大水青の思い出

連休一日目。今日の東京地方は初雪を観測したようです。私もお昼前に、雪が舞い落ちるのを眺めました。はらりはらいと紙片のような雪が舞っていましたが、積もるべくもなく、アスファルトの上で蒸発していきました。

幸い、この連休は家で過ごすことができます。少し部屋を片付けていたら、古い中央公論1999年10月号が出てきました。整理しようかな、と思って、しかし、中央公論を買うとは、なにか理由があるはず、と思って目次をもう一度見ると、辻佐保子さんが、辻先生が亡くなられたあとに書かれたエッセイ「大水青と銀霊草と栗鼠と…」が掲載されたものでした。もちろん、このエッセイは「辻邦生のために」に納められていますので、整理してもよいのでしょうけれど、なにか、運命のようなものも感じますので、もう一度書棚に戻しました。

このエッセイのなかに、大水青や銀霊草についての思い出が書かれています。この大水青、私の記憶では1999年、辻先生が亡くなった年に、夜の風呂場で目撃したのです。たしか亡くなる前のことだったように思います。黒々とした闇に面した窓ガラスに、青白く輝く大水青が光るようにとまっていました。かなり大きいですし、蛾ですのですこし気味悪く思ってもおかしくないのですが、なにか神々しさのようなものも感じた記憶があります。この「神々しさを感じた」という記憶は辻佐保子さんのエッセイに触発された作られた記憶かもしれませんが、確かに大水青を目撃したのは確かなことです。

今日、ふとした表紙にこの中央公論を開いたのも何かの導きでしょうか。今年は没後20年という節目のとしてでもあります。本当に早いものです。

5年前にも同じことを書いていました。2014年の没後15年の折りでした。

辻邦生没後15年によせて その4 大水青

今年もまた、辻文学を読みながらたくさんのことを考えていこう、とあらためて決心しました。

今日は南岸低気圧が通過するようです。どうかみなさま、お風邪など召されぬようお気をつけください。

おやすみなさい。グーテナハトです。

2+

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください