今日はルチアーノ・パヴァロッティの誕生日

今日は三代テノールのひとり、ルチアーノ・パヴァロッティの誕生日です。天秤座。芸術と生活のバランス感覚などはここから来ているのでしょうかね。

私が初めて聴いたパヴァロッティはこのアルバムの二曲めの「カタリ・カタリ」であることに今日気づきました。

オ・ソレ・ミオ~イタリア民謡集
パヴァロッティ(ルチアーノ)
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おそらくは1988年か1987年のこと。当時、小澤征爾の弟さんの幹雄さんが「やわらかクラシック」という番組をやっていました。毎週聴いていたのですが、その時にこのアルバムが紹介されていたのですね。「Catari, Catari」という歌詞の二回目のCatariの哀愁に帯びた歌い方が印象的で、30年ちかくたった今でも、当時の記憶が蘇ります。

今日も印象的な一日でした。また明日も印象的な一日でありますように。

それではグーテナハトです。

優美にして典雅なベルリオーズ「夏の夜」で涼む。


本当に暑い一日。
こんな日には涼し気な音楽を聴きたいものです。
というわけで、ベルリオーズの「夏の夜」を聴いています。ベルリオーズの代表作の一つとされているオーケストラによる伴奏付きの歌曲で、ソプラノやメゾソプラノ独唱で歌われることが多いようです。ニコライ・ゲッダなども録音してますので、男声もありのようですね。
曲調は、フランス歌曲らしく典雅で優美なものです。いずれもテオフィル・ゴーチエの詩です。もともとは「死の喜劇」として1838年に出版されたものを、ベルリーズが1840年ごろに作曲しました。薔薇の精、恋人をなくした漁夫の哀歌、去りゆく恋人を歌う歌、墓地の歌、未知の島を歌う歌、などなど幻想小説家としてフランス文学史に名をのこすゴーチエの情感ある詩についた曲ですので、おのずとそうした曲調になります。
NMLでいろいろ聴いていたのですが、今のところ、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターとヴェロニク・ジャンスの録音がいいなあ、と思います。
今日聞いているのはヴェロニク・ジャンスのほうです。
オッターはメゾですが、ジャンスはソプラノです。ただ、ジャンスのレパートリーをみてみると、《ばらの騎士》のオクタヴィアンや《ナクソス島のアリアドネ》の作曲家などがレパートリーに入っています。メゾのレパートリーとかぶっています。ですので、声質は軽くなく重心の低い落ち着いた声質です。
ジャネット・ベイカーのようなメゾソプラノが歌うと、(私にとっては)少し沈鬱な感じに聞こえてしまい、典雅さが少しなくなってしまう気がしてなりません。落ち着きすぎてしまうのです。それはそれでいいのかもしれず、好みの問題であると思いますが。
ちなみい、ジャンスは《コジ・ファン・トゥッテ》のフィオルディリージや《マイスタージンガー》のエヴァを歌ってもいます。そういう幅広さが素晴らしい方なのでしょう。また、バロックのレパートリーが多い方で、ヘンデル、パーセル、ラモー、リュリなどのレパートリーを持っているようですね。
またそろりと新しいオペラを開拓しないと、とラモー、リュリなどの名前を見ながら思いました。
明日はとある原稿の〆切ですので、これからまたいろいろ考えます。
では早いですがグーテナハトです。

オッターの歌うシュトラウスとベルク

可愛らしいカワウソ。日本のカワウソは絶滅してしまったそうです。カッパのモデルにもなったそうです。英語ではオッターと言います。



こちらはデハビラントカナダ社のDHC-6という小型旅客機。通称Twin Otter。日本語ではツイン・オターと書きます。オッターではありません。オッターは語呂が悪いのです。飛行機なので。これは実話で、私のダジャレではありません。



次が今回の主人公のオッター様。


アンネ・ゾフィー・フォン・オッター。スウェーデン生まれのメゾ・ソプラノです。

私の中では、クライバー指揮「ばらの騎士」でのオクタヴィアンが最も印象的。あとは、シルマー指揮で、フレミングも出ていた「カプリッチョ」で、強気なクレロンを歌っていたのも思い出深いです。

あとは、一昨年でしたか、アバドがベルリンフィルを振ったマーラーの大地の歌ですかね。最後、感極まって涙を感極まって流していたのを覚えています。

今日聴いているのはLove’s Twilightというアルバム。シュトラウス、ベルク、コルンゴルトの歌曲集です。




冒頭のシュトラウスのRosenbandが素晴らしいです。この曲の素晴らしさはこのアルバムで学びました。ゆったりと遅めのテンポでふくよかに歌ったいます。転調しながら上昇するあたりの昂揚感は絶品です。

