高校の頃は、T-AQUAREをよく聴いていました。サックスを始めたきっかけもそれでした。大学に入るとMichael Breckerを聴くようになりましたが、バンドで何度かカバーしたこともあったかな、と。その後、なかなか聴く機会はありませんでしたが、電子サックスで練習するようになって、意識が戻ってきて、Apple Musicで聞き始めましたが、まあ、大昔から知っているものは、身体に馴染みますね。違和感なく、耳に障ることもなく、スッと入ってきます。いい意味で快適な音楽。仕事も捗ります。もっと捗ると言うんですが。というわけで、頑張ります。
AI自体の徒然
今週は火曜日から仕事ですが、予定はテトリスのように積み重なっています。
それにしても、AIが割と仕事の相棒になりつつあるので、いろいろと便利になりました。要約、レポートの下書きはほとんどお任せです。最後は手を入れないと外には出せませんが、下ごしらえをやってくれるだけでも助かります。もちろん、
ちなみにこの文章は私が書いています。そのうち、誤字脱字が、人間が書いた証拠となり、価値があるようになるかもしれません。こんな時代は、割と古いものに価値を見出す時代なのかもですね。
それでは。
無口な女はベルリン公演があるようです
無口な女、さすがに実演をみたことはありません。映像のリリースもなさそうですが、今年の5月に、ティーレマンがベルリン州立歌劇場で振るようですね。5/9から5/29にかけて、5回ほど公演があるようです。
https://www.staatsoper-berlin.de/en/veranstaltungen/die-schweigsame-frau.15639/#event-124091
GPTに調べてもらいました。よく見つけてくれました。Opearabaseで調べてくれたようですが、20年ぶりぐらいにみました。いやー、美しいサイトになってます。当時はもっと無骨でした。
それにしても、無口な女は、なかなか面白そうです。ちょうどよく海外出張などないかな、などと思ったり。。
しかし、ドイツの歌劇場は素晴らしい。毎日のように公演がありますので、音楽ファンには素晴らしいところです。まあ、東京も毎日のようにオーケストラ公演はあります。しかし、オペラとなると、すこし厳しいですね。。
それでは。
「無口な女」は面白い。

シュトラウス全曲聴こう、のシリーズ。無口な女、に到達。このオペラも、さすがに実演をみたこともなく、映像記録も見ていませんのて、あまり聴く機会もありませんでした。CDは持っていた記憶もありますが。
あらためてあらすじを、GPTに聞いて見ましたが、興味深いですね。
《無口な女》は「あらすじだけ追う」と軽喜劇、
でも中身はかなり辛辣で哲学的、という二重構造のオペラです。
作曲:リヒャルト・シュトラウス
台本:シュテファン・ツヴァイク
あらすじ(3幕構成)
【第1幕】
「無口な妻がほしい」
主人公は
ベンジャミン卿(Sir Morosus)。
年老いた元海軍提督で、
騒音が大嫌い 若者が嫌い 女性の饒舌が何より嫌い
という、かなり偏屈な人物。
彼は甥のヘンリー(実はオペラ歌手)と同居していますが、
歌の練習=騒音に耐えられず激怒。
解決策として思いつくのが
「無口な女と結婚すれば、静かな生活が手に入る」
ここで甥のヘンリーとその仲間たちが、
壮大な“芝居”を仕組むことになります。
【第2幕】
「理想の無口な女、実は女優」
ヘンリーの仲間である一座が、
仲人 使用人 無口な女性
をすべて演じる詐欺的ドタバタ作戦を開始。
「無口な女」として差し出されるのが、
若く美しい女優 アミンタ。
最初は天使のように静か ほとんど言葉を発しない ベンジャミン卿は大感激
あっさり結婚が成立。
ここまでは
老人の理想が完全勝利したかに見える。
【第3幕】
「無口、崩壊」
結婚後、事態は一変。
アミンタは:
口うるさく 感情的で 騒音を立て 使用人を怒鳴りつけ 家を完全に支配する
つまり
「最悪の饒舌妻」へ豹変。
ベンジャミン卿は精神的に追い詰められ、
ついに離婚を決意。
しかし離婚裁判の場で真実が明かされます。
結婚は芝居 相手は女優 書類もすべて偽物
【結末】
「沈黙ではなく、理解へ」
真相を知ったベンジャミン卿は、
