赤裸々「春の風駆けて」

春の風駆けて―パリの時
辻 邦生
中央公論社
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うーむ、本当に赤裸々な感じ。

社会主義が実現するには人間が変質しなければならない。貨幣が鋳直されるように、鋳直される必要がある。それはドストエフスキーの小説の中の人物が願望するような意味で、人間が改造される必要がある。人間が一歩神に近くならなければならないのだ。

辻邦生「春の風駆けて」より

辻邦生は、当時の知識人なら誰しもそうだったように、社会主義へのなにかしらの共感なようなものがあったと思います。それは「ある生涯の七つの場所」において、色濃く現れているように思います。人民戦線の物語となればそうなるでしょう。

ともかく、ここに書いてあることに従うと、社会主義は無理だったということなんでしょうね。

私が読んでいるのは1981年3月のころの様子です。ちょうど、ジスカール=デスタンとミッテランの大統領選挙が行われていた時で、時節柄、政治的な考察も随分と掲載されています。私、テレビで、学生が「ミッテラン」を連呼する映像を見ましたが、いまでもそれを覚えております。

では、グーテナハトです。

赤裸々「春の風駆けて」” への2件のコメント

  1. Shushi さんの含蓄ある文章、いつも読まさせて頂きありがとうございます。時にげらげら笑い、時に涙をうっすら浮かべたり…そういうエネルギーが伝わります。「エモーショナルでいて、スピリチュアルでいて…」昨夜、一緒にいた古典派経済学者のような名前のギター弾きとの会話を思い出しました。揺さぶられる。

    楽器を弾くと空間認識能力が云々の話。鳥瞰図、って不思議な地図あるけど、仲の良いアーティストとそれってどうよ、なんて話します。飛行機のない時代、ああいうの描けちゃう能力。彼とは(自然体で)幽体離脱によって地上からどれだけ飛べるか、などと平日昼間のペンギン村、ジジババばかりの喫茶店で真剣に議論しているのですが…light as a feather な話。500 miles high って曲もあった。

    >人間が一歩神に近くならなければならないのだ。

    それとこの文章、強く泣けました。束ねられた長ネギは青々とした頭の方からダメになってくから。「腐ったミカンはただ箱から出して捨てれば良いんですか?」なんて体張って言う、教育者も最早いないだろうし。

    いずれにせよ、音楽も美術も文学も、優れたアート作品に感じられる精神性や倫理観…Shushi さんの写真や文章から伝わってきますよ。見習わなきゃ、って…。

    穏やかな暮らしの中に凛とした空気、いつまでも感じられる様に…お互いに。

    • 健也君、いつもありがとうございます。過分なお言葉ありがたいです。「人間が一歩神に近くならなければならないのだ」というのは辻邦生の言葉です。この引用の部分は、1980年当時のポーランドにおける「連帯」の運動について言及しているところで、かつてのプラハの春のように、ソ連軍が介入しないといいのだが、ということを思っている場面で出てきた言葉です。社会主義という壮大な理想が失敗におわったことへの諦念のようなものがあるのだと理解しています。ですが、今思うと、ここだけ取り出すと相当に重みのある言葉になります。
      「優れたアート作品に感じれられる精神性や倫理観」ですが、本当に難しい課題です。そういう意味では、現代は反アートなのでしょうね。
      500 miles high 聴いてみました。懐かしい。。チックのエレピが鋭いね。。

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