シュトラウスのオペラを聴くシリーズ。「無口な女」を終え、「平和の日」へ。

このオペラと実演を見たことがありません。しかし、東京二期会で日本初演されていたようでした。見にいけず残念。まあ、この10年はオペラに意識を向ける余力なかったので仕方がない、と言うところです。
1938年初演とのことで、第二次大戦前夜のナチス政権下でのこと。三十年戦争とウェストファリア条約がテーマになっていますが、今の時代に聴くのは意味のあることかもしれません。
取り急ぎ。
人間には何といろいろな啓示が用意されているのだろう。地上では雲も語り、樹々も語る。大地は、人間に語りかける大きな書物なのだ。…… 辻邦生

シュトラウスのオペラを聴くシリーズ。「無口な女」を終え、「平和の日」へ。

このオペラと実演を見たことがありません。しかし、東京二期会で日本初演されていたようでした。見にいけず残念。まあ、この10年はオペラに意識を向ける余力なかったので仕方がない、と言うところです。
1938年初演とのことで、第二次大戦前夜のナチス政権下でのこと。三十年戦争とウェストファリア条約がテーマになっていますが、今の時代に聴くのは意味のあることかもしれません。
取り急ぎ。
無口な女、さすがに実演をみたことはありません。映像のリリースもなさそうですが、今年の5月に、ティーレマンがベルリン州立歌劇場で振るようですね。5/9から5/29にかけて、5回ほど公演があるようです。
https://www.staatsoper-berlin.de/en/veranstaltungen/die-schweigsame-frau.15639/#event-124091
GPTに調べてもらいました。よく見つけてくれました。Opearabaseで調べてくれたようですが、20年ぶりぐらいにみました。いやー、美しいサイトになってます。当時はもっと無骨でした。
それにしても、無口な女は、なかなか面白そうです。ちょうどよく海外出張などないかな、などと思ったり。。
しかし、ドイツの歌劇場は素晴らしい。毎日のように公演がありますので、音楽ファンには素晴らしいところです。まあ、東京も毎日のようにオーケストラ公演はあります。しかし、オペラとなると、すこし厳しいですね。。
それでは。

シュトラウス全曲聴こう、のシリーズ。無口な女、に到達。このオペラも、さすがに実演をみたこともなく、映像記録も見ていませんのて、あまり聴く機会もありませんでした。CDは持っていた記憶もありますが。
あらためてあらすじを、GPTに聞いて見ましたが、興味深いですね。
《無口な女》は「あらすじだけ追う」と軽喜劇、
でも中身はかなり辛辣で哲学的、という二重構造のオペラです。
作曲:リヒャルト・シュトラウス
台本:シュテファン・ツヴァイク
あらすじ(3幕構成)
【第1幕】
「無口な妻がほしい」
主人公は
ベンジャミン卿(Sir Morosus)。
年老いた元海軍提督で、
騒音が大嫌い 若者が嫌い 女性の饒舌が何より嫌い
という、かなり偏屈な人物。
彼は甥のヘンリー(実はオペラ歌手)と同居していますが、
歌の練習=騒音に耐えられず激怒。
解決策として思いつくのが
「無口な女と結婚すれば、静かな生活が手に入る」
ここで甥のヘンリーとその仲間たちが、
壮大な“芝居”を仕組むことになります。
【第2幕】
「理想の無口な女、実は女優」
ヘンリーの仲間である一座が、
仲人 使用人 無口な女性
をすべて演じる詐欺的ドタバタ作戦を開始。
「無口な女」として差し出されるのが、
若く美しい女優 アミンタ。
最初は天使のように静か ほとんど言葉を発しない ベンジャミン卿は大感激
あっさり結婚が成立。
ここまでは
老人の理想が完全勝利したかに見える。
【第3幕】
「無口、崩壊」
結婚後、事態は一変。
アミンタは:
口うるさく 感情的で 騒音を立て 使用人を怒鳴りつけ 家を完全に支配する
つまり
「最悪の饒舌妻」へ豹変。
ベンジャミン卿は精神的に追い詰められ、
ついに離婚を決意。
しかし離婚裁判の場で真実が明かされます。
結婚は芝居 相手は女優 書類もすべて偽物
【結末】
「沈黙ではなく、理解へ」
真相を知ったベンジャミン卿は、
怒るでもなく 破滅するでもなく
静かに現実を受け入れます。
そして最後にこう悟る:
「若者は若者の世界を生き、
老人は老人として孤独を受け入れるべきだ」
