辻邦生没後15年によせて その10 本日ご命日でした。

文章を書くというのは、ワープロを打っても同じですけれども、自分の体のなかからリズムになって、文章のかたちで出てくるというふうにしないといけない。そのためには絶えず書く。そして、書いたことに絶望したり、おれは駄目だと、そんななまやさしい、甘っちょろい考えを絶対起こしてはいけない。たった一回きりの人生をひたすら生きている。これは書く喜びで生きているのだから、だれにも文句は言わせない。だれかにこてんぱんにやられたって、全然平気。書く喜びがあれば耐えられる。

辻邦生「言葉の箱」
今日は命日ですね。15年目にあたります。新聞記事の切り抜きも時代を感じさせるぐらい変色してきてしまいました。
この文章は、「言葉の箱」という死後出版された講演録からの引用です。CWSという小説家を目指す方の講座があるのですが、そちらに講師として招かれてなんどか講演をされたようで、その模様がこの本に収められています。何度か紹介もしています。

言葉の箱―小説を書くということ (中公文庫)
辻 邦生
中央公論新社
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通常、辻先生の講演は、ご自分で書き直しをされてから出版されることが多いのですが、この本は書き直しがありませんので臨場感あります。特にこの最後の部分ですが、逆に言うと、こういうご苦労があった、というふうにもとれるわけです。どこかで読んだのですが、最晩年の頃、なかなかいろいろな場面で取り上げられず、辛い思いをされていたようです。たとえ、そうであっても「絶望」したり「オレは駄目だ」などというような「なまやさしい」「あまっちょろい」考えを起こしてはならない、という強い意志が現れているのだ、と思っています。
たった一回きりの人生を、諦めずに喜びにあふれたものにしないといけないですね。小説を書かない人間にとっても励まされるような気分になる言葉です。
ではグーテナハトです。