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辻邦生関連エントリーのおしらせ

辻邦生読者グループのご案内

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月蝕を移動中に。

これ、昔の人は怖かっただろうなあ、と思います。輝く月が急に暗くなり、真っ赤に輝くのですから。

わたしも,ただならぬ不気味さを感じながら、欠けゆく月を移動しながらみ続けました。

19時16分に皆既状態になると、なにか放心したような感覚がありました。全てが解放されたというか、解決に向かうかのような。

その後仕事場に戻り打ち合わせ。なんだか、いろいろなことがピタリピタリとパズルが合うかのように進んでいるように思います。

ということで、本日もおつかれさまでした。おやすみなさい。

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11月に入り、晴れた日が多くなった気がします。実に良い天気。太陽は平等に光を降り注ぎます。

日差しのもとは暖かく、日陰は少し肌寒いので、陽の光のありがたみを感じます。

明日、11月7日が立冬ですので、今年最後の秋空ということになりそうです。

それでは。

Tsuji Kunio

学習院大学の講演会。数年ぶりのオフライン講演で、なんだか懐かしさしかありませんでした。

最近はハードワークが続いていて、文学のことを考える暇もなく、ただただレスポンシビリティのために動いている感もあり、何かの助けになればと願いながらと言う感もありますが、春の戴冠の世界に少しの間だけ戻れて、見つめ直せたきがします。すべてはうつろいゆくばかり。辻邦生がボーイング727でフランスへ飛んだ、という話を聞いて、時代の断絶を感じたことがありますが、それでもなお変わらないものもあるのだと思います。それはおそらくは「ホーム」とも言えるもので、人生も折り返してみると、あらためて「ホーム」探しに勤しむことになるようです。私の場合は、転居転校を繰り返しましたので、常にアウェイの感覚で生きてきましたので、どこに行ってもアウェイで、もちろん学習院大学も場所としてはアウェイでしかありません。辻邦生の文学は、そうしたなかでも人生の大半をともに過ごしてきたもので、精神的なホームと言うことができるのでしょう。アウェイでいるにも、また、この先、別のアウェイな場所に向かおうにも、ホームは必要ですので、この歳になりながら、あらたて辻文学のようなホームを一つ一つさがしていかないとなあ、と思う今日この頃です。

さて、指揮者の矢崎彦太郎さんのお話のなかで、レスピーギが取り上げられました。素晴らしいレスピーギ。イタリアの太陽です。

南イタリアの田舎の港町で、人知れず暮らしながら、少しずつ地元の人々と心を通わせ、いつしかベッドで静かに眠るように息を引き取るという幻影をみました。刺すような太陽で、おそらくは肌は灼けるのでしょうが、深く刻まれた皺や白く輝く歯を持つ男達の仲間になれば、昼間からワインを飲んで、明るいうちにベッドに入ることもできるのではないでしょうか。などということをおもいながら、レスピーギを聴きました。

幻影であっても、それを想ったところで、それは現実と違わぬものになります。辻邦生はそれをイマージュと呼んだのではないでしょうか。イマージュを言語化することが、私だけの世界を係留する手段になります。それが文学であり、物語である。そんなことを想いつつ、またレスピーギを聴いています。

朗読会の「春の戴冠」は見事に長大な春の戴冠の半分を1時間に切り取っていて、感服でした。ボッティチェッリの「春」は、おそらくは、ギリシア的でもあり、キリスト教的でもあり、そうした要素が巧く抽出されていて、2H=ヘレニズムとヘブライイズムからなる西欧文化の奥深さを感じました。ビーナスでもありマリアでもある女性が「春」には描かれていて、それが懐胎しているとしたら? というのはあまりに刺激的な観点となります。語ると長くなりますが。

それではみなさま、おやすみなさい、グーテナハトです。

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十二年周期で太陽を廻る木星。今、ちょうど地球と近い位置にいるようです。太陽の反対側にいますので、夜更けとともに東からあがり、美しく輝いています。ちなみに、木星の右側には土星、左側には火星が見えます。ここまでは東京でも肉眼で見えます。そして木星のさらに奥に海王星が居るはずですが、肉眼では見ることはできません。

木星はJupiterですので、ローマ神話のユピテル、つまりゼウスというわけで、神々の長ですが、火星の、さらにその先にある小惑星帯を超えた遙か遠くにもかかわらず、燦然と輝くのはやはり神々しさしかありません。ホルストの組曲「惑星」では快楽をもたらす者、とされていました。英語では、Jollity。英和大辞典を開くと、愉快、陽気、パーティー、祝賀会と言った意味があります。なにか、快楽と言うよりも幸福をもたらす者、と言い換えたくなります。

幸福をもたらす星を見つめ,幸福を引き寄せるのも良いのではないでしょうか。

それではみなさま、おやすみなさい。

Tsuji Kunio

敬愛する辻邦生の誕生日。9月24日でくにお、です。

私が辻邦生を初めて読んだのは記憶では1989年のようです。さらに本格的に読み始めたのが、1992年の記憶。そうすると本格的に読み始めてから30年となります。30年なんて、本当に一瞬である、なんてことは若い頃には思いもしませんでした。10年前の記憶ができた時の慄きを中学生のころに父に語ったところ、10年前なんて大したことないよ、なんてことを言われたことをおもいだします。

そういえば、母校の図書館は1983年竣工だそうで、そろそろ40年。40年といえば、小学生だった1985年に、戦後40年、なんてことを聞いていまして、その頃は40年前なんて、想像できないほどの大昔だなあ、とおもいましたが、40年前の記憶ができると、40年なんてつい最近だなあ、と思い、そうすると、そうか、あの頃の大人の方々にとって、戦争はつい最近だったのか、と思い、あの白黒の画像でしか知らない戦争の記憶がもっともっと身近に感じたりするのでした。

長々と書きましたが、つまりは、なにか記憶と実在の不確かさと確かさを感じたということです。それは、個人の意識においては時間軸において語られるものですが、たとえば、辻邦生の物語を読んだ記憶においてもやはり、確かさと不確かさのようなものがあるのかもしれない、と思います。

私の尊敬する知人は、毎年のように「背教者ユリアヌス」を詠まれていますが、私はいま、辻邦生をまとまって読み直すだけの時間の自由と心の余裕を失っているわけです。一時的に暗い窖へと身を潜めていると言っても過言ではありません。なにか、それはフリーメイソンの秘儀のようであることを願うようにも思います。聞いた記憶では、フリーメイソンの入会においては、暗闇から光への過程が重要である、と聴きます。

人生の波においては、暗闇と光が交互に訪れるわけで、その仕組みを知らずに生きることはあまりに危険です。私においては、今はやはり虚無の窖に相応するのではなかと振り返るわけで(というか、この四半世紀はどうにも暗闇で過ごしてきた感もありますが)、つねに貪るように光を求めていたのも、そうした背景があるからだなあ、と思います。生きる喜びは、すなわち虚無の窖へのアンチテーゼです。戦争をみた辻邦生は(私の勝手な解釈ですが)、そのアンチテーゼとして生きる喜びを戦闘的オプティミズムという名の下に推し進め、パルテノン神殿のような美が、貧しい荒野のギリシアに芳醇な文化を押し立てたととらえ、その構図は、それは戦争の悲惨から、美によって世界を止揚する構図へと写しとられたのではないでしょうか。

パルテノンはじつは日本にもあったのでは、と着想したこともあり、それは、どうやら私は奈良の大仏ではなかったか、と勝手な想像をすることもあるのです。貧しい日本の天皇がなぜ大仏を作ったのかは、おそらく、まずは盧遮那仏を作ることで、今風に言うと「ゴールドリブン」に国土を止揚したかったのではないか、などと思ったりするわけです。

(しかし、性急な改革が人々を不幸にすることもまた真理ですが)

(聖武天皇と光明皇后は、実はネストリウス派キリスト教を知っていたのでは、など、興味深い事案も多々あります)

人生も栄光と悲惨の繰り返しなわけですが、そこに窖へと沈殿することなく、常に止揚する原動力としての美があること。さらに、それが世界に働きかけうること。そんなことを思います。

それにしても、実社会にここまでわずらわされると、こうして文章を書く機会を失うなあ、と、残念な思いしかありません。

このブログも15年ぐらい続いているような気もして、こうしてブログシステムで文章を気軽に社会へと発信できるという喜びとありがたさを感じた20年前の感動を改めて思い出したりしてはいます。どんなに駄文であろうとも、こうして文章を綴ることの喜びというのはそこはかとないものがあります。

