先日の私のブログを読むと、演出批判に読めてしまうのに気づきましたが、そんなことは全然無いのですよ。
ともかく、読み替えのスケールが大きいのです。
特に、演出舞台は、本当に素晴らしいものでした。入った瞬間に、おー! と歓声をあげてしまったぐらいです。
私は二階右サイドでしたが、舞台をちゃんとみようと一階に降りて、しばらく眺めていました。
細かい意匠が素晴らしいのは先日書いた通りです。合唱の方の開幕前の演技も素晴らしいのですよ。みなさんちゃんと会話していました。ただ歩いているだけではないのです。商品を買って、クレジットカードで決済して、ありがとうございました、というところまでやってますし、待ち合わせしていたり、知り合いと会って、あーら、お元気?、みたいな会話までちゃんとやってましたから。
あとは、自動ピアノがおいてあって、ナブッコのテーマが演奏されていましたね。
ともかく、その美しさと、緻密さに感動しっぱなしでした。
これは、ぜひ再演してほしいところ。
オペラ演出も無形文化財だ、と思います。先日のアイーダもそうですが、今回の演出も日本の宝ですね。
「自然」に感じた、少しばかりのざらついた違和感は、私の感覚が演出意図とずれているからかもしれない、などと思います。それはもしかしたら、日本と西欧の差異なのかもしれません。
引き続き戦線継続中。あ、じつは先週、辻邦生ゆかりの地へ。かなりのこじつけですが。
新国立劇場:ヴェルディ「ナブッコ」その2
新国立劇場:ヴェルディ「ナブッコ」その1
一ヶ月ぶりの新国立劇場。
グラハム・ヴィック演出によるヴェルディ「ナブッコ」を新国立劇場にて見て来ました。
<ネタバレ注意>
通常、開場と同時にホールに入場できるのですが、今回はロビーで少し待たされました。
やっと中に入ってみると、舞台上は欧米でありがちなデパートの店内になっていて、合唱団員の演技が始まっていました。
アップルストアのパロディで、リンゴではなくナシがモティーフになったお店があったり、服飾品のブティックや、カフェがあります。金持ちそうなお客がお店の中にいっぱいです。
本物のMacが飾ってあったり、Macのパッケージを持つ人がいたり、リアルに作られていました。さすがにMacのパッケージのロゴはリンゴでしたが。
そうなると、気になるのが読み替えのコンセプトです。
本来は神殿であるはずの舞台設定がデパートになっているのは、現代資本主義の殿堂が、売買の殿堂であるデパートという設定なのです。
ヘブライ人は、「人びと」と訳されていて、特定の民族ではなく、人間一般というふうに読み替えられています。
バビロニアは、アナーキストとされていますが、私にはヒッピーのように見えました。
私には、ヘブライ人の読み替えの「人びと」が、現代社会における支配階級、つまり高所得者であったり政治家であったり資本家であったり、という階級であり、それへの敵対勢力としてバビロニアの読み替えであるアナーキスト、あるいは私はヒッピーだと思うのですが、そうした勢力の対立の構図として読みました。ウォール街占拠事件やロンドン暴動が裏に読めるのではないか、と。
エホバ神は「自然」に置き換えられています。日本人にとって、絶対神という概念は二重の意味でなかなか実感しがたいものです。ひとつは、日本人にとって特定の宗教への肩入れが少ないという意味において。あるいは、宗教心を持っていたとしても、一神教ではなく多神教であるという意味において。
その中でも「自然」の猛威については、日本人にとって身近であろう、というのがその考えのようです。
それが表現されていたのは、舞台中央の床板が外された中に土床が作ってあって、そこに植物が植えられているという点と、最後に雨が降る場面でした。
ただ、「自然」の威力を舞台上で表現するのは難しいと思いました。本来エホバ神は怒る神です。私は、最後に津波ですべてが流されるぐらいの強烈な演出ではないか、とも予想してしまっていて、そこまでやるのは問題だなあ、と心配していたので、少し肩透かしを食らった気分でした。
明日に続きます。というか、思った以上に難仕事です。。
ヴェルディがイタリア統一で果たした役割の謎──新国立劇場「ナブッコ」によせて その3
新国立劇場のナブッコ、本日がプルミエですね。私はは6月1日に出動予定です。
で、昨日の続き。期せずしてシリーズになってます。そして、期せずして新国立劇場「ナブッコ」に関連してきましたので表題も変えてみました。多分、このあたりの話は、パンフレットに記載されているでしょうけれど、独自の調査ということで。
ナブッコ「行け、我が想いよ」はどのように迎えられたのか?
