舞台芸術は心の真ん中を射抜きなさい

オペラの学校
オペラの学校
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ミヒャエル・ハンペ
水曜社
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ミヒャエル・ハンペの「オペラの学校」を読んでいます。本当に興味深い一冊なのですが、その中で最も大事なのがこの部分かなあ、などと。

舞台芸術には心を射抜かれる瞬間があって、それは、舞台に関わるすべての人々、それには観客自身も含まれますが、それらが良い条件だった時に訪れるものなのだ、ということ。

この「心の真ん中を射抜きなさい」と言われても、その方法は誰にも教えられないですし、分からないでしょう。

実際の体験において「心の真ん中を射抜かれた」ことがある聴き手は本当に幸福なのだと思います。

私も何回かあるなあ、と思いました。

例えば、以下です。全部新国立劇場だなあ。

  • 初めて新国に足を踏み入れた時、《セヴィリアの理髪師》で、使用人が幕を開ける瞬間に感激。

  • 《ボエーム》第一幕のロドルフォのソロのところで落涙。初めての落涙。

  • 若杉さん指揮の《蝶々夫人》で、蝶々夫人登場シーンで滂沱。

  • ペーター・シュナイダーの《ばらの騎士》で泣きっぱなし。

  • フラッカーロとババジャニアンの《オテロ》で開いた口がふさがらない。

  • 《ヴォツェック》の舞台になぜかときめく。

  • 《パルジファル》クンドリを歌ったエヴェリン・ヘルリツィウスの第三幕での悟りきった横顔が忘れられない。

もっとあるのかもしれませんが、私にとってはこれらです。少ないような多いような。

ハンペの体験は、ゴルドーニ《キオッジャ騒動》の最終場面の演出なんだそうです。登場人物の若い判事見習いが、赤ワイン色のマントを着てゆっくりと幕を閉める場面なんだそうです。

こういうのが、ハンペが「オペラの学校」のなかでいう「心の真実」なんだと思います。

こうした経験は、劇場側だけではなく、聴き手自身のコンディションや感受性などにも左右されますので、だれかひとりが頑張れば良いというものではありません。真実を認識したということだけで、それ以上の証拠は不必要だと言います。非論理的な事態であり、説明することはできないものなのです。だからハンペはこれを「聖体の秘跡」とまで言います。

そういう意味では、これだけあるというのは、真実にそれだけ触れられたということだから、本当に感謝の気持ちしかないです。

来週末の《ダナエの愛》、行くことができるかもしれないのですが、そこでもなにか奇跡が起きるといいなあ、と思いました。

それではみなさまおやすみなさい。

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