ローマ紀行 その33 ミュンヘンから成田へ

ミュンヘンに到着した僕らは、とりあえずポストオフィスを探して絵葉書を投函しました。GAさんに聴いてみたらKeine Ahnung(そんなの知らないわ)といいながらも地図を出して探してくれる。やっぱり南ドイツ人は優しいです。


ランチはもちろんドイツ料理。これが最後の海外旅行かもしれないという、すこし感傷的な気分になっていたので、昼間からWeis Bierを注文しました。これは「白ビール」と訳されますが、日本の一般的なビールとはもちろん違います。ご存知のとおり白ビールには酵母が入っていて味がまろやかなのです。ドイツ人的几帳面さで、きっちり0.5リットル。すばらしい。



ソーセージに、パン。




このパン、塩がついていてめちゃ旨い。日本だと塩加減緩くしてるんですけれどね。


飛行機のウェルカムドリンクはカンパリにしました。スナックがしゃれてます。




ミュンヘンから成田への機材は、行きと同じくエアバス340でした。エコノミーだったのですが、すごく待遇よかったですよ。スパークリングワインを3つも出してきてくださって、私ら二人ともべろべろに酔っ払ってしまいました。




その後、待ちかねたように始まった免税品販売の時点では完全に理性を失い、財布やら何やらを二人して大人買い。財布なんて、「ちょっと中見せてよ」といったら、キャビンアテンダーの男性が包装をビリビリ破ってくれるもんだから、買わないわけにはいかないじゃないですか。。


で、あとはシベリア上空を意識を失い眠り続けました。少し残念な気分。



着陸直前に、機内サービスのアンケートを頼まれました。あそこまで待遇よくしてくれて、悪い評価なんてつけられるわけないじゃないですか。まんまと、CA達の手のひらで踊ったかんじ。でもとても楽しいフライトでした。ルフトハンザ、今はどうなっているかわかりませんが、2008年当時はよかったですよ。



というわけで、成田に帰着。これで2年間もかかったローマ紀行もおしまい。次に海外旅行に行けるのはいつになるやら。。

歌手の声の種類と配役について その4 バス・バリトン篇


これで、もう最後でしょうか。桜の写真。来年も良い桜が見られると良いですね。


昨夜は、会社でお世話になった方が5月に異動になるということで送別会に行って参りました。生まれて二回目のふぐ料理でした。


さて、今日で声と役についての記事は一段落する予定。とはいえ、もう少し突っ込みたいところがあるので、後日また研究テーマとして取り上げると思います。


バス・バリトンは、ワーグナーオペラでは大変重要な役柄です。ヴォータン、グルネマンツなどなど。というわけで、また堀内修さんの本からの引用でまとめます。


リリック・バリトン




テノールに比較的近く広域も伸びる。


  • <コジ・ファン・トゥッテ>グリエルモ

  • <ファウスト>バランタン

  • <タンホイザー>ヴォルフラフム・フォン・エッシェンバッハ

  • <ローエングリン>軍令使


カヴァリエ・バリトン




その名のごとく騎士のバリトンの意味。声に輝きがあり主役的なバリトン。


  • <ドン・ジョヴァンニ>ドン・ジョバンニ

  • <エフゲニー・オネーギン>オネーギン

  • <タンホイザー>ヴォルフラフム・フォン・エッシェンバッハ


キャラクター・バリトン




個性的表現ができるバリトン。


  • <トスカ>スカルピア

  • <シモン・ボッカネグラ>パオロ

  • <リエンツィ>オルシーニ

  • <トリスタンとイゾルデ>メロート

  • <ニュルンベルクのマイスタージンガー>フリッツ・コートナー

  • <ラインの黄金>アルベリヒ

  • <ラインの黄金>ドンナー

  • <ジークフリート>アルベリヒ

  • <神々の黄昏>アルベリヒ

  • <神々の黄昏>グンター

  • <パルジファル>クリングゾル


ヘルデン・バリトン




低域が充実し起伏を表現するバリトン。


  • <メディア>クレオン

  • <アラベラ>マンドリカ

  • <さまよえるオランダ人>オランダ人

  • <ローエングリン>フリードリヒ・フォン・テルラムント

  • <トリスタンとイゾルデ>クルヴェナル

  • <ニュルンベルクのマイスタージンガー>ハンス・ザックス

  • <ラインの黄金>ヴォータン

  • <ワルキューレ>ヴォータン

  • <ジークフリート>さすらい人

  • <パルジファル>アムフォルタス


キャラクター・バス




比較的高音もあり幅広い表現が可能なバス(バス・バリトン)