読んで書くという人生の愉悦を、何か残りの人生で謳歌したいなあ、ということを思います。もちろんその愉悦を教えてくれたのが辻邦生です。辻邦生の本は大方読みましたが、まだきちんと解釈できていないものもあります。また辻邦生が読んだであろう本を読む機会は十分ではなく、あるいは辻邦生を超えて詠まねばならない本は数多あります。なにか、人生の後半戦に差し掛かりながら、たとえ、来世があるとしても、この今世におけるアジェンダは責任をもってこなさなければならないと思った時に、あまり時間もない中で(それは、人生の時間でこあり日常の時間でもありますが)、もう少し大枠の「時間」というものを見据えながら生きていきたいなあ、と思う今日この頃です。

辻先生の誕生日ということで、あえて久々にキーボードに向かいなにか、駄文長文になった感もありますが、これもなにか思考の記録かもしれず、あえてこのままで。

それはおやすみなさい。グーテナハトです。

 

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いよいよ8月も終わり。夏を愛する者には、寂しさしか残りません。来年のナツが待ち遠しい。あの、輝く太陽に灼かれる愉楽は何にも変え難いものです。

そんな季節にふさわしいのかもしれませんが、それでもやはり周回遅れであることは変わりないのですが、この数ヶ月に渡って夜な夜なコツコツと楽しんでいたものが終わりました。

何年前なのかすら定かではない朝のドラマ「ちゅらさん」を、全話見終わったというもの。

今年は、沖縄復帰50年ということで、5月にNHKで総集編の再放送があり、長らくのちゅらさんファンとして、当然復習を兼ねて見たわけですが、これがまたじつに面白い…。

で、頑張って再放送を録画したDVDを引っ張り出して見始めたのですが、やはり総集編ではわからないディテールの面白さがあり、ついつい見続けたものの、DVDがエラーで読めず、途方に暮れていたのですが、偉大なるAmazon prime video で全話公開されているではないか、ということがわかり、毎日、夜中に安いワインを飲み、ご飯を食べながら見続けまして、今週やっと全話制覇となりました。

「戦闘的オプティミズム」という言葉を私はよく使いますが、まさに、オプティミズムに彩られたドラマで、もちろん、それは、なにかご都合主義とも取られるのでしょうけれど、方法論的には全く正しい考え方と思います。生きるためにはオプティミズムが必要なのです。この世界においては。

そうした思考の訓練にも適した実用的なドラマと思い、何があっても、八重山のてぃだ(太陽)が治してくれるのでは、と思ってしまい、同じ太陽なんだから、東京のたいようであっても、やはりなんでも治してくれる、と方法論的に信じてしまえば良い、と思うわけです。

そういえば、数年前に、太陽は万人に降り注ぐ,という言葉に酔ったことがありましたが、まあ、太陽神が古来崇められたように、光も暖かさも、ありがたいものだ、と思うしかありません。

夏の終わりに、ちゅらさんで太陽を感じたのも、やはり何か一つの縁であったようにも思います。

旧暦ではとうに秋ですが、新暦でも九月という秋の月に入り、東京地方の朝晩も随分過ごしやすくなり、ありがたさもある一方で、冒頭の触れたように、寂しさを感じます。かつては、秋が待ち遠しいと感じる頃もありましたが、人生も半周を終えると、その終末を感じとるようなり、人生の盛夏と、夏の太陽を重ね合わせて、夏に未練を感じるようになったのかもしれません。

なんてことを思いながら、帰宅の電車に揺られております。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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本当につれづれな日々が続いています。皆様お元気でいらっしゃいますでしょうか。

一昨日でしたか、夜、仕事場を出ると思いのほか涼しい風が吹いていて、いよいよ秋が来るのか、と、何か寂しさを感じている今日この頃であります。

個人的には、暑い夏が好きで、7月、8月と太陽と暑さを満喫していましたが、名残惜しいですね。

今週は、レヴァインが振るリングを聞いていました。

久々に、ワーグナーの不協和音群を聴いて何か心休まる気分です。懐かしさしかありません。音楽も文学も、人間の内奥へアクセスするための小道Pathではないか、と思います。芸術は、人の頭がこしらえて考えるものではなく、何かそうした源泉へと通じるものでないといけないのでしょう。

最近の新しい小説を読もうにも手に取ることができない理由は、何か拵えもののように感じてしまうからだと思います。少し前に読んだ本は、論理的なトリックや読者の勘違いを利用した推理小説のような本で、確かにその場はゲーム的な謎解きの感覚で面白いのですが、それだけなの?という感覚があったように思います。

