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関東某所にて撮影した月明かり。満月の翌日ですので、まあ実質満月です。

最近はなにか月の周期で物事を見ている気がします。さすがに、夜明かりや引力の周期は人間の生物的な側面へ働きかけるものなんだろうな、と思います。

ずいぶんと長い間生きてしまったような感じもあり、これからどうしようかなあ、と思うことしばし。

1月の連休も終わり、2023年も明日から本格始動。働き過ぎは良くない。しかし頑張ることは大事です。何のためになるのかを考えながら仕事をしていかんとな、と思います。

それではおやすみなさい。グーテナハトです。

Miscellaneous

あけましておめでとうございます。

初日の出であることには間違いない写真ですが、今年は出先でとったのでちょっといまいち。。

それでも露出などは少し工夫して悪あがきしてみました。

今年はどんな年になるかしら。世界のことは憂えてもできることは限られていますので、せめて自分とその周りだけでも良くなるように進めたいです。それも中長期的にできることは限られますので、短期的な積み重ねを続けながら一定のビジョンを見続けるぐらいのことしかできないかな、という感じです。

世界も大激変ですが、日本も個人も大激変です。まあ、なるようにしかならないですが、起きていることを受け入れるということが大切とおもいます。何が起きても解釈次第ですから。

私は、最近appreciateという言葉が好きです。

辞書で引くと、正しく理解する、価値を認める、感謝する、という3つの意味があります。あのころは実に腹の立つことだったけれど、思い起こせば、そのことがあったから今は状況が良くなっているのだ、といったことがよくあります。スコットランドから来た英語の先生が、そんな事案のことをYou appreciate it. みたいな感じで話していて、理解、価値、感謝というような状況をひとくくりにされた感があり、驚いたものでした。

ということで、なにごともappreciateな感じで生きていける1年にしたいな、と思います。

忙しすぎてあまりに文章を書く時間がなく笑ってしまうしかないのですが、もう少しすると書く時間ができるような気もしていますし、もう少しバリエーションに富んだことも書けるようになる気もしていて、しかしながら、それでもブログで良いのかしら、まあいいか、なんてことも感じながらやっていきたいと思いますので、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

それではみなさま、おやすみなさい。

Miscellaneous

やれやれ、2022年もそろそろおわりとなります。こちらは近所の畑、というかおそらくは税金対策の休耕地です。

この休耕地にオナガドリと思われる鳥が群れていました。以前、オナガドリが飛んでいるのを見て、なんだか十字架が空を舞っているように思えたものです。

 

毎年のように、冬至がまわり、年末年始に近づき、夏へ憧憬を感じるサイクルが続いています。

 

この歳にもなると、1年のサイクルがわかりきってしまった感もあります。実のところ、仕事は波瀾万丈で、不摂生極まりない生活ですが、人間ドック異常なしという不思議もあり、もう少し頑張らんといかんのかな、と想ったりもしています。

ということで、どうかよいお年をお迎えください。また来年もよろしくおねがいいたします。

Miscellaneous

昨夜、月と木星がほぼほぼ同じ位置にいて、なかなかダイナミックな風景でした。

月の右上に小さく木星が映っていますが、実際には月と木星が煌々と輝いていたのでした。下の写真のほうが実際のイメージに合う感じ

で、2023年もあとわずか。やれやれ、って感じの波瀾万丈な一年でしたが、来年はもっと波瀾万丈かもしれず、なるようにしかならなんな、という気分で過ごしていきたいと想います。
せめてもの数日の休日をすごしているわけですが、明日も書けると良いのですが。