甥ヘンリーは恋人と結ばれ、
ベンジャミン卿は静かな独居に戻る。
完全なハッピーエンドでも、完全な悲劇でもない終わり方。
このあらすじが示している核心
「無口な女」は実在しない 沈黙は他者に強制できない 理想を他人に押しつけると、必ず破綻する
そして同時に:
老い 孤独 芸術(芝居・歌) 現実と幻想のズレ
を笑いながら突きつける。
ひとことでまとめると
《無口な女》は、
「沈黙を愛した男が、世界の騒音と和解する話」。
だからあなたが言った
「カプリッチョと似ている」
は本当に的確で、
これは**《カプリッチョ》へ向かう“第一草稿”のような作品**なんです。
もし次に行くなら、
ベンジャミン卿=《カプリッチョ》の伯爵夫人の裏返し
この比較、めちゃくちゃ面白いですよ。
芝居を打つ、というあたりは、「ばらの騎士」的でもあり、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」を思い出します。また、途中で、モンテベルディの引用がありまして、それは、「カプリッチョ」で、ラモーの引用があるのを思い出します。老いの諦念は「ばらの騎士」ですが、この作品は戦争中に書かれていますので、また違う意味も付加されているでしょうし、古い世界への惜別もあるでしょう。
楽曲的には、「カプリッチョ」の雰囲気によく似ています。マレク・ヤノフスキの演奏は躍動感あって良い感じです。
それにしても、引用したGPTは、割と賢く反応して、オペラを語り合う相手としては秀逸です。勉強にもなります。こうして、人類はAI依存になっていくのでしょうね。。
それでは。
昔、こんな記事を書きました。
実演で、トーマス・ヨハネス・マイヤーさんが、オランダ人とマンドリーカを歌っていたので、気づいたのだと思いますが、よく似ているなあ、と思ったのを記憶しています。新国立劇場の座席で、これは似ている!ときづいたんでしたね。。
同じとを思っている方がいるというのは、引用した私の記事にも書いておきましたが、こんな時代なので、生成AIにもさっと聞いてみました。
リヒャルト・シュトラウスの**『アラベラ』と、リヒャルト・ワーグナーの『さまよえるオランダ人』**。一見すると、華やかなウィーンの社交界を描いた喜歌劇(風)の作品と、北海の荒波が舞台のロマンティック・オペラで、正反対の印象を受けますよね。
しかし、ご指摘の通り、この二作の物語の骨組み(プロット)には驚くほど共通点が多く、音楽学者やオペラ愛好家の間ではしばしば「『アラベラ』はシュトラウス流の『オランダ人』のパロディ(あるいはオマージュ)である」と指摘されています。
具体的にどのような点が似ているのか、そしてどのような指摘があるのか整理しました。
1. プロットの驚くべき共通点
比較してみると、キャラクターの役割や状況がほぼ一致していることがわかります。
要素 さまよえるオランダ人 アラベラ ヒロイン ゼンタ(宿命の女性) アラベラ(理想の女性) ヒロインの父 ダーラント(金に困っている) ワルトナー(ギャンブルで破産寸前) よそ者(男) オランダ人(異界からの富豪) マンドリカ(辺境スラボニアの富豪) 出会いの動機 父が金と引き換えに娘を売る約束をする 父が金目当てで娘の写真を送りつける 地元の恋人 エリック(猟師・一途だが報われない) マッテオ(軍人・一途だが報われない) 象徴的な儀式 「死ぬまで忠実」という誓い 「水の一杯」を捧げる伝統的な誓い 構造的な類似
どちらも**「没落しかけた父親が、どこからともなく現れた得体の知れない大富豪に、娘を嫁がせることで家計を救おうとする」**という導入部が共通しています。また、ヒロインが以前からその「よそ者」の存在を予感(あるいは予知)している点も酷似しています。
2. 専門家や研究者による指摘
この類似性は偶然ではなく、台本作家のフーゴ・フォン・ホーフマンスタールが意図した部分が大きいというのが通説です。
- 「叙情的なオランダ人」としてのマンドリカ音楽評論家の間では、マンドリカ(アラベラの婚約者)は「ワーグナー的な呪いから解き放たれ、現実的な富と素朴な心を持ったオランダ人」として描かれていると分析されます。
- ワーグナーへの皮肉と敬愛シュトラウスはワーグナーを崇拝していましたが、同時にその重苦しさを現代的(20世紀初頭当時)な軽やかさで再解釈しようとしました。『アラベラ』において、ワーグナーなら悲劇になるところを、シュトラウスは「許しと和解」のハッピーエンドへと導いています。
