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辻邦生関連エントリーのおしらせ

辻邦生読者グループのご案内

  • 辻邦生の文学がお好きな方、Facebookの辻邦生読者グループ「永遠の書架にたちて」にご参加ください。簡単な質問にお答えいただいた方がご参加いただけます。
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Tsuji Kunio

辻邦生はこの「言葉の箱」の中で、自分の想像力が産んだイマージュが、言葉の箱の中に入れられていけば、必ず力強いものが産まれる、ということを言っています。

確かに、辻文学の持つ物語の力はとてつもないものですし、辻文学に限らず、例えば、私にとっては、ハインラインやアーサー・C・クラークの作品群の持つ物語の力は、大きなものに感じます。しかし、それを初めて感じたのはいつだろう、と記憶を呼び起こすと、それはおそらく何かの折に見た、「カナの婚礼」の絵だったと思います。

Paolo Veronese, The Wedding at Cana.JPG
パオロ・ヴェロネーゼ, パブリック・ドメイン, リンクによる

これもどこかで書いたことがあったのかもしれませんが、この絵を見るまでは、絵に描かれていることは作りものに過ぎない、と考えていたわけです。ところが、この作品を見た途端に、おそらくはこの風景は現実にあったのだ、という直観をえたのでした。その現実とは、言葉としては当時別の言葉を当てはめていて、真実在とか、そういう言葉を使っていたようにおもいますし、今でも現実と言う言葉よりも真実在と言う言葉のほうがしっくりきます。

この生き生きとしたリアルな筆致は、そこにそれとして屹立しているものであり、作りものとか、創作物とか、そういった言葉が当てはまらないように思えたものでした。

これもやはり、文字ではなく絵画によってなされたイマージュの力ではないか、と今になって思うわけです。それはいわゆる素朴な現実世界と等価以上のものであって、現実世界との差異はあくまで量的差異でしかないのではないか、とも思うわけです。この絵画をじっと眺めていると、その世界の中に引き込まれていき、素朴な現実世界よりも、ありありとリアルな質感をもって迫ってくる感もあるわけです。

これは、もう、言葉をいくら重ねても伝わる者ではないわけですが、辻邦生はこれを伝えるということにおいて文学にその意義を見いだしたのではないか、ということを今更のように感じています。

「僕が死んでしまうと、だれもそのなかに入って知ることはできない」「僕が死んでしまったら、もうこの地上から消えてしまう。そういう者を書き残すのも文学の一つの大事なしごとではないか」と辻邦生が述べているわけで、それが、イマージュと同じ質感を物語という形式で遺すことの意義になる、と言うことに感じています。それが、茫漠としたたったひとりで巨大な球体の中央に存在する自分という虚無と孤独を克服することに繋がると言うことなのでしょうか、と言ったことも考えつつ…。

しかし、この発想、そういえば四半世紀ほど前に、飲み屋で知人に語ったような記憶もあり進歩してないなあ、という気もしますが、そのときは方法論としての物語のことだけであって、伝えるべき巨大な球体としての世界をイマージュとして物語形式に落とし込むという文学の意義までは分からんかったなあ、と思う次第です。

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Tsuji Kunio

ぼく自信が世界を包み込んでいる、ぼくが世界を所有している、いままでぼくは世界に包まれていた存在だったわけですけれども、今度はぼくが大きな絵にでもなって、大きな球体にでもなって、地球をスッポリ包んでしまったような逆転した関係が生まれてしまった。

辻邦生「言葉の箱」新潮文庫、25ページ

先だっても書いたこの部分。

今日もやはりこの球体のことを考えていました。というより、自分の最近の世界認識を「球体」と喩えて考えていて、あらためて一ヶ月前に書いた文章を見直したら、やはり辻邦生も球体と言っていることに驚き、潜在的にこの「大きな球体」と言う言葉が自分の中にしみこんでいたと言うことに気づいたところです。