私は、ナブッコの「行け、我が想いよ」が愛国的に使われたという話を、中公新書の「物語イタリアの歴史」で読みました。この中ではこの合唱が如何に熱狂的に迎えられたのか、が記されています。
「行け、わが思いよ、黄金の翼に乗って」と合唱を始めると、客席の興奮は最高潮に達した。……
聴衆は熱狂してヴェルディを讃えた。「行け、わが思いよ、黄金の翼に乗って」のメロディは、街中いたるところで歌われるようになった。……ミラノの床屋はアコーデオンでこのメロディを鳴らして客を集め、しばしば警官が出動して群衆を追い散らす騒ぎとなった。
藤沢道郎「物語 イタリアの歴史」第11版 中公新書、1998年、308ページ
確かに、アンコールとは一言も書いていないですが、この曲が熱狂をもって迎えられたと理解していました。
ところが、加藤浩子氏「ヴェルディ」においてはそのような熱狂はなかったのではないか、とされています。
だが、1987年に出版された《ナブッコ》の批判校訂版を編纂したロジャー・パーカーは、資料研究の結果、初演でアンコールされたのは<行け、わが想いよ>ではなく、最後の讃歌<偉大なるエホバ>だったことをつきとめた。また、ミラノに続いて行われたイタリア各都市での上演で、<行け、わが想いよ>が熱狂的に迎えられた記録はないという。
加藤浩子「ヴェルディ」平凡社新書、2013年、62ページ
<行け、わが想いよ>が愛されるようになったのも、統一後のことのようだ。というのも、1948年に起こった「ミラノの5日間」の放棄の後、スカラ座はしばらく閉鎖され、オペラは上演されなくなるが、その間にリコルディが数多く出版した『愛国賛歌』の類の中に、<行け、わが想いよ>は見当たらないのである。<行け、わが想いよ>が、「合唱の父」と称されることもあるヴェルディによる「第二の国家」なら、この時に何度も出版されて当然だろう。だが、その時人気を集めていたのは、ピエトロ・コルナーリなる作曲家に因る《イタリア人の歌》という作品だった。
加藤浩子「ヴェルディ」平凡社新書、2013年、64ページ
「行け、わが想いよ」が、アンコールされた事実も熱狂的に迎えられた記録もないかもしれない、ということになるわけですが、真実はどうなのか。
ビルギット・パウルスの説は、おそらくこちらの本になるはずです。あたってみたいところですが、ドイツ語ですか。少しハードル高いですね。。東京芸大の図書館にあるようですが、そこに入る術を知りません。町の図書館で取り寄せられないか、聴いて見ることにしましょう。
今後の予定
明日は、ヴェルディに政治的意図は本当になかったのか、を書いてみようと思います。これも記述がわかれていますので。
私の手元にある文献3冊が喧嘩をしていて、何が本当なのかわからないですね。「世界が非論理であり、真実というものは途端に消滅するもので、あるのは作為的な事実や歴史のみである」という、最近の私の考えと一致する状況でしょう。
面白いっすね。こういう謎解き。
ヴェルディがイタリア統一で果たした役割の謎──新国立劇場「ナブッコ」によせて その2
引き続きヴェルディが楽しい毎日。
今日はレクイエム。バレンボイムがシカゴ饗を振ったバージョン。
昨日のお話の続きを。
ヴェルディがイタリア統一運動において果たした役割は、「ナブッコ」の「ゆけ、我が想いよ」が、当時オーストリアに支配されていたミラノにおいて、イタリア民族意識に火をつけたということ。もう一つは、「ヴェルディ万歳!」という言葉が、「イタリア王、ヴィットリオ・エマヌエーレ二世」というイタリア統一を象徴するといったことになります。
これは、イタリアの教科書に書かれていることでもあるとのことですし、随分といろいろな所で取り上げられている「常識」的なものでした。
ところが、どうやらそれは「幻」のようなのです。
件の「ヴェルディ」においては、ビルギット・パウルスというドイツの研究者による情報として以下の様な説が紹介されています。
(「ひ孫引用」で恐縮ですが)「ヴェルディ万歳!=イタリア王、ヴィットリオ・エマヌエーレ二世」の挿話の初出は、オーストリアの音楽批評家であるエドゥアルト・ハンスリックによって書かれた「現代のオペラ」という作品のなかなのだそうです。
