変化する歴史

今日は終戦の日です。75年。ついこの間、50年だったと思ったのですが、時がたつのは本当に早いものです。

辻邦生が戦後50周年にあたって書いた文章を読みました。

今では、国と個人は権利的に対等に立っている。これは日本では、戦後に確認された意識と言っていい(中略)それは個人の尊厳と自由に対し、何ものも犯し得ないという認識だ。しかし、これは「祖国」のために死んだ人の意味を決して無にしない。「祖国」とはここでは「愛する人々」の別名だからだ。「愛する人々」は今やアジアへ、世界へ拡がっている。

辻邦生『変化する歴史に沿って』「辻邦生がみた20世紀末」2000年、信濃毎日新聞社、259ページ

ここには書きませんが、この文章には、敗戦国の無常についても書かれています。おそらくは個々の兵士たち人間たちは、敗戦国の無常を想定し、郷里のため、家族のために戦ったのでしょう。それが自由意志であったかのように。

おそらくは「国と個人は権利的に対等」ですが、それは先人の血によって勝ち取られたもので、不断の努力で維持しなければならないものですが、どうでしょうか。

世界的に危機が少しずつ迫っているような気がしてなりません。歴史は変化し続けているのです。

やはりできることは「個人の尊厳と自由に対し、何ものも犯し得ない」という認識を持ち続けること、です。これだけは譲ってはいけませんし、自分自身もそうであるように行動しなければなりません。

東京の夏は今日も暑かったです。どうかみなさまもお気をつけてお過ごし下さい。

おやすみなさい。グーテナハトです。

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久々にトスカ

昨日に続き、オペラ。

Facebookの投稿で、イタリアのレストランで、レストランのご主人がトスカのアリアを歌っているのを見まして、急にトスカを聞きたくなりました。カラヤンが降るリチャレッリとカレーラスの音源。

本当にオペラ歌唱というのは、絶品だと思います。人間の限界に近い美しい歌声は、音楽的・音響的にとどまらず、人間のパワーやエネルギーが発露しているようにも思え、本当に素晴らしいものです。

カレーラスの切々としてテノールがなんだかなつかしいなあ、と。でもドミンゴのトスカが聴いてみたくなったりして。

(三大テノールでいうと、私はドミンゴが大好きです。どんな時評があっても、芸術そのものは、芸術そのものとして存在します)

今日も短く。長く書こうとするから続かないのでしょうから。。

東京地方は、梅雨明けして暑くなりましたが、もう残暑ですね。どうかみなさまお気をつけてお過ごしください。

おやすみなさい。グーテナハトです。

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久々にシュトラウス「カプリッチョ」を聴く

最近、初心?にかえって、意識的にオペラを聴くことにしています。今日は、シュトラウスの「カプリッチョ(カプリッツィオ)」を聴きたくなりました。

この曲を初めて聴いたのは、おそらくは2005年か2006年のことなので、15年ほどは親しんでいるのですが、ここまで来ると、曲を聴くと、人生のあれやこれやを思い出すようになるものです。「失われた時をもとめて」のマドレーヌではありませんが。これもまた人生の楽しみですし、よいものはできるだけ早く知っておいた方がよい、ということでもあるなあ、と思います。

もちろん、できるだけ早く、というのは、今、このとき、なのですけれど。

「カプリッチョ」といえば、10年ほど前の以下の記事を思い出しました。素晴らしい公演でした。

https://museum.projectmnh.com/2009/11/23211020.php

というわけで、東京地方は暑い日々が続きます。豪雨災害の地域もあるので、本当に心が痛み、無事を祈るばかりです。こういうときは祈ることしかできません。

それではみなさま、どうかお身体にお気をつけて。おやすみなさい。

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つれづれ──梅雨が明けた!

東京地方の梅雨が明けました。

本当に夏が待ち遠しかったのですが、ようやく、夏の空と雲を目にしてうれしくなってしまいました。

さらに、来週は夏休みがなんとかとれることになり、なにかしら役立つことをいくらかやってみようかな、と思っています。コロナなのでなかなか自由はききませんが、やれることをやりたいです。

とはいえ、徐々に暑くなってくるのも事実。みなさまもどうかお身体にお気をつけてお過ごしください。

おやすみなさい。グーテナハトです。

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