まだ会わぬ祖父のこと

ふと、思い立ち、祖父の名前をGoogleで調べてみた。会ったことのない祖父。わたしが生まれる何年も前に亡くなった。思い出話を聞くこともあり、写真もみた記憶はあるが、それももう何十年も前の話だ。そして、祖父を知る人たちも少しずつ少なくなっている。そんななかで、Google検索結果に忽然と現れた祖父の名前は、とある雑誌の編集者としての名前だった。

早速、その雑誌を古書店から買い寄せてみた。その雑誌は、戦後数年後、新制教育のなかで戸惑っているであろう若い人たちへ向けた雑誌だった。編集者の祖父が書いた文章は、それとわかる署名はない。だが、おそらくは編集後記は祖父のものだろうし、編集者が筆名を使って文章を書くのは通例だから、筆名と思しき不自然な名字が署名された文章は、祖父のものであってもおかしくはない、と感じる。

その文体は、戦中戦後のまだ生活文に格調が残っていた時代のもので、旧字体の活版活字で印刷されたその文章は、活字の不規則にばらつき、あるいは活字が必ずしも品質の良くない紙にインクだけでなく凹みをも刻んでいて、なにか、今の時代には味わえない、まだ、書物が人の手に近いところにあるものであることを感じさせるものだった。

この雑誌を書いたとき、祖父は何歳だったのか。微かな会話の記憶から、祖父が同い年だという有名人の生年を調べ、年齢を推定した。そうすると、どうやら、今の私と変わらない年齢だということがわかったわけだ。

そういえば、なぜ、祖父の名前をGoogleで調べる気になったのだろうか、というと、夜の部通勤電車に乗って暗い窓の外を眺めていたときに、ふと祖父のことを思い出したのだった。さらに、何か、祖父に話しかけられるような気がしたということも否めない。それは、勝手な自己問答だったはずだが、ふと思ったのは、誰しも孫のことを愛するだろう、ということだった。たとえ、会うことはなくとも、もし、その魂というものが不滅だとしたら、おそらくは、その魂は、孫をやはり愛するだろう、ということだった。そうだとすると、それが、わたしの自己問答で錯覚だとしても、そのうちのいくらかは真実なのではあるまいか、と想像したわけだ。

たしかに、8年ほど前にもやはり祖父の名前をGoogleで調べたことがあったが、その時とは検索結果は異なっていた。かかる雑誌は当時は検索結果に表示されなかったのである。同じ歳になった私に祖父がその姿を見せて何かを伝えようとしたのではないか、などと考えても良いだろう。

混迷の季節が終わり、さらに秋は深まり、なにか、全てが収まるところへと進んでいる感もあるときに、祖父のことを思い出し、祖父の出版物を手にするのは、なにかの縁(えにし)だろうか。この世に偶然はなくあるのは必然のみである。そうだとすると、この必然はなににつながるのだろうか。運命の糸はどこへ向かうのか。それは、分かっていることだが、その顕現までにはなお待つことになるだろう。

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