怒るでもなく 破滅するでもなく
静かに現実を受け入れます。
そして最後にこう悟る:
「若者は若者の世界を生き、
老人は老人として孤独を受け入れるべきだ」
甥ヘンリーは恋人と結ばれ、
ベンジャミン卿は静かな独居に戻る。
完全なハッピーエンドでも、完全な悲劇でもない終わり方。
このあらすじが示している核心
「無口な女」は実在しない 沈黙は他者に強制できない 理想を他人に押しつけると、必ず破綻する
そして同時に:
老い 孤独 芸術(芝居・歌) 現実と幻想のズレ
を笑いながら突きつける。
ひとことでまとめると
《無口な女》は、
「沈黙を愛した男が、世界の騒音と和解する話」。
だからあなたが言った
「カプリッチョと似ている」
は本当に的確で、
これは**《カプリッチョ》へ向かう“第一草稿”のような作品**なんです。
もし次に行くなら、
ベンジャミン卿=《カプリッチョ》の伯爵夫人の裏返し
この比較、めちゃくちゃ面白いですよ。
芝居を打つ、というあたりは、「ばらの騎士」的でもあり、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」を思い出します。また、途中で、モンテベルディの引用がありまして、それは、「カプリッチョ」で、ラモーの引用があるのを思い出します。老いの諦念は「ばらの騎士」ですが、この作品は戦争中に書かれていますので、また違う意味も付加されているでしょうし、古い世界への惜別もあるでしょう。
楽曲的には、「カプリッチョ」の雰囲気によく似ています。マレク・ヤノフスキの演奏は躍動感あって良い感じです。
それにしても、引用したGPTは、割と賢く反応して、オペラを語り合う相手としては秀逸です。勉強にもなります。こうして、人類はAI依存になっていくのでしょうね。。
それでは。
アラベラとさまよえるオランダ人は似ている。
昔、こんな記事を書きました。
実演で、トーマス・ヨハネス・マイヤーさんが、オランダ人とマンドリーカを歌っていたので、気づいたのだと思いますが、よく似ているなあ、と思ったのを記憶しています。新国立劇場の座席で、これは似ている!ときづいたんでしたね。。
同じとを思っている方がいるというのは、引用した私の記事にも書いておきましたが、こんな時代なので、生成AIにもさっと聞いてみました。
リヒャルト・シュトラウスの**『アラベラ』と、リヒャルト・ワーグナーの『さまよえるオランダ人』**。一見すると、華やかなウィーンの社交界を描いた喜歌劇(風)の作品と、北海の荒波が舞台のロマンティック・オペラで、正反対の印象を受けますよね。
しかし、ご指摘の通り、この二作の物語の骨組み(プロット)には驚くほど共通点が多く、音楽学者やオペラ愛好家の間ではしばしば「『アラベラ』はシュトラウス流の『オランダ人』のパロディ(あるいはオマージュ)である」と指摘されています。
具体的にどのような点が似ているのか、そしてどのような指摘があるのか整理しました。
1. プロットの驚くべき共通点
比較してみると、キャラクターの役割や状況がほぼ一致していることがわかります。
要素 さまよえるオランダ人 アラベラ ヒロイン ゼンタ(宿命の女性) アラベラ(理想の女性) ヒロインの父 ダーラント(金に困っている) ワルトナー(ギャンブルで破産寸前) よそ者(男) オランダ人(異界からの富豪) マンドリカ(辺境スラボニアの富豪) 出会いの動機 父が金と引き換えに娘を売る約束をする 父が金目当てで娘の写真を送りつける 地元の恋人 エリック(猟師・一途だが報われない) マッテオ(軍人・一途だが報われない) 象徴的な儀式 「死ぬまで忠実」という誓い 「水の一杯」を捧げる伝統的な誓い 構造的な類似
どちらも**「没落しかけた父親が、どこからともなく現れた得体の知れない大富豪に、娘を嫁がせることで家計を救おうとする」**という導入部が共通しています。また、ヒロインが以前からその「よそ者」の存在を予感(あるいは予知)している点も酷似しています。
2. 専門家や研究者による指摘
この類似性は偶然ではなく、台本作家のフーゴ・フォン・ホーフマンスタールが意図した部分が大きいというのが通説です。