辻邦生もやはり、そんな疑問を若い頃持っておられたはずで、それを世界全体を掴む直観のような、主観性の追求による全体客観性の獲得という文脈で突破したのだと思っています。

ワーグナーの不協和音も、何か、それまでの協和音的な規則や論理を、直観的に突破して、ひとつ内奥へと進んだ感覚があります。何か奥底にある本質の襞に波のように寄り添うような和音の連なりだな、と思います。

どうも、日々の仕事すらも何か頭で拵えた表層的なもののように思い、人それぞれの拵えた妥当性のない表層的なものがいくつも重なり、意味を失っていくような、そんな危うさを感じます。そうした一つ一つは意味のない拵え物の中から、本質的なものへと進みうる直感(最近の流行り言葉で言うと仮説)を得て深めていく(論理を整える)ということの大切さを感じます。

なんてことを思いながら、この週末を過ごしております。

というか、まあ、もう少しこうして文章に落とすことを、昔のように頻度を高めてやっていかんとなあ、と思います。ブログという20年前のレガシーなスキームですが、ピンとくる代替もありませんので、今しばらく続けて行くかなあ、と思っています。

それではみなさま、ありがとうございました。

Tsuji Kunio

今日、7月29日は、辻邦生のご命日。

「園生忌」という名前がついています。2016年に決定されたものです。

私は、この時、西行との関連から、桜をモチーフにした名前が選ばれるのではないか、と思っていましたが、おそらくは「遠い園生」に基づく園生忌が選ばれたものだと推察しました。この「遠い園生」という作品は、辻邦生が旧制松本高校在学中に書いた小説とされていて、しかし、旧制高校の学生がここまでの作品を書くのか、と読んだ当時、なかばショックに近い感慨を得たのを思い出します。

こうした若いときの作品を、命日の呼び名にするというのは、少し思いを巡らさないと巧く咀嚼できないなあ、ということを当時から思っていましたが、人生が円環だとすれば、若い頃の作品が命日の呼び名に値したとしてもおかしくはないのでしょう。あるいは、私の記憶では(メモが出てこなく困っているのですが)園生という言葉は、ヘッセの日本語訳に由来する可能性もあって、そうしたことも考慮されているのかもしれないです。

ともかく、23年も前の出来事になってしまったわけで、そろそろ四半世紀という節目にもなります。この先も、しばらくは私の人生は続くわけですが、そうしたときに、辻邦生が70年前にパリで考え、その後の40年以上の文業のなかで書いていたことが、この先の世界でどのように位置づけていくのか、という感覚を覚えます。「思えば遠くに来たものだ」という中原中也の言葉を、幾度となく思い浮かべることがこの数年多いのですが、この、遠い世界においては、辻邦生はどうやって、文学を受肉させるだろう、ということを思わずにいられません。

今日はこちら。辻邦生の思索が講演形式で語られます。講演後、そのほとんどをご自身で手を入れられていたと聞いたことがあります。ともかく、なにか遠い世界ですが、一方で円環でもあります。これからは、読み手の真価が問われるのだと思います。

それでは。おやすみなさい。グーテナハトです。

Japanese Literature

つれづればかり書いていてもなあ、と思いつつ、最近読んだ本はこちら。

神谷恵美子の書いた「生きがいについて」。

時間を見つけて半分ぐらいまで読み進めましたが、衝撃的でした。

自己に対するごまかしこそ生きがい感を何よりも損なうものである。そう言う人の表情は弛んでいて、一見してそれとわかる。これがまたかなり多くの神経症を引き起こす原因となっていると思われる。酒癖が強いものも、このようなところから生じやすい。

使命感に生きる人にとっては、自己に忠実な方向にあるいているかどうかが問題なのだって、その目標さえ正しいと信ずる方向に置かれているならば、使命を果たし得なくても、使命の途上のどこで死んでも本望であろう。これに反し、使命にもとっていた人は、安らかに死ぬことさえ許されない。

自らの使命に従って行きていれば、たとえ使命を果たせなくても、正しく人生を閉じることができるのだが、そうでなければ、安らかに死ねない、というのは、いつもは目を閉じ耳を塞いでいることなのかもしれません。