どうも、この世界、というのは空間的な世界にとどまらず、時間的な世界をも指しているのではないか、と思うわけです。辻邦生的に言うと、「僕のパリ」には、ローマ時代のパリから、ブルボン朝のパリ、革命のパリ、そして20世紀のパリ、全てが含まれていて、あるいは、未来のパリをも含んでいるわけです。そして「地球」を包み込んでいるということは、パリだけでなく、東京もニューヨークもヨハネスブルグも(航空会社の宣伝のようですが)含むものであり、あるいは、地球から離れ、太陽系であったり、銀河、あるいは宇宙全体をも含む物になり得るわけです。パリも東京も銀河も、そこに量的な差異があるだけで、質的な差異はありません。

そういう意味で言うと、辻邦生の言うイマージュというもの、これは私の認識では、小説世界において我々の素朴な現実と同じぐらい確固とした質感のあるありありとした世界名分けですが、このイマージュすらも、現実の世界と等価となり、この私の「大きな球体」の中に含まれるわけです。記憶も想像もイマージュという観点では全て等価であり、ただ、いま個々にある認識主体において瞬間瞬間においてリニアに生じる「場」としての世界だけが唯一のよりどころであり、その「場」が中心にあるあまりに巨大な球体が、私というものではないか、と感じるわけです。

なんだか、今、この文章を書いていると、これは、誤解を恐れずに言うと、学生時代に囓り読んだ西田幾多郎の純粋経験ではないか、とも感じてしまいます。もちろん学生時代の記憶があったからこその発想ではあるのですが。

巨大な私という球体に、私は茫漠という表現を当てはめたくなるのです。つかみ所がないが、しかしそれでもそれは私であり宇宙であるというもの。そこに区切り意味を作ることで初めて茫漠を乗り越えられるという感覚。西田的に言うと主客分離というものでしょうか。

この考えは、辻邦生が「詩と永遠」で語る境地<開かれた自己>にも似た感覚なのですが、私はそこにポジティブな感覚をどうしても得られず、しかし、これがいつかひっくり返り、ポジティブな感覚へと転化するのではないか、という感覚も持っています。

 

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Tsuji Kunio

今日は辻邦生誕生日。924だからくにおです。

今日も在宅勤務で、8時半から23時までみっちり。まあ、仕事は面白いですが、やり過ぎはよくありません。

すでに食事はとったので、ワインを飲みながら気分を緩める瞬間です。

それにしてもこのところ、いろいろなものがつながり始めています。辻邦生が、ポン・デ・ザールで感じた世界を包み込む感覚は、おそらくは西田幾多郎の純粋経験に他ならないもので、辻邦生はそれを実に鮮やかにポジティブにとらえ、生もなく死もない永遠の相をそこに見たのではないか、と思います。

私も実のところ、そうした純粋経験のあり方のようなものを1994年2月か3月に感じたのでした。新潟へ向かう新幹線の中のことでした。あの瞬間が、それまでの経験的認識論がひっくり返った瞬間でした。

辻邦生のポン・デ・ザール体験もやはり「ひっくり返った瞬間」だったのだと思います。

ぼく自信が世界を包み込んでいる、ぼくが世界を所有している、いままでぼくは世界に包まれていた存在だったわけですけれども、今度はぼくが大きな絵にでもなって、大きな球体にでもなって、地球をスッポリ包んでしまったような逆転した関係が生まれてしまった。

辻邦生「言葉の箱」新潮文庫、25ページ

それを辻邦生はポジティブにとらえ、この「ぼくの世界」を書き残すことが文学の一つ大事な仕事である、と言うわけです。

私も確かに、1994年から27年が経ち、どうやら、この「私の世界」というものの直感が深化しているようなのですが、どうにも辻邦生のようにポジティブに捉えることができない感覚を得ており、ずいぶんと苦しい日々が続いているようにも思います。

 

ナラティブ=物語ることの名手中の名手だった辻邦生は、辻邦生の世界を語りきることで、何を得たのだろう。

ナラティブの力、ナラティブが支える世界の強固さのようなものはつとに感じます。6月に「時の扉」を読みましたが、あそこにある厳然としたソリッドな実体感はまさにナラティブの力です。

もしかすると、辻邦生もやはり「ぼくの世界」の虚無をナラティブとポエジーの力で書き残し、昇華していたのではないか、そんな淡く恣意的な予感を得ています。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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Classical

