辻邦生のパルテノン体験を考える その1 はじめに 

辻邦生の文学は、西欧的な光が差し込む日本の旧い街並みを思い起こさせるものです。それはなにか長崎の街が持つ、アンビバレントな感覚にも似ていますが、実のところ、それは単に、世界の中に日本がある、という単純な事実を想起させるだけのものです。

この世界の中に日本がある、という感覚において、「世界」とは、中国であったり、インドであったり、あるいはヨーロッパであったりするわけですが、この400年あまりにおいて西欧が世界を席巻していた状況下においては、あるいは明治維新以降から終戦に至る状況においては「世界」とはすなわち西欧を示すことがになるわけで、日本と世界=西欧の対立関係あるいは協調関係を考えることが一つの精神的な軛であったのではと思うのです。

辻邦生も、終戦後、戦時中の快くない思い出に接する中で、西欧文明へと向かうわけで、それはパリへの留学に向かい、パリで徹底的に西欧を考えることになるわけです。ですが、それはパリにとどまるものではありません。パリ留学時代の日記を再構成した「パリの手記」を読むと、ヨーロッパ各地へ辻邦生が旅行し、そこで多くの経験・体験を積んで、西欧文明を血と肉に取り込んでいった過程がわかるのです。

その中でも特筆すべき経験が、ギリシアへの旅ということがいえましょう。経済的な不安を抱えながらも、イタリア半島を経由して、船で地中海を東進しペロポネソス半島へと上陸して、ギリシアの地を踏んだ先にあったのが、パルテノン神殿だったのです。

このパルテノン神殿に感じた「啓示」が、辻邦生作品を支えた三つの「啓示」の一つにあたります。

辻邦生の三つの啓示とは以下の3つであり、辻邦生の小説論である「小説への序章」において語られているように、辻文学を基礎付け、執筆の原動力となった重要な体験です。

  • パルテノン体験
  • 一輪の薔薇はすべての薔薇
  • ポン・デ・ザール体験

その中でも多くの作品群の中で何度も語られ、特に印象的なものが「パルテノン体験」なのです。このパルテノン体験は、おそらくは、芸術を基礎づける直感的な体験として得られたものであるはずです。

このパルテノン体験について、2018年11月に、Facebook辻邦生グループ「永遠の初夏に立ちて」のオフ会で、いくらかまとめた内容を発表しました。しかしながら、当時は私が持ち込んだインフラがうまく整わず、また私の準備状況も至らず、うまく発表できなかったという思いがあります。

あらためて、この場で、辻邦生のパルテノン体験にまつわるいくつかテキストを取り上げて、その意味とその指し示すところの変遷を考えたいと思いました。

つづく

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