Jazz,JazzVocal

仕事が入り始めると、途端に頭が切り替わってしまいます。まるで人格が変わるように。

そんな合間で聞いたこちら。ロヴィーサLovisaのアルバム。

 

先日入ったレストランで、イリアーヌ・イリアスで聴き慣れたCall meが聴こえて、それが何かいっそうフレッシュで、屈託のない明るいものに感じたのです。

Siriに教えてもらったところ、ロヴィーサLovisaという方が歌っていることが判明。AppleMusicで確認したところ、このアルバムを発見したのです。この方、スウェーデンの方。北欧と言えば、数年前に見つけた素晴らしいマレーネ・モーテンセンもデンマークだったなあ、と。

北欧、スウェーデンと聞いてしまうと、夏の太陽が差し込む森と湖、という感じしかありません。このリバーヴ感は何か懐かしい70年代サウンドの感覚。特に、Skylark。マイケル・ブレッカーがよく吹いていた記憶がありますが、このサウンドと声で聴くとなるとまたこれが実に素晴らしいのです。夏の夕方に白ワインを飲みながら聴きたいアルバムです。

さて、6月もおしまい。明日から7月。待ち遠しい夏が本格的に始まります。楽しみで楽しみでワクワクしています。とはいえ、

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Apple Music,Jazz,Michale Brecker

「6月から」とされていた、AppleMusicのロスレス配信、全く音沙汰がなかったので優先度を下げていたのですが、昨夜思い立ってネットで調べてみると、ちょうど昨日から配信が始ったようです。

iOSはバージョンを14.6以降、MacOSはバージョンを11.4以降、tvOSはバージョンを14.6以降に挙げることで対応できるとのことです。

早速昨夜から聞き比べていますが、先ず気をつけないと行けないのは、優先接続でないとロスレスの音質で聞くことはできません。またハイレゾは別途DAコンバータが必要です。

私はさしあたり、ヘッドフォンで試してみましたが、そもそもヘッドフォンの音を気に入っていたこともあり、ロスレスに上がったことの効果をあまり聴きとれることができませんでした。しかし、AppleTVで、旧来音源とロスレスの聞きくらべをしたところ、さすがにこれは音質があがったね、ということがよく分りました。音の繊細さと拡がりは、やはりロスレス音源はひと味違うものと思いました。

で、悩みとは、この「優先接続でないとロスレス音質を享受できない」ということです。いままでBluetooth接続の利便性をよしとしてきた身に取っては、また優先に戻るのか、という感覚があります。もうしばらくすると新たなテクノロジによりそのあたりも佳くなるのでしょうけれど。そもそも、Appleがこのタイミングでロスレス導入をしたのはドルビー・アトモスを入れる必然性であったり、Spotifyなど競合の動向を踏まえたもののようで、ハードウェアが追付かないまま見切発車をしたという側面もあるようですから。

とはいえ、追加料金なく、ロスレスを楽しめる可能性をコンシューマが得たということは大変ありがたいことです。いろいろ工夫しつつ、テクノロジがさらに追付くの期待しながら、音楽を楽しむことにいたしましょうか。

写真は、マイケル・ブレッカーの初めてのソロアルバムをAppleMusicで表示させたところ。ロスレスのアイコンがついています。
で、聞かないわけにはいかない最後のMy One and Only Loveをひとしきり。この曲は、セッションでもよく吹いています。Bに移行するフレーズはいつもブレッカーのフレーズを使わせてもらっております。さすがに冒頭のソローは真似できないですしやらせてもらえません。ソロからメロディーに移行するところ、ソロからスイングし始める切替えの感覚もたまらないです。またなにげにいいのがメセニーのギター。この頃のメセニーは本当にいいです。メセニーのフレーズも真似して使っております。

まあ聴いていて、確かに音が良くなった気はしますね。。

ということで、今日はこのあたりで。梅雨に入らぬ間に暑い日が始りましたがが、お身体にお気をつけてお過しください。
おやすみなさい。グーテナハトです。

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Jazz,Michale Brecker

大学時代、サクソフォーンのマイケル・ブレッカーのプレイが大好きで仕方がありませんでした。今日、Apple TVでAppleMusicをザッピングしていたところ、マイケル・ブレッカーが1995年にヘルシンキでビッグバンドとともに録音した音源が出てきました。2015年に発売された音源のようです。記録によると2018年に購入したみたいです。