Miscellaneous

月蝕を移動中に。

これ、昔の人は怖かっただろうなあ、と思います。輝く月が急に暗くなり、真っ赤に輝くのですから。

わたしも,ただならぬ不気味さを感じながら、欠けゆく月を移動しながらみ続けました。

19時16分に皆既状態になると、なにか放心したような感覚がありました。全てが解放されたというか、解決に向かうかのような。

その後仕事場に戻り打ち合わせ。なんだか、いろいろなことがピタリピタリとパズルが合うかのように進んでいるように思います。

ということで、本日もおつかれさまでした。おやすみなさい。

Miscellaneous

11月に入り、晴れた日が多くなった気がします。実に良い天気。太陽は平等に光を降り注ぎます。

日差しのもとは暖かく、日陰は少し肌寒いので、陽の光のありがたみを感じます。

明日、11月7日が立冬ですので、今年最後の秋空ということになりそうです。

それでは。

Tsuji Kunio

学習院大学の講演会。数年ぶりのオフライン講演で、なんだか懐かしさしかありませんでした。

最近はハードワークが続いていて、文学のことを考える暇もなく、ただただレスポンシビリティのために動いている感もあり、何かの助けになればと願いながらと言う感もありますが、春の戴冠の世界に少しの間だけ戻れて、見つめ直せたきがします。すべてはうつろいゆくばかり。辻邦生がボーイング727でフランスへ飛んだ、という話を聞いて、時代の断絶を感じたことがありますが、それでもなお変わらないものもあるのだと思います。それはおそらくは「ホーム」とも言えるもので、人生も折り返してみると、あらためて「ホーム」探しに勤しむことになるようです。私の場合は、転居転校を繰り返しましたので、常にアウェイの感覚で生きてきましたので、どこに行ってもアウェイで、もちろん学習院大学も場所としてはアウェイでしかありません。辻邦生の文学は、そうしたなかでも人生の大半をともに過ごしてきたもので、精神的なホームと言うことができるのでしょう。アウェイでいるにも、また、この先、別のアウェイな場所に向かおうにも、ホームは必要ですので、この歳になりながら、あらたて辻文学のようなホームを一つ一つさがしていかないとなあ、と思う今日この頃です。

さて、指揮者の矢崎彦太郎さんのお話のなかで、レスピーギが取り上げられました。素晴らしいレスピーギ。イタリアの太陽です。

南イタリアの田舎の港町で、人知れず暮らしながら、少しずつ地元の人々と心を通わせ、いつしかベッドで静かに眠るように息を引き取るという幻影をみました。刺すような太陽で、おそらくは肌は灼けるのでしょうが、深く刻まれた皺や白く輝く歯を持つ男達の仲間になれば、昼間からワインを飲んで、明るいうちにベッドに入ることもできるのではないでしょうか。などということをおもいながら、レスピーギを聴きました。

幻影であっても、それを想ったところで、それは現実と違わぬものになります。辻邦生はそれをイマージュと呼んだのではないでしょうか。イマージュを言語化することが、私だけの世界を係留する手段になります。それが文学であり、物語である。そんなことを想いつつ、またレスピーギを聴いています。

朗読会の「春の戴冠」は見事に長大な春の戴冠の半分を1時間に切り取っていて、感服でした。ボッティチェッリの「春」は、おそらくは、ギリシア的でもあり、キリスト教的でもあり、そうした要素が巧く抽出されていて、2H=ヘレニズムとヘブライイズムからなる西欧文化の奥深さを感じました。ビーナスでもありマリアでもある女性が「春」には描かれていて、それが懐胎しているとしたら? というのはあまりに刺激的な観点となります。語ると長くなりますが。

それではみなさま、おやすみなさい、グーテナハトです。

Miscellaneous

十二年周期で太陽を廻る木星。今、ちょうど地球と近い位置にいるようです。太陽の反対側にいますので、夜更けとともに東からあがり、美しく輝いています。ちなみに、木星の右側には土星、左側には火星が見えます。ここまでは東京でも肉眼で見えます。そして木星のさらに奥に海王星が居るはずですが、肉眼では見ることはできません。

