Tsuji Kunio

今年も夏が参りました。

私のなかではすでに夏の風物詩となっていますが、学習院大学史料館で開催されているミニ展示と、辻邦生がパリ留学中に交流した加賀乙彦氏による講演「辻邦生の出発─『夏の砦』」に行って参りました。

家の仕事が忙しく、直前ギリギリで会場に到着してしまい、講演会の直前ということもあって、ミニ展示は大混雑でした。残念ながら、きちんと見ることはできず、ざっと見るだけではありましたが、太い万年筆で書かれた自筆原稿を見ることができて本当に幸せでした。

小説家の加賀乙彦先生の講演会「辻邦生の出発──『夏の砦』」は、前半は辻邦生と加賀乙彦先生の最初の出会いのシーンから、辻邦生のパリの生活、加賀乙彦先生が小説を書いたきっかけなどが語られ、後半は、夏の砦を加賀乙彦が改題する、という内容でした。

驚いた事に、加賀乙彦先生は、当初全く小説を志しておらず、辻邦生の影響で小説を書き始めた、とのこと。勝手な想像で、医師ということから、北杜夫のように前から知り合いで、ということを想定していたのですが、どうもそうではなく、本当に偶然にパリへの留学の船旅で乗り合わせ、嵐の日に甲板で偶然出会った、という奇跡的な出会いだったということでした。もし、辻邦生と加賀先生が出会わなければ、おそらくは加賀乙彦という小説家は存在しなかったという事になるのかもしれません。

また、辻邦生の小説家になるという自負が強烈だったということも、初めて知った気がします。友人の加賀さんだから言えることなのかもしれません。例えば、世界一の天才だ、などという趣旨のことを辻邦生は言っていたようです。実際に、辻邦生は天才ですし、そうでなかったとしても、それを公言するぐらい強くなければ小説家にはなれない、ということなのだと理解しました。

後半、「夏の砦」を加賀乙彦先生が解説されたのですが、加賀乙彦先生は、「夏の砦」こそが辻文学の最高傑作であると言っておられ、「死を描きながらも明るい小説という不思議」、「膨らみ、明るくなり、黄金色に輝く世界」などと言っておられたました。本当にその通り。数々の死に彩られながらも、なぜか、ポジティブな小説だった、という読後感で終わるのです。それが辻邦生の不思議さであり、価値であり、魅力である、ということなのだと理解しています。

個人的には、「夏の砦」は3回ほど読み、先日Kindle版を入手し、また読もうと思いましたが、加賀先生のお話で、読むための視点のようなものを発見しました。歳を重ねると、かつてとは違う読みかたをしてしまうようになり、それは何か辻文学の輝きがあまりにも強く眩しく、何か足踏みをしてしまうような気がしていたのです。しかし、視点を得たことで、いま世界に感じている問題に繋がるような何かアクチュアルな読み方を発見できるのではないか、とも思っています。その視点は今は描きませんが、おそらくはこの後「夏の砦」を読んで、振り返る事になりそうです。

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それにしても、加賀先生は88歳だというのに、矍鑠としてきちんと話をしておられ、たまにユーモアを交えながら、会場を温め、会場を見ながら緩急をつけて話をしていて、加賀先生も本当にすごい、と感嘆しました。

会場もかなりの人数の方々が来訪されていました。無料なので、コストは大丈夫なのか、と心配になりましたが、資料館のアナウンスによれば、寄付などで運営しているとのこと。やはり今でも、辻邦生は、様々な立場の多くの人々に愛され続けているのだなあ、と思いました。

講演会の後、辻ファンの方々とお茶をしてお話を。辻文学を語る機会はあまりなく、本当に勉強になるひとときでした。

書ききれたのかわかりませんが、まずは速報として。

暑熱が続きます。どうか皆様もお体にお気をつけてお過ごしください。おやすみなさい。グーテナハトです。