マーラー「大地の歌」をクレンペラーの指揮で

まあ、たまには飲むのも許されるでしょうか。世界を笑い飛ばしたいことも多々あります。ウィークデーはひたすら働き、明日も深刻な1日になりそうなので、まあ少しの間脱力しても罰は当たりますまい。

ということで、大地の歌。

最近、マーラーを聴くと落ち着くようになってしまいました。何か、世界の混濁をそのまま表しているような気がします。今日もメータやラトルのマーラーを渉猟していたんですが、ワイン飲み始めたのと「大地の歌」を聴くのが同時になってしまい、なんだか運命的だなあ、などと思いながら。

やれやれ、アルコール飲みながら、第5曲「春に酔える男」を聴くのもなかなかオツなものです。

もう 歌えなくなったら
今一度 眠りに堕ちよう
春が一体 なんだというのだ
このまま 酔わせてくれ

人生とはこういうものです。乾杯。

それでは、みなさま、グーテナハトです。

0

マーラー交響曲第9番をラトルの指揮で聴く

やれやれ、1週間が終わりました。いろんな意味で終わったという感覚も。

仕事のあとの静かな時間は、マーラーの9番をラトルの指揮で。ベルリンフィルを振った比較的新しい盤。AppleMusicでありがたく。

ラトルの、振幅のある、ある種生々しい躍動が、聴くほうの心の振幅に共鳴して、心臓の周りを音楽の膜にぴったりも覆われている感覚。

第一楽章の後半に、トロンボーンとフルートの二重奏(多分)があるのですが、あの部分、本当に恐ろしい。「復活」を思わせるメロディをフルートが吹いたあとに、悪魔的な執拗さでフルートを追いかけ、揶揄し、遮るトロンボーン。天使を追い回す悪魔ではないか。そんな感覚を覚えるのです。復活を妨げようとする悪魔。それに負けずに、天使は空を舞う、というような。

何かしら悪魔的な要素は、どこにでもあって、戦い続け、そうやって第一楽章最後に到る静謐は、戦いの疲れを癒す牧歌的風景であるかのような気がします。アルカディアの風景。

しかし、そこにはパンがいるのですが、そのパンこそが、キリスト教にあっては悪魔の原型ともなるという相対性があるわけですが。悪魔か天使か。それは価値観と解釈でしかないのでしょうけれど。

ともかく、このマーラーの9番に織り込まれた静謐は、砂漠に染み込む水のように心に入り込んできます。それだけは現時点では唯一の真理です。

というわけで、もう一度聞き直しながら、今日の夜更を楽しもうと思います。

みなさまも良い週末の夜をお楽しみください。

おやすみなさい。グーテナハトです。

1+

マイケル・フランクス「スリーピング・ジプシー」

土曜日の朝は、NHK-FMで「世界の快適音楽セレクション」を聴くことが多いです。この番組で知った良い音楽は数知れませんし、自分の知っている音楽がオンエアされるのも嬉しい瞬間です。

先週末(6月6日)にオンエアされたマイケル・フランクス「淑女の想い」、気怠くアンニュイなナンバーで、溶けてしまいそうな気持ちを抱きましたが、サクソフォーンのソロを聴いてのけぞりました。これは、マイケル・ブレッカーのサクソフォーンに間違いない、と。

当然その通りでした。1977年のアルバム「スリーピング・ジプシー」に収録されている「淑女の想い The lady wants to know」はマイケル・ブレッカーのメロウなソロが聴けるという素晴らしさ。2曲目I Really hope It’s Youや4曲目B’wana-He No Homeでもガッツリとマイケルのソロを堪能できるという美味しさ。あの1978年のライブ録音であるHeavy Metal Be-Bop時代のマイケルの音で、メロウなナンバーのソロを聞けるという不思議な体験です。

このアルバムを知らなかったこと自体、マイケル・ブレッカー好きとしては、怠慢以外の何者でもなく、お恥ずかしいことこの上ないのですが、本当に素晴らしいアルバム。かつては、「CDがなかなか見つからなくて、聴いてないんですよねー」なんてことが言えましたが、AppleMusic時代にあってはその言い訳は通用しません。

マイケル・ブレッカーだけではなく、2曲目In the Eye of the Stormや、 5曲目Don’t Be Blueではデヴィッド・サンボーンの素晴らしいプレイも聴けてしまうという恐ろしいアルバム。同じアルト吹きとして、サンボーンのフレージングに聞き入ってしまいます。またサックスが吹きたい、と思いました。いつのことになるやら…。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

0

マーラー「復活」をラトルの指揮で聴く

今日はラトルの指揮で聴くマーラーの「復活」。

マーラー「復活」を聴くシリーズになってきていますが、こう言ったテーマを作って書くのは、忙しい中にあっては、テーマを決める苦労がなくなり、ありがたいです。
(昔、ブラームスの交響曲第2番を聴くシリーズをやりましたが、あの時も楽しかったです)