木星はJupiterですので、ローマ神話のユピテル、つまりゼウスというわけで、神々の長ですが、火星の、さらにその先にある小惑星帯を超えた遙か遠くにもかかわらず、燦然と輝くのはやはり神々しさしかありません。ホルストの組曲「惑星」では快楽をもたらす者、とされていました。英語では、Jollity。英和大辞典を開くと、愉快、陽気、パーティー、祝賀会と言った意味があります。なにか、快楽と言うよりも幸福をもたらす者、と言い換えたくなります。

幸福をもたらす星を見つめ,幸福を引き寄せるのも良いのではないでしょうか。

それではみなさま、おやすみなさい。

Tsuji Kunio

敬愛する辻邦生の誕生日。9月24日でくにお、です。

私が辻邦生を初めて読んだのは記憶では1989年のようです。さらに本格的に読み始めたのが、1992年の記憶。そうすると本格的に読み始めてから30年となります。30年なんて、本当に一瞬である、なんてことは若い頃には思いもしませんでした。10年前の記憶ができた時の慄きを中学生のころに父に語ったところ、10年前なんて大したことないよ、なんてことを言われたことをおもいだします。

そういえば、母校の図書館は1983年竣工だそうで、そろそろ40年。40年といえば、小学生だった1985年に、戦後40年、なんてことを聞いていまして、その頃は40年前なんて、想像できないほどの大昔だなあ、とおもいましたが、40年前の記憶ができると、40年なんてつい最近だなあ、と思い、そうすると、そうか、あの頃の大人の方々にとって、戦争はつい最近だったのか、と思い、あの白黒の画像でしか知らない戦争の記憶がもっともっと身近に感じたりするのでした。

長々と書きましたが、つまりは、なにか記憶と実在の不確かさと確かさを感じたということです。それは、個人の意識においては時間軸において語られるものですが、たとえば、辻邦生の物語を読んだ記憶においてもやはり、確かさと不確かさのようなものがあるのかもしれない、と思います。

私の尊敬する知人は、毎年のように「背教者ユリアヌス」を詠まれていますが、私はいま、辻邦生をまとまって読み直すだけの時間の自由と心の余裕を失っているわけです。一時的に暗い窖へと身を潜めていると言っても過言ではありません。なにか、それはフリーメイソンの秘儀のようであることを願うようにも思います。聞いた記憶では、フリーメイソンの入会においては、暗闇から光への過程が重要である、と聴きます。

人生の波においては、暗闇と光が交互に訪れるわけで、その仕組みを知らずに生きることはあまりに危険です。私においては、今はやはり虚無の窖に相応するのではなかと振り返るわけで(というか、この四半世紀はどうにも暗闇で過ごしてきた感もありますが)、つねに貪るように光を求めていたのも、そうした背景があるからだなあ、と思います。生きる喜びは、すなわち虚無の窖へのアンチテーゼです。戦争をみた辻邦生は(私の勝手な解釈ですが)、そのアンチテーゼとして生きる喜びを戦闘的オプティミズムという名の下に推し進め、パルテノン神殿のような美が、貧しい荒野のギリシアに芳醇な文化を押し立てたととらえ、その構図は、それは戦争の悲惨から、美によって世界を止揚する構図へと写しとられたのではないでしょうか。

パルテノンはじつは日本にもあったのでは、と着想したこともあり、それは、どうやら私は奈良の大仏ではなかったか、と勝手な想像をすることもあるのです。貧しい日本の天皇がなぜ大仏を作ったのかは、おそらく、まずは盧遮那仏を作ることで、今風に言うと「ゴールドリブン」に国土を止揚したかったのではないか、などと思ったりするわけです。

(しかし、性急な改革が人々を不幸にすることもまた真理ですが)

(聖武天皇と光明皇后は、実はネストリウス派キリスト教を知っていたのでは、など、興味深い事案も多々あります)

人生も栄光と悲惨の繰り返しなわけですが、そこに窖へと沈殿することなく、常に止揚する原動力としての美があること。さらに、それが世界に働きかけうること。そんなことを思います。

