Miscellaneous,Tsuji Kunio

あけましておめでとうございます。

昨日、ゆくとしくるとしを書いたかと思ったら、それから半日もたたないうちに、謹賀新年となりまして、面はゆさもありますが、一つの区切りとして年が明けました。
年頭にあたり、尊敬する辻邦生の一節より。

人間にとって言葉は生命であること、その事実は、言葉が単なる伝達の手段だと思い込み、言葉の不正確さに悩んでいた私に大きな衝撃を与えた。眼から鱗が落ちるような気持ちだった。在るものを言葉で言うのではなく、言葉によって存在をつくるのだということが、ある震撼をともなって、自覚できたのである。

「海峡の霧」304ページ

昨年の年末に駆け込みで読んだ辻邦生作品の一節。昨年は言葉というものの力を学びました。
なかなか書く時間もありませんでしたが、書くことも読むことも大切なことですので、長期戦で取り組もうと思います。どうやらまだまだ人生は続くようです。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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Miscellaneous

 

 

まあ、激動の一年だった2020年ももう少しで終わります。いつもは見ないテレビですが、紅白歌合戦をつけながらキーボードを叩き始めている感じです。

写真は、2021年最後の夕暮れ。とはいえ、それは単にグレゴリオ暦2020年の夕暮れであるに過ぎないという相対性もなにか分かった気がします。さしあたりは、一年間の無事を感謝し、来年の発展を願いつつ、と言う感じでしょうか。

そして、コロナ第三波がいよいよという大晦日でもあります。東京の一日の感染者が1300人を超えたというニュスはさすがに衝撃でした。これまでの最大感染者を400人近く上回るペースというのはなかなかに厳しいものを感じます。いろいろと背景はあるにせよ、現実としては、ひとつ次元が変わってしまったのかもしれません。とはいえ、変わらないもの、変われないものも多々あるあります。長いスパンで輪を描きながら螺旋のように上昇していくのが世界なのだろうな、と思います。

それではみなさま、よいお年をお迎えください。

おやみなさい。Gute Nahctです。

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先だって、少し離れた山麓に泊まる機会を得ました。夜中の2時頃、ふと目をさまし窓の外をみると、文字通り満天の星空が。あれ、こんなに星を見たのは、久しぶりだ、という感覚でした。

早速カメラを取り出して、あれやこれや工夫をして、写真をとると、オリオン座がくっきりと。左に見える一等星はおそらくはシリウス。右上の赤っぽい星はアルデバランかな。

アプリを使っていろいろと星を探して、本当に懐かしいひとときでした。ぎょしゃ座のカペラ、こいぬ座のプロキオン…。双子座の双子星も見えたし。

北天を見上げると、あれ、北斗七星ってこんなにおおきかったっけ、と。おそらく40年ぶりの北斗七星のような気がします。

少しぶれた写真ですし、写真だけで、その大きさを実感することはできないですが、ああ、こんなに大きいのか!と驚きしかありませんでした。

で、しばらく星空を眺めていると、シリウスが点滅しているわけです。これが、いわゆる星の瞬きで、空気の揺らぎがその原因であるということはわかっているにせよ、実際に見てみると、本当に感動的なわけです。

東京では、こんな星空を眺めることはできませんので、本当に感動しかないです。いつもこういう星空を眺めておられる方には、あまり驚きはないのかもしれませんが、夜空を見上げる暇もなく、また見上げたとしてもネオンや街灯、自動車の灯火で照らされる東京の空には、こんな星は見られないわけで、感動的なのです。

古代の人々は、この星空をみて、さすがに様々なことを思うだろうなあ、と考えます。あのオリオン座の三つ星が、偶然であったとしても、均等に三つ並んでいるのをみると、そこに意味を見いだそうとするのは、想像をむねとする人類にとっては、必然です。本当に、月並みで古くさい感想ですが、この星空が数千年にわたって、人類の頭上に変わらず輝いていることの奇跡的な意味を感じずにはいられませんでした。

で、どこへ行ったのか? は、またこの場でご報告したいと思います。

今日はこのあたりで。おやすみなさい。グーテナハトです。

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ブログ、という言葉が最初に登場したのは、私の記憶では2003年頃だったはず。当時は、Web日記なんていうのがあって、WeblogとWeb日記は同じか違うか、みたいな論争があった記憶があります。