 

実のところ、80年代後半から90年代前半のマイケル・ブレッカーのプレイが一番フィットする感覚があり、初代のブレッカー・ブラザーズが終わり、ソロアルバムを出し始めた頃から、再結成したブレッカー・ブラザーズの終わりあたりが、個人的には聴いていてもっとも心がひかれます。ソ連がなくなり、これからは平和な時代が訪れるのではないか、と感じた90年代前半。インターネットが出始め、これからなにかバラ色のワクワクする時代が来るのではないか、という予感。ヘーゲル的にいよいよ世界史の完成ではないか、という思いがあったころでした。私だけだったかも知れませんし、あるいは、いまから振り返って、そう思っていたと今認識しているだけなのかも知れませんが。

ともかく、やはりこの録音が1995年である、と言うことは私にとっては極めて重要で、もっとも惹かれるマイケル・ブレッカーのインプロヴァイズが聴けるという間隔があります。先鋭的に攻めるインプロヴァイズでは、聞き慣れたフレージングをエキサイティングに繰り出してくる感覚がありますし、バラードナンバーでメロウに歌う感じも実にすばらしいです。何よりサックスの音が実に良くて、太い倍音に彩られた確固とした音は、サックスという楽器は、フレージングよりなにより音質においてアドバンテージを発揮しなければならない、という思いにとらわれます。それは、楽器、マウスピース、リードと、身体的なバランス、それはつまり息の入れ方という訓練によって得られるものに加えて、おそらくは体格であったり気道の太さと行ったサックス奏者の身体的アドバンテージによって得られるものだなあと思うわけです。まあ、悪い音のサックスで、どんなに良いフレーズが吹けたとしても、さまざま難しいんだろうなあ、と思います。良い音のサックスで、フレーズが吹けない場合は、1曲だけ持つ場合はありますから。

ともかく、AppleTVで、昔聴いた音源を振り返ることができるというのはなかなかに在りがたいものだなあ、と思いつつも、余りに古い記憶が勢いよく溢れ出てしまうのが厳しい感覚は在ります。この音源に収められたInvitationもNica’s Dreamも、学生時代にコンボでやったことがあるなあとか、ブレッカーのように吹けずに(当たり前ですが)悩んだり(不遜な悩みですが)という記憶も、世界にワクワクしていた記憶とともに出てきますし。
まあ、音楽を聴くと言うことは、プルースト的に言うと、マドレーヌにおいてなにかしらを想起させるということと同じであり、さまざま折り合いをつける必要があると言うことなんだろうなあ、と思います。

と言うわけで、みなさま良い夜を。おやすみなさい。グーテナハトです。

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Jazz

雨の続く日々。雨は雨で恵みの雨ではありますが、やはり太陽の光が恋しい一日でした。今日はなぜかパット・メセニーを聴いてみたりして。2011年のアルバム「What’s It All About」。

最近のアルバムは全く聴いていませんでしたが、ギター中心のアルバムを聴いてみて、ギタリスト達はこういうギター一本で音楽世界を構築できるという事実に励まされ、あるいは悩まされていたんだろうなあ、と思います。ギタリストではないので、あくまで推測でしかありませんが、まあ、マイケル・ブレッカーがEWIでシンフォニックな世界をひとりで構築しているのを見て、驚嘆と諦観を覚えるのと似ているのでは等と思ったりも。

それにしても、「イパネマの娘」がここまで内省的に描かれてしまうと、そこに物語自体が変容してしまうわけで、ある種の絶対音楽のような感覚すら覚えます。

それにしても音楽を楽器ひとつで構築できるのは、鍵盤楽器か撥弦楽器だけではないか、と思わずにはいられない気分です。これはもうほとんどパイプオルガンと同じぐらいの奔流だったなあ、と。先日触れたブルックナーの逸話を思い出しながらそんなことを考えました。

パット・メセニー、昔は分厚いバンド編成で、すさまじくシンフォニックなサウンドを創りだしていましたが、最近は追いかけていないので、何が起きているのか分かりませんが、なんだか虚無僧のような境地へと到達してしまったのでしょうか。

ということで、週末の東京はやはり雲に包み込まれるようです。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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Jazz