ハンスリックは、高名な音楽評論家ですね。ワーグナーと対立し、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」で敵方ベックメッサーのモデルになったと言われている方です。
その部分を、ハンスリックの原書から発見しました。加藤浩子氏「ヴェルディ」においては1875年とされていますが、googleにスキャナされた版は1880年とあります。
“http://archive.org/details/diemoderneoperk02hansgoog":http://archive.org/details/diemoderneoperk02hansgoog
255ページの以下の部分です。
超意訳ですが、
つまり、ボンバルディア、ヴェネト、ローマ、トスカーナ、ナポリにおいては、「イタリア万歳!」と叫ぶことはタブーだったので、人々は「ヴェルディ万歳!」と叫んだのだ。このヴェルディの名前を示す個々の文字は以下の意味を指し示す。すなわち、イタリア王、ヴィットリオ・エマヌエーレ、である
と書かれているはずです。
この部分が、世界ではじめてヴェルディの言い換えを行った場所、ということになるのでしょうか。
つづく。
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先程まで、教育テレビで放送されていた吉田秀和さんのドキュメンタリーに釘付けになってしまい、遅くなりました。続きは明日。
ヴェルディがイタリア統一で果たした役割の謎 その1
ヴェルディが楽しい毎日。今日はオテロ。ナブッコの予習もしないといけないのですが、音源の入手が遅れていることに気づき焦り気味です。
先日「ビバ・リベルタ」という本を取り上げました。その中でイタリア統一にまつわるエピソードを取り上げました。
この本では、ヴェルディが政治的闘志を燃やしているかのような記述があるのですが、どこかでそれを覆す論述を読んだ記憶がありました。
どこで読んだのか覚えておらず、取り急ぎエントリーしたのですが、その辺りの不確定さを少し匂わしておくだけにとどめていました。つまり、あまり政治に熱心ではなかった、と言った表記をしたのはこういうわけだったのです。
昨日、大学の友人と会う機会があり(その訳を書くのは少し難しいのですが)、その際に一冊の本を紹介してもらいました。加藤浩子氏による「ヴェルディ」という本です。
その中に私の漠然な疑問に答える記載がありました。
ヴェルディがイタリア統一に果たした「偉業」は、幻だった、というのです。
続く
ーーー
今夜も夜勤のメンバーがいる中ですが、離脱中。明日は何もなければOFF。
魔笛な日曜日
春のさかりももう終わりですか。春は光速で去って行きます。
いやあ、もう、週末に限って体調を壊すというモーレツ社員でして、朦朧とした中で、モーツァルトとのフリーメーソンな世界の中にいるのは半端なく辛い体験でした。
なので、オール日本人キャストの魔笛をちゃんと聴けたかというと、これはもうなんともかんとも。
ただ、すこし事故があったとはいえ、望月さんの安定した技巧に驚きました。
なにより萩原さんのパパゲーノの剽軽ぶりに驚きました。
おそらく、これも事故と思いますが、本当は舞台からせり上がってくるはずのワインが出てこなかったところ、うまくやりおおせていたなあ、と思います。時に日本語も交えていましたし。
萩原さんの印象は、ヴォツェックのカバーに入っておられた時に、オペラトークでピアノ伴奏でヴォツェックを歌ったときの印象が強いのです。真面目なイメージでしたが、良い意味で裏切られました。
タミーノの砂川さんもお美しくあり、かつダイナミックな歌で、感動でした。
ザラストロの松位さんも相変わらずの美声でした。
悔やまれるのは私は私の体調のみ。全くついてません。
最近、仕事は修業なので、どんなに辛くても耐えられるのですが、身体はついて来ませんね。もう少し大人になります。
嬉しい(?)お知らせが新国から。
昨日、かみさんから、「帰ったらいいニュースあるよ」とメールが来たので、なにかな? と思って帰ってみると、新国立劇場から電話があったそうな。
なんでも、6月のコジ・ファン・トゥッテ、NHKの収録があるそうなんですが、私の席だとカメラに遮られて舞台が見られなくなるのだそうです。ということで、座席がA席からS席に変更になりました。無償です。やった!
