本当につれづれな日々


今日も近所の城跡まで自転車で行って参拝。本丸跡に神社は鎮座しています。この城、戦国末期に攻め立てられて落城したそうですが、遺構がかなり残っていて、戦国期の地方の城がどういうものだったか想像するにでは材料に事欠くことはありません。 


城跡からは、武蔵野の風景が。往時にはここから敵の軍勢が迫り来る様子が見えたかもしれず、そう思うと、武者震いのようなものや、腹をくくる覚悟のようなものが理解できる気がします。仕事でトラブルの対応をしている時の気分と似ているのかもしれません。

近辺には、大きな農家がたくさん。司馬遼太郎の「この国のかたち」では、東国武士とは開拓農民だったとありました。その後、地侍や豪族だった彼らは豊臣政権の刀狩りで武士となり土地を手放すか、農民となり土地を守るかの選択を迫られました。きっとこの近辺の農家もやはり東国武士の末裔で、土地を守っていたに違いない、と思うのでした。

今日の午後久々に時間が取れたので、フーコーを読んで、その後図書館へ。ですが、焦るように読むばかり。

みなさまはどのような週末でしたでしょうか。

それではおやすみなさい。

ドイツ統一戦争── ビスマルクの思い出

あと4回寝るとお正月らしいです。いつものように「もう正月! 早いねえー」などという感想には飽きましたが、最近はむしろ、自分よりひとまわり若い人が「最近時間がたつのがはやくてはやくて驚いてます」と言っているのを聴くときのほうがショックを覚えます。まったく。

最初のドイツ統一の立役者の一人であるビスマルクの銅像。1999年にベルリンにて撮影。当時はまだドイツマルク時代。景気も今より悪くはなくて、まだ希望があった時代。
「ドイツ統一戦争」と題された、教育社歴史新書を読みました。この本、高校時代に読んでいたはずですが、今一度読み直すと、ものすごく興味深くて仕方がありません。高校時代、世界史の授業で、ドイツ統一のくだりを聞いたときの感動は忘れられなくて、世界史の先生に紹介してもらったのがこの本でした。ビスマルクの鉄血政策がテスト問題に出題されて、先生と少し議論したような思い出もあります。
今回読んでみて、なんとも一番興味深かったのは、戦前日本との類似点が多いこと。日本ですと、統帥権干犯問題というのがありましたが、ドイツ(プロイセン)でも同じ問題があったらしい。なおかつ興味深いのは陸軍大臣の立場で、日本においても陸軍が内閣に不賛意だった場合、陸軍大臣を引き上げる、ということをやって、内閣をつぶしたりしていましたが、ドイツ(プロイセン)においても陸軍大臣は議会と軍部の狭間にあって、極めて不安定な立場だったようです。
ドイツ的という言葉は、極めて多義的で、イギリス的とかフランス的という言葉よりも含意を多く含むものです。ドイツ統一に向けて形成されたドイツ的なものとは、プロイセン的な保守主義、反動主義、貴族主義であって、今我々が思うドイツ的とは少し齟齬があります。ですが、これもやはりドイツの一部でありますから、無視しては通れないところです。
ちなみにビスマルクは1815年の生まれで、ワーグナーは1813年の生まれ。両人とも、19世紀後半に、ドイツを高みに押し上げたのですが、両人の延長線上にナチズムが垣間見えるというのは、なんとも複雑な気分です。
そういえば、高校のころ、「小沢一郎はビスマルク的である」という言説を聞いて、なるほど! と得心した覚えがあります。