  • <トロヴァトーレ>フェランド

  • <フィデリオ>ロッコ

  • <リエンツィ>コロンナ

  • <さまよえるオランダ人>ダーラント

  • <タンホイザー>ビテロルフ

  • <タンホイザー>ライマル

  • <ラインの黄金>ファーゾルト

  • <ワルキューレ>フンディング


セリエーサー・バス




最低音域の深い声と存在感のあるバス


  • <魔笛>ザラストロ

  • <ドン・カルロ>フィリッポ

  • <タンホイザー>領主

  • <ローエングリン>ハインリヒ王

  • <トリスタンとイゾルデ>マルケ王

  • <ニュルンベルクのマイスタージンガー>ポーグナー

  • <ラインの黄金>ファーゾルト

  • <ラインの黄金>ファフナー

  • <ワルキューレ>フンディング

  • <ジークフリート>ファフナー

  • <神々の黄昏>ハーゲン

  • <パルジファル>グルネマンツ

  • <パルジファル>ティトレル

ローマ紀行2008 その32 エア・ドロミティでミュンヘンへ

お土産の買い物なんかして、特別ラウンジで、無料でエスプレッソを飲んで、いざボーディングブリッジへ。機種はイギリスのBAE製のアヴロRJ。この航空機、乗員が110名前後という小ささで、短距離機であるにも関わらず、エンジンは4発もある。しかしながら、このエンジン、実に静粛性が強くて、騒音規制に引っかからない。もちろんエンジンが4つということは整備も大変なのだが、部品がモジュラー化されているらしく、意外と大変ではないらしい。



で、エア・ドロミティのアヴロにはしゃれた名前が付いています。まあ、日本の航空会社でも一部やっているけれど、個々の機体に名前を付けたりします。ルフトハンザだと、たしかB747にはたとえば「ザクセン」というように州の名前がついているし、エアバスには街の名前が付けられたりしている。日本でも昔は機体にそれぞれ名前が付いていることが多かった。「よど号ハイジャック事件」だと、機体には「よど」という名前が付いていたと言うこと。あとは、MD-11には鳥の名前がついていたし、ボーイング777には星の名前がついていました。


話題がずいぶんそれましたが、エア・ドロミティのアヴロには、ヴェルディのオペラの名前が付けられているという洒脱さ。僕たちが乗ったのは「ナブッコ」号でしたし、ミュンヘンでは「アイーダ」号を目撃しましました。




ともかく、話題がそれましたが、アヴロに乗り込んで驚いたのはシートピッチが広い。私はこれまでの人生で3回アヴロに乗っていますが、そのうち2回はルフトハンザシティーライナーでして、非常に窮屈という印象でしたが、ドロミティアのアヴロはゆったりしています。シートピッチが大分広いのです。



さらに驚いたのは機内サービス。ルフトハンザだと、サンドイッチをだしてくれるか、くれないか、なのですが、ドロミティアのこの便ではスパークリングワインを出してくれたり、しゃれた箱に入っているサンドイッチやミネラルウォータをだしてくれたりと実に親切。



エア・ドロミティはルフトハンザの子会社なんですが、こういう風にサービスで良い風に差別化を図っていくのは良いことですね。大変良い思い出。


Wikiには記載がないですが、 公式ウェブ の最新の情報では、エア・ドロミティのアヴロは退役したようで、エンブラエル195に置換されているみたいですね。あと、ターボプロップでいうと日本ではマイナーですが、フランスとイタリアの共同開発のATR72を引き続き運用している模様。


しかし、CAさんって本当に凄い。この飛行機の機内放送は、ドイツ語、イタリア語、英語。それを一人のCAが喋っちゃう。もちろん、彼らのようなインド・ヨーロッパ語族の方々にとってみれば方言の違いぐらいなのかも知れないけれど。悔しすぎる!