いろいろと仕事がバタバタとしていて、なかなかここまで到達しません。が、3連休の最終日にようやく少しだけ心の余裕ができた感じ。

このところ聴いていた音楽は、なんだかんだいって、内田光子のシューベルトが多くて、その合間に、マゼールのリヒャルト・シュトラウスを聞いたり、ハイティンクのマーラーを聴いたり、あるいはパーヴォ・ヤルヴィのブルックナー全集を聞いたり。

ですが、なんだかこの記事を書くためにいろいろ調べていたら、やはりアバドに戻って来てしまいました。なぜ、こんなに気分にフィットするのか、アバドは。。

品があり、端麗で、奇をてらうことのない柔和な美しさ。

 

それはブラームスを聴いても、ブルックナーを聴いても、マーラーを聴いても、ベルクを聴いても、モーツァルトを聴いても思うことだなあ、と。

 

小学生の頃に買ってもらったカセットテープ版四季は、アバドとクレーメルだった。

ブラームスはこのところもことあるごとに聞きかえし、危機を乗り越えた感覚がある。

シュトラウスの四つの最後の歌を聴いても、シュトラウスらしい優美さがあふれている。

そして、ベルクのルル組曲は、美と退廃のせめぎ合うギリギリの感覚。

 

振り返ると、アバドの周りをぐるりと回りながら過ごしてきた感があります。

このエントリーを書くまで、こんなことを書くとは思いもよらず。

残された音源だけでアバドを語ること葉できるわけはなく、願わくば、ウィーンやベルリン時代のアバドの演奏を実際に聴いてみたかったです。

ウィーン国立歌劇場の音楽監督をやっていた時代もあったが、あまり録音は残っていないようで、リンク先のボックスセットの中身を見たのですが、だいたい聴いたことがある記憶。

https://tower.jp/article/feature_item/2019/12/11/1111

 

(オペラ見に行きたい。もう6年も見ていない。。)

 

それではみなさま、おやすみなさい。

 

 

 

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Richard Strauss

はじめに

NHKBSのプレミアムシアターでドレスデンのカプリッツィオが放映されていました。先週の土曜日に、スマホで自宅のHDDレコーダにつないで、地下鉄に乗りながら観ながら、facebookに記事を書いていたら、乗り換え駅で降り損ねてしまうという。。まあ、それぐらい熱中してしてしまいました。やれやれ。

で、facebookに書いた記事を再構成して記録としてこちらに載せることにします。

この映像、ティーレマンがドレスデンを振った音源で、伯爵夫人は、カミラ・ニールント。ああ、カミラ・ニールントは2007年の新国立劇場「ばら騎士」が圧倒的で、2011年春再演時にも来日する予定でしたが、震災でキャンセルになったんですね。。本来18世紀フランスが舞台ですが、第二次大戦中に時代を映した演出で、これはよくある読み替えだと思います。後述の二期会も、あるいはおそらくは同じく後述のシルマー版もやはり時代的には第二次大戦中と思われます。

とにかく、このオペラ、10年以上前にドレスデンまで行って見に行った思い出深いオペラで、指揮はペーター・シュナイダーだったはずです。当時の記録は文章には残っておらず、証拠物件もみつからず。。

ただ、このオペラの真価を理解するにはまだ時間が必要だったし、まだその真価を理解できているとも思えません。本当にオペラ美学を語るオペラ。メタ・オペラなのです。

これまで、5種類ほど違う演奏・演出で見ましたが、そのうち3種類はメタ視点の導入による味わい深さがあったと思います。自分で自分の演奏を見る、と言った感覚。

これまで見た記憶

1)こちらが初めて見たカプリッチョの映像。NHKで放映されました。メタがかかった味わい深さ。

シルマー&フレミングの「カプリッチョ」のメタな構造

2)こちらは、メトロポリタン歌劇場。やはりフレミング。METライブビューイングでみたなあ。

MET ライブビューイング「カプリッチョ」短信

3)さらには、二期会。これも素晴らしかった。

やられた、泣いた、驚いた。二期会「カプリッチョ」

4)前述のとおりドレスデンで見ていますが、記録が見つからず。ただ、とにかく、最後の月光の音楽が美しくて、という記憶のみ。群青色のライトに満たされたゼンパーオーパーは大変素晴らしかったのです。

5)そして、今回のNHKで放映された、ティーレマンの演奏。

https://www.nhk.jp/p/premium/ts/MRQZZMYKMW/episode/te/MJQ54KXG47/

 

最後のロマンはオペラ?

