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かつて住んだその地にまた帰ることはない。だが、こうして車窓の外に街灯が流れゆくのを眺めていると、その向こう側に灼けた石畳に遊ぶ鳩の群れや、広場の真ん中で水音を鳴らす水盤や、風に身を震わせ唸るポプラ並木が見えてくる。父も逝き、母も逝き、姉も逝き、重く古びた革のスーツケースを抱えて、独り汽車で彷徨する身となった。だが、闇の向こうに、喪われることのない夏の景色が見えてくる。鋼鉄の兵士にすべてを奪われたが、この景色までもが奪われることはよもやあるまい。
クロイツベルク「彷徨の闇」より
オーベルニュの歌、素晴らしいです。明日、日フィル横浜定期で聴くことになりましたので、音源を入手して聴いておりました。
オーベルニュの歌は、カントルーブが30年をかけて作曲した五つの歌集からなります。オーベルニュ地方の民謡を集めて管弦楽伴奏をつけたもの。カントルーブはダンディの門下生で、オーケストレーションが素敵すぎます。時折、映画音楽かと思うぐらいロマンティックでモダンなサウンドが出てくるのですが、それがすごく良い。暑い夏はこれで乗り切るしかないかもしれません。
私は、ナガノがドーン・アップショウとくんでいる盤を買いましたが、これは正解だったようです。アップショウは、ポルタメントが少し強いと思いましたが、静謐な美しさも、コケティッシュにおどけて見せるあたり、素晴らしいです。
この曲を聴いて、「マルセルの夏」という映画を見たのを思い出しました。「マルセルの夏」の舞台はプロヴァンスで、オーベルニュ地方とは少し違いますが、日差しの強い南仏の空気が感じられます。いつか、辻邦生の「ある生涯の七つの場所」を片手にフランスの田舎を旅するのが夢ですが、その夢を先取りした気分になりました。でも叶わぬ夢。
明日の日フィル定期の前半はこの曲で、休憩を挟んで「惑星」が演奏される予定。すごい組み合わせで、ワクワクします。