さて、と言うわけで、ミュンヘンにはお昼頃には到着。

ローマ紀行2008 その31 ローマ出発

ローマ最終日。早い時間に起き出して、急いで食事を済ませる。



もちろん締めはエスプレッソ。この旅行でエスプレその虜になってしまった。イタリア風はどうやら砂糖を入れるのがポイントらしい。しかも、無粋にスプーンなどで混ぜてはならない。砂糖をざっくり入れてそのまま飲むと、最初はコーヒー独特の苦みを楽しむことが出来て、飲み終わるころには砂糖の甘い刺激が頭をしゃっきりさせてくれると言うわけ。本当に素晴らしい



一週間お世話になったこの鍵ともお別れ。どうもありがとう!



空港へ向かうレオナルド・エクスプレスの切符をトレンタリアの自動券売機で購入する。これはクレジットカードも使える優れもの。列車に乗り込む瞬間に韓国人の女の子に、この列車は空港行きか? 尋ねられる。そうだけれど、切符のヴァリデートはすませたの? と聴いてみると、にっこり笑って、済ませてるわ、といった。華奢な女の子で、ばかでかいピンク色のスーツケースを引っ張っている。どちらが主人公なんか分からない物語。


空港には予定通り到着。ルフトハンザの子会社のエア・ドロメティがオペレートするので、コードシェア便だった。我々の持っている航空券は当然ルフトハンザのもの。と言うわけで、カウンタには出発の二時間前には到着している。ルフトハンザのエエコノミーカウンタは少々込んでいたので、僕たちはがらすきのファーストクラス専用のチェックインカウンタに誘導される。


で、ここで実にラッキーな勘違いをグランドホステス(GH)がしてくれる。当然Etixすなわち、電子航空券なので、航空券の有無はクレジットカードで認証するのだが、出したのが(お恥ずかしながら)ANAのゴールドカード。もちろん、スターアライアンスゴールドメンバーではない。だが、GHの金髪の美人イタリア人はうれしい勘違いをしてくれて、我々をスターアライアンスゴールドメンバーとみなしてくれる。と言うわけで、預け荷物にはプライオリティタグが着けられ、空港内の特別ラウンジのインビテーションカードを頂いてしまう。ラッキー。



こちらがラウンジ。誰もいなかった。で、やっぱりここでもエスプレッソ。



飛行機は大好き!!





ローマ紀行2008 その30 フォロ・ロマーノ

もう2年前のローマ紀行。まだ終わっていなくて、気になっていたのですが、重い腰を上げます。


フォロ・ロマーノは、ローマ帝国時代の政治の中心地。いろいろと興味深い。フォロロマーノの外縁部にはコロッセオもあります。

ちょっと写真を載せましょう。

まずは高台からの前景。


ティトゥスの凱旋門。ティトゥスはヴェスパシアヌス皇帝の息子であり、あのモーツァルトのオペラでも取り上げられている。なかなか良い皇帝だったのだが、早世してしまった。で、彼の一つの業績がイスラエル戦役で、それを記念した凱旋門なのである。



で、これがおそらくティトィウス。



反対側には、ユダヤの象徴の燭台が彫り込まれている。



ちなみに、昔も取り上げましたが、ヴァチカン美術館にあるティトゥスの像はこちら。



かなり天気が良く、けれども風が激しくて砂埃が舞うという感じ。





良い天気で、気持ちよかったのだが、コロッセオには入場時間に間に合わず中に入れなかった。まあ、トレビの泉に寄付したからまたこれるでしょう。


ローマ紀行2008 その29 トレヴィの泉再訪


トレヴィの泉にまだコインは投げ込まなかったが、先だっての掃除日のリベンジをはかるべく、パンテオンからトレヴィの泉まで歩くことに。途中でローマ時代のエンタシスを活用した株式市場の建物に感嘆してみたり。