それにしても、落ち着かない日々が続きます。

しかし、ここまでブログ書かないでいると、気持ち悪さはあります。

辻邦生は「ピアニストが書くように」文章を書いていて、「絶えず書く人」と言われていましたので、足下にも及びません。

とはいえ、そういえば、土曜日にとある人から「いつもメモしていますね」と言われました。まあ、人に見せないメモはいくらかかいているのかしら、などと思ったり。日記も毎日書いてはいますが。

また少しずつ毎日発信していくことを自分に課していかないと、などと思います。

本当に毎日書かないとなあ。。。

ということで、今日の一枚。ポンチョ・サンチェス。この半年以内のいつだったか、ラジオで聴いて以来折に触れて聴いております。特に4曲目のGiant Steps。この曲吹けないと一人前ではないと言うことなんですが、私は老けないな……。パーカッションの入った4ビートはよどんだ空気を一新してくれます。ありがたいことです。

今週も少しずつアジャストしようとおもいます。

みなさまもどうか良い日々を。

おやすみなさい。グーテナハトです。

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Jazz

土曜日の朝は、NHK-FMで「世界の快適音楽セレクション」を聴くことが多いです。この番組で知った良い音楽は数知れませんし、自分の知っている音楽がオンエアされるのも嬉しい瞬間です。

先週末(6月6日)にオンエアされたマイケル・フランクス「淑女の想い」、気怠くアンニュイなナンバーで、溶けてしまいそうな気持ちを抱きましたが、サクソフォーンのソロを聴いてのけぞりました。これは、マイケル・ブレッカーのサクソフォーンに間違いない、と。

当然その通りでした。1977年のアルバム「スリーピング・ジプシー」に収録されている「淑女の想い The lady wants to know」はマイケル・ブレッカーのメロウなソロが聴けるという素晴らしさ。2曲目I Really hope It’s Youや4曲目B’wana-He No Homeでもガッツリとマイケルのソロを堪能できるという美味しさ。あの1978年のライブ録音であるHeavy Metal Be-Bop時代のマイケルの音で、メロウなナンバーのソロを聞けるという不思議な体験です。

このアルバムを知らなかったこと自体、マイケル・ブレッカー好きとしては、怠慢以外の何者でもなく、お恥ずかしいことこの上ないのですが、本当に素晴らしいアルバム。かつては、「CDがなかなか見つからなくて、聴いてないんですよねー」なんてことが言えましたが、AppleMusic時代にあってはその言い訳は通用しません。

マイケル・ブレッカーだけではなく、2曲目In the Eye of the Stormや、 5曲目Don’t Be Blueではデヴィッド・サンボーンの素晴らしいプレイも聴けてしまうという恐ろしいアルバム。同じアルト吹きとして、サンボーンのフレージングに聞き入ってしまいます。またサックスが吹きたい、と思いました。いつのことになるやら…。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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Jazz

昨日の「星影のステラ」の続きです。
あまりジャズ・スタンダードには詳しくなく、グローバー・ワシントン・ジュニアが、かっこいい「星影のステラ」Stella by Starlightを吹いていた記憶もありましたが、他の音源はないかな、と重い、AppleMusicで探すと、マイルス・デイヴィスの音源がずいぶんでてきます。そのなかから、The Complete Live At the Plugged Nickelという音源に入っているもの。

https://en.wikipedia.org/wiki/The_Complete_Live_at_the_Plugged_Nickel_1965

冒頭は静かに始まるんですが、フレージングが急にぞんざいな感じで崩れ初めて、ピアノのハービー・ハンコックがなんとかそこに合わせに行き、その後テンポが倍になって緊張感のあるテイクに。そのうち、あのMilestonesのフレーズがでてきたりして驚いたり、なんだか緊張感満載でした。どこかに飛んで行ってしまいそうなマイルスを、係留索でなんとかつなぎとめようとするリズム隊。影のようにフロントのマイルスを支えながらも、しっかりとバンドの行く先を照らしている感じです。バンドのコミュニケーションがわかったような気がします。

もちろんこれは私が感じたものでしかないので、実際はそうではないかもしれませんが。予定調和なジャズではなく、何が起きるかわからないジャズという感じで、ああ、ここまでできるのはさすが天才たちだなあ、と感嘆しました。