あとは、ベルクの七つの初期の歌、ですかね。こちらもかなり緩いテンポ。無調の浮遊間とあいまって、聴いている方も揺蕩う感じ。この無解決感が、底の見えない真っ青な湖の底を覗き込む時の不安と崇高を感じさせるのです。

残念ながら実演で聴いたことはないです。歌は録音では分からないことがたくさんありますので、きっとすごいんだろうなあ。

オーベルニュの歌で癒されていきたい

今日は新人二人が私のユニットに入って参りました。心洗われる気分。

と同時に、かれらの人生に少なからぬ影響を与える身になったということで、気が引き締まりました。

というか、後輩たちみんなに当てはまることなのだけれど。

 

今日は少し癒されたい気分。こういうときは、この曲がおすすめです。(ワーグナーは少しお休み)

  

オーベルニュの歌。カントルーブによるもの。

この方かたは、19世紀末から第二次大戦を生きぬいたたフランスの作曲家で音楽学者です。

wikiの略歴を観ると、興味深いことにこの方は政治的には右派だったということが分かります。ヴィシー政権に協力をしたりします。

そう言う方が、こうした民謡をもとにした、実に味わい深く鄙びた、それでいて近代フランスの流麗なオーケストレーションが添えられた素晴らしい作品群を造っているというのが本当に興味深いのです。

私はこの方の曲を聴くと印象画の絵に見られるような木漏れ日の味わいを思い出します。あとは、映画「マルセルの夏」とか。日本には絶対にないバカンスの日々等々。

わたしは、アップショウとテ・カナワとの二枚を聴いていますが、アップショウの歌声の澄み切った感じの方が好きです。テ・カナワはすこしゴージャスな感じで、今の私にはすこしオーバースペックかもしれないです。

ということで、アップショウの音源はこちらです。

 

 

この曲を聴きながら湯船につかるのが私の贅沢です。

 

それでは。You have.

喪われた夏──オーベルニュの歌──



かつて住んだその地にまた帰ることはない。だが、こうして車窓の外に街灯が流れゆくのを眺めていると、その向こう側に灼けた石畳に遊ぶ鳩の群れや、広場の真ん中で水音を鳴らす水盤や、風に身を震わせ唸るポプラ並木が見えてくる。父も逝き、母も逝き、姉も逝き、重く古びた革のスーツケースを抱えて、独り汽車で彷徨する身となった。だが、闇の向こうに、喪われることのない夏の景色が見えてくる。鋼鉄の兵士にすべてを奪われたが、この景色までもが奪われることはよもやあるまい。

クロイツベルク「彷徨の闇」より


オーベルニュの歌、素晴らしいです。明日、日フィル横浜定期で聴くことになりましたので、音源を入手して聴いておりました。
オーベルニュの歌は、カントルーブが30年をかけて作曲した五つの歌集からなります。オーベルニュ地方の民謡を集めて管弦楽伴奏をつけたもの。カントルーブはダンディの門下生で、オーケストレーションが素敵すぎます。時折、映画音楽かと思うぐらいロマンティックでモダンなサウンドが出てくるのですが、それがすごく良い。暑い夏はこれで乗り切るしかないかもしれません。
私は、ナガノがドーン・アップショウとくんでいる盤を買いましたが、これは正解だったようです。アップショウは、ポルタメントが少し強いと思いましたが、静謐な美しさも、コケティッシュにおどけて見せるあたり、素晴らしいです。
この曲を聴いて、「マルセルの夏」という映画を見たのを思い出しました。「マルセルの夏」の舞台はプロヴァンスで、オーベルニュ地方とは少し違いますが、日差しの強い南仏の空気が感じられます。いつか、辻邦生の「ある生涯の七つの場所」を片手にフランスの田舎を旅するのが夢ですが、その夢を先取りした気分になりました。でも叶わぬ夢。
明日の日フィル定期の前半はこの曲で、休憩を挟んで「惑星」が演奏される予定。すごい組み合わせで、ワクワクします。

ばらの花環つれづれ その1

一週間完了しましたが、なんとか辿り着きました。本日は夜更かし中。土曜日の仕事は免れられそう。だが、明日の夕方には試練が待っています。
今日はこの映像につきるなあ。