トレヴィの泉はとんでもない混雑振りで、お客もたくさん、商売人もたくさんという感じ。商売人の猛者は、発電機と、PC、プリンタを持ち込んで、デジカメで写真を撮るとその場でプリントして渡している感じ。そういえば、昔宮崎県の青島で、隠しカメラで写真を撮られて、その写真を売りつけられるみたいな商売があったなあ、などと思い出す。とりあえずは、ユーロの小銭を投げ入れて、ローマ再訪を期することに。


天気はまったく良くて、青空には雲ひとつない。ここから、またバスの乗りこなし。昨日いけなかったフォロ・ロマーノへ向かうべくコルソ通りの停留所から856番のバスに乗る。コルソ通りを南下して、ヴェネツィア広場にいたり、ヴィットリオ・エマヌエーレ二世記念堂を右手に見ながらフォロ・ロマーノの北東側の入り口近くのフェルマータで下車。バスがちゃんと使いこなせている感じで自己満足の世界。

ローマ紀行2008 その28 イタリアの昼食

ナヴォーナ広場から東の路地へ入っていくと、突然イタリア下院の建物があって、イタリア国旗とEU旗を掲げていたりする。その裏手にあるのがローマ時代から威容を保つパンテオン。作られたのはオクタヴィアヌスの時代だからもう2000年はたっているでしょう。まだまだ崩れ落ちることのない堅牢な建物。広場の中央にはオベリスクが立っていて、観光客でごった返している。

広場の周りに構えるレストランは、軒並み広場にテーブルを出して観光客達の呼び込みに余念がない。 ところが、社長(=尊敬する妻です)が選んだレストランはそうした観光客慣れしたお店ではなかった。オープンテラスなど広げない地味な感じの入り口は閉ざされていて、中の様子をうかがい知ることなど出来ない。若干の不安とともに扉を開けると、薄暗い店内に背が高い黒髪の男の給仕と、金髪の女性給仕が目を合わせてきて、軽くうなずいて席を作ってくれる。決して愛想笑いなどしなくて、それでいて嫌がっているような風にも見えない。明らかに自然な振る舞い。

ここで、クラウディア風というパスタを頼んでみる。確か、Claudiaと書いてあったのだけれど、名前の由来などはわからない。けれども出てきたパスタは……、まじですか……! こんなに絶妙な味わいのパスタは初めて。ソースはおそらくは魚介類のスープが使われている黄色い薄味のソースで、こんな微妙な味は初めて。これまで食べたパスタの中でもっともおいしいパスタであることは間違いない。

店内は薄暗く静かで、僕の後ろには禿げ上がった70前後の老人、老人よりも少し若いぐらいの婦人が食事をしていて、実に静謐な感じ。彼は下院議員なんじゃないだろうか、などと勝手に想像してしまう。

デザートにティラミスを食べてみたのだけれど、僕はティラミスを初めて食べた、と思った。いままで食べていたのは「ティラミス」なのであって、ティラミスではなかったのだ、という愕然たる事実。 明らかに背伸びをして入ったレストランでしたが、ローマ最後の食卓としては最高。選んでくれた社長に感謝。

ローマ紀行2008 その27 ナヴォーナ広場から

ジャニコロの丘を下る115番のバスは、ヴァチカンの手前で停車する。エンドポイントか、ときいてみるとそうだとのこと。

ガイドブックには地下の駐車場が終点だと書いてあったのだが。ヴァチカンの丘を貫く自動車トンネルのバス停でローマ中心街に向かうバスを待っていると、お目当ての48番バスが現れて、乗り込むのだが、程なくしてこちらも終点についてしまい、950番のバスに乗り換え。