- 「叙情的なオランダ人」としてのマンドリカ音楽評論家の間では、マンドリカ(アラベラの婚約者)は「ワーグナー的な呪いから解き放たれ、現実的な富と素朴な心を持ったオランダ人」として描かれていると分析されます。
- ワーグナーへの皮肉と敬愛シュトラウスはワーグナーを崇拝していましたが、同時にその重苦しさを現代的(20世紀初頭当時)な軽やかさで再解釈しようとしました。『アラベラ』において、ワーグナーなら悲劇になるところを、シュトラウスは「許しと和解」のハッピーエンドへと導いています。
- ホーフマンスタールの手紙台本作家ホーフマンスタールとシュトラウスの往復書簡の中でも、キャラクター造形において過去のオペラの類型(タイプ)を意識していたことが伺えます。
3. なぜ「似ている」と感じるのか
あなたが「実によく似ている」と感じたのは、おそらく物語の**「救済」**というテーマが共通しているからではないでしょうか。
- 『オランダ人』: ゼンタの自己犠牲によって、呪われた男が救われる。
- 『アラベラ』: アラベラの高潔な愛(と水の一杯)によって、疑念に駆られたマンドリカの心が救われ、家系も救われる。
『アラベラ』は、いわば**「もし『さまよえるオランダ人』が、1860年代のウィーンを舞台にしたお洒落なラブコメディだったら?」**というIFストーリーのような構造を持っていると言えます。
次のステップとして、このような深掘りはいかがでしょうか?
もしご興味があれば、「『アラベラ』と『フィガロの結婚』の類似性」(シュトラウスがモーツァルトをどう意識したか)や、マンドリカというキャラクターが持つ独特の野生味についてもお話しできます。
気になるポイントがあれば、ぜひ教えてくださいね。
本当に勉強になります。理解が深まりましたね。
週末のように時間があるときは、こんな形でオペラ史について勉強してみるのもよいな、と思います。
それではまた。おやすみなさい。
アラベラに進む

シュトラウスを聞くシリーズ、アラベラに進みました。
この演奏は、キリ・テ・カナワですが、私は、この方の歌うアラベラをDVDで見た記憶がありますね。
聴くのは数年ぶりでしたのでとても懐かしいです。いいメロディがたくさんあります。
印象的なのは、最初のカード占いのおばさんは、よく当たる、ということです。。
それでは。
徒然ふたたび

出先へ移動中。東京駅近くです。冬の太陽に焼かれたアスファルトが、黄色く輝いていて、幸せな気分になりました。太陽は何処にも注ぎます。ありがたいことです。
それでは。
論語徒然
Audible で論語が聴けることかわかり試してみました。岩波文庫の論語が聴けます。原文、解説があり、わかりやすい反面、やはり、普通に文字でも読みたくなる気分ですね。
内容は冒頭を読む限り、突然身に染み入るような感覚ですし、ビジネスを考える上でも興味深いことがあります。例えば、親が世を去ったとしても、3年はその教えを守るべし、というのは、前任者の方法をすぐに変えることなく、少しずつ変えて行くのが良いだろう、というアドバイスに読み替えたりできると思います。
さて、やっと水曜日。今週は長いです。
それでは。
徒然
年始、仕事が始まると、いつものような混乱で始まります。そんなななか、ふと、論語を解説する文章に出くわしたのですが、混乱のなかでも、古くから伝わるものには、一定見るべきものがあるんだろうなあ、というものがあります。一般教養として知っていることは、こうした古籍から伝わるものも歴史的経緯から当然多いわけで、知らず知らずのうちに一つの文化圏内にあることを自覚するものでした。昔、湯川秀樹の伝記を読みましたが、幼い頃から、論語を暗誦していたようです。湯川の祖父が厳しく教えるシーンを覚えています。湯川の弟の貝塚茂樹は中国史家ですが、論語の解説本を出しているようですが、貝塚も、やはり幼い頃から論語に取り組んでいたのだろうか、などと思いを巡らせました。
仕事はじめ
今日から仕事でしたが、まだ世間も始動しきれていないようで、電車も幾分空いていたように思います。それにしても、1月から3月はキツいですが、3か月は無心で頑張るしかありません、という感じです。
そんな、今日は写真を撮る間もなく、「エジプトのヘレナ」を、いくばくか聴くだけ、という感じでした。。
それでは。