それにしても、実社会にここまでわずらわされると、こうして文章を書く機会を失うなあ、と、残念な思いしかありません。

このブログも15年ぐらい続いているような気もして、こうしてブログシステムで文章を気軽に社会へと発信できるという喜びとありがたさを感じた20年前の感動を改めて思い出したりしてはいます。どんなに駄文であろうとも、こうして文章を綴ることの喜びというのはそこはかとないものがあります。

読んで書くという人生の愉悦を、何か残りの人生で謳歌したいなあ、ということを思います。もちろんその愉悦を教えてくれたのが辻邦生です。辻邦生の本は大方読みましたが、まだきちんと解釈できていないものもあります。また辻邦生が読んだであろう本を読む機会は十分ではなく、あるいは辻邦生を超えて詠まねばならない本は数多あります。なにか、人生の後半戦に差し掛かりながら、たとえ、来世があるとしても、この今世におけるアジェンダは責任をもってこなさなければならないと思った時に、あまり時間もない中で(それは、人生の時間でこあり日常の時間でもありますが)、もう少し大枠の「時間」というものを見据えながら生きていきたいなあ、と思う今日この頃です。

辻先生の誕生日ということで、あえて久々にキーボードに向かいなにか、駄文長文になった感もありますが、これもなにか思考の記録かもしれず、あえてこのままで。

それはおやすみなさい。グーテナハトです。

 

Miscellaneous

いよいよ8月も終わり。夏を愛する者には、寂しさしか残りません。来年のナツが待ち遠しい。あの、輝く太陽に灼かれる愉楽は何にも変え難いものです。

そんな季節にふさわしいのかもしれませんが、それでもやはり周回遅れであることは変わりないのですが、この数ヶ月に渡って夜な夜なコツコツと楽しんでいたものが終わりました。

何年前なのかすら定かではない朝のドラマ「ちゅらさん」を、全話見終わったというもの。

今年は、沖縄復帰50年ということで、5月にNHKで総集編の再放送があり、長らくのちゅらさんファンとして、当然復習を兼ねて見たわけですが、これがまたじつに面白い…。

で、頑張って再放送を録画したDVDを引っ張り出して見始めたのですが、やはり総集編ではわからないディテールの面白さがあり、ついつい見続けたものの、DVDがエラーで読めず、途方に暮れていたのですが、偉大なるAmazon prime video で全話公開されているではないか、ということがわかり、毎日、夜中に安いワインを飲み、ご飯を食べながら見続けまして、今週やっと全話制覇となりました。

「戦闘的オプティミズム」という言葉を私はよく使いますが、まさに、オプティミズムに彩られたドラマで、もちろん、それは、なにかご都合主義とも取られるのでしょうけれど、方法論的には全く正しい考え方と思います。生きるためにはオプティミズムが必要なのです。この世界においては。

そうした思考の訓練にも適した実用的なドラマと思い、何があっても、八重山のてぃだ(太陽)が治してくれるのでは、と思ってしまい、同じ太陽なんだから、東京のたいようであっても、やはりなんでも治してくれる、と方法論的に信じてしまえば良い、と思うわけです。

そういえば、数年前に、太陽は万人に降り注ぐ,という言葉に酔ったことがありましたが、まあ、太陽神が古来崇められたように、光も暖かさも、ありがたいものだ、と思うしかありません。

夏の終わりに、ちゅらさんで太陽を感じたのも、やはり何か一つの縁であったようにも思います。

旧暦ではとうに秋ですが、新暦でも九月という秋の月に入り、東京地方の朝晩も随分過ごしやすくなり、ありがたさもある一方で、冒頭の触れたように、寂しさを感じます。かつては、秋が待ち遠しいと感じる頃もありましたが、人生も半周を終えると、その終末を感じとるようなり、人生の盛夏と、夏の太陽を重ね合わせて、夏に未練を感じるようになったのかもしれません。

なんてことを思いながら、帰宅の電車に揺られております。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。