バスは混み合っていたけれど、珍しく車内検察があって、女性の係員にチケットを見せてOK。

ナヴォーナ広場は、ローマ帝国時代の競技場跡がそのまま広場となっていて、確かに広場の形は戦車競争でもできそうな形をしている。ドミティアヌス帝時代だから、ベン・ハーが戦車競争をしたわけではなさそうですが。ここにはベルニーニの彫刻がたんまりあるのですが、工事中で隠されているものも結構あってショック。ベルニーニの作品はあまりに多すぎて、というところなのでしょうけれど。

お昼近くになっておなかがすいてきたので、食事をとらんと目をつけておいたレストランに向かうことに。

ローマ紀行2008 その26 ジャニコロの丘へ

この「連載(?)」の最初に書いたと思うが、バスの乗りこなしは本当に難しい。とくにトラステヴェレからジャニコロの丘に登る115番バスには本当に苦労させられた。停留所にも記載があり、路線図でも通るはず、ネットの最新情報でも間違いないと思われたところに、115番バスはまったくあらわれず、おそらくは小一時間は待ちぼうけを食らったと思う。ひと時は歩いていこうか、なんていうことを話したぐらい。やっと来たバスに嬉々として乗り込むのだが、どうしてどうして、歩いて上れるような丘ではなくて、ヘアピンカーブがジグザグと続き丘を登るのだから、バスを待っていて本当に良かったと思う。

ジャニコロの丘の頂上付近にガリバルディ広場があってそこで下車。ローマの街を一望できる。広場には巨大なガリバルディの像が立っている。イタリア統一の英雄ガリバルディだけに扱いもすごいということ。

ちょっと下ったところにあった噴水がすばらしくて写真を何枚も撮る。そうこうしているうちに都合よく115番のバスがやってきて、タイミングよく乗車。ジャニコロの丘を降っていく。

次はナヴォーナ広場やパンテオンへ向かう。

ローマ紀行2008 その25 ローマ最終日の始まり

今日も良い天気。ローマ西部のジャニコロの丘に登って、ローマ市外の眺望を楽しもう、ということで、テヴェレ河西岸のトラステヴェレ地区へと向かう。

乗車したバスはH番という快速バス。ガイドブックにはほとんどのフェルマータ(停留所)を通過すると書いてあるのだが、思ったより多く停車している感じ。テヴェレ河を超えたすぐの停留所で降車して、ベルニーニの彫刻があるサン・フランチェスコ・ア・リーバ教会へ向かう。

背が高く道路を覆うように枝を伸ばす街路樹のおかげで強い日差しから守られていて実に気持ちが良い。ローマ市だというのに、緑が多くてなにか田舎の街に居るかのよう。

途中でまたバールを見つけたので、エスプレッソを注文。ここはなかなか安くて0.8ユーロ。自然食品のお店があったので、ミューズリーとインスタントコーヒーを購入。そうしたら、店の外からひづめの音が聞こえてくる。あっと思って窓に目をやると、やっぱり。この街にも騎馬警官が配置されている。日本ではまず見られない光景だなあ。

サン・フランチェスコ・ア・リーバ教会は、その名のとおりフランチェスコ会の教会で、堂内には聖フランチェスコの肖像がたくさん。主祭壇には聖フランチェスコの像があるぐらいだ。おそらくは教会守の老人が横のドアから現れる。僕たちと同じ観光客と思しき金髪の男が熱心に写真を撮っている。

ここにも天才ベルニーニの彫刻がある。80歳の時の作品である「福者ルドヴィカ・アルベルトーニ」。すさまじい緊迫感と官能性と神秘性に開いた口がふさがらない。これが80歳の時の作品だなんて。もっと近くに寄った写真も撮ったのだが、シャッター速度が遅くてぶれてしまう。教会内の撮影は本当に難しい。辻邦生さんは、三脚を持って教会建築をきちんとカメラらに納めていた、ということを思い出す。

ああ、いつの間にか遠くになりきヨーロッパ。次に行けるのはいったいいつになるのだろう?? 

いかんいかん、こんなに弱気になっていては!