私も、HTMLで記事を書いて、せっせとFTPでアップロードするということをやっていて、なんだか不便と思っていましたが、Weblogの本を立ち読みして、これだ!と思った記憶があります。当時は、一人一人がメディアを持つのだ!というコンセプトが打ち出されていて、ああ、これで市民一人一人が自分の意見を公開することができて、ジャーナリストでなくても、情報発信が簡便にできるようになるのだ!という、期待のようなものがありました。

それは、なにか、フランス革命レベルの革命的なことのように思えたものです。

実際には、そんなことはなくて、あまたのブログが乱立し、ブログという言葉が、いつしか流行語となり、消えていったわけです。その後、TwitterやFacebookが出てきたのはご存じの通り。

そんな今日でも、ブログを続けるのは、奇特なことのように思えますし、あるいは、はてなブログやAmebaを使わないのも、さらに奇特なことです。

翻ってみると、どうも、商用ブログの著作権に抵抗を覚えたのだ、と。書いた文章が、商用ブログ側に著作権があるという情報を得まして、私の書いた文章は私のものだ、という至極真っ当な感覚から、自分の文章は自分で面倒を見ることにして、時前でブログシステムを立てたのだ、ということだと思います。

2003年からはMovableTypeを使い、一時期FC2を試しつつも、再度Movabletypeに戻り、WordPressに引っ越してきたわけです。

もともとはMovableType仕様で、記事のURLの付け方もMovableTypeにならったもので、それをパーマリンクとして使ってたのです。

ところが、先日、WordPressの仕様が変わったようで、タイムスタンプだけをもとしたパーマリンクは無効となり、その影響でコメント欄が表示されない、という事象がおきていることがわかりました。コメントをいつもくださっている方からの連絡でした。

このところなかなか文章を書く間もなかったので、最近コメントないなあ、などと思っていたり、コメントくださる方も、Facebook経由でくださったりしていて、なんでブログのコメントがつかないのかな、と思っていたんですが、システム障害だったわけで、申し訳なく思います。。

昨日から対応策を調べ始め、ようやく片付けました。デザインのアップデートが必要で、配布されているデザインを適用して、かつてのデザインに近づけていますが、全く同じとはなりません。時間のあるときに見やすくなるようにカスタマイズしないと。

スマホやタブレットからは少し見やすくなるかもしれないなど、改善されることもありますので、また是非お越しいただければと思います。

予告ですが、先だって辻邦生先生ゆかりの場所に行って参りました。その報告を書こうと思っています。

それでは、みなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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今日の東京地方の予報は曇天でしたが、実際には、豊かな日差しが降り注ぐ良い一日でした。少し自転車で遠出をする用事があったのですが、近所の農地の中を自転車で走るのはずいぶんと気持ちが良いものでした。波打つように拡がる農地を横目にみて、日差しを浴びながら、冷たくなった風を頬に感じるのは、なにか日々の芥を洗い流すような気分になりました。

空は完全に秋空。うろこ雲に満ちています。東京地方の日没は16時40分。冬至まであと一ヶ月と少し。秋も深まり冬へ突入しますが、その先の春と夏の何かしらの予兆をなんとか感じようとしている、そんな感じです。

この2020年という年は、世界が大きく変わる年でしたが、2020年が終わりに近づくにつれて、なにか先行きのようなものが見えてきた気がします。個人的にも、なんだか、長いあいだトンネルの中を歩いていたような気がしますが、ギアが入り始め、歯車が正回転を始めた、そんな感じがします。できることは、せっせと本を読んで音楽を聴いて文章を書くことのはずです。あまりできていませんでしたが、また始めないと……。

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いつのまにか11月。

なんだか、1ヶ月ほど書けない状況でした。何かしらの調子が崩れたのだと思います。そのあいだも淡々と仕事していましたが、書くという活動は難しかったのです。書くことが、生活に結びついていない以上、致し方ありません。

