今回の問題についての感想

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あっという間の一週間でした。なんか3日ぐらいしかなかった気もします。
世の中は万華鏡のように折々でその色形が変わります。今回の騒動もそういうものですね。
振り返ると私も関連コンテンツを2回書いてますので、何かしらのことは書かなければならないと思います。
経緯としては、一年ほど前に父からあの曲が凄いらしい、という噂を聴いたのが初めです。その後、Youtubeで、大友直人さんが激賞している映像を見ました。ベルリン・フィルでやるべき、というコメントで、ああ、そういう評価を受けているのか、と思った次第。
その後、昨年2月に東京芸術劇場での演奏会が、夏休み中にあたっていたので、行ってみようかと調査を初め、その中でCDを購入して聴いてみたのが最初です。よく言われているように、様々な作曲家の断片が聞こえる作品である、というのがその第一印象でした。ですが、東京芸術劇場には行きませんでした。疲労が激しく行けなかった、ということもありますが、CDを聴けばいいかな、と思ったということもあります。
その後、昨年3月末の問題のNHKスペシャルを観ました。絶対音感で音楽を書くという「天才」的な作曲に感心しました。私の知り合いも、やはり楽譜をメモすることなく覚えておくことができるので、ああそういうこともあってもおかしくないなあ、と思いました。
なので、東京芸術劇場の演奏会には行っておくべきだったのかも、と後悔もしました。というわけで、コンサートに行ってみることにしたわけです。前から聴いてみたかった神奈川フィルの演奏を、大好きなみなとみらいホールで聴いてみよう、ということで、8月にコンサートに行きました。で、佐村河内氏の姿を拝見する次第。
その時の印象については、ブログと記憶を思い出すと、普通の音楽を書くことが大事なんだ、ということと、オケの大音響をずいぶん楽しめたなあ、というところでした。
結論から言うと、音楽的関心とともに、「天才」的な作曲技法でどれだけのものができるのか、ということにも興味があったようです。したがって、その点は騙されたということなんでしょう。私は全聾というところには心打たれなかったのです。絶対音感とそれを記憶するということに関心を持ったのです。
音楽的価値が最上、というこの問題の中で様々な方が語られていることは確かにそうかもしれませんが、私の場合は、これも随所で批判されているように、音楽とともにそこに付随した物語を楽しんだのかもしれません。
これは、オペラみたいです。
音楽だけでなくそこにあるストーリーを観ているということなんでしょうから。
どちらが欠けても成り立たないオペラ的事件であり、そういうオペラを我々は意図せず見せられた、ということなんだなあ、と思いました。両者は分かちがたいものです。音楽を聴くには、聴覚以外も使うのです。音楽さえ良ければいい、というのも一理ありますが、私にはそれはあまりに原理的と思います。
それにしても、絶対音感で作曲する天才作曲家がいなくて少しホッとしました。そんなうまい話はないですね、ということみたいです。その点は良かったです。
さて、明日は大雪ですね。本当かな?
では、グーテナハトです。

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