Das Rosenband。 ばらの花環、なんて訳が付いています。1898年に作曲された「四つの歌」の第一番。クロップシュトックの氏によるもの。この年、シュトラウスは「英雄の生涯」を作曲しています。自らを英雄に喩えることができるほど、充実した年頃の作品です。
数年前からかなり気になっている曲なのですが、じつはもう13年ぐらい前に、オッター様のアルバムで聴いていたみたいで、そのときからわりと好きな曲でした。バーバラ・ボニーのアルバムでも聴いていましたので。それが、数年前に手に入れたフェリシティ・ロットのこのアルバムで一気に大好きになりました。

4 Last Songs / Suite From Capriccio / Wiegenlied

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このアルバムのDas Rosenbandは、オケ版で、シュトラウスの豊穣な音楽がより味わい深く楽しめます。
You Tubeで歌うディアナ・ダムラウは、ドイツの若きコロラトゥーラ。私は初めて聴きましたが、めちゃ巧いですね! 丁寧だし、余裕を持って歌っています。チェックしないと。ちなみに、私は、メリル・ストリープに似ていると思うのですが、いかがでしょうか? 
この曲、語りたいことはあるのですが、明日があるのでこのあたりで。

女王は誰? 

先日から、いまさらのように観ていた、ウィーン国立歌劇場の芸術総監督であるイオアン・ホレンダー氏のフェアウェル・ガラですが、昨日ようやく見終わりました。いやあ、本当に面白かったです。
後半のハイライトは、ネトレプコが歌うマスネの「マノン」からのアリアである「私が女王様のように路を行けば」。

宝石の歌~アンナ・ネトレプコ/ ヤング・オペラ・ヒロイン
ネトレプコ(アンナ) ウィーン国立歌劇場合唱団
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私は、「マノン」を通しで聞いたことはありませんでしたが、この曲は知っていました。「若さの特権を行使しよう。人生の一度の二十歳なのだから」という、なんだか今から思うと、ほろ苦い感覚もある歌詞ですが、まあそれはそれはネトレプコの巧さはすごいです。もっとも、映像つきなので、ネトレプコの美貌にだまされているのかもしれませんが。ネトレプコは少々太ったのではないかと思います。子供も生まれたようですし。
この曲、後ろで歌っている男声合唱が効果的です。だらしないマノン信奉者たちがマノンに媚びへつらっているという図式が見て取れるのですから。同じ男性としてはすこし情けない気分にもなりますけれど。
そういえば、2004年の夏に浜松まで出かけてネトレプコを聴きに行ったことがありました。小澤征爾音楽塾で、ネトレプコはムゼッタを歌っていましたのですね。当時は、深く憂いを帯びた声がすばらしいと思いましたが、ムゼッタのワルツだけじゃ物足りなかったです。あのころに比べると、今は比べ物にならないぐらいの世界的名声を勝ち得ています。実演に触れるためにはいまや一万円札が何枚も必要になりそうです。
今、iPodに入っているる歌曲アルバムを全曲聴く、というプロジェクトを進めていますが、プティボンが「マノン」の同じアリアを歌っている音源も聴きました。
フレンチ・タッチ
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プティボン(パトリシア) リヨン国立歌劇場合唱団
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ネトレプコがあでやかな美しさ、ある種健康的な美しさであるのに対して、プティボンは、凄みのある美しさで、近づいたものを焼き尽くすような力を感じました。魔性の女的な。いや、魔性の女以上。こういうのを悪女というのか、という感じです。

歌曲のトラックを聴き倒す一週間

私のiPodに入っている、クラシック系ヴォーカル曲をシャッフルして聴いています。極めて受動的な聞き方で、後ろめたさもあるのですが、普段聞かない音源にもたまには目を向けてみようということで。
全部で1005曲あって、気が遠くなりそうですが、興味深いトラックがいくつもあって、楽しいです。印象深い歌い手さんは、プティボンとパヴァロッティ。月並みですが。オッターやガランチャもすばらしい。
プティボンは変幻自在な声を出します。あるときはこまっしゃくれた小娘のような、少し媚びのある声だし、あるときは深く情熱的な激しい声を出したり。一度実演を聞いてみたいです。
フォーレの歌曲集も、なんだかアンニュイな感じで、心地いい。フランス語分かりませんが、今からでもがんばるかなあ。。。これ、分かるようになると、人生が光り輝きそうです。
あとは、三大テナーも何曲か聞きましたが、甘い歌声のドミンゴ、麗しきパバロッティ、情熱のカレーラス、といったところでしょうか。ドミンゴもこのころはまだ声が太くてかっこいい。しかし、パヴァロッティのポップスはあらゆる意味で面白い。
それから、マーラーの歌曲も良いですねえ。亡き子をしのぶ歌、さすらう若人の歌は、マーラーの交響曲群の外伝的な位置づけで、めちゃくちゃカッコイイし、興味深いし、感動的。
ブラームスの歌曲は聴いていて安心してしまいます。安心しすぎてすこし物足りなささえ感じる。ブラームス狂いだった時期もあったので、ある種の懐かしさ。心が和みます。
まだ500曲ほどしか聞いていないので、まだまだ隠れたお宝がたくさんでてくるはず。あと一週間はかかりそうです。

