなあ、と思いつつ探してみると、Apple Musicには入っているようです。明日はそちらを聞いてみよう。

ショスタコーヴィチも奥深い。そういえば、交響曲を全曲聴いたことがあるだろうか? と思ったり。3番とか聴いてないかもしれない、などと。4番とかは強烈。11番も強烈。あー、12番とか14番とかも聴いているんですが、印象が薄いなあ。。何気に9番も印象薄い。。一応、交響曲全集はハイティンク、バルシャイ、ヤンソンス、ロジェストヴェンスキーと充実のラインナップを持っているんだ、ということに気づいたり。まだまだ修行が足らないです。

昨年が没後40年で、今年は生誕110年。うーむ。弦楽四重奏という巨大な塔もあるし、オペラの大作もあるし、「証言」というテクストもあるし、too hugeとも言える巨大な人格と才能だなあ、と。

立ちはだかるものの大きさを感じつつ今日は休もうと思います。おやすみなさい。