Tsuji Kunio

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昨日、熱暑でしたが、学習院大学史料館で開催されている「辻邦生──西行花伝展」に行ってまいりました。

白い光が東京を覆っていて、都心へ向かう電車の外には、輝きながらも空虚なコンクリートの建物が、まるで甍の波のようにどこまでも連なっているように思いました。

午前に学習院に到着しましたが、訪れるのは1年ぶりです。

資料館への道すがらは、ちょうど高校生向けのオープン・キャンパスが開催されているということもあり、暑いさなかでしたが、学生たちで溢れていました。テニスコート脇を通ったときには、辻先生がテニスサークルの顧問だったことを思い出し、数十年前にはこの辺りを歩いておられたのか、などと想像するのでした。

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史料館の入り口を入って右手の奥に展示スペースがあります。「西行花伝」をスコープとした展示ですので、そんなに沢山の展示というわけではありません。ですが、逆に言うと、「西行花伝」だけでこのスペース、とも言えるわけです。

それにしても万感の思いでした。

スペースの一番奥の方のパネルに紹介されていた谷崎潤一郎賞スピーチのやりとりを初めて知ったのです。

谷崎賞が、異色作家か中堅作家に与えられるとして、辻邦生を「中堅作家」と言ってしまった丸谷才一の後を受けた辻邦生は、「廊下に立たされっぱなしで、忘れられたと思ったところで、呼び返された」と返したというのですから。
(そのような趣旨だったと思います。メモを取れませんでしたので、記憶で書いております)

フォニイ論争などの経緯があったと思いますが、純文学のメインストリームから外れたように見えた辻文学が、メインストリームに戻ってきた、という文脈で捉えるべきだ、とその時思いました。

何かのエッセイで、辻邦生は批評されないことを嘆いていたように記憶しています。たしか、批判されることの方が、批評すらされないことよりマシだ、といったことを書いておられたように思います。それが、谷崎賞を取ったことで、ようやく帰ってこれた、ということなのだと思います。

辻邦生は、これで、手応えをつかみ、自信を得て、次の作品に取り掛かろうとしたのであり、それが源実朝を主人公とする「浮舟」です。おそらくは「西行花伝」の発展だったはずですが、それは叶わなず、1999年7月29日に終わってしまったのです。次の「高み」を世界は見ることはできなかった、という深い喪失感であり、決して埋めることのできないものであるがゆえに、喪ったものの大きさをあらためて思いました。

実際、私は、涙をこらえることができませんでした。なにか、その無念さのようなものに勝手ながら共感したから、なのだと思います。

その涙の向こう側に、何本もの削った鉛筆や、使われなかったカードが分厚い束となっておかれているのを観ていただけでした。

明日に続きます。本日はおやすみなさい。明日もよい一日でありますように。

Tsuji Kunio

今週、辻邦生のご命日ということで、Kindleであらためて読み返しました。

やはり、人気作品であり、高校の現代文の教科書に採用されたということもあって、素晴らしい作品なのは、これまでも書いてきたとおりです。

「夏の海の色」

特に、夏の白い光の中に静かに沈む城下町の風情は、我々にとっての日本の原風景の一つです。以前も書いたかもしれませんが、自分たちの親の世代の風景が、原風景となるのではないか、と思い、そういう意味では、いま働き盛りの方々にとっては、戦中戦後の風景が原風景になるはずです。

それにしても、この城下町の風情の中には、戦国や江戸の記憶も残っているわけです。剣道の師範の黒川が藩の家老だったり、あるいは、主人公が宿泊する田村家に、天草島原の乱で先祖が褒美として得たというキリシタンの墓石がある、といった故事は、なにかめんめんと受け継がれる日本の歴史をも含んだものなのでしょう。

また、キリシタンという要素は、なにか「天草の雅歌」で取り上げられた問題、つまり、江戸期において、日本のグローバルなうねりが失われたという歴史的経緯を思いおこさせるものです。

また、田村家の当主が元陸軍少佐で、部下に思想犯を出したため退役した、という記載もなにか時代を感じさせるものです。いつもは柔和なのに、ときおり厳しい表情を見せるという描写も、なにか暗い時代の空気や匂いを感じさせるものです。

原風景は原風景として、そこに郷愁はあったとしても、戻るわけには行きません。次の世代は、我々のような働き盛りとは違う原風景があるはずです。そうした良き原風景を作るのが、世代世代の責任なのではないか、と考えています。

さて、明日も全国的に熱暑でしょうか。明日はお昼にかつてお世話になった方々と会う予定があります。個人的には、人生における原風景のようなものをもう一度見ることになるのかもしれません。

では、おやすみなさい。グーテナハトです。