とにかく、最後のロマン派オペラであり、オペラに関する蘊蓄と考察が加えられた、オペラを語るオペラ、メタ・オペラとも言えるリヒャルト・シュトラウス最大最高のオペラ。

戦時中に作られ、失われ戻らないかつての美的成熟を描いた作品で、正直、無人島に持っていくならこの音源とリブレットです。

おそらくは、西欧音楽はここに終わったとも言えるのではないか。そんな気にもなってしまいますが、もしかすると「四つの最後の歌」がそれに当たるかもしれん、と思ったり。

オペラを、歌詞、音楽、演出に分け、それぞれを擬人化し、さらには、オペラの華であるテノールとソプラノに甘い歌を歌わせ、さらには激しく難易度の高いフーガの六重唱入れたりするのだ。やる方はたまったもんではないはず。
さらにはオペラにおけるバレエの問題も、語られます。

で、最後に、オペラを象徴する主人公伯爵夫人マドレーヌが、詩人と音楽家のどちらを選ぶか逡巡するという。甘美な音楽とともに。オペラをめぐる永遠のテーマなんだろう。それが、文才にも恵まれたシュトラウス手により書かれるという僥倖です。

でもこの三角関係の勝者は音楽家です。伯爵夫人の台詞は音楽に傾いているし、今回見た演出でもやはり、音楽家に傾いていたなあ。

オペラにおいては詩が先か、音楽が先か? そしてありがとう、オペラ

喪われたものを顧みる知恵

それにしても、これが戦時中に書かれたという皮肉。いや、戦時中だからこそ書かれたというべきか。ミュンヘンが爆撃され、ドレスデンの歌劇場もドレスデンの歌劇場も焼け落ちたのだ。悲しみはあまりあります。

失われるものは数多ありこうして、懐古し、失われたものを、時と場所に措定するということは、グリーフ・マネジメントなのかもしれません。

戦争とコロナは似て非なるものだが、時代とともに喪われるという観点では、やはり似ていますね。世界がすべて変わり、次にドレスデンに行くことなんてできるんでしょうか。

 

最後に、このカプリッチョからいい言葉を。

Heiter entscheiden – sorglos besitzen. Glück des Augenbliks – Weisheit des Lebens!

「明るく決心し、心配なく保つ。幸福の瞬間こそ人生の知恵」。以下リンク先で10年前にキャッチーな意訳をしていました。

 

なにごとも陽気に明るく、心配事なんて忘れて、生きていこう!

「幸福な瞬間こそ人生の知恵」ですか。。

つうか、幸福の瞬間で息継ぎして生きる、という感覚を持ってましたが、これは、まさに戦時中にシュトラウスやクレメンス・クラウスが感じていたことなのかもしれん、と思いました。

虚無を超えて──マーラー交響曲第10番を聞いて

なんだかこのエントリー自体が回顧的になってしまいました。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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Franz Schubert,Piano

このところ心を落ち着かせる機会を作るのに腐心していましたが、大学時代の先輩がシューベルトを聴いているとのことで、この音源をApple Musicで求めました。内田光子のシューベルトはかなり前からCDを持っていて、数年に一度は手に取っていましたが、なんだかこのタイミングでこうして聞いてみると、日々のスピードを忘れ、一番正しいところへ帰ってくることができるように思います。

先だって、とある人と話をする機会があり、都内某所を「ここが一番正しいところなのです」と言葉がついてきたのですが、古い存在論で「真善美」というのがありますが、なんか、存在論と認識論と美学が一体になったような感覚得たために、「正しいところ」という言葉が出てきたようでした。自己反省すると。