で、私、いつもの不屈の精神で、席は希望できるんですか? と図々しくも聴いてみたんですが、まあやはりダメみたいで、指定された席ということです。舞台下手方面ですが、割と近い席のようで満足です。
まあ、ほうっておくとクレームものですが、こうしてわざわざ電話してくれるのはありがたいばかりです。
艦長就任一週間は嵐の中の航行でした。晴れる気配なし。いつまで荒波を乗り越えればいいのか。乗員の安全が第一。
これがオペラなんだ……:新国立劇場「アイーダ」
あー、これがオペラなんですね。私、なんで知らんかったんだ。。
とおもってしまうぐらい圧倒的なパフォーマンスだった新国立劇場の「アイーダ」でした。
このプロダクションは1998年の開場時のものです。それから14年ですが、まだ色あせていません。帰り際に思い立ちました。これは無形文化財なんじゃないか、と。
作ったのはゼッフィレッリ。
ここまで絢爛、というのは誰しもが思うもとです。加えて、舞台に奥行きがあるのです。何時もにもまして。
ギリシア風よりも野太く無骨な柱がそそり立つ柱廊がはるか先まで続いているように感じましたし、神殿の奥の薄暗い奥から立ち昇るアウラを感じたり。
衣装の意匠も素晴らしく、無からの創造よりも、古代エジプトの絢爛を汲み上げて再構成するほうが余程苦しいプロセスだと感じるほどでした。
生きた馬が登場するのは、知っていましたが、実際に見ると迫力抜群です。
「アイーダ」ともなると、超人気演目ですので、いつもとは違うお客さんが多いようで、なかなか面白く、例えば、指揮をしたミヒャエル・ギュットラーがカーテンコールで舞台上に姿を表すと、「キャー、イケメン指揮者っ」、とか「マジカッコいい、マジカッコいい」という声があちらこちらから聞こえてきたように思います。まあ、確かにイケメン指揮者なので異存はありません。
ミヒャエル・ギュットラーは、前回「フィガロの結婚」で登場しましたが、あの時は音楽の制御にずいぶん苦労していたように思いましたが、今回は、冒頭は少しハラハラしましたが、以降はオケ合唱含めて最後まで統御し切っていました。テンポのコントロールは前回の「フィガロの結婚」の時のように無理矢理感がなく、流れの中で波立たせるところは波立たせ、流すところはきちんと流す説得力の高いものでした。
キャストですが、外国勢三名は、大オケと張り合う強力な声量の持ち主でした。特にアムネリスのマリアンネ・コルネッティの最終幕は素晴らしかったです。パワーと情感が混然一体となっていました。
アイーダのムーア、ラダメスのヴェントレも声量はバッチリ。もちろん細かい点に気になる点などはありましたが、やはり声量がないといけません。
冒頭、みんな、なんだか疲れているようで、縦線が合わなかったり、歌の細部の処理がうまくいっていなかったりと随分心配したのです。ところが、ムーアが登場して、アイーダをガッツリ歌った途端に空気が変わりました。少なくとも私の頭のネジががっちり締まったのがよくわかりました。すごかったですよ。
いろいろと思うようにならないこともありますが、十指に入る名演といっていいと思います。4時間きっちり堪能することができたと思います。
暮れなずむ新国立劇場はほんとうに美しいです。特にこの手摺のランプに灯りが灯るのが最高です。
本日は一旦ここまで。書きたいことたくさんだなー。
2月9日 新国立劇場「愛の妙薬」
報告遅れましたが、9日(土)に新国立劇場で「愛の妙薬」を聞いて来ました。
徹夜明けの新国立劇場にも慣れた気がするけれど、なんだか日常との乖離に涙が出るほど。
今回のキャストのかたがた、みんな安定していて、素晴らしかった。
シラクーザ、キャンベル、ジローラミ、成田さん、九嶋さん、みんな良かったなあ。
しばし現実を忘れました。
今回も合唱が素晴らしかったし。
シラクーザの思い出
シラクーザが歌いだして、あー、こりゃ贅沢だー、と思いました。いつも書いてますが、これを東京で見られるという奇跡に感謝ですよ。
新国立劇場でシラクーザを聴くのは今回が三回目です。一回目が、あの伝説の2002年の「セビリアの理髪師」。そう、私が初めて聞いた実演オペラ。
これも何度も書いてるんですが、今回も書きます。
当時の新国立劇場はダブルキャストで、シラクーザは降り番でした。
で、第二幕。なかなか始まらなくてやきもきしていたら、スタッフが舞台上に出てきて、アルマヴィーヴァ役のテノールが風邪のため二幕以降歌えない、ということになりました。
で、代わりに登場したのが、シラクーザ! 場内湧きに湧きましたよ! 風邪を引いたテノールに申し訳ないぐらい。
その後のシラクーザの素晴らしい歌唱とコミカルな演技を堪能して、私は新国立劇場に通うようになったというわけです。