自らの使命をどう捉えるかということです。

この文章を読んで、2年ほど前にみたテレビ番組を思い出しました。千住博さんが、高野山の襖絵を手がけた苦闘を取り上げたNHKスペシャルです。

「NHKスペシャル 高野山 千年の襖(ふすま)絵 空海の世界に挑む」

https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009051267_00000

確か「人は騙せても、自分は騙せない。よしんば、お大師様を騙すことはできない」といった趣旨の話をされていたように記憶しているのです。

芸術作品に真摯に向き合うということがが使命だとすれば、その使命に悖ることはできないわけであり、それは自分を騙すということではなく、お大師さまという半ば超越的な存在にも見破られるのである、ということ。使命を果たさないということは、自分と、あるいは自分の中にある仏性あるいは神性を通して、何か運命や宿命に背いていることになるのではないか、ということ。

そんなことをこの「生きがいについて」を読みながら感じたのでした。

この本は、NHKの100分de名著で取り上げられ、これをきっかけに、司会を務めたアナウンサーの島津有里子さんは、NHKを退職し医者の道へと進まれた、ということでを読みまして、どのようなものか、と思い読んでみたところ、想像通りというか、想像以上のものだったと思います。衝撃というのは、薄々わかっていることを、痛烈に言われてしまった、ということなんだろうということなのでしょう。

https://aria.nikkei.com/atcl/feature/19/012700083/020100003/

半分ほどKindleで読みましたが、これは紙の本で読んだ方が良いかもしれず、あるいは、多くの人に読んでいただきたい本でもあるな、とも思いました。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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先日とった夕暮れの風景。

暮れなずむときです。空に誰かが文字を書いたような巻雲が。みなさまならなんとよむでしょうか。

時間はつくるものなんだよ、という言葉をよく聞きますが、まあ、時間は創るものなのでしょう。文章を書くということも、やはり時間を創る中で可能なことです。

美しさを表現するのが芸術の仕事だと思いますが、さまざまなメディアで芸術表現をしようとした時に、さて、文章の場合はどのように表現するべきなのかな、ということをこの風景を見ながら考えてしまいました。そうした議論はもはやされ尽くした感はあるのでしょうけれど、あらためて自ら考えてみたとすると、文章そのものの美しさと、文章が表すものの美しさがあるのでしょう。それを、表現の美しさと意味の美しさとしてとらえてみて、例えば詩的表現は前者であろうし、文章自体が伝える風景や行為の美しさは後者に当たるでしょう。

文章で伝えられないことはないという信念を持つ、ということを辻邦生は述べていたと記憶していますが、鈴木大拙を読んでいると、文章で表現できないこともあるわけでもあり、ただ、自分の世界を他者に伝えるというチャレンジをするという観点で、文章表現に意味があるのでしょう。

そもそも、個の世界と他の世界は全く違うわけで、それが、辻邦生が感じた、私が世界を包み込む、という感覚だったと思います。パリの芸術橋で、パリの風景そのものが自分に属するものであると感じたというあの逸話のことなのですが、私も同じインプレッションを数年前に得たことがあり、しかしそれは実に孤独に満ちた厳しい感覚で、広大で狭い宇宙に一人閉じ込められている感覚をも持ったものでした。

辻邦生は、私の世界を伝えるという欲求があるから文章を書くのだ、ということを述べています。

ぼくの世界で、ぼくが死んでしまうと、だれものそのなかに入って知ることはできない。だから、この世界をだれかほかの人に伝えるためには、その感じ方、色彩、雰囲気を正確に書かないと、ぼくが死んでしまったら、もうこの地上から消えてしまう。そういうものを書き残すのも文学の一つの大事な仕事なのではないか。

辻邦生「言葉の箱」

文章において、「私」が感じた美的感興を、表現美と意味美において書き続けるということ。それが、芸術としての文章の在り方なのでしょう。

しかし、そのためには、美的感興を捉えることがあり、あるいはそれは美である以上、普遍的なものにつながっている必要があります。それを論理と説明で行うことはできないはずで(これは直感的感覚で今後取り組まなければならないことではあるのですが)、文章の論理性説明性を矛盾するところの普遍性を表現するということに、文章表現の難しさがあるということなのだと思います。それは、何かキリスト教で言うところの受肉という言葉を思い起こすほどの困難さを感じます。

などと考えながら、過ごしている最近でございます。。

それでは。。