となると、なにかこの内田光子のシューベルトも、また一つの正しいところであるに違いないわけです。それはまさに厳然としてある現実感であり、美しいものであり、またなお、そこになぜか倫理的なものをも感じるという感覚。音楽に倫理はそぐわない概念ですが、そうであってもなにかそこに正しさを措定したくなります。

なんだろうな、この音と音の間に込められた微妙な空気感。音と音の間に有限と無限を感じるような感覚。単なる音が、大きな存在感へと膨らむ感じです。

このCDは独りで夜に聞くもんだなあ、と思います。

そういえば、かつてはPhilipsだったはずなのに、最近はDECCAに移籍されたようです。Philipsのかつてのロゴが好きだったので少し寂しい。

それでは皆様、おやすみなさい。グーテナハトです。

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Gustav Mahler

7月に入り途端に環境が変わり忙しさに拍車がかかりましたが、なにかその忙しさに慣れつつある今日この頃という感じです。

文章を「まるでピアニストが書くように」書く、ということを、尊敬する辻邦生先生はおっしゃっていますが、まあ、辻先生ほど出ないにせよ、書くことはライフワークですので、諦めずに書かないといかんな、と思います。

このところ、なにか生きると言うことに虚しさを感じ、それは多分、あまりに忙しさにあって、音楽を聴いても何か砂を噛むような、なんともいえない手応えのなさがあったのですが、今、この瞬間において、なにか虚しさがすっと遠ざかった、と感じました。もちろん虚しさは何度も何度も波のように押し寄せるものですが、そのときに掴むものや立つところがあれば、波に押し流されずに済むものです。生きると言うことは、そうした掴むものと立つところを探し、手に入れるという営為である、と思います。かつては、なにか幸福という空気を息継ぎをするようにすっている感覚というものがありましたが、それと同じなんでしょう。なぜ、このような虚しさを一瞬でも遠ざかったと感じたのか。それはやはり音楽であって、ラトルの振るマーラー交響曲第10番を聞いたからでした。昨年の冬はアバドが振るブラームス交響曲第1番に支えられるように生きてきた感があり、なにかあのオプティミズムに彩られた感覚が素晴らしく感じたのでした。しかし、それもなにか昨今の感覚とは折り合わず、いくらアバドのブラームスを聴いても、虚しさを洗い流すには至らなかったのでした。

そんななかで、Apple Musicが自動で生成するプレイリストを何気なくクリックして流れてきたのが、ラトルが振るマーラー交響曲第10番クック版の第二楽章でした。あまりにフィットする感覚はなんでしょうか。不協和音と転調に彩られた複雑で美しく雑然とした軽快な曲調は、なにか現在の混濁した虚しさに寄り添うもののように感じたのでした。クックにより補遺された第二楽章以降は、未完成でありながらも生きたマーラーの心理的苦悩が詰め込まれた感覚がするのです。その心理的苦悩はやはり虚無だったのではないか、と想像したりしています。

災害が起こり、戦争が起こる中にあって、虚無について考えるのは贅沢なのかもしれませんが、人間というのは常に苦悩に浸るものなのでしょう。それは、おそらくは所有が一つの原因であり、所有とは、財産や家族友人だけではなく、過去の記憶や未来の想像をも含むものではないか、と想像しています。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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Tsuji Kunio

7月29日は辻邦生の御命日です。もはや、私にとっては過去も未来も平坦で、1999年にご逝去の報を聴いたときのショックを今でもどこでも追体験できる気がします。

辻先生がその作品をものにしていった年齢に近づくと、若い頃に読んだ辻文学認識が少しずつ変容していくのに気付かされます。願わくば、その変容を「読み方に深みが増した」と捉えたいところですが、どうでしょうか。

辻文学においては、生きることの喜び、大切さが謳われます。しかし、それは、逆説的な死への畏れがあったからではないか、と思うのです。辻文学が「美と滅びの文学」と評されているという、おそらくは誤った記憶を持っていますが、それは実は誤ってはおらず、直観的に私が感じた辻文学の本質なのではないか、と考えるようになっています。

