来シーズンのラインナップ、来ましたね。

Photo

冬の晴れ間というのは本当に気持ちが良いものです。狂ったように日を浴びたい今日この頃。とはいえ、つれづれしか書けない今日この頃。

とある仕事が入ってしまい、仕事場への電車でそれをやらなければならないなどいくばくかの自由がなくなりつつあるような状況です。あと数ヶ月は続く見込み。まあ、仕事なので仕方がない。うまくいくとも限らない。そういうものではありますが、まあやるだけやってみないとね、という感じかも。

そんな中で、新国立劇場の来シーズンのラインナップが発表されました。

  • ワルキューレ
  • ラ・ボエーム
  • セビリアの理髪師
  • カルメン
  • 蝶々夫人
  • ルチア
  • オテロ
  • フィガロの結婚
  • ジークフリート

新制作は三つ。《ルチア》が新国立劇場オリジナル制作でしょうか。アベノミクスで景気が良くなったと言われているようですが、さすがにここには補助金増額で新制作が増える、ということはないのでしょうかね。文化庁が東京から京都に移転するという状況も何か示唆しているような気もしないでもありませんが。。

あとはブリュンヒルデ。イレーネ・テオリンが《ワルキューレ》で登板。これは前回2010年の《ジークフリート》と《神々の黄昏》の続きなんですが、《ジークフリート》では、リカルダ・メルベートに交代なんですね。

さらに、驚いたことに、リヒャルト・シュトラウスのオペラが消えるという状態に。これは残念。これは昨今なかったんじゃないでしょうか。必ず毎年1演目はシュトラウスのオペラがあった気がします。

しかし、変わるものはどんどん変わるということなんだなあ、と思います。そこに合わせていかないと、ということです。

さて、帰宅時にはこちらを。パルジファルは、別格な音楽なんだろうなあ、と思います。そんな中でiCloudミュージックライブラリの問題点のようなものに気付いたり。そちらはまた明日以降書こうと思います。

Parsifal
Parsifal
posted with amazlet at 16.01.15

Deutsche Grammophon (1994-08-16)
売り上げランキング: 64,491

ではみなさま、おやすみなさい。

深く重い酩酊──バレンボイムの《トリスタンとイゾルデ》

Tristan Und Isolde
Tristan Und Isolde
posted with amazlet at 16.01.04
Teldec (1995-06-30) 売り上げランキング: 40,663

なんか、急に重い《トリスタンとイゾルデ》を聴きたくなりました。重くて甘いのはバーンスタイン盤ですが、あいにくApple music で聴くことができないので、別の思い演奏を、と思い、バレンボイム盤を。

そういえば、私、バレンボイムの来日公演で《トリスタン》を聴いているんですが、あまり記憶がないわけでして、覚えているのは、ルネ・パぺの素晴らしいマルケ王のことばかりでした。ひたすらに、NHKホールのSprawl な会場のシートに身を沈め、聴いたのですが、それはそれは体調が悪かったなあ、と…。

ワーグナーは聴く人の体調を要求するなあ、と。誰しもが思うことですが、あれは修行に他ならないです。

でこの演奏もやはり、重い。フルボトルの重く濃密なワイン。酒石の結晶を含んだ濃厚なワインのような。この演奏、多分、聴きすぎると二日酔いするほどのもの。その場は甘美だか、少しずつ少しずつ、高揚と引き換えに理性を奪われ身体を明け渡していく。そんな感じ。危険。それが、人間の本性だとしたら、極めて危険。だが、そうだからこそ、この曲は、後世を二日酔いにして、まだ、そこから醒さない。酔った男は数多。

そんな演奏に思います。

ただ、こうした音楽に対する感想というものは、どうしても主観的で、必ずしもわかりあうことができないものなのではないか、という疑いを感じずに入られません。定量化のできない、まさに個々人に取っても主観的な判断であり、その時々の体調によっても左右されるような、そんなゆらぎはかない判断を書くことに何の意味があるのでか。確かに、反省的に考えると、バレンボイムが重い、というのはもしかすると私の臆見かもしれません。バレンボイムの弟子であるエティンガーの降った《こうもり》の重さの記憶があるからです。

