今日の辻邦生文学その2「夜」より
寒い一日。
今日は少し長いです。
でも私たちって、日常、同じ生活を繰り返しているうちはまるで気がつかないけれど、ほんとうは、日々、いま私が感じているような刻々の変化を受けているのね。ふだんはそれが目立たないし、自分では、前の日の繰り返しだと思っているので、それに気がつかないだけなのね。そのことを考えると、ねえイトウ、私ね、なんだか、とてもこわい気がするわ。誰だって自分の人生を歩きはじめるとき、漠然と、こんなふうな人生を送ろうと夢みているわ。男の子たちなら冒険家の生涯とか、学者や芸術家の生き方に憧れるわ。女の子だったら、誰だって満たされた家庭を考えるわ。ところが、何年か、何十年かたって、何気なく自分の歩いてきた道をふりかえることがあるのね。ちょうど旅人が峠で一息入れるとき、いま来た道を振り返るみたいに。そうよ。そんなときが誰にでもあるのね。そしてそんなとき、私たちは自分がかつて漠然と思いえがいていたのと、まるで違った人生を歩いているのにひどく驚くのね。驚いて、それから寂しい気持ちを味わうのね。どこから、こんなふうに違った人生になってしまったか、思わず考えこまずにはいられないわ。そういうとき、私たちの心に苦い悔恨がしのびこんだり、口惜しさやあきらめが感じられたりするのね。
でも、ほんとうは、人生に何か曲がり角のようなものがあって、そこで左右にわかれたのではなくて、日々刻々私たちは変化しているのね。日々刻々、運命の岐れ道に立たされ、その一つをえらんでいるのね。
これは、「夜」という作品の一節です。日本人留学生イトウ、その恋人の人妻アンヌ、アンヌの夫で高級官僚ジャン・ドリュオー、イトウとともに、秘密警察の目をかいくぐりアルジェリア戦線への戦略物資を運ぶエレーヌ。この四人のモノローグが折り重ねられた見事な中編作品です。
その中に登場するアンヌのモノローグです。
これ以上、あえてあまり多くは語りません。
今日、久々に読み直してみて、私はまた新しい切り口を見つけてしまいました。なぜ今まで気づかなかったのか、という重要な要素でした。
ちなみに、このアルジェリア戦争を巡るフランスの物語というのは本当に魅力的です。フランスにおける政治闘争あるいはテロリズムという今は考えられない事実なのですから。スタンリー・エリンの「カードの館」や、フォーサイスの「ジャッカルの日」を思い出します。
明日は夜勤なので、残業しました。っていうか、毎日残業ですが。今月は休みが多いので、休日出勤しても残業代が出ませんので、思い切り働けます。明日は、神社に参拝して今月のプロジェクト稼働成功をもう一度祈願する予定です。
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