辻文学を読み始めた高校のころ、友人に辻文学のことを話したときに「死を捉えた文学である」という趣旨のことを話したのでした。当時は、辻邦生全短篇を読んでいた頃で、たしかに「空の王座」も「夜」は死にまつわる運命的な話であり、そうした捉え方をしたことに不思議はありません。あるいは、後年読んだ「西行花伝」において、母の死に直面した若き西行が、死も生も同じである、と認識するに至る境地が描かれていて、そこにもなにかリアリティのある凄みを感じたのでした。フォニイどころか、あまりにも熾烈な認識です。

残り何度夏を迎えることができるのか。そろそろ数えられる年齢に差し掛かると、どうやら、生の喜びを語ることと言うことこそが「戦闘的オプティミスムス」であるといえないでしょうか。そう思うと、また違う姿が立ち現れてきます。

しかし、それでもなお生きなければならないのであれば、世界は美しくあるわけです。それは、ザイン存在ではなくゾレン当為であり、ゾレン当為こそが認識の対象であり、が故にザイン存在となることを求められるわけです。

この深淵を見据えながらも美を見ると言うことは、なにか苦難を乗り越え理想を希うユリアヌスやサンドロの姿に重なりつつも、西行のように現世から一歩引いて、世界が島のように見える境地にも似ています。あらゆる正数と負数を同時に見やる視座は、虚数のようでもあり、世界から離れ、醒めたところにあります。

人生の次の戦場は、ここなのかもしれません。「春の戴冠」と「西行花伝」をもう一度読まねば、というようなことを思いながら、家路を急いでおります。

それでは皆さま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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Anton Bruckner

今週来週は、仕事場が少し離れたところでして、いつもと違う通勤路でなぜか永田町と赤坂見附の乗り換えが発生します。しかも有楽町線から丸ノ内線という。この長い通廊は便利なようでいて大変です。最近リモートワーク続きで身体がなまっていることもあり、また荷物が重いこともあり若干応えます。大昔、父が「この通廊は、核シェルターみたいだ」と話していたのを思い出しました。確かに、場所柄、いざというときに政府が逃げて執務するなんていうストーリーを思いついてもおかしくないです。そういえばフィンランドやスウェーデンの核シェルターは半端なく広大と聞いたことがあります。永田町=赤坂見附の比ではなさそうです。

そんななかで聞いたのはこちら。ティーレマンが降るブルックナー4番。やはり、ブルックナーの交響曲の白眉は緩徐楽章が落ち着くなあ、とか、第三楽章のホルンのフレーズ、これドイツ民謡だなあ、なんてことを思いながら。けだるい夜にはぴったりです。ブルックナーの緩徐楽章だけのプレイリストでもつくってみようかな。。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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Book

辻邦生「背教者ユリアヌス」中公文庫、新旧2バージョンを並び替えていたときに、なるほどねえ、と感じることがありました。

クリーム色の旧バージョン(1990年)は、しめて1,630円。一方緑色の新バージョン(2017年)は、4,100円。27年で物価がこれだけあがったということなんですかね。

以下のグラフ、消費者物価指数のうち、書籍の物価情報を表したもの。参考までにカップ麺も同じグラフで表現してみました。これをみると、書籍だけが取り立てて高くなっているというわけでもないのかな、と思いました。

書籍の1990年の指数は59.2、2017年は100.9となり、比率は1.7倍です。

一方、写真の「背教者ユリアヌス」の新旧価格差は2.5倍。

うーむ。本来なら、2,800円ぐらいで収まってほしいところ、4,100円になっていますので、物価上昇よりも1,300円高いということですね。

この差は、書籍と言ってもさまざまあって、とくに文学は需要がなく採算とれず逆に高くなってしまうという現象なのでしょうか、などと考えておりました。文化を支えるためには力が必要ですね。

ということで、おやすみなさい。グーテナハトです。

<消費者物価指数のうち、書籍とカップ麺の1970年からの推移>


出所:統計で見る日本
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200573&tstat=000001084976&cycle=0&tclass1=000001085995&tclass2=000001085936&tclass3=000001085996&tclass4=000001085997&tclass5val=0

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