美しい人生の階段を昇りたい──辻邦生「美しい人生の階段」より

最近、なるべく自分の机で過ごすようにしています。

大変贅沢なことなのかもしれませんが、この先を生きるためには、一人で過ごす時間が必要です。昼間は、いくつもの耐えがたい思いをしながら過ごしていますので、せめて一人で音楽を(今日はモーツァルト)聴きながら、モニタやノートを見ながら物思いにふけると、なにかしら人生の目的へと進んでいるのではないか、と思います。

今日はなにかこの本をめくっていました。

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辻邦生の映画評論集。何冊か出ていますが、この本は1988年から1992年にかかれたもの。私がちょうど学生だった頃の映画が出ていますので、思い出がよみがえります。表紙は、ル・コントの「仕立て屋の恋」でしょう。あの憂愁なブラームスのピアノ四重奏曲は忘れられないです。

そのなかで、実に世界のなかの日本を的確に表した言葉があって胸に刺さりました。

東欧問題、ユーゴの戦乱、中東和平会談などは、日本にいると、頭では解っても、隣国の出来事という感じはしない。だがパリでは、地理的に近いだけではなく、東欧から亡命した人も多い(中略)パリはアメリカとは別の形で世界の人種の坩堝であり、歴史的現実の風は容赦なく吹き付ける。日本ではまだ「国際人を養成しよう」「英語で喋ろう」などとのんきなことを言っていられる環境だ。前期のチェコ人は、子供の頃から十カ国語近くを喋らなければならなかったという。

辻邦生『世界の風に吹かれて』「美しい人生の階段」文藝春秋1993174ページ

初出は婦人の友1991年12月号とのこと。

辻先生の言葉で「どんなことがあっても外国語をやらなければならない」というものがあります。私は、確かに高校大学とあまり外国語をせずに過ごしました。まあ、あまりそちらには向いていなかったんでしょう。とはいえ、その辻先生の言葉を忘れることはなくて、社会に出てからも英語はコツコツとやっていたつもりです。まあ人並みとまではいきませんが。

しかしながら、まあその先があって、日本のような島国においては、パリのように世界と地続きで、摩擦の中に生きてる感覚とは全く違うのだ、ということがよくわかります。グローバル化したとはいえ、ボーダーの中で成立している世界もあり、それは恵まれているようでもありあるいは「のんきなことを言っていられる環境」なのかもしれません。

なにか、頭で解っているグローバルという言葉が空疎に思えるほど厳しい言葉を見つけた気がします。だからといって何ができるのか、という思いもあります。努力しよう、という言葉もまた空疎です。

せめて、毎日の生活の中で、人生の階段として昇るべき階段をみつけて、一段一段のぼることなんだろうな、と思います。よそ見をせず、脇目をふらず。

そんなことをおもいながら、夜も更けていきます。また明日も寝不足でしょうか。なんとかしないと。

それではみなさま、おやすみなさい。グーテナハトです。

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