やばい、プティボン。──パトリシア・プティボン 「ロッソ-イタリア・バロック・アリア集」

やばい、プティボン。


昨日アマゾンUKから届いて、早速iTuneに取り込んで聴いております。この方、凄い。平伏いたします。申し訳ありませぬ。
強烈な情感とパワーを持った劇的で激情的でいながら、なお冷静さや優しさを失わない人間味溢れる声です。今聴きながら書いているんですが、一瞬一瞬がいとおしい。やはり、欧米人の体格でないと、この声は出せないのか。
Wikiによると、1970年生まれのアラフォー世代。旦那様は作曲家でお子様がお一人いらっしゃる。
http://patriciapetibon.artistes.universalmusic.fr/
Wikiに生年が書いてあるのに驚いたのですが(普通の歌手は年齢出しませんので)、40歳でこのパワーと若々しさかあ、と。私も老いさらばえるのはまだ早い。若者には負けぬよう頑張らねば。

森麻季さんと


ちょっと語弊があるかもしれませんが、このCDは、芸域としては森麻季さんと重なっているように思いました。森麻季さんは透徹とした美しさや豊かな表現力や技術力を持っておられますので、大変好きなソプラノのひとりなのですが(変な噂は内容も知らず無視してます。だって、巧いんですから)、唯一の弱点は高音部の倍音成分の少なさにあると思うのです。プティボンの場合はそこをクリアしてしまっている。
先日、偉大な先輩プロ音楽家の方と話したのですが、どうしても体格のせいなのか日本人の声質が欧米人と異なることが多いなあ、と。これ、クラシックだけじゃなくてポップスも同じ。ピッチコントロールはいいんですけれど。

ちょっと気になる曲たち


それから、有名な”Lascia Ch’io Pianga”、森麻季さんの解釈と違っていて新鮮です。静謐に静謐に歌われている。森麻季さんの場合、ちょっとした感情の高ぶりを表現するところも、淡く輝きながら通り抜けてみせる。スマート。[1]
その次の曲、”Volate, Amori” とか、”Se Il Mio Dolor T’offende”の昂揚感も凄い。ここまで劇的な表現をしてしまうとは。この音楽、いわゆるバッハ的なバロックとは思えん。王侯貴族のためだけの音楽とは思えない。これはまさに民衆のほうにも向いている。

後悔と希望


ああ、こんなことだったら、来日公演に行っておくんだった。激しく後悔。そして、この方の「ルル」の録音を逃したという絶望的後悔。ああ、この声と表現力でルル歌ったら凄いはず。頼む、再放送してほしい。CD化してほしい。
こうなることは、先日のバイエルン放送管弦楽団の「カルミナ・ブラーナ」を聴いたときに予想できていた。あの最終部にかけての表現は凄かったからなあ。
http://museum.projectmnh.com/2010/04/18035722.php
というわけで、また増えてしまいました。ラヴリーなソプラノ。激賛勧奨です。

で、ラフォルジュルネ


というわけで、私も乗り遅れないように、ラフォルジュルネに行って、ヘンデルオペラのアリアというご馳走にありつくことにしました。プティボン効果です。GWの前半は仕事なのですが、一日ぐらいはオフにできそうなので、5月3日の公演に行って参ります。

  • マリア・ケオハネ [ソプラノ]
  • リチェルカール・コンソート
  • フィリップ・ピエルロ [指揮]
    ショパンにはあまりなじみがない者でして、ちょっと引き気味だったんですが、もうほとんどチケット売れてるんですね。頭の良いピアニスト達が寄り集う東京フォーラムに幸あれ。良い天気になりますように。
    fn1. しかし、この曲、思い出深いなあ。「あこがれ、美しく燃え」。強烈すぎて怖かった。映画も見ないとなあ。。。

