ハーマン・ウォーク「戦争の嵐」3

 相変わらず家庭交響曲合宿は続いています。Twitterにも書いたのですが、今日は図書館に行ってプレヴィン盤をゲットする予定。プレヴィンはN響でこの曲を振りますので、良い予習になりそう。

今日は会社でとある試験がありましたので、行きの電車ではその勉強をしました。というか今週は、そう言うわけで読書の進捗状況は芳しくありません。とはいえ、引き続いて「戦争の嵐3」を読んでいます。今日読んだところは、ルーズベルトとチャーチルの大西洋会談の場面。

イギリスはドイツの攻撃に苦渋を舐めている。北アフリカではドイツ軍を撃退したものの、クレタ島を失っている。ドイツはソ連に奇襲を掛けたが、スターリンはなんとか防いでいるような状態。大西洋では、アメリカからの援助物資がUボートによって甚大な被害を受けている。

イギリスは、まさに風前の灯火的状態であり、チャーチルは、アメリカの本格的な援助、ひいては対独参戦を引きだそうとしている。ルーズベルトも気持ちの上では同意しているが、アメリカ議会や世論は決して参戦するような空気にはなっていない。特に議会の抵抗が大きいのである。

そうした中で、チャーチルはプリンス・オブ・ウェールズに座乗し、カナダまで出向いて、ルーズベルトとの直接対話にこぎ着ける。ここでなんとかアメリカの積極的支援を受けようとチャーチルは画策するが、ルーズベルトにそこまでできる裏付けがなかった。従って、大西洋憲章は非常に曖昧模糊としたものとなり、チャーチルは落胆する。

よくある議論として、米国が枢軸国に宣戦布告するために、日本との交渉をあえて阻害し、日本の参戦を不可避のものとした、とか、日本の真珠湾奇襲をアメリカは事前に察知していて、あえて奇襲をさせることで、アメリカ国民の怒りをあおり、参戦への道筋をつけた、といったものがありますが、「戦争の嵐」を読む限りにおいて、それは当たらずとも遠からずなのだな、という感想を持つようになりました。冷厳な外交戦略や国家戦略。日本はいつになったら、外交国際政治のセンスを得ることができるようになるのでしょうか。

※ マニア的な話しとしては、真珠湾奇襲時に、真珠湾に残っていたのは旧式戦艦のみで、虎の子の空母機動部隊はとうに待避していて無傷だった、というエピソードがあります。アメリカが当時からどれほど空母機動部隊を重要視していたのかは分かりませんが、結果として、アメリカの空母機動部隊がミッドウェーで日本の空母機動部隊に勝利することで、太平洋戦争の趨勢は決したとされることもあります。航空戦力の重要性を認識していた山本五十六も、おそらくは空母戦力をターゲットにしていたはずですので、真珠湾奇襲は真の成功とは言えなかったと言えましょう。もっとも、真珠湾奇襲で米国が戦意を喪失し、有利な条件で講和できるであろう、という山本の読みは完全に外れ、かえってアメリカ国民の戦意の高揚につながってしまった、という意味では、戦略的には失敗だったとも言えます。まあ、このあたりの話は、何十年も前からある議論ですが。

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