オペラのパフォーマンス性

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いつもの写真ですいません。月が出ている夕方の風景。東京の冬の空は最高です。何度も書いているように観光資源ですね。

今日はなんとか休息日。ですが、とある原稿の〆切なのでピリピリしています。物書きに〆切はつきものですが、このピリピリした感覚はどうしようもないですね。なんとか計画的にことを進めようとはしていますけれど、計画通りには行きません。最近はそれでも随分計画的に継続的に事をすすめることができるようになったので、精神的には楽なのですが。

オペラティック (批評の小径)
ミシェル レリス
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そうそう、今読んでいるレリスの「オペラティック」のことで一つ思いました。

レリスは闘牛愛好家ですが、オペラ愛好家も闘牛愛好家も似ている、と示唆しています。オペラもまた闘牛のように、なにかしら手に汗を握るということがあるのかもしれないのでしょう。あの難しい場所をどう乗り切るのかとか、あの高音をヒットしてスゴイ、とか、そういうパフォーマンス性が大事なのでしょう。本当のオペラ愛好家はパフォーマンスを大事にします。レコードだけであれば、それは音楽愛好家なのであり、オペラ愛好家ではないのである、と。

まあ、しかし、時代が違いますので、現代に置き換えて考えてみますと、確かに実演に行けるのが一番です。ですが、最近では、ライブビューイングというのがありますよね。ネットや映画館でパフォーマンスを味わえるというものです。同じ空間を共有できればなおいいのですが、ライヴ性という意味では、ライブビューイングもギリギリ大丈夫ではないか、と思います。

オペラ映画は、編集が入りますが、ライブビューイングは、スキームにもよりますが、編集が入らないこともあり、そうした緊張感がライヴ性を保つのではないでしょうか。

ただ、ですね。。。やはり音楽というのは、音だけではなく、ましてやオペラはパフォーマンスだけではない、というのも事実です。その場所に行き、その場所の空気を感じる、ということ。そういうことも大事なのではないか、という見方もあるでしょう。

で、この続きは明日。だとした場合、我々はこの場でなにができるのか、ということ。これが難しいのです。

取り急ぎグーテナハトです。

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