このアルバムのメンバー、マイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズなので、あのV.S.O.Pクインテットのメンバーとトランペット以外は同じでした。

さて、寒い日々が続き、また体調崩し気味。胃腸炎的な。昨日今日でずいぶんよくなりました。どうも睡眠が足りておりません。今日は早く寝ようと思います。
みなさまもお気をつけてお過ごしください。おやすみなさい。グーテナハトです。

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Jazz

今朝、仕事場に向かう電車で、「影」という言葉に思い当たりました。古語辞典では、影とは、星や灯火の光を指します。普通、影というと暗いイメージですが、逆の意味で使われるという、なにか座りの悪さを感じます。もちろん、この知識は高校一年の古文の授業でならったはず。ですので、常識といえば常識ですが、日本語の不思議な感覚です。葦(あし)を葦(よし)と読ませたり、なにか物事を逆から説明したり捉えたりするような、そういう感じです。

次に思い出したのが「星影」という言葉で、前述のとおり、この文脈で影とは光のことなので、これは星の光、という意味です。星の影が、光とは、と少し不思議な感覚。

それで、「星影」という言葉から連想されたのが、「星影のステラ」。ジャズスタンダードのStella by Starlightという曲でした。この曲、昔から好きで、多分大学のころはサックスで吹けたんですが、最近はなぜか吹けなくなってしまいました。なにか不思議な捉えどころのない曲になってしまい、もちろん、私が下手になってしまった、ということなのか、まったくかみあわなくなってしまったのでした。この曲、はまると結構気持ちがよいのですが。

それで思い出したのがこちらの動画。平原まことさんが吹く「星影のステラ」Stella by Starlightの映像。

 

平原さんの使っておられるマウスピースはJAKEというマウスピースなはずで、私も同じものをつかっており、なんだか音がとてもよく似ていて、勝手に親近感を感じています。で、この映像は本当に素敵な演奏で時を忘れます。

で、他も聞いてみようと思ったのが、マイルス・デイヴィスが吹く「星影のステラ」Stella by Starlightでした。

今日はここまで。また次回です。

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Book,Jazz

ともかく、最近は本を読む時間を捻出するために、いろいろと工夫しています。

第一の工夫は、紙の本を読むときにストップウォッチをつかってみよう、というもの。紙の本は電車のなかか、風呂につかって読むことにしていますが、なんだかいつも30分読むと疲れを感じていました。そこで、ストップウォッチでいったいどの程度の時間なら読むことができるのか、計ってみよう、と思ったわけです。ストップウォッチで計ると、逆に30分以上本を読まないと、という風に思うようになり、紙の本を読むのがずいぶんはかどるようになりました。

第二の工夫は、Kindleの読み上げ機能を使うというもの。iOSのKindleですと、少しクセはありますが、大抵の本を読み上げてくれます。画面はKindleのままにして、二本指で画面を上からスワイプすると、読み上げを開始します。画面をそのままにしておくと、ページめくりも勝手にやってくれます。これだと、オーディオブックを買わなくとも、耳で聞きながら読書ができましてすごく便利ですね。歩きながら、洗濯しながら、掃除しながら、という感じで、本を読み進められるというもの。便利です。

やり方はこちらをご参考にしてください。

http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1701/21/news018.html

というわけで、どんどん本が読めるといいのですが。

 

今日は、こちら。

フランス生まれのジャズピアニスト、Romain Collinの2015年のアルバム。バークレー出身。ジョー・ロバーノやウェイン・ショーターハービー・ハンコックなどとテイクしたりしているようです。このアルバム、ピアノのソロアルバムの様相が強いのですが、ケンドリック・スコットが参加していたりもしています。Apple Musicのプレイリストでこのアルバムに含まれるRound about midnightの、静かなアレンジにこころを惹かれたからでした。夜中に独りで聞くのがいい感じです。ということで、夜中に独りで聞いているところです。

さて、インフルエンザが流行っているらしく、休まれている方の話を聞くようになりました。私は、今年はタイミングがわるくインフルエンザワクチンを受けていません。有効性はよくわかりませんが、ここ何年もインフルエンザにかかったことはありませんので、効いていたのでしょう。今年はどうでしょうか? ともかく免疫力のために早く寝ないといけないのですが、夜更かし癖がついてしまい、やれやれ、という感じです。