そして、なにか、精神的には、冷凍睡眠の状態だったような気がします。ただただ、目の前を流れ去る景色を見ているだけ、のような、そんな感じの一ヶ月だった気がします。

まあすべては波です。波とは円運動が進行したものですから、これも太陽なのか月なのか、何かの天体の動きと関係があるのかもしれないです。

2020年も余すところあと2ヶ月。みなさまもどうかお身体にお気をつけてお過ごしください。

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ふと、思い立ち、祖父の名前をGoogleで調べてみた。会ったことのない祖父。わたしが生まれる何年も前に亡くなった。思い出話を聞くこともあり、写真もみた記憶はあるが、それももう何十年も前の話だ。そして、祖父を知る人たちも少しずつ少なくなっている。そんななかで、Google検索結果に忽然と現れた祖父の名前は、とある雑誌の編集者としての名前だった。

早速、その雑誌を古書店から買い寄せてみた。その雑誌は、戦後数年後、新制教育のなかで戸惑っているであろう若い人たちへ向けた雑誌だった。編集者の祖父が書いた文章は、それとわかる署名はない。だが、おそらくは編集後記は祖父のものだろうし、編集者が筆名を使って文章を書くのは通例だから、筆名と思しき不自然な名字が署名された文章は、祖父のものであってもおかしくはない、と感じる。

その文体は、戦中戦後のまだ生活文に格調が残っていた時代のもので、旧字体の活版活字で印刷されたその文章は、活字の不規則にばらつき、あるいは活字が必ずしも品質の良くない紙にインクだけでなく凹みをも刻んでいて、なにか、今の時代には味わえない、まだ、書物が人の手に近いところにあるものであることを感じさせるものだった。

この雑誌を書いたとき、祖父は何歳だったのか。微かな会話の記憶から、祖父が同い年だという有名人の生年を調べ、年齢を推定した。そうすると、どうやら、今の私と変わらない年齢だということがわかったわけだ。

そういえば、なぜ、祖父の名前をGoogleで調べる気になったのだろうか、というと、夜の部通勤電車に乗って暗い窓の外を眺めていたときに、ふと祖父のことを思い出したのだった。さらに、何か、祖父に話しかけられるような気がしたということも否めない。それは、勝手な自己問答だったはずだが、ふと思ったのは、誰しも孫のことを愛するだろう、ということだった。たとえ、会うことはなくとも、もし、その魂というものが不滅だとしたら、おそらくは、その魂は、孫をやはり愛するだろう、ということだった。そうだとすると、それが、わたしの自己問答で錯覚だとしても、そのうちのいくらかは真実なのではあるまいか、と想像したわけだ。

たしかに、8年ほど前にもやはり祖父の名前をGoogleで調べたことがあったが、その時とは検索結果は異なっていた。かかる雑誌は当時は検索結果に表示されなかったのである。同じ歳になった私に祖父がその姿を見せて何かを伝えようとしたのではないか、などと考えても良いだろう。

混迷の季節が終わり、さらに秋は深まり、なにか、全てが収まるところへと進んでいる感もあるときに、祖父のことを思い出し、祖父の出版物を手にするのは、なにかの縁(えにし)だろうか。この世に偶然はなくあるのは必然のみである。そうだとすると、この必然はなににつながるのだろうか。運命の糸はどこへ向かうのか。それは、分かっていることだが、その顕現までにはなお待つことになるだろう。

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今日は中秋の名月。素晴らしい満月。そして晴れ上がった美しい夜。

本当に月の姿は不思議です。銀色の光を地上に投げかけ、あらゆるものを浄めるような。

小さいですが、火星と一緒にとった写真。月の左側にかすかに赤白い火星がみえませんか。さすがに、普通のカメラでは撮れない……。火星は10月6日に地球に最接近。

これからお祈りをして寝ようと思います。

みなさまもどうかよい夜を。おやすみなさい。グーテナハトです。

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Miscellaneous

とたんに涼しくなり、東京地方の日没時間が17時41分であることにショックを受け、夏が名実ともに終わってしまった、と残念に思う一日でした。

辻邦生関連のオンラインイベントも終わりました。私が司会進行を担当しましたが、自分の発表準備の中で発見した興味深い事案に一人で興奮してしまい、振り返ってみてどうだったのかな、などと反省しています。その事案についてはいずれここに書くかもしれませんけれど。

とにかく、いろいろなことが動き始めていますので、私もここでやれることをみつけるだけです。まずは毎日書くことを日課に戻すべく進めるだけだな、と思っています。

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