ドレスデンの記憶の奇想変奏──「カプリッチョ」によせて その2

ドレスデンには2001年の1月頃に行ったことがありました。まだ、世界が同時多発テロも金融危機も知らず、ITバブルがはじけたとはいえ、まだまだ冷戦後の安眠を貪っていた時代。一度目のドレスデンで、私はラファエロとカナレットに開眼したのですが、それはまたの機会に。
2001年当時のゼンパーオーパーがこちら。
そして、2006年当時のゼンパーオーパー
なんだか本当に雰囲気が変わってしまって、別の街のように思えるほどでした。
ドイツをご旅行された方はよくご存じだと思いますが、南と北とじゃ、ドイツ人の気性は全く違います。特に酷いのが、フランクフルトからケルンにやらルール地方にいたる一体とかベルリンじゃないかな(例外的にマインツでは何度も凄く親切にしてもらった。これもまたいずれ書きましょう)。ハンブルクやらリューベック、キールあたりには行ったことがないので分からないですが。
でもですね、ドレスデンではそういうイヤな思いを全くしなかったんです。それはミュンヘンでも感じたし、フライブルクでも感じました。
そのときはまだオペラを全然知らなかったのです。ブラームスの室内楽とブルックナーを狂い聴きしていて、オペラに行く欲求がなかった。けれど、ドレスデン絵画館の窓から、マチネに向かう人々がオーバーコートに身を包み、ゼンパーオーパーの入口へと消えていく姿を眺めていました。暗く寒いドイツの冬の出来事。
ドレスデンを去る前日、エルベ川の対岸からゼンパーオーパーの偉容を眺めていました。夕闇迫り、空は真っ赤に燃え上がっていました。実を切る冷たい風に震えながら、この街にはもう一度来なければならない、と強く思いました。「エルベの誓い」というのがありますよね。第二次大戦終戦時に米ソの兵士がエルベ川の橋で握手をして、恒久平和を誓ったというあの話。だが、あの時の私にとっての「エルベの誓い」は、必ずここに戻ってくるというものでした。
その後、ドレスデンはエルベ川の大氾濫で大きな被害に遭いました。ゼンパーオーパーも壊滅的な打撃を受けたし、絵画館の貴重な絵画は疎開しました。それはまるで、ソ連軍の侵攻に備えてナチスドイツが美術品を疎開させたのにも似ている。ピルニッツ宮殿に当時の洪水の水位が分かるようになっていました。
一番上のラインが2002年の洪水の時の水位。ちょっと変な写真ですがこの写真も見てみてください。
その後、ドレスデンは復興したけれど、復興しすぎたんですよ。一度目のドレスデンの頃は、まだ東ドイツ社会主義政権下の名残が至る所に見られたんです。フラウエン教会だって影の形もなかった。ただ看板があっただけだったんです。
ドレスデン城も下の写真のように工事中。つまりBaustelle.
でも、2006年の二度目のドレスデンは、すっかり変容していました。西側資本が大量に入り込み、ドレスデン城の復興がなり、「緑の丸天井」と呼ばれるザクセン王家の宝物館の公開直後と言うこともあって、整理券を取らないとドレスデン城に入れない有様。
銀行や商店の看板が乱立し、日本で言えば、ヨドバシカメラやヤマダ電機のような大型電気店「サターン」が街のど真ん中に店舗を構えていたり、消費者ローンのキャンペーンで、1000ユーロだかがあたるくじ引きに行列が出来ていて、あの薄暗い中央駅は、天井が張り替えられすっかり綺麗になっていました。
フラウエン教会は白亜の石造建築として再興していましたが、余りに新しすぎて違和感を覚えてしまうぐらい。なんだかドレスデンの暗く静かで内省的な雰囲気は露と消えていました。特にエルベ河畔の代わり方が凄くて、もう満員のカフェテラスやレストランが軒を連ねていて、どの店も満員御礼状態でした。
僕がお世話になったGaraxというお店は消えてなくなっていました。下の二枚は2001年当時のGaraxでの写真。若い女の子二人で切り盛りしていました。客は僕ひとり。ソーセージとジャガイモのペーストを食べてビールを飲んだんですが、あれも幸福な時間だったなあ。