それではみなさま、おやすみなさい。

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Jazz

最近、新しい音楽に出会いたいなあ、と思い、Apple Musicで提供されているさまざまなプレイリストを聴いています。ざーっと聴いて、これは、と思う曲を見つける喜びは、なにか、大都会の雑踏なかですれ違う人の中に一人はいるであろう、話も合い、気もあう友人候補を見つけるのに似ています。

必ず、満員電車にのる1000人の中に、一人はそういう人がいるはずですが、絶対に会うこともありませんし、言葉を交わすこともなく、自分の手持ちのカードを見せることもなく、過ぎ去っていくわけです。私の懐にしまわれたカードは、おそらくは51枚を超えるはずで、隣にいつも座る白髪のサラリーマンは、おそらくは100枚以上のカードを持っているはず。

そんなことを思いながら、多くの音楽を聴いていました。

今日は、昼休みに近所の書店に行きました。最近は、新書本を眺めるのが好きなのです。集英社新書で、三島由紀夫と永井荷風に関する新刊が出ているなあ、とおもったその時に、耳に入ってきたのが、何か、ポリリズムのようなリズムと、アカペラのグルーヴ。それは聴いたことのないもの。

なにか普通の音楽とは思えませんでした。このミュージシャンがスナーキ・パピーと共演していたことを知って、あ、そういえば、スナーキ・パピーのようでもある、ということは、あとから思ったことです。

プレイリストは「ジャズでチルアウト」というもの。ですので、一応はジャズミュージシャンが演奏していることになっていますが、ジャズを当然逸脱しています。いや、ジャズというのは逸脱する歴史ですので、この逸脱は妥当であるのですが。

とっさに、ミュージシャンを確認枝葉としたところ、手が滑ってしまい、別の曲を再生してしまったのです。iPhoneのミュージックアプリは、アルバム単位、プレイリスト単位では、履歴は見られるのですが、アルバムやプレイリストの中でどの曲を聴いたのかはわかりません(私はしらないのです)。あわてて、プレイリストの曲を一曲一曲確認するのですが、なかなか見つかりません。

時が過ぎること十数分、やっとみつけたのがこちら。ジェイコブ・コリアーの「Djeese」からAll Night Long。

アフリカ的リズムから始まりますが、リズムは何度も何度もその色彩を変えます。まるで、色彩の海を高速航海しているような気分。通底するテーマはあるのですが、その色彩は、幾重にも幾重にも花開き、万華鏡のようにその世界を自己増殖させていきます。ボーカルはどうやらコリアー本人。多重録音で世に出た方なので、どこまでコリアー本人の演奏かは分かりませんが、どうもベースは本人ではないか、と。実に巧い。

こちらにその記事が。

https://www.cdjournal.com/main/news/jacob-collier/81280

いやあ、すばらしいです。

アルバム全体も帰宅しながら聴きましたが、クラシック音楽的な要素も含みつつ、なにかプログレロックのような物語性を感じる曲ばかり。しばらくは何度聴いても飽きないぐらい濃密な世界に満ちあふれています。天才というのはこういうものなんだ、と改めて思います。天才には天才の苦悩があるとは思いますが、ここまで自在に音楽を操れるというのは本当にすごいですし、きっと楽しくもあるんだろうなあ、と思いました。2011年からYoutubeで有名になり、2016年にクインシー・ジョーンズに見いだされデビュー。2017年にグラミー賞。やれやれ、無知を深く恥じます。

リンク先にすごい写真がありました。

http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/10280

ハービー・ハンコック、クインシー・ジョーンズ、チック・コリアと、このジェイコブ・コリアーが並んで写っている写真。おそらくは、彼らに並び立つミュージシャンになっていくんだろうなあ、と考えざるを得ません。

今日は、実質的な仕事始めと言うことで、朝から極めてブルー。ディープ・ブルーな一日でしたが、この音楽を聴いたことと、一昨日紹介した「グッド・フライト、グッド・ナイト」をずいぶんと読んだと言うことで、夜になって気分が良くなりました。まあ、明日になるとまた深い深いマリアナ海溝ほどのブルーな気分に苛まれることいなるんですが。

と言うわけで、みなさまも寒い日々をどうかご自愛ください。おやすみなさい。グーテナハトです。

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