ラトルのテンポ感がたまらなく素晴らしく、随分と楽しんでいます。ラトルはマーラー指揮者として若い頃から有名だったとのことで、大昔に買った音楽之友社のムックでも大きく取り上げられていました。バーミンガム市交響楽団の指揮者だった頃。

当時はあまりラトルを聴く機会はありませんでしたが、AppleMusicを使うようになってからは、心置きなくたくさんの音源を聴けるようになり、ラトルの演奏も随分聞いた記憶があります。

音源を聴きながら目を瞑ると、ラトルが恍惚とした表情を浮かべながら、タクトを静かに操る様子が見えてきたりします。

音楽を聴いて、こうしたことを書いたり想像したりできるというのはとても幸せなことだなあ、と改めて思います。


やれやれ、それにしても、随分と書くことから遠ざかっていたので、キーボードを打つ手もなんだかぎこちなく、困ったものです。尊敬する辻邦生は「ピアニストが毎日弾くように」、文章を毎日書いていたのだそうですが、あやかれないものですね。

会社では文章を書きますが、会社の文章とここに書く文章は全く違います。正直いうと、会社で書く文章は昔から違和感を感じていて、大嫌いで、嫌々苦労しながら書いています。

だからと言って、ここに書く文章がうまいかと言われると、今はよくわからないです。戻していかないと……。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

1+

マーラー「復活」をアバドの指揮で聴く

今日の「復活」はアバドです。

好きな指揮者と聞かれると、何人かの名前が浮かびます。

チェリビダッケ、クライバー、ラトル、シュナイダー、そしてアバド。

同曲異演を味わうことができるようになったのは、私は少し他の方より遅かったかもしれず、確か社会人になってCDを少しは帰るようになってからだったと記憶ししています。

指揮者の好みはこの同曲異演を味わうことができるようにならないと感じることはできないはずです。

学生の頃は、同曲異演なんて贅沢だと思っていましたが、ある時、清水の舞台から飛び降りる思い出、同曲異演のCDを買ったことがあり、それがアバドのブルックナーだったと記憶しています。

それ以来、何かアバドの演奏には親しみつづて、アバドが好きな指揮者になったなあ、という思いがあります。触れると消えてしまうような繊細さと優美さ、というのが私がアバドに感じる思いです。この演奏もやはりそうした優美さを感じました。特に第二楽章。西欧の柔らかい光という感じ。

こんな、過去の記憶を振り返るのも何かな、と思いながらも、昨日からブログのテーマは「復活」になっています。これは何か私のリハビリのようでもありますので、少し気が引けますが…。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

0

マーラー「復活」をバーンスタインの指揮で聴く

それにしても、忙しい日々が続いています。少しずつ落ち着いていきたいものですが、それでもやはり様々な環境の変化に適応するのは時間がかかります。

平常に戻すための一つの方策として、かつての習慣を取り戻したいな、という思いがありました。かつては文章を毎日のように書いていたのですが、昨今はなかなかそれもできずという状況でしたので。

文章を書けなくなった理由としては、時間の工面ができなくなったとか、疲労が激しくて、ということもあるのですが、道具の問題もあったなと思います。つまり、書くための道具。

かつてはスマホで通勤時間に書いていましたが、通勤がなくなり、その時間が在宅での仕事に当てられてしまっている状況で、スマホで書く必然性はありません。

そうすると、PCとなりますが、最近、自宅のPCが尽く調子が悪くなってしまい、やれやれという感じ。

2010年に自作したデスクトップ機と、同じく2010年に勝った古いThinkPadがあるのですが、いずれも調子はいまいち。

デスクトップ機はWindowsアップデートに失敗して立ち上がらなくなり、マザーボードが古いのでもはや限界と悟りました。ThinkPadは、排熱が半端なく、電源を入れるのが怖いです。

一方、2013年に導入したMacもありますが、操作ミスでバッテリーがお釈迦に。電源ケーブルが外れると強制シャットダウンしてしまいます。

仕方がないので、新しめの機種を導入して、ようやく環境が整ってきたかな、という感じです。

で、聞いているのはバーンスタインのマーラー「復活」

この音源、確か1988年ごろにNHK-FMでオンエアされていて、当時、大きな衝撃を受けたのを覚えています。こんなフィナーレ、あっていいのか、と。

今日も、たまたま冒頭のコントラバスを聞いて、のけぞってしまいました。本当にすごい曲だな、と思います。

バーンスタインの伸びのある演奏もいいですね。

そういえば、昔こんなことを言われた記憶があります。マーラーを卒業して、リヒャルト・シュトラウスが好きになったんですよ、と言ったら「普通逆じゃないですか?」と返されたのでした。

この数年、マーラーが心に染みるようになっていて、今日改めて「復活」を聞いて、その思いを新たにしました。マーラーへの傾倒が復活したのかも、などと。

ブログも今日から復活させた、と言えるように、継続して書くようにしたいと思います。

それでは、おやすみなさい。グーテナハトです。

1+