ですが、それにしても、さらに演奏に耳をすますと、このテンポの緩め方は本当に重厚なものです。ひどく重い感覚を呼び起こすのです。まるで、足かせをはめて歩くような。ですがこの重みこそ、何か重いものを持ち上げたり、あるいは重いものの上に横たわったりするときに感じる安心感のようなものをさえ感じるわけです。それは恍惚としたもののような高揚で、繰り返すのも憚られるものの、それでも繰り返すとすれば、それは、明らかに静かで深く重い酩酊でしょう。深く重い酩酊。そのまま眠りにつけば、そこで命を奪われるような。

なんか変な感じになってしまいましたが、つまるところすごい演奏でした、ということです。しばらく《トリスタン》を色々聴き比べてみたいなあ、と思いました。

酔って書いているわけではありませんが、長々とすいません。おやすみなさい。グーテナハトです。

CD発売前にApple Musicでラトルの《ラインの黄金》を。

リヒャルト・ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」序夜「ラインの黄金」[2CDs]
ミヒャエル・ヴォッレ クリスティアン・ファン・ホーン ベンジャミン・ブルンス ブルクハルト・ウルリッヒ エリザベート・クルマン バイエルン放送交響楽団 サイモン・ラトル
BR KLASSIK (2015-10-28)
売り上げランキング: 25,328

現在、新国立劇場では《ラインの黄金》が上演中ですが、理由あり、行けるかどうかわからない状況です。

ですが、そう言っても予習はしておかないと、と思い、Apple Musicで調べたら、あれあれ、こんな音源が。

というか、これって、CDの発売は10月28日ですが、もうApple Musicでは聴けているという。

こちらがハイティンク盤。私の持っている盤とはジャケットが違いますけれど。

Das Rheingold
Das Rheingold
posted with amazlet at 15.10.07
R. Wagner
Warner Classics (2012-10-01)
売り上げランキング: 133,961

バイエルン放送交響楽団のリングといえば、私の大好きなハイティンク盤があります。本当はこれを聞きたくてApple Musicで探したんですが、ラトル盤が出てきてしまったのです。

こちらです。 → https://itun.es/jp/PhJi-

2015年4月24日から25日に録音。録音場所はヘラクレスザールです。ハイティンク盤と同じ。当然。で、やっぱり音はハイティンク盤ととても似ています。本当にクリアでくっきりとした音響です。これは良い音源です! 明日も聴かないと。

フライアを歌うアンネッテ・ダッシュとか、ファーゾルトのペーター・ローズとか、新国立劇場に登場された方も参加されていて、なんだか新国も世界とつながっているなあ、と思ったり。

でも、ああ、やっぱりワーグナー聴くと落ち着くなあ、と思いました。5年前の東京リングであんなに聴き倒した指環ですので、ほとんど身に染み渡っているような感覚を覚えました。

オペラは実演で聴くのが一番。でも、一度実演を観ておくと、いろいろな音源を聴いても、なんとなく場面が想像できて、音源だけでもかなり楽しめます。

さてさて、今年度も折り返していますが、なんだかやらないといけないこと、やりたいことができずじまいな毎日です。少し前にも書いた気がしますが、何かを変えるためには「時間配分を変える、家を変える、付き合う人を変える」しかないそうです。

で、できることといえば、「時間配分を変える」しかないなあ、と思ったり。ふむふむ。前と同じことを書いている。それで一応実践中ですけれど、どうなることやら。もっと変えたりして。

ではおやすみなさい。グーテナハトです。

東京二期会《ダナエの愛》あれこれ

Photo

今日も余韻に浸りながらこちらを聴いていました。パンフレットには、《ダナエの愛》は「秘曲」と書いてありましたが、たしかにそうかも。こんなにいい曲が舞台形式では日本初演とは。もったいないです。

今日で東京二期会の公演が終わりましたのでネタバレでも良いですかね。。そして、観た方にしか分からない内容だったりしますが、仕方ないです。

深作健太さんの演出、本当にいろいろな仕掛けがあって面白かったです。

ゼメレ、オイローパ、レダ、アルクメーネの四人ともミダス王のが金に変えたという装飾を持っているのですが、白鳥とか雲とか牛の形をした金色のオブジェを持っているわけです。これは、御存知の通り彼女たちを誘惑した時にユピテルが変身した姿なのですね。

オイローパは牡牛に姿を変えたユピテルに誘惑され、レダは白鳥、アルクメーネは自分に球根していたアムピトリュオーン。ただ、ゼメレは探しましたがよくわかりません。《ダナエの愛》の中では雲だったでしょうか? ですが、雲に姿をかえたのはイオーの時だったという情報もあり。

ともかく、そうしたギリシア神話が取り込まれつつ、昨日も触れたように、この4人はクリムトの文様の服を着て、コミカルな演技をしていました。イケメンモテモテのユピテルは神話の世界よりも楽しそうでしたね。

それにしても、第三幕はいろいろと刺激的な演出でした。えーっと、これは大丈夫? と思うほど。アフタートークでは、「幸い止められなかった」とご本人も言っておられましたが。まあ、こういう心配してしまうというのもなかなか難しい問題ということなんでしょうけれど。

でも、そうした世界のなかにあって、ユピテルとダナエの対話の後に、ダナエが渡した黄金の薔薇が、ユピテルの手で薔薇の花に変わったり、あるいは、ダナエが植えた植木に花が咲いたり、と荒廃した世の中にあって希望が残されているという演出でした。観ていた方の多くが、あの「風の谷のナウシカ」の最終場面で腐海の下で人知れず芽吹いた植物を思い出したのではないでしょうか。

それにしても、面白かったのは一幕で登場し、三幕で本物の薔薇に変わる、あの金の薔薇です。あれは、《ばらの騎士》のパロディのはずで、小さい男の子がでてくるんですが、あれは《ばらの騎士》の小姓なんだろうなあ、と。《ばらの騎士》では銀の薔薇なんですが、《ダナエの愛》は、黄金がモティーフですから、黄金なのです。小さい子が出てくるだけで、会場がドッとわくのはいつものことです。可愛らしい子でした。お母さんにとってもいい思い出になったと思います。

あのユピテル、演出のなかではさすらい人ヴォータンの姿をしていました、私、あれはほとんど権力の権化としか思えず、おそらくは当時の文脈においてはヒトラーなんだろうなあ、と思いました。これは、演出の読み替えで感じたものなのか、あるいはシュトラウスのスコアからそう感じたのかはわかりません。ですが、権力、経済などをダナエが選ばず、というのは、なにか戦時中にあってシュトラウスが考えたことに合致するのでは、とも思ったのです。

ですが、権力と経済を選ばない、というストーリーを考えたのは、シュトラウスやグレゴールなんですが、当然ふたりとも男ですよ。男が考えた女性の選択です。これ、本当かなあ、と。女性は、まずは子どもの安全を考えるのではないか、と。普通なら、権力と経済を選んで、生まれ来る子どもの安全を確保しようとするはずなんですが、どうでしょうか。数ある芸術は、その多くが男性が作ったものですので、そういう視点を汲み取りにくいのではないか、とも思ったり。

というわけで、今日もなにか思いつきをダラダラと書いてしまいましたが、誰かと話している気分で。もっとも、こんなことをダラダラ話すのは、イマイチです。

ではおやすみなさい。グーテナハトです。

行ってきました《ダナエの愛》

すべての写真-2658

上の変な写真になってしまいましたが、行ってきました東京二期会公演の《ダナエの愛》。東京二期会は、意欲的な演目をやりますが、今回は本当に運良く行かせていただいた感じです。

いや、本当に面白かったです。演出も最高だったし、なによりオケが素晴らしかった。歌手の方々も。10年以上前にもやはり同じ団体の別のオペラを東京文化会館で観たことがあったんですが、そのときよりも全体に底上げされている!、と本当に思いました。

今日は短信にとどめますが、深作さんの演出は、シュトラウスが指環へのオマージュとして《ダナエの愛》を書いた、と思わせる演出になっています。神々から人間へ世界が渡される、というテーマを色濃く描く演出で、これはもうほとんど指環の世界観でした。第三幕のユピテルは、全くもってさすらい人ヴォータンでした。シュトラウスのパロディ精神をすくい取っているなあ、と感動です。

演出の深作健太さんのアフタートークも聴きましたが、いや、本当にオペラが好きで演出をやりたくて夢を掴んだ、ということだったようです。

というか本当に面白い演出でした。

<ここからさき、ネタバレ&ご覧になった方しかわからないはずです。すいません>

ざっと、思いついたことを書きなぐってみます。ブログじゃないな、これは。本当なら、誰かと話したいところですが、そういう知り合いがいない。。

演出の深作健太さんが登壇したアフタートークでは、深作さんがコンヴィチュニーに影響を受けているというコメントがあり、それを受けて、今回の公演についても聴衆の質問の中からもコンヴィチュニー的な演出だ、というようなコメントが有りました。たしかに、コンヴィチュニーの《ばらの騎士》など、未来の暗い世界が舞台になっているということもありますし。

最初は、第三幕が急激に現代劇になってしまい、あまりの唐突感に驚いたのですが、劇が進むに連れて、第一幕から第二幕がダナエの夢で、第三幕が現実なのだ、という解釈なのか、というところで、なるほど、と思いました。

クリムトはダナエを題材とした絵を描いています。ミダス王は触れたものを黄金に変えるということで、このオペラのなかに通底する黄金のイメージ。ここから、クリムトの「ダナエ」につながり、クリムトが好んでつかった金のイメージに繋がり、ということで、クリムトのデザインが衣装に採用されていました。これも少しやり過ぎもあったんですが、その衣装を着ているのが4人王女で、彼女らは《トゥーランドット》のピン、ポン、パンのような位置づけですので、そうしたパロディ精神も面白いなあ、と思いました。

で、この四人の王女は、実際には三重唱なんだそうです。四人いるのに。私なりの持論はあるのですが、今回は一旦は伏せておきます。

また、第三幕最後において、ダナエが懐胎しているという読み替えなんですが、この衣装とメイクは完全にボッティチェリの「春」をモチーフにしています。これ、辻邦生の「春の戴冠」においては、懐胎しているシモネッタをモデルに描かれたもの、とされていますので、ここもとてもおもしろかったです。

短信になっていませんが、半分メモ的なエントリー。

で、指揮・オケ最高でした。シュトラウスは本当に素晴らしい。明日ももう少し書くかも。

では、おやすみなさい。グーテナハトです。

わかってきたぞ、ダナエ。

Richard Strauss: Die Liebe der Danae

CPO (2004-02-01)
売り上げランキング: 24,048

うーん、いいオペラだなあ、《ダナエの愛》。シュトラウスらしい、濃厚な音楽世界で、時間を忘れますね。折り重なる転調の織り目とか、あるいは華々しい金管の方向とか、深く味わい深いうねるような弦とか、本当にシュトラウスらしい音楽です。

今日、明日、明後日と東京二期会の公演が上野であります。そちらに幸運にも行くことができそうです。私は明日の会です。指揮は準メルクル。楽しみですね。

これが戦争中に作られたということ。1940年6月28日がその完成の日だそうです。そうした意味を考えながら、明日は観に行ってみようと思います。

それにしても、体調を整えていかないと、オペラは理解できませんので、そのあたりも気をつけないと。

それではまた明日。グーテナハトです。

手強いダナエ

Photo

こちらを引き続き。さすがに手強い。だが美しい音楽。本当に終わることのない甘美な音楽の連続ですが、全体をつかむにはまだまだ時間がかかりそうです。感想を書くのはもう少し先かも。

《ダナエの愛》ですが、初演は1952年とされていて、シュトラウス存命中の公演はかなわなかったようですが、実際には、1944年にゲネプロだけは行われていたのですね。ハンス・ホッターがユピテルを歌い、指揮はクレメンス・クラウスだったようです。

https://en.wikipedia.org/wiki/Die_Liebe_der_Danae

ザルツブルク音楽祭での公演の予定だったようですが、ヒトラー暗殺未遂、戦局の悪化やシュトラウスがナチスに不興を買っていたなどが原因のようです。

ヒトラー暗殺計画は、7000人が逮捕、200人処刑、ロンメル元帥に自殺を強いる、という過酷な結果に終わったようです。

そんな時代に《ダナエの愛》が演奏されようとしていたとは。なんとも皮肉というかなんというか。もちろんオペラなので政治的な意味も隠されているはずですが。

こちらにいくらか当時の事情が書かれていました。ただそれが真実かどうかは知る良しもありません。

大作曲家 R.シュトラウス

Photo

それでは、おやすみなさい。グーテナハトです。

オペラは音楽優位である

オペラの学校
オペラの学校
posted with amazlet at 15.09.26
ミヒャエル・ハンペ
水曜社
売り上げランキング: 91,217

昨日から紹介している「オペラの学校」ですが、面白いエピソードが紹介されていました。ヨーゼフ二世がモーツァルトに《後宮からの誘拐》の感想として「音が多すぎる」と指摘したのだそうです。これは、ヨーゼフ二世が音楽に無知だったということを評判をもたらしたものだったそうです。

ですが、実際には、ヨーゼフ二世は慧眼だったようです。それまでのオペラにおいては、歌手が歌唱と演技における大きな裁量よってオペラを牽引していて、オーケストラは単なる伴奏のようなものだったのです。

ですがモーツァルトはオーケストラが表現する要素を増やしたのでした。オペラ歌手の自由度は減ったということになります。

が故に、ヨーゼフ二世はそうしたことを指摘するという意味で「音が多すぎる」と評価したということです。

その後、オペラにおいて音楽性がどんどん優位になっていくわけで、その最たるものが、ワーグナーのライトモティーフであった、というストーリということです。

シュトラウスの《カプリッチョ》において、音楽と台本の優位性についての議論が、作曲家と詩人と伯爵夫人をめぐる三角関係で議論されていました。

2009年の二期会《カプリッチョ》のパンフレットで、評論家の広瀬大介さんが、どうみても作曲家のほうに分があるという私的をしていたのを思い出しました。

たしかに、作曲家フラマンは、伯爵夫人マドレーヌと翌日11時に図書室で会う約束をしてしまいましたし、二人のやり取りはかなり切迫したものがありましたし。

「オペラの学校」のミヒャエル・ハンペは、オペラはスコアが全て、と言っています。これを音楽至上と本当に捉えていいのかは慎重に考えないといけないのですが、少なくとも、演出における解釈は、音楽に依存するということは言っているはずですので、やはりオペラは音楽のほうが優勢なのでしょう。

さて、今日も色々聴いてしまいました。

《フィガロの結婚》は、アバド盤の洒脱さがいいなあ、とあらためて。心が洗われました。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

舞台芸術は心の真ん中を射抜きなさい

オペラの学校
オペラの学校
posted with amazlet at 15.09.25
ミヒャエル・ハンペ
水曜社
売り上げランキング: 89,666

ミヒャエル・ハンペの「オペラの学校」を読んでいます。本当に興味深い一冊なのですが、その中で最も大事なのがこの部分かなあ、などと。

舞台芸術には心を射抜かれる瞬間があって、それは、舞台に関わるすべての人々、それには観客自身も含まれますが、それらが良い条件だった時に訪れるものなのだ、ということ。

この「心の真ん中を射抜きなさい」と言われても、その方法は誰にも教えられないですし、分からないでしょう。

実際の体験において「心の真ん中を射抜かれた」ことがある聴き手は本当に幸福なのだと思います。

私も何回かあるなあ、と思いました。

例えば、以下です。全部新国立劇場だなあ。

  • 初めて新国に足を踏み入れた時、《セヴィリアの理髪師》で、使用人が幕を開ける瞬間に感激。
  • 《ボエーム》第一幕のロドルフォのソロのところで落涙。初めての落涙。
  • 若杉さん指揮の《蝶々夫人》で、蝶々夫人登場シーンで滂沱。
  • ペーター・シュナイダーの《ばらの騎士》で泣きっぱなし。
  • フラッカーロとババジャニアンの《オテロ》で開いた口がふさがらない。
  • 《ヴォツェック》の舞台になぜかときめく。
  • 《パルジファル》クンドリを歌ったエヴェリン・ヘルリツィウスの第三幕での悟りきった横顔が忘れられない。

もっとあるのかもしれませんが、私にとってはこれらです。少ないような多いような。

ハンペの体験は、ゴルドーニ《キオッジャ騒動》の最終場面の演出なんだそうです。登場人物の若い判事見習いが、赤ワイン色のマントを着てゆっくりと幕を閉める場面なんだそうです。

こういうのが、ハンペが「オペラの学校」のなかでいう「心の真実」なんだと思います。

こうした経験は、劇場側だけではなく、聴き手自身のコンディションや感受性などにも左右されますので、だれかひとりが頑張れば良いというものではありません。真実を認識したということだけで、それ以上の証拠は不必要だと言います。非論理的な事態であり、説明することはできないものなのです。だからハンペはこれを「聖体の秘跡」とまで言います。

そういう意味では、これだけあるというのは、真実にそれだけ触れられたということだから、本当に感謝の気持ちしかないです。

来週末の《ダナエの愛》、行くことができるかもしれないのですが、そこでもなにか奇跡が起きるといいなあ、と思いました。

それではみなさまおやすみなさい。

驟雨のあと──シュトラウス《ばらの騎士》をコヴェントガーデンのライブ録音で。

Photo

驟雨のあと。空気も秋めいてきて涼しくなってきた気が。

いよいよ、夏もおわりつつありますね。早いものです。

それにしても、なんなんすかね、この忙しさは、みたいな。

今週やっと3時間だけ自分の時間が取れそうで、それもあと30分でおわってしまいます、みたいな。

今年は、ワークライフ・バランス推進の役割を仕事場で担っているんですが、どうやら、仕事人間だったみたいで、まだまだ頭を切り替えられません。ムダに深読みするクセもあるみたいでして、本当にワークライフ・バランスしていいのか分からないのです。

「効率あげて、仕事の成果を変えずに早く帰ろう!」が趣旨なはずですが、「効率上げて、仕事の成果を増やそう!」が趣旨のダブルスピークではないか、と深読みしてしまうのです。趣旨を腹で理解できていないということですので、意識を変える意味でももっと勉強しないと。

今日はこちら。

コヴェントガーデンでの《ばらの騎士》。ライブ録音なので、子役の子どもたちの声なども入っています。トモワ=シントウ、クルト・モル、バーバラ・ボニーなどおなじみのメンバーが集っております。1995年の録音です。あのクライバーの録画の数年後ですね。Apple Musicのせいか、なにか音作りがライトな感じで、室内楽的に聴こえます。トモワ=シントウは円熟といえば円熟です。カラヤン盤《ばらの騎士》でのトモワ=シントウの素晴らしさとは違う円熟でした。蔵出しな音源という感じです。

詳細はこちら。

http://www.opusarte.com/details/OACD9006D#.Vdnjk3hxE69

明日は涼しい一日になりそうです。皆様お身体にお気をつけて。おやすみなさい。グーテナハトです。