ばらの騎士が受容される時代とは?
試されたのでした。。
昨日、とある方に、なぜ、ばらの騎士が好きなのか? と聴かれました。もしかしたら、そうした質問ではなく、私が勝手にそう解釈して、オリンピアのように自動的につらつらと言葉が出てきたのかもしれない。そういう感じ。それでまるで試されているかのような緊張感とともに。以下のように答えました。
1)どこか世間を批判的にみている洒脱さ。世の中を斜めからみて、そこに本質を見いだそうとする諧謔精神。
2)時間という最大の自然力に抗うことの出来ない人間の宿命を描く。
3)音楽素晴らしさ。登場人物の情感に寄り添うような丁寧な旋律や和声。
音楽のことはちゃんと言えなかった気がしますが。まだまだ語りきれていない。考えないと行けないなあ、と。
現代の時代精神との関連性についても少し話したような気がする。爛熟し熟れきった世界で、次の破局を予感しているようなところ。それは、もう現代の我々の状況と一致している。だから、そこから少しでも逃れたいために、こうした洒脱な世界に逃避するのか。あるいは、こうした洒脱な世界を利用して、なんとか生き抜こうとするのか。
意外というか、必然というか、我々は19世紀末から20世紀初頭にかけての時代を敷衍しながら生きているのかもしれません。
N響アワーでばらの騎士とカプリッチョを。
夜は、N響アワーで、シュトラウスの「ばらの騎士」組曲と「カプリッチョ」終幕の場を、プレヴィン指揮NHK交響楽団で。2009年のプレヴィンと、2011年のプレヴィンが登場するのですが、明らかに齢を重ねているのが分かり、少しショック。しかし、フェリシティ・ロットは大柄です。西洋人から観たドワーフやホビットは日本人のことではないか、と思うほど。
N響の音に、何か硬く重いものを感じました。動きたいんだけれど、足かせを嵌められているので自由に動けない、そうした感覚。先日、新国立劇場で「こうもり」を観ましたが、あのときに感じた感覚と少し似ているかもしれません。
昨日のN響アワーでの解説を拡大解釈すると、音楽界におけるロマン派の終焉は1948年のリヒャルト・シュトラウスの死によって訪れるということだそうです。確かにそうです。実社会のロマン派はナチス・ドイツ消滅まで待つことになるのでしょうけれど。
一つ前の世紀末の人々
さて、昨日お会いしたとある方に関連して、19世紀末から20世紀前半にかけてのオーストリアの文学者についての話を読んだり伺ったりしましたが、あまりの興味深さ、面白さに圧倒されました。みんなどこかでつながっている。欧州教養人は、それ全体で一つのサークルを形成しているのではないか、と思いました。
トラークルはヴィトゲンシュタインから援助を受ける。ヴィトゲンシュタインはケインズと友人であった。ヴィトゲンシュタインの兄は戦争で右手を失ったピアニストで、彼のためにラヴェルやシュトラウスが左手用ピアノ楽曲を作曲した。
あまりに人間的で、人間的すぎるがゆえに、精神を病み、決して幸福とは言えない人生を送ったけれど、後世に残したものはあまりあるもの。
これだけで、一週間はブログが持ちそうだな、と思います。
まだまだ知らないことがたくさんあるなあ。やること沢山あるけれど、頑張ろう。生きるためには、本を読んで文書を書き続けなければならないという宿命。それを改めて認識しました。
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