ロット様の耽美的シュトラウス歌曲集

はじめに


フェリシティ・ロットは、いわずとしれたイギリスを代表するソプラノ歌手です。1947年生まれと wik iにはありますので、今年で63歳。私は昨年の10月に実演に触れています。曲はもちろんカプリッチョの最終場。録画失敗したのが悔やまれます。
http://museum.projectmnh.com/2009/10/19214851.php
あのときも泣けて泣けて、涙が出てしようがないぐらい感動したんですが、(思い出しただけれうるんじゃいます)、ロットのカプリッチョが聴けるCDがないかと物色していました。プレートルが振った全曲盤があるのですが、高くて躊躇していたんですが、まずはネーメ・ヤルヴィが伴奏を振っている「四つの最後の歌」などとカップリングされたCDを購入しました。
そして、あまりのすばらしさに感動しております。

  1. Biem Schlafengehen
  2. September
  3. Fruhling
  4. Im Abendrot
  5. Wiegenlied
  6. Ruhe, Meine Seele!
  7. Freundliche Vision
  8. Waldseligkeit
  9. Morgen
  10. Das Rosenband
  11. Zueignung
  12. Des Ditchers Abendgang
  13. Intermezzo (月光の音楽)
  14. Closing Scene (カプリッチョ最終幕)#
    ちょっと面白いんですが、一般的な「四つの最後の歌」と順番が違うんです。
    ふつうは
  15. Fruhling
  16. September
  17. Biem Schlafengehen
  18. Im Abendro
    なんです。なので、ちょっと新鮮な感じです。もっとも、順番はシュトラウスの死後に決められたものですので必然性は低いんですけれどね。

    音響の素晴らしさ


    このCD、やけに音がすばらしいのです。トラック12のDes Ditchers Abendgang以外は、すべてCaird Hallというところで録音されています。
    Caird Hall
    このホール、かなりすばらしいリヴァーヴなんです。ルカ教会残響の深さは似ているのですが、ちょっと残響の音程は高めです。この絶妙な残響感が、ロットの高貴で品性のある声を十二分に引き立てています。
    実は、最初聴いたとき、あまりに美しすぎて、ちょっと引いたんですよ。何というか、不自然さのようなものを感じたんです。
    というのはこんな経験をしたからです。
    昨年、某日本人有名歌手のCDを聴く機会がありました。そのCD、あまりにリヴァーヴがかかりすぎていて、どこで録音したのかと見てみると、ただの音楽スタジオでした。リヴァーヴをエフェクターでかけ過ぎていたんですね。私は大変失望したんですが、ロットのこのCDにも一瞬同じ危惧を抱いたのだと思うのです。しかし、聞き込むうちにそれは危惧から感嘆に変わりました。日本人歌手の場合、すでに絶頂期は過ぎていますので、完全になんらかの悪い要素を消すためにリヴァーヴをかけていたとしか思えなかったんです。しかしながら、このロットのCDはそうとは思えません。純粋に美しい。天から降ってくる歌声といっても過言ではないです。

    Das

    Rosenband
    また別の機会にも書こうと思ったのですが、Das Rosenbandを聴いていたら、急に涙が止まらなくなりました。この曲、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターや、バーバラ・ボニーも録音しているのですがいずれもピアノ伴奏です。シュヴァルツコップ盤はセルが振ったオケ伴奏盤ですが、シュヴァルツコップは少し苦手意識があるので、あまり響いてこなかった。でも、ロットのDas Rosenbandは違いました。大きく分けて二つの旋律からなるんですけれど、シュトラウスらしい絶妙な転調の進行に心が締め付けられて、急になんだか母胎に回帰したかのような安堵感を覚えたのです。この曲、今度もう少し突っ込んで研究しようと思います。

    「四つの最後の歌」の思い出


    私が初めて「四つの最後の歌」を聞いた瞬間。それは映画「めぐりあう時間たち」でした。
    http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD33172/index.html
    メリル・ストリープが、パーティーの準備をしているときにBGMで流れていたのがそれでした。この映画、実に多層的複雑さをもった秀逸な映画で、かなり重い内容なんですけれど、あの時の「四つの最後の歌」は雷撃でした。あらすじはあまり書きませんが、その後の不幸な結末を暗示しているように聞こえたんですよね。この曲を大音響で流しながら料理している姿の切迫感を忘れることができません。
    というわけで、今日もシュトラウスでした。ああ、シュトラウスの歌曲全曲盤とかないかしら。あったら買いたいなあ。。