この半年で世界は大きく変わってしまった気がします。特にルネサンスの話もありますけれど、AIでやるのが非常に有力であったり、そうしたものが主流になりつつあります。
物の生み出し方、描き方、そして知識の生み出し方というものが、かなりドラスティックに変わってしまったような感じがあります。
ハイデガーの『芸術作品の根源』という本についてGPTに教えてもらったのですが、なんとなく概要が分かった感もありまして、これで哲学の本が分かったということはないにしても、何か分かった気になってしまうという不思議さ、難しさ、恐ろしさのようなものを感じました。
芸術作品において真理が開かれるといったような解釈が出てきまして、これが「書くこと」において意味的なものを表出するということで、辻邦生の作品とも似ているなと思いました。ただ、ハイデガー的な晦渋な感じというものも何かGPTの文章から読み取れて、それが辻邦生の作品の明澄とした感じとやはり違うなあ、と思いながらも、両者には何かしら似ている部分もあるように思え、確か、この「芸術作品の根源」は辻邦生のブックリストにも載っていたことから、そこに連なる、道筋のようなものを感じたりもしました。
こういう知識の得かたが正しいのかどうかはわかりません。しかし、こうやって知識を得るというやり方は、おそらく若い人たちは普通にやっていくようになるのでしょう。それは、まるで「手書きじゃないとダメだ」と言われたり「紙の本じゃないとダメだ」と言われたりしていたのと似ていて、「AIじゃなくて自分で読まないとダメだ」というのも、何か少し古い感覚になってくるような、そんな感じがしています。テクノロジーの世界で言うと、おそらくプログラミングをAIがやることになり、人間はプログラミングはやらないことになります。この文章も、半分くらいは音声入力と生成を組み合わせて書いていたりします(最近、五十肩の影響でキーボードを打つのが辛くて…)。
こういう時代にあっても、結局のところ、人間が一番大事で、自分を最も大切に思う、ことなのかもしれません。
それでは。