ドレスデンの記憶の奇想変奏──「カプリッチョ」によせて その1

昨日も今日も実に良い天気です。近所の早咲きの桜は、もう満開に近い状態です。あと二週間で4月ですね。近所の学校は今日が卒業式でして、スーツやら袴を着込んだ学生達が街に溢れています。

今日からはしばらく「カプリッチョ」とドレスデンのことを書いていこうと思います。というのも、昨日のフレミングのアルバムの「カプリッチョ」に触発されて、NHK-BSで録画したフレミングの「カプリッチョ」映像をiPodに取り込んだから。今日一日で書き終わる予定でしたが、あまりにもむくむくといろんなものがわき上がってきて止めどがないのです。このオペラ、凄く思い出深いのですよ。

っていうか、来週は新国で「神々のたそがれ」なんで、そっちも考えないといけないんですけど。まあ、とりあえず続けましょう。

「カプリッチョ」を初めて聴いたのは、2006年だったと思います。それまで知らなかったのはお恥ずかしい限り。サヴァリッシュ盤をタワレコ新宿店で買いました。伯爵夫人マドレーヌはシュヴァルツコップ。若き日のフィッシャー=ディースカウやニコライ・ゲッダ、ハンス・ホッター、クリスタ・ルートヴィヒも参加しているEMIの歴史的名演です。ただし、モノラル録音ですけれど。

この曲、最初はよく分からなかった。今なら大泣きしてしまう「月光の音楽」だって、まだよく理解できず、ただただホルンの美しい旋律に心が反応しただけ。

それで、ネットで「シュトラウス&カプリッチョ」と検索してみると、旅行会社のウェブページにたどり着きました。なんでも、ドレスデンでの上演を見るツアーがあるとのこと。なんとまあ。それで、突然ドレスデンに行こうと思い立ちました。

奥さんはたまっていたマイルで行くことにしていたのですが、僕の仕事とあいているフライトの日程が合わなかった。それで、一日早く奥さんだけドレスデン入りしたんですね。

僕は翌日のルフトハンザでミュンヘン経由でドレスデンに向かいました。隣に座った方は僕より少し若い男性で、ドイツ語が堪能な方。コットブスに行くんだ、とおっしゃっていました。ミュンヘンまではエアバスA340にて。長さ的にはA340-300型と思われます。 ミュンヘンでの待ち時間は2時間ほど。で、空港のバーで(医者に禁止されてたけれど)ビール飲んで本を読んでいたんですが、なかなか時間にならない。
いつ見ても18時10分。ちなみにボーディングは18時55分。まだまだ時間あるや、と思っていたんですが、ふと気付いたら、時計が止まっていたんです。。。祖父の形見のロードマーヴェルだったんですが、ねじを巻き忘れていたんですね.
慌てて、Palmの時計を見ると18時55分。危なかった。それで、真っ暗なエプロンに降りて、ドレスデンと書かれたバスに乗せられオープンエプロンへ。4発のイギリス製コミュータージェットのBAe146アヴロRJに乗り込みました。

機体は、ミュンヘンからほとんど変針せずにドレスデンへ一直線へ飛んだのだと思います。おそらくはチェコ領空を通過したはず。シェンゲン条約というか、EU加盟国だからなのか。ジェットルートを調べてみると、やっぱりチェコ領内をかすっているみたい。 (なんで、こんな画像、僕が持ってるんですかねえ。秘密です)

まあ国内線とはいえ国境は関係ないんだなあ、と思った次第。

で、ドレスデンに到着。

なんだか、ドレスデン旅行記になってきました。それはそれでいいか。

それではまた明日。

カプリッチョについては、こちらも。 http://museum.projectmnh.com/2009/10/19214851.php