そうか、シラクーザのおかげだったのですね。
二回目は「チェネレントラ」でしたね。あの時もすごかった。生まれて初めて、劇中でアンコールで同じ所を歌う、というのに出くわしました。
https://museum.projectmnh.com/2009/06/14195823.php
ニコル・キャンベル
アディーナを歌ったのはニコル・キャンベル、前回のプロダクションのアディーナとくらべて背が高くて、身のこなしが都会的で、劇中で本を読んでいる姿がなんだか先生みたいでしたが、歌はめちゃうまいです。声はやわらかみのある感じです。「ばらの騎士」の元帥夫人を聞きたいなあ、とおもいました。フィガロの伯爵夫人を歌っているから、行けそうですね。
レナート・ジローラミ
あとは、ドゥルカマーレを歌ったレナート・ジローラミ。
もう、こういう方が居らっしゃるからオペラが楽しくなるわけですね。
軽妙洒脱な演技がすごくてすごくて。こういうのを見るにつけて、オペラとかヨーロッパの懐の深さを感じてしまいます。
この分野で日本人が勝つのは並大抵ではないなあ、とおもいます。
まあ、西欧人が歌舞伎役者になるのが難しいのと同じ理屈だと思いますけれど。
演出
演出もめちゃ楽しい。
原色をふんだんに使った衣装が、映える舞台。本をうまく使った舞台設営。
現代アートのを見てる感じで、本当に楽しいです。
で、今回もありましたよ。
ドゥルカマーレの「愛の妙薬」のグラマラスな売り子が、第二幕の最初に、タクトを振り上げようとする指揮者のジュリアン・サレムクールに売りつけるシーン。
二幕の雨に、売り子さんが客席でスタンバっていて、サレムクールの方をポンポン、とたたいて、薬を売ります。
サレムクール、嬉しそうに投げキッスしてました。2本目はコンマスの弦にお札をつけて買ってましたね。
こういうの楽しくて大好きです。真後ろ二列目で見てたので、余計に面白かったです。
今回はないかな、と思ったんですが、ありましたね。
指揮サレムクール
サレムクールの指揮、重みがありながらも推進力がある感じ。私は全然軽さを感じませんでした。ですが、それはストーリーを阻害するものではなく、かえって引き締めているものに思えました。
バレンボイムの弟子、という先入観があったかもしれませんが、そう感じました。
最悪だった私の体調
しかし、私の体調は最悪でした。
前日の8日、5時半に起きて、そのまま24時間働いて、帰宅したのが9日の午前6時半。4時間仮眠して初台に行きました。
レッドブル投入しましたが、さすがに集中力な持たないです。。
寝落ちはしませんでしたが、疲労が鉛のように体の底に溜まっていて、気持ちが感動に向かおうとする時に足を引っ張るのですね。せっかくの第二幕最後のシラクーザ、気持ちが付いて行かなかった。これはショックです。
で、10日も仕事して。
今日は流石に休みましたが、さっきから寒くて寒くて。体温調整ができていないようです。
次回はアイーダ
次回はアイーダですね。
昨日から、カラヤン盤、ムーティ盤、アーノンクール盤を聞きました。
そしたら、今日のNHK-FMで、リストがピアノ用に編曲した「トスカ」が流れていて、おもしろかったですよ。
昨日の深夜にもBSプレミアムで「アイーダ」放送されていましたしね。
それでは、また。
《短信》新国立劇場タンホイザー と 日々つれづれ
昨日、2月2日に新国立劇場で「タンホイザー」を見て来ました。
今日は夜遅くなってしまいましたので、これからすこしずつ深堀りしますが、いままでの「タンホイザー観」が変わってしまいました。
全体的にはそんなにドラスティックに変わったわけではないのですが、演出一つで物語が大きく変質することに改めて驚きました。
まあ、ヴェーヌスにおける、リンダ・ワトソンとエレナ・ツィトコーワの違いなんですけどね。
画像は、私の参考CDであるハイティンク盤。こればかり聴き過ぎたのかもしれません。ルチア・ポップがエリーザベトを歌うのですが、巧すぎて巧すぎて、かえってエリーザベトっぽくなく思えるようになりました。
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昨夜は、大学生時代の音楽サークルの先輩後輩と久々に。とある方とは15年ぶりに飲んだのですが、全く変わっていなくて、タイムスリップした観があります。若返りの飲み会。
過剰な追憶モードは慎みたいものですが、たまには過去を振り返って自分の今の立ち位置を確認するのもいいものだと思いました。
そういう意味では、ブレブレな人生だなあ。
そうそう。今日もあのバークレー出身のギタリストと会話を。
こっちもとても面白かったです。
ではまた明日。