- ホーフマンスタールの手紙台本作家ホーフマンスタールとシュトラウスの往復書簡の中でも、キャラクター造形において過去のオペラの類型(タイプ)を意識していたことが伺えます。
3. なぜ「似ている」と感じるのか
あなたが「実によく似ている」と感じたのは、おそらく物語の**「救済」**というテーマが共通しているからではないでしょうか。
- 『オランダ人』: ゼンタの自己犠牲によって、呪われた男が救われる。
- 『アラベラ』: アラベラの高潔な愛(と水の一杯)によって、疑念に駆られたマンドリカの心が救われ、家系も救われる。
『アラベラ』は、いわば**「もし『さまよえるオランダ人』が、1860年代のウィーンを舞台にしたお洒落なラブコメディだったら?」**というIFストーリーのような構造を持っていると言えます。
次のステップとして、このような深掘りはいかがでしょうか?
もしご興味があれば、「『アラベラ』と『フィガロの結婚』の類似性」(シュトラウスがモーツァルトをどう意識したか)や、マンドリカというキャラクターが持つ独特の野生味についてもお話しできます。
気になるポイントがあれば、ぜひ教えてくださいね。
本当に勉強になります。理解が深まりましたね。
週末のように時間があるときは、こんな形でオペラ史について勉強してみるのもよいな、と思います。
それではまた。おやすみなさい。

シュトラウスを聞くシリーズ、アラベラに進みました。
この演奏は、キリ・テ・カナワですが、私は、この方の歌うアラベラをDVDで見た記憶がありますね。
聴くのは数年ぶりでしたのでとても懐かしいです。いいメロディがたくさんあります。
印象的なのは、最初のカード占いのおばさんは、よく当たる、ということです。。
それでは。

月が、頭をのぞかせているのをとらえました。右上の光芒は木星です。
さて、リヒャルト・シュトラウスのオペラを聞くシリーズは、現在「エジプトのヘレナ」まで至りました。このオペラはさすがに実演を聞いていないので、なかなか難しさはありますが、「エレクトラ」的な迫力があります。
2000年以降の上演記録をGPTに探してもらいました。どうやらOperabaseなどを探してくれたようです。
2000–2025 上演記録(確認できたもの)
2000
- 2000-12-13(コンサート上演):**Deutsche Oper Berlin(ベルリン)**で「in concert」の記録 アンドレアス・プレフケのホームページ
2003
- 2003-07-29 / 07-31 / 08-02(上演):Salzburg Festival(ザルツブルク、Felsenreitschule)。指揮 Fabio Luisi として、具体的な日付・会場・配役が掲載 operabase.com+1
2007
- 2007-03-15〜04-07(舞台上演):**Metropolitan Opera(ニューヨーク)**で上演(Operabaseの公演期間表記) operabase.com
- 2007年3月の上演レビュー/キャスト(Deborah Voigt ほか) The Classical Source
2009
- 2009-01-18(新制作/舞台初日):Deutsche Oper Berlinでの上演(プレミア一覧に「Inszenierung: Marco Arturo Marelli」として掲載) ウィキペディア
2015
- 2015-05-01 / 05-04(コンサート上演):Oper Frankfurt(フランクフルト)、指揮 Stefan Soltesz の「konzertant」記録 oper-frankfurt.de+1
2016
- 2016-04-01(舞台上演:Deutsche Oper Berlin):上演日を明記した公演レビュー(“April 1st, 2016”) operaexplorer
- 同時期(2016年4月)に同劇場で上演されていた旨のレビュー・記事もあり The Quarterly Review+1
2019
- 2019-04-19(上演):**Odyssey Opera(ボストン)**の過去公演一覧に「STRAUSS: DIE ÄGYPTISCHE HELENA(April 19, 2019)」として掲載 odysseyopera.org
- 2019-11-06 / 11-09 / 11-12 / 11-15 / 11-17 / 11-20 / 11-23(舞台上演):**Teatro alla Scala(ミラノ)**の新制作として、Operabaseに公演日程がまとまって掲載 operabase.com
- 別データベースでも2019年11月の複数公演日が記載 Opera Online+1
2021
- 2021-10-19 / 10-22 / 10-24 / 10-26 / 10-28 / 10-30(上演):Fulham Opera(現 Regent’s Opera)/ロンドン。団体公式ページに日付と会場(St John’s Church, Fulham)まで明記 Regents Opera
- 同期間の案内記事(19–30 Oct 2021) colinscolumn.com+1
さすがに、日本での講演記録はないようですので、致し方がありません。
映像作品が、DVDなどでリリースされているかも探してもらいました(探しているプロセスがGPTで表示されますが、かなりAIエージェント的な動きをしていて興味深いです)。
ウィーン国立歌劇場(1970年公演)の映像DVD
- DVD(Video):ArtHaus Musik(欧州盤)カタログ番号 100 092
※Opera Discography(Operadis)に「DVD(Video) – ArtHaus Musik 100 092」として掲載されています。 operadis-opera-discography.org.uk- 同じページ内に、この上演(ウィーン国立歌劇場・1970年12月5日のライヴ)として、
指揮:Josef Krips/Helena:Gwyneth Jones/Menelaus:Jess Thomas/Aithra:Mimi Coertse など主要キャストがまとまって載っています。 operadis.com参考:音源(CD)と混同しやすい代表例
- Cagliari(テアトロ・リリコ・ディ・カリャリ)/Korsten 指揮の **Dynamic盤(CD)**は有名で、ForumOperaでも **2CD(Dynamic 374)**としてレビューされています。 Forum Opéra+1
※これは「映像」ではなく「音源」の話です。
なるほど。1970年台の公演がリリースされていた記録があるようです。しかし、なかなかドイツ語の歌唱を聞き分けながら聞くのも難しいですね。
DVDなどのメディアもなかなかレガシーなので動画配信がないかも確認してもらいました。
1) YouTube:全曲上演(ユーザー投稿)らしきものは見つかる
YouTube上に、“full opera” として公開されている動画が存在します。たとえば下記のようなものが検索で確認できます。 YouTube+1
- 「Die ägyptische Helena full opera(1956 live)」と題された動画(例) YouTube
- 「Die Agyptische Helena Op.75 …(The Egyptian Helen)」として全曲体裁の動画(例) YouTube
注意点
- これらは多くが公式チャンネルの“商品としての配信”ではなく、ユーザー投稿の可能性が高いです(権利の都合で突然消えることも普通にあります)。
- 逆に、YouTube上で見かける「Provided to YouTube by …」系は、音源(オーディオ)をトラック単位で配信しているだけで、舞台映像ではありません。 YouTube+1
2) 公式ストリーミング:Met Opera on Demand は「映像ではなく音声」
メト(Metropolitan Opera)の Met Opera on Demand では、作品ページ/オンデマンド一覧に **Die Ägyptische Helena が “1 Audio(Live Audio Recording)”**として掲載されています。
つまり、公式に聴けるのは音声で、映像配信ではない、という扱いです。 ondemand.metopera.org+1
3) 「舞台映像の公式配信」がどこかにあるか?
ここは現状、“どこかの主要プラットフォームに常設で公式VODがある”と断言できる根拠は見つけきれていません(少なくともMetは音声扱い)。 metopera.org
一方で、以前触れた **Arthaus Musik のDVD(ウィーン1970)**のようなパッケージがあるので、その配信権がどこかに移ってVOD化している可能性はあります(ただ、今回の検索結果だけでは配信先の特定までは届いていません)。 Operadis+1
見つけてもらったYoutubeは、残念ながら、音声だけでした。
さらに、公式のVODを探りましょうか、と提案してくれましたので、さらに深堀をしてもらうことにしました。
結果としては以下の通りまとめてもらう形になりました。もしかするとNaxos Video Libraryにあるかも、とのことでしたが、アクセスできませんね。。
1) DVD(市販の上演映像リリース)
✅ Arthaus Musik(DVD)
- **Arthaus Musik 100 092(EU)/100 017(US)**として、**2000年ごろにDVD(Video)が出ている、というディスコグラフィー情報があります。収録はウィーン国立歌劇場での上演(1983年5月2日)**と記載されています。 OperaDIS+1
✅ (別口の)CD/DVDとしての取り扱い記載
- 指揮者 Gérard Korsten のディスコグラフィー側で、**Arthaus(2002) “CD/DVD”**として「Die Ägyptische Helena」が挙がっています(どの舞台映像か等の詳細はそのページだけでは確定できませんが、“DVD扱いがある”ことは示唆されます)。 gerard-korsten.com+1
2) 配信(VOD/サブスク)
✅ Naxos Video Library(主に図書館・機関向け)
- Naxos側の作品ページで「Listen / Watch … Naxos Video Library」の導線が付いており、Naxos Video Libraryに“視聴(Watch)”枠があることが確認できます。 Naxos
※ただし、Naxos Video Library本体サイトは当環境からアクセス制限(403)で、**具体的に“どの舞台映像が何年まで視聴可能か”**までは裏取りできませんでした。 不明なウェブサイト参考:STAGE+ は「音源」側の導線が中心
- STAGE+(KlassikAkzente/Decca Opera)には「Die Ägyptische Helena」のプロダクトページが見つかりますが、これは基本的に録音(音源)系の導線です。 STAGE+
3) YouTubeなど(動画配信サイト)
✅ YouTubeに“全曲相当”のアップロードが見つかる
- YouTubeで「Richard Strauss: Die Agyptische Helena Op.75 … opera in 2 acts」といった形の動画がヒットします。 YouTube
※ただしこれは公式リリースとは限らないため、権利都合で突然非公開/削除される可能性があります。
DVDのほうも、個人のサイトに記載はありますが、Googleでは出てきませんので、実際に実演の映像をみるのはきびしそうですね。
GPTを使うと、オペラについて調査するのも興味深いな、と思いますので、またいろいろ探ってみようかな、と思います。
それでは。

今朝の東京は本当に冷え込みました。近所の畑は写真のように一面霜柱が立ち、表面は真っ白な霜が張り付いています。Appleの天気予報によれば、氷点下だったようで、本当に冬本番という感じです。
今日は少し遅く起きまして、といっても7時半ごろですが、少し散歩をして、その後年賀状の手配など。もう部屋の片付けをしたり、溜まった家の残務を片付けて、すっかり夕方になってしまいます。私は可能な限り毎日300メートルクロールで泳ぐことにしているのですが、今日も幸い300メートル泳ぐことができました。たかだか8分ほどの水泳ですが、おかげであまり大病もせず過ごしています。ただ、最近は割と太り気味なので、少し気をつけないといかんなぁと。
シュトラウスのオペラを聴くシリーズは、インテルメッツォに差し掛かりました。このオペラは、シュトラウス一家モデルにしているのでしょうか、家庭内のゴタゴタをオペラにしたものですが、家庭内のゴタゴタがこんなに美しく壮大なオペラになると言うのも何か皮肉なものだなぁと思います。リハとシュトラウスの電気を書かれている岡田暁生さんの展開では、この家庭内のゴタゴタ、すなわちホームドラマをオペラ化したと言うのは、実は先進性ではなかったと言う趣旨のことを書いています。つまり、戦後のホームドラマを先駆けではなかったかと言うことです。なるほど、オペラと言うものが、スペクタルからホームドラマへと移管すると言うのは、映画が、過去のスペクタルから、ホームドラマやラブコメディーになっていくと言う事と何か似ていると言うことも言えるのかもしれません。
私このオペラ昔実演で聞いていまして、なかなか聞くことができないオペラなのに本当に運が良かったなぁと言うふうに思っています。
少し話が取れますが、私が実演で聞いたのは、記憶の限りで言うと、サロメ、エレクトラ、ばらの騎士、影のない女、インテルメッツォ、アラベラ、ダフネ、ダナエへの愛、カプリッチョです。ナクソス島のアリアドネも見たかもしれませんね。逆に見ていないのは、無口な女、平和な日、エジプトヘレナって感じでしょうか。一度実演を見ると内容を把握することができますので、音楽を聴くのも面白いですが、実演を見ていないと、なかなか理解を深まらないかもしれません。
ということで、今日は2025年最後の日曜日でした。私は明日仕事に行って仕事おさめとなります。来年はどうなることやら…。
それでは、皆様、おやすみなさい。
今日は、アンドレアス・ネルソンスのシュトラウス楽曲集を聴く日。オペラの派生でシュトラウスの渉猟も幅が広がりました。昔は、ルドルフ・ケンペのボックスがありましたが、Apple Musicのおかげで、シームレスに聴くことができてありがたいです。さすがに、「ドン・キホーテ」などは、30年ぶりに聞いたのでは、という感じです。大昔にFMてエア・チェックして聴きましたが、難解な曲でした。
というわけでら明日もまた。

玄妙な感じの雲を見ました。空を見上げると、美しい風景が見れますのでなかなか良いですね。
今日は、諸事情で仕事を休みまして、家事総務を行いました。やりながらシュトラウスを聴きまして、、
といった感じで、駆け抜けてきました。オペラを全曲聞いてみる試みも、今日で「ナクソス島のアリアドネ」へと進みましたが、この間に実は組曲「町人貴族」と言うのがありますので、それは「ナクソス島のアリアドネ」の後に聞いてみたいと思います。
それでは。
今日はシュトラウスの曲を2曲。午前中に聞いたのがアルプス交響曲。午後はツァラトゥストラはかく語りき。両曲ともニーチェに絡んだ曲になります。
https://www.chibaphil.jp/archive/program-document/alpensinfonie-commentary
小さい頃に、このアルプス交響曲のことを知って、なんでシュトラウスのような作曲家が、こんなアルプスの登山の風景なんて書くんだろう、と不思議に思ったことがあります。オペラを何曲も書いた後に、こんな描写的な音楽だけを書くなんて、なんだか変だなぁと。
その後20年ほど前でしょうか、アルプス交響曲を聞きに行った時に、その楽曲の解説を読んで、これは実はニーチェの思想が盛り込まれた楽曲であるのだと言うことを知り、あぁさすがにアルプスの山登りの話だけを書いているわけじゃないんだなぁと安心した記憶があります。
19世紀から20世紀書等は、ニーチェが影響力を持っていたわけで、これまでの文化や社会を改革しようと言う新しい知識を持った人間たちにとっては、ニーチェに影響された事は想像に硬くなく、シュトラウスもまたその1人であったと言うことが言えましょう。
10年ほど前に、私が勝手に思ったこととしては、19世紀に崩れたものは、聖書であり、ユークリッド幾何学であり、人間の理性であったということなのではないかと思ったことがあります。聖書はニーチェによって破られ、人間の理性は古い人によって破られ、ユークリッド幾何学は、相対性理論によって破られたということなのでしょうか。
18世紀からの啓蒙の時代が、19世紀において、その極地にいたり、宗教、物理、人間の前提を抜本的に崩してしまった。そういう時代が19世紀末だったのではないかと思います。その後、科学の時代となり、多くの戦争が起こり、20世紀冷戦の時代やと続きます。
おそらくは、ニーチェを語ることが最先端だった時代なのでしょう。そしてそれは、貴族制度といった既存の秩序を破壊せしめるに至ります。ヨハン・シュトラウスの「こうもり」と言うオペラがありますが、あのオペラも貴族制度の崩壊を余剰させる革命的な思想が描かれているオペラだったりすると思います。
まぁ、ともかく、アルプス交響曲がニーチェを敷衍していると言うのであれば、シュトラウスファンとしては本当にうれしい限りです。
今日は冬至ですかね。やっと大好きな夏へ向かって地球が回っていく季節になりました。うれしい